業種別騰落率から見るアベノミクス相場の舞台裏 〜株高の最大の要因は中国とヨーロッパの回復による世界市況の好転である〜

 先日、CSで放送されている有料の金融番組「アクロス・ザ・マーケット」において、注目の数字が紹介されていました。それは、アベノミクス相場と呼ばれた昨年11月15日以降の株高について、その真の要因を物語るものです。

 TOPIX(東証株価指数)というのは、東証1部に上場する1700以上の銘柄すべてを対象とした株価指数です。日経平均は、そのなかから、特に大きな225銘柄を対象としたものなので、だから一口に日本株の状況を見るうえでは、TOPIXこそが何よりの指標となります。

 東証1部上場企業には様々な業種があり、株価パフォーマンスも、業種によってまちまちです。昨年11月15日以降、TOPIXは大きく上昇してきたわけですが、そのなかでも、業種によっては、TOPIXの上昇を下回る業種もある一方で、TOPIXよりも更に上昇幅の大きな業種もあります。

 つまり、TOPIXを大きくアウトパフォームしている業種こそは、まさに11月15日以降の株高を牽引してきた業種と言えるわけです。という訳で、業種別の成績を見れば、株高の背景はいったい何なのか? その真実も見えてきます。

 「アクロス・ザ・マーケット」では、このTOPIXと比較しての業種別騰落率が紹介されたのです。これが、大変に興味深いものでした。

 以下は、2012年11月15日から2013年10月11日にかけて、対TOPIX業種別騰落率の上位3業種です。

  1、証券    93・5%
  2、海運    58・0%
  3、鉄鋼    39・9%

 一目見て、証券が他の業種をぶっちぎっているのが解ります。しかし、これは当たり前の話で、証券会社とは、株の取引の手数料収入や、投資信託などが何より主要なビジネスですので、株価が上がるということは、他のどの業種よりもこの証券会社が儲かるわけです。という訳で、この証券という業種に関しては、特殊と見るのが妥当です。

 証券を除くと、実質的な1位は海運で、2位が鉄鋼となります。ちなみに、騰落率が30%を超えている業種はここまでなので、つまり海運と鉄鋼も、4位以下をぶっちぎって株価が大きく上昇していることになります。

 さて、まず海運ですが、株式市場では、関係者の間において、中国関連株と呼ばれる銘柄が存在します。中国の動向によって、株価の行方が大きく左右される銘柄を言うのですが、海運株というのは、中国関連株のど真ん中と言っていい銘柄です。

 海運というのは当然ながら貿易です。世界の貿易の9割は船で行われています。そして、中国こそは貿易総額で世界最大なのです。世界貿易がいかに活発化するか否かは、ひとえに中国にかかっている、という部分はかなりあるのです。それに加えて、もう1つ重要なのがヨーロッパです。何故なら、中国にとって、最大の輸出先がヨーロッパであるからです。中国とヨーロッパとの経済的な相互依存は非常に深いものがあり、中国〜ヨーロッパ間の貿易の状況が良いか悪いか、これは世界全体の市況に大きく影響するのです。

 過去数年間、中国はインフレで苦しみ、一方ヨーロッパは債務危機が泥沼化し、深刻な不況に陥りました。そして、中国とヨーロッパの低迷は、中国に鉄鉱石や銅などを輸出しているオーストラリアやブラジルなどの資源国も直撃します。鉄鉱石も銅も、世界需要の実に半分を中国が占めるので、だから中国が低迷すると、その影響は世界貿易全般に打撃を与えるのです。

 このことが、過去数年間に渡り、海運業界を直撃しました。中国、そしてヨーロッパの低迷により、東証の全33業種のなかで、最も株価の下落がひどかった業種こそ、海運なのです。

 また、海運といえば、貿易を行う以上、その業績は、当然ながら為替相場に大きく左右されます。

 為替において特に大きかったのはヨーロッパの不振であり、ヨーロッパの債務危機は、ヨーロッパの問題だけでなく、ただでさえインフレに苦しんでいた中国経済も直撃しました。これが世界的な株安を招いて、そして行き場を失った投資マネーが一時的に円に避難してきた結果、超円高となったわけです。

 こうして、世界的な海運市況の低迷に加え、超円高となったものですから、日本の海運業界はたまったものではありません。海運株は、殆ど暴落といえるほど、悲惨なレベルにまで落ち込んだのです。

 その海運株が、昨年11月15日以降、東京市場においては最も大きく株価が上昇しているわけです。この原因は明らかです。昨年秋以降、中国、そしてヨーロッパの経済が相次いで底を打ち、経済の回復への期待から先行きが明るくなったことを受けて、それにより世界の貿易市況そのものが回復してきたのです。

 既に何度も申し上げて来たように、円安の起点は昨年の9月末、中国が国慶節の大型連休のときであり、ここで中国各地は当初の想定をはるかに超える観光客でにぎわって、インフレ不況からの脱却を世界にまざまざと見せつけました。そして、ヨーロッパの債務危機が収束したのが、昨年の11月半ばです。

 この時期、ヘッジファンドの運用戦略がガラリと変わり、それまで下落する一方だった南欧諸国の資産を、突如買い始めたのです。これをもってヨーロッパの状況は劇的に変化し、それにより、この時期、世界同時株高という現象が起きました。

