ヘッジファンドの運用の手口から見る、自民党政権誕生の前と後Part1

 昨日の日経平均株価は、金曜の終値からプラス2・43%上昇し、1万1162円で取引を終えました。その直接的な原因となったものは、日銀の次期総裁人事にあります。昨日の取引が始まる前の深夜、自民党政権が、次期総裁としてアジア開発銀行の黒田氏を、また副総裁に学習院大学の岩田氏を、それぞれ候補として一本化したという方が、世界中に打電されたのです。

 この報道を受けて、朝方、ほんの短期間のうちに為替は急激に円安に触れました。そしてそれを受けて、シカゴ・マーカンタイル取引所における売買で、日本株も急上昇したのです。次期正副総裁に名前が挙がった両氏は、いずれも大規模な金融緩和に積極的な人物として知られているので、このような相場展開になったわけです。

 とはいえ、これで日銀の次期正副総裁人事が決まったわけではありません。自民党政権はこれから、参院において、野党の同意を取り付ける作業が必要になってきます。一方で、自民党政権が日銀の次期正副総裁について、緩和に積極的な人物を推すということは、昨年12月の総選挙の投開票の時点で、あらかじめ解っていたことです。なので、本来であれば、これはとりたてて市場が反応するような話題ではありません。

 実際、昨日の相場を見ますと、円安といえば最も恩恵を受けるであろうと一般的には広く思われている、円安恩恵の代表格たる自動車株は、それほど上昇していなのです。ならば、昨日、株価上昇率が目立ったところは何なのか? 以下は、昨日の業種別と騰落率の上昇上位5業種です。

   1海運      +6・60%
   2鉄鋼      +5・06%
   3不動産     +4・30%
   4石油・石炭   +4・07%
   5非鉄金属    +3・09%

 これを見れば一目瞭然であり、2位の不動産を除けば、つまるところ、中国関連ばかりです。

 中国相手の貿易でどこよりも伸ばすのは素材・機械・部品などであり、またそれらの運搬を行う海運です。資源にしても、資源価格上昇の最大の要因は、中国の需要増にあるわけです。そういうところが、上位にランクインされているわけです。そしてまた、円安の最大の理由が中国にあることも、その詳細については何度も指摘してきた通りです。

 という訳で、昨日の相場というのは、あらかじめ解りきっていた日銀の総裁人事による円安の期待観測を理由として、中国関連業界の株が買われたものなのです。そして、だからこそ、自動車はそれほど上昇しなかったのです。但し、繰り返しますように、自民党政権がこのような人事を推すというのは、事前に解りきっていたことで、本番はこれからです。そうである以上、昨日の日経平均の急上昇は、明らかに日銀の人事をオカズにした短期的な投機の売買の色合いが極めて濃いと言わざるをえません。

 このことに気付いた瞬間、「ああ、これは火曜か水曜のどちらかには株価は結構下落するだろう」と思ったのですが、案の定と言いますか、既に取引開始から30分も経っていない今日の午前9時30分の時点で、日経平均は昨日の終値から200円ほどマイナスです。同様に、為替も急激に円高に振れています。

 ヘッジファンドが、来週に迫った中国の全人代や、日銀人事の正式な決定、そしてアメリカの財政の崖問題などで様子見ムードであるというのは明らかなので、しかしそんななかでも、彼らは利益を得ようとしますから、まあ何というか、見え見えというやつです。

 とにかく、彼らヘッジファンドが考えていることは、日本株で長期的に儲けることであり、しかしその間も、少しでも利鞘は稼ぐために、様子見の今も何とか利益を上げるべく、このような買いを行ったのでしょう。

 ちなみに、昨日の売買代金は、2兆0132億円です。

 さて、ここからは、タイトルに挙げました、ヘッジファンドの運用の手口の変化について見ていきたいと思います。

 昨年11月半ば以降、猛烈な勢いで日本株の購入を開始した外国のヘッジファンドですが、しかしその売買の手口は決して一様ではなく、12月の半ば以降から、明らかな変化が見られます。そして、この変化こそが、まさに今後数年間に渡って日本株が持続的に上昇していくだろうという見込みの裏付けとなるものであり、そしてその最大の基盤となっている要素こそ、中国経済がいよいよ本格的な拡大基調に入ったことにあります。

