イタリア総選挙の結果とヘッジファンド

 昨日の日経平均株価は、前日の終値からマイナス2・26%下落し、1万1398円で取引を終えました。ちなみに、売買代金は2兆2120億円です。

 昨日の相場は、単純にイタリア総選挙の結果を受けてのものでして、まずは北米・中南米市場が下落し、次いでアジア・太平洋市場が、更にもちろんヨーロッパ市場が、とにかく軒並み下落しました。

 イタリアは、一昨年の夏に国債が急激に下落して以降ずっと危機のなかにあったわけですが、しかしそれも、昨秋以降はそうではなく、かなり安定した状態が続いていました。ところが、この総選挙の結果により、上・下院の両方で多数を占める勢力がなくなり、組閣が出来ず再選挙もあり得るという事態を受けて、株価は一様に下落したのです。言うまでもなく、イタリア国債の利回りも上昇(つまり価格が下落)しています。

 このままでは、イタリアにおいて緊縮策の実行が滞り、債務危機が再燃するのではないか、そう大手メディア・経済学者・金融アナリストの間では不安が広がっていますが、しかし、ちょっと待てなのです。

 以前詳細に分析したように、イタリアの危機とはフィクションであり、マネーゲームの餌にされただけです。イタリアは、スペインやギリシャなどとは根本的に事情が違うのです。

 というのも、まず第一に、イタリアというのは、基礎的財政収支が黒字なのです。
政府の歳出とは、①社会保障や外交や教育などの政策経費と、②国債の利払い費などの国債関連出費、この2通りあるわけですが、市民生活に必要な経費とは、もちろん1つ目の政策経費であり、そしてイタリアはこの政策経費に関しては、実は以前から、借金をするまでもなく、税収だけで賄っているのです。これが、基礎的財政収支が黒字ということです(ちなみに、スペインやギリシャは言うに及ばず、日本やアメリカも、当然ながらこの基礎的財政収支は赤字です)。

 イタリアは、経常収支は赤字ですので、その点では外国からの借り入れを必要としているのですが、とはいえ、基礎的財政収支が黒字というのは極めて重要なことで、まずこの点においてイタリアは、スペインやギリシャなどとは根本的に違うのです。

 それに加えて、イタリアの場合、信用バブルや不動産バブルも起こっていません。スペインやギリシャといった国々は、バブルによって身の丈以上の消費をしていたのであり、そしてこのバブルが崩壊したことで、巨額の赤字を計上したり、あるいは銀行の不良債権問題や地方政府の財政悪化問題というのに苦しんでいるわけです。しかしイタリアの場合、このようなバブルも起こってはいません。

 にも拘らず、一昨年の夏以降、イタリアの国債は急落し(つまり利回りが上昇し)、スペインと同じようなレベルで取引されるようになりました。これは明らかにおかしいのであり、マネーゲームの餌として狙われた、という以外のなにものでもありません。

 ギリシャ、ボルトガル、スペイン、これらはホンモノの危機ですが、しかしイタリアは、「南欧にある経常収支が赤字の国」、という以外には、ギリシャなどとは共通点はないのです。

 では、一昨年の夏に何故ヘッジファンドは、イタリアの国債を意図的に下落させたのでしょうか?

 事の発端は、リーマンショック後に中国が行った4兆元の景気対策にあります。欧米のバブルの崩壊で世界経済全体が沈没した際、中国は4兆元という巨額の景気刺激策を行い、いち早く不況から脱出したわけですが、しかしこの4兆元の景気対策というのは、大型の公共事業のバラマキや、自動車購入などへの多額の補助金のバラマキという、バラマキ以外のなにものでもなく、その効果が切れた後は、思い切り反動に悩まされ、そうして中国が一時的に不況に陥ることは目に見えていたのです。

 それに加えて、例の悪名高いアメリFRBの大規模緩和策「QE2」による投機マネーの暴走を受けて、中国はインフレにも悩まされることになり、2011年春以降、中国の景気は非常に悪くなっていきました。こうして、アメリカとヨーロッパはバブル崩壊の後遺症で駄目、日本はデフレに加えて震災と原発事故が起こって駄目、挙句の果てに中国も駄目と来ては、ヘッジファンドにとって、大きな儲け口はなくなったわけです。そこで彼らが考えたのが、逆バブルの創出による儲けです。