 こうして、各国の投資家は、リスクオフ一辺倒だったところから、リスクオンへと切り替わり、行き場を失って円に避難させていた資金を、よそに振り向けるようになります。

 こうして、世界的に様々な市況がガラリと好転します。

 その影響を最も受けた業種こそ、海運です。つまり、それまであまりにも売られ過ぎていた海運株は、中国とヨーロッパの状況が好転したことを受けて、急激に買い戻されるようになったのです。

 鉄鋼もまた、これと同じ構造です。日本の鉄鋼メーカーは、国内の建築業界との関係は非常に浅く、それは何よりも自動車をはじめとした貿易関連がメインです。また、中国の鉄道インフラ投資などの影響も大きいものがあります。これらの要因によって決まる鉄鋼市況も、海運市況と同様、大きく回復してきたのです。それにより、鉄鋼株を買い戻す動きも顕著となりました。

 更に、鉄鋼に関しては、中国の李克強首相が進める改革も、大きく後押ししています。李克強首相は、以前から問題になっていた中国国内における鉄鋼メーカーの過剰生産問題に切り込み、これを改善させる政策を行い、それにより、需給が締まって市場メカニズムが正常に働き出し、それが日本の鉄鋼メーカーにプラスとなっています。

 さて、海運・鉄鋼の次にTOPIXをアウトパフォームしているのは、どの業種でしょうか? 以下は、騰落率の4〜6位です。

  4、不動産    28・8%
  5、ゴム     27・7%
  6、輸送用機器  23・3%

 不動産株の上昇は、極めて簡単な構図で説明がつきます。これも以前申し上げましたが、不動産というのは、まだ野田政権だった2012年の前半から、既に上昇が顕著な銘柄でした。それは、虎の門や渋谷など、東京各地の再開発事業、それと、東日本大震災を受けての、耐震強度の高い新築マンションへの需要などです。

 ここに、2つの要素が加わります。まず最初が、日銀による異次元の金融緩和です。大規模な国債の買い入れプログラムを通して長期金利を低下させることにより、住宅ローンの金利を低下させます。そして、住宅ローンの金利が低いところに、野田政権のとき三党合意された消費税の増税がありますので、増税前の駆け込み需要が発生します。今はせっかく金利が低いんだから、消費税が増税される前にマンションを買ってしまおう、という消費者心理が働き、マンション販売など不動産の取引が著しく活発になりました。

 これが、不動産株上昇の原因です。

 一方で、5位のゴムと6位の輸送用機器ですが、これは要するに、タイヤと自動車です。バイクもこのなかに含まれますが、しかしバイクの市場は自動車と較べるとかなり小さいので、輸送用機器といえば、殆どは自動車です。

 また、タイヤというのは自動車部品に含まれるので、つまるところ、この5位と6位は自動車業界ということになります。

 自動車業界といえば、その収益を左右するのは、ひとえに為替です。なにしろ輸出産業の代表格ですので、日本の自動車業界は、為替の動向によって業績が変わり、そしてそれにより株価の動向も左右されます。

 為替については、先程述べたように、中国とヨーロッパの状況が好転し、それによりリスクマネーが動いて円安へと流れが変わったのです。そうである以上、自動車株の上昇も、その最大の要因は中国とヨーロッパの回復にあると言えます。

 以上、ここまでが、TOPIXを20%以上アウトパフォームしている業種です。

 という訳で、証券という当たり前の業種を別にすれば、海運・鉄鋼・不動産・ゴム・輸送用機器、という5つの業種こそが、日本株の上昇を牽引してきたことになります。そして、不動産を除く4業種は、その株価上昇の最大の要因が、中国とヨーロッパにあるわけです。

 それはつまり、昨年11月15日以降、日本株上昇の最大の背景にあるのが、中国とヨーロッパの状況の好転にある、ということに他なりません。

 要するに、アベノミクスなど、関係ないのです。

 つまり、安倍政権は、中国とヨーロッパが最大の要因である株高について、いかにも自分たちの政策によるものだとして、その手柄を横取りし、そしてまた、メディアは、日本株の上昇について、これはアベノミクスへの期待からだ、と間違った報道を繰り返したのです。

 また、不動産にしても、東京の再開発や、東日本大震災による耐震強度の高いマンションへの需要、そして3党合意による消費税増税は、安倍政権誕生以前からあるものなので、だから安倍政権が発足していなくても、不動産株はそれなりに上昇していたのです。

 これらが、アベノミクス相場と呼ばれた昨秋以降の株高の舞台裏です。

 ちなみに、回復というなら、マクロ経済的に見れば、アメリカの状況もかつてと較べれば回復しています。このアメリカの動向も日本株上昇の要因の一つですが、しかしその一方で、アメリカは、FRBの金融政策の不透明感や、議会における民主党共和党の対立が、日本株の上値を重くしています。

 それに対し、中国とヨーロッパの状況の好転は、マーケットにとって、素直に好感出来る何よりの材料と言えるでしょう。

 ちなみに、言うまでもありませんが、鉄鉱石にしても、鋼材にしても、自動車にしても、自動車部品にしても、それは船で運ぶのです。そうである以上、この点からも海運株が上昇するのは当たり前であり、そしてこれまでの海運株の上昇は、まだほんのプレリュードに過ぎません。2014年、そして2015年にかけて、この株価はもっと上がることが予想されています。