 株式には、先物株と現物株の2通りあります。ちなみに、金融先物取引というのは、江戸時代の堂島で行われたものが世界最初とされています。当時の日本において、コメは金融商品でもあり、いまで言うところのコモディティとして取引されていました。

 ところで、先物取引の性質について、当時と今でもまったく変わっていないこととして、リスクヘッジの要素があります。金融商品というのは、上昇が見込まれる分にはそれで何の問題もないわけですが、しかし当然ながら、商品は上昇もすれば、下落もするわけです。特に、コメなどの場合、その年の天候次第でいくらでも値段が変わります。先物というのは、今後下落するかもしれない、という場合でも、先々その商品を手にする(あるいは売る)際に、その未来の時点の値段ではなく、取引が成立した時点での価格で商品を手にする(あるいは売る)ことにより、下落にまつわるリスクをヘッジするわけです。これが、先物取引の根本にあるものです。

 また、このことは、単なるリスクヘッジにとどまらず、まったく同じ銘柄について、先物と現物で違う値段になるわけで、そうである以上、同じ銘柄についても、先物と現物との差額を利用とした取引というのも行われるようになります。現在、裁定取引と呼ばれるものがそれに当たります。

 一方で、単に現物を購入する場合、このようなややこしいことは生じないわけです。それはまた、長期に渡り持続的に上昇が見込まれるならば、先物ではなく、現物を購入することこそが最も得である、ということでもあります。

 という訳で、同じ銘柄であっても、先物と現物ではその性質がまったく違うわけですが、日本株に関して、昨年12月半ばから徐々に始まったヘッジファンドの変化というのも、つまるところ、ここにあるのです。一言でいうと、ヘッジファンドの手口について、11月半ばから12月半ばにかけての時期(つまり衆院の解散・総選挙から投票日頃まで)は、明らかに先物を主力として買っていたのです。しかし、これが12月の半ば以降は、徐々に現物株の購入へ移行し始めたのです。

 既に何度も申し上げてきたように、11月半ばに突然株価が急上昇し始めたのは日本に限ったことではなく、ヨーロッパ・アジア・太平洋・中南米など、いわゆる世界同時株高となったわけで、日本株の上昇もこの流れのなかにあるものです。

 ここで今一度復習しますが、株価の上昇要因は、主に2つです。1つは、中国が自力で不況から脱出し、そうして猛烈に経済の上昇が始まり出したこと。そして2つ目として、この中国経済の上昇を更に後押しするために、中国にとって最大の輸出先であるヨーロッパに関して、ヘッジファンド債務危機にあった南欧諸国の資産を買ってこれを落ち着かせたこと。もちろん、日銀が大規模な金融緩和をすればそれだけ更に円安は進み、日本株もより一層上昇するわけですが、しかし、これはまだ後の話です。

 世界貿易における最大の要となった中国経済が急拡大することで、貿易が活発化し、また他の新興諸国の経済も軒並み好転し、それにより各国へ資金が流入することで円安にもなるわけですが、問題は、中国経済が本格的に上昇軌道になったのは明らかだとしても、しかし具体的にどれほどのものになるのか、更にその上昇のスピードもどの程度のものになるのか、こればかりは、昨年11月の時点では解りません。

 そのためヘッジファンドだって、最初は現物ではなく、先物を購入するわけです。ヘッジファンドというのは、儲けに貪欲である一方で、非常に用心深いです。どれだけ損を出そうと公的資金で救済されるウォール街の銀行などとは、この点がまるで違います。ヘッジファンドの場合、損を出しても、あるいは損は出さないにしても、リターンが少ないといってファンドの出資者から見放されても、公的資金で救済されるようなことはありません。潰れて終わりです。だから彼らヘッジファンドは、最初は極力リスクヘッジをしながら、つまり先物主導で買いを行いながら、徐々に現物へと移行していくのです。このことはまた、当時としてはある程度のリスクのある現物も、先物主導で上昇を促すことが出来るというメリットがあります。