 金融商品というのは、価格が上昇するだけではなく、下落しても儲かるのです。その手法は、まず空売りです。更にそこに、CDSクレジット・デフォルト・スワップ)を併用することで、より儲けの可能性は高まります。危機になればなるほど(つまり逆バブルが進行すればするほど)、その分儲けるという訳です。また、為替というは、国債価格の変動如何でもかなり動くので、だから国債を下落させることは、為替相場でも儲けに繋がります。

 ヘッジファンドにとって一番困るのは、株でも債権でも原油でも、とにかく価格があまり変動しないという事態です。これが彼らにとっては最も恐れる事態です。極端に上がる、あるいは極端に下がる、どちらでも利益は得られる、しかし価格の変動がないという事態だけは困る、それがヘッジファンドの素直の心境です。ところが、中国が4兆元の景気対策の反動を受けて不況に入り、世界全体がこのような低位安定型になるような事態が出現する見込みとなった、それは困る、ならば・・・、ということで、意図的に逆バブルを起こして危機のなかで儲けようとした、これは埼玉大学の相沢幸悦さんや、立教大学の山口義行さんなどが、強く指摘したことです。

 こうして、イタリアは狙われたわけです。ちなみに、これまでのイタリア国債の価格下落がどのような局面で起こったかを観察していれば、このことは尚更よく解ります。イタリア国債第一の下落局面は、一昨年の夏、ちょうどアメリカにおいて、債務上限の引き上げをめぐってオバマ政権と共和党が揉めに揉めて、そこに市場の関心が集中しているそのときに、ドサクサに紛れてイタリア国債が猛烈に売られたのです。

 イタリア国債下落の第二局面は、一昨年の10月末、このときというのは、ギリシャで突然国民投票を行うという話が出て市場がビックリ仰天し、市場の関心がそこに集中しているそのときに、またもドサクサに紛れてイタリア国債が猛烈に売られたのです。ちなみに、これを受けて日本円は更に史上最高値を更新し記録的な円高になり、たまりかねた財務省は過去最大規模での為替介入を行い、これにより市場の関心は日本円に傾きました。

 このように、イタリア国債の下落というのは、すべてイタリアの国内事情などとまったく関係ないところで突然売られる、という経緯ばかりだったのです。しかしそれも当たり前で、基礎的財政収支が黒字のうえに、バブルだって起こっていない以上、イタリア国債がある日突然急落するような事情など、どこにもないのです。イタリアは、完全にヘッジファンドマネーゲームの餌にされたのです。

 という訳で、イタリアは、本来なら、とりたてて緊縮財政をするような必要もないのです。といっても、経常収支は赤字だし、失業率も高いので、だから産業競争力を高める必要性はありますが、とはいえ、緊縮財政はそれほどやらなくても問題ないのです。そうである以上、イタリアの市民が緊縮策に反対するのは当然です。

 このことはまた、世界経済に与える影響として、仮にベルルスコーニが首相に返り咲いたとしても、とりたてて問題ないことを意味します。何故なら、一昨年、ベルルスコーニが首相の時点で、既にイタリアの基礎的財政収支は黒字だったからです。日本のメディアは、ベルルスコーニの政策をバラマキだと言いますが、しかしバラマキというなら、昨年12月に発足した第2次安倍内閣こそバラマキであり、それに比べれば、ベルルスコーニのバラマキは、大したものではありません。

 とはいえ、だからといって、ベルルスコーニに問題がないという訳ではなく、彼は問題だらけなのですが、しかしそれはイタリア市民が判断することであり、世界経済に大きな影響を与えるようなものではないのです。

 とにかく、世界経済の見通しに関して、最大の要は、中国が自力で不況から脱出して、上昇軌道に乗ってきたということです。中国政府が2009年に行った4兆元対策というのは明らかに失敗であり、そこにFRBのQE2が中国にインフレをもたらし、更に中国にとって最大の輸出先であったヨーロッパが低迷したことを受け、中国経済は不況に陥ったわけですが、しかし、このトリプルパンチを受けて以降の中国政府の経済政策、及び中国人民銀行の金融政策は、あまりにも上手すぎました。同じ過ちは2度しない、失敗は必ず次への糧とする、それこそが中国の最大の強みであり、だから昨秋になって中国は見事に苦境を脱出し、そうして今年1月には、月間の新車販売が初めて200万台を突破するという歴史的な新記録を作るに至ったのです。

 そして、この中国経済の再浮上をいち早く見抜いた者こそヘッジファンドであり、だから彼らは昨秋になって、世界貿易を下支えすべく、南欧の資産を次々に購入し始めたのです。もはやヘッジファンドは、南欧債務危機は深刻化することは望んでいません。という訳で、今回のイタリア総選挙が世界経済に与える影響は、殆どないでしょう。

 だから実際、北米・中南米では、早速株価が上昇しています。イタリアの総選挙の結果が出た前日は下落したものの、今日になると、アメリカもブラジルも株価は上昇しているのです。

 そしてまた、イタリアの選挙結果は特に問題ないということは、昨日の日本株の動向からも明らかなのです。というのも、まず第一に、イタリアから本当に危機が広がるなら、何よりも海運株こそ下落する筈なのです。日本株というのは、世界貿易がいかに活発化するか、あるいはしないか、これが最も重要になるのです。だから世界的に不況が続いた昨年、東証1部のなかで海運株の下落は激しく、電力株という特殊なものを除けば、海運の株価下落は抜けたものがありました。という訳で、本当にイタリアから危機が再燃するならば、海運株こそ大幅に下落する筈なのです。ところが、昨日は日経平均こそ下落したものの、海運は「+0・87%」上昇しているのです。

 ちなみに、以下は、昨日の業種別下落率の上位5業種です。

    1鉄鋼      −3・16%
    2精密機器    −2・72%
    3金属製品    −2・56%
    4ゴム      −2・46%
    5電気機器    −2・18%

 見ての通り、自動車が入っていません。昨日の日経平均の下落は、イタリア国債の下落を受けてユーロが急落したことによる円高が原因なわけですが、円高が原因で下落するなら、自動車は日経平均の下落率以上に大きく下落しないとおかしいのです。ところが、実際のところ、自動車の下落は極めて限定的なのです。

 これはつまり、必要以上に株価が上昇していた分の調整がなされたということです。一昨日は、日銀の次期正副総裁として黒田氏と岩田氏の名前が上がり、それにより日銀への緩和期待から円安が進んで株価が上昇したわけですが、しかし昨年12月に自民党政権ができた時点で、自民党が緩和に積極的な人物を推すことは解りきっていることであり、一方で、日銀の正副総裁人事は参院で野党の合意を必要とするので、ねじれ状態にあるこの国会で自民党の人選が通るかどうかはまだ解らないのです。

 という訳で、一昨日は円安が進んだものの、しかし円安の恩恵を受ける代表格である自動車の株は大して上昇しませんでした。昨日の日経平均の動きは、これと裏腹な関係にあります。

 更に、昨日の日経平均の株価下落の主要因は、先物主導による先物の下落が大きいもので、現物株主導ではありません。この点も重要です。この先物と現物に対するヘッジファンドのスタンスの違いについては、昨日のレポートで詳細に論じたので、詳しくはそれを参照していただきたいと思います。

 とにかく、いまの市場の雰囲気は、3月5日から始まる中国の全人代と、日銀の次期総裁の決定を前に、様子見ムードなわけであり、3月以降に起こるであろう本格的な株価上昇に向けて、いまはなるべく株価が下落して欲しいという局面です。何故なら、株というのは、安くなったときに買って高くなったときに売るというのが、最も儲かるからです。なので、いまはなるべく株価が下落してくれると嬉しいというのが、ヘッジファンドにとって正直なところです。

 いまや、世界経済の先行きに最も大きな影響力を持っているのは、①中国の実体経済と、②ヘッジファンド、これが2大勢力なのです。この2つの動向さえチェックしていれば、今後の世界経済の見通しも解るというのが偽らざる真実なのです。