 中国経済は、個人消費の上向きから始まったもので、その後様々な要素が徐々に好転していき、一方で、本命と見做される貿易の改善は最も遅く、12月になってからでした。これはもちろん、正確な数字は1月に発表される12月の貿易統計を待って初めて正確に解るわけですが、一方で、株価指数には、業種別に色々なものがありまして、そして上海市場においても、海運の指数というのは存在し、貿易統計を待つまでもなく、日々その変化が解るのです。また、港湾に太い情報のパイプを持っていれば、なおのこと、よく解ります。

 何度も申し上げますように、海運というのは、貿易における物流業務が主たる役割ですので、その株価は、必然的に、今後いかに世界貿易が活発になるか、というほぼその1点が重要になってくるのですが、11月半ばの株価上昇局面以降、実は出遅れていたこの海運株は、12月の下旬に、突如として業種別の騰落率で1位となりました。

 ちなみに、僕が、これから中国経済のかつてない上昇が始まるということを確信したのは、このときです。世界同時不況を受けて、他のどの業種よりも株価の下落率が低かったこの海運株が、突如として株価上昇の1位に躍り出た。これは決して投機的なものではありえないので、このときを以て、僕は中国経済のかつてない上昇を確信しました。

 そして、この頃から、ヘッジファンドは、日本株の購入に関して、段階的に現物株への比重を高めていったのです。

ちなみに、11月半ば以降、日経平均岩戸景気以来となる12週連続の上昇となったわけですが、しかしその内容というのも、このようなヘッジファンドの運用の手口の変化に伴い、変化しています。

 重要なことは、日経平均の上昇は、12週連続で途絶え、その後は週間ベースで見ると、株価は下落しているわけですが、しかし一方で、このような「先物→現物」という変化は、日経平均の上昇が止まった2月に入っても続いていることです。続いているどころか、更に加速しています

 東証が発表する投資家別売買動向によると、週間ベースでの上昇が途切れた2月第1週に関して、確かに外国人投資家は、日本株について売り越しているのですが、一方で、現物株に関しては、大幅な買い越しなのです。日経平均の上昇が途切れたこの週ですが、しかしそれでも外国人投資家は、現物株に関しては大幅に買い越しており、しかもその買い越し額は、11月下旬や12月上旬よりも、ずっと多いのです。

 このことは、同じく週間ベースで株価が下落になった2月の第2週も同様で、この週の外国人投資家による現物株の買い越し額は、その前の2月第1週よりも、更に増えているのです。

 しかし、なのになんで日経平均は2週連続で下落したのか? それはもちろん、現物の買いよりも先物の売りの方が多かったからに他なりません。

 という訳で、この2週連続の下落を、単なる下落と見做すことは出来ません。この下落はつまるところ、用のなくなった、あるいは用済みになった先物を処分し、その分で現物を買っていたということです。先物のなかでも、用済みになった先物は、この機会にさっさと売却する、そしてその売却益は、後日現物に振り向ける。要は、そういうことです。

 一方で、中国経済の上昇も間もなく第2局面を迎えようとしていることも事実です。つまり、輸出と、それにまつわる生産活動についてはだいぶ解ってきた、しかし、インフラ投資などに関しては、3月5日に始まる全人代を見なければわからない、だから今はまだ様子見ムードが漂っているわけですが、しかしだからこそ、用済みの先物を売却し、後の上昇相場に備えるうえでは、絶好の機会ともいえるわけです。

 ちなみに、先物は、何もすべて必要ないわけではありません。先物先物で色々と使えるので、今後も折に触れて機動的に購入してくることでしょう。

 なお、ヘッジファンドが、長期に渡り持続的に儲けるうえでは、まず先物から入り、次いでそれを現物へと移行しながら先物を少しずつ処分していくというのは、既に、過去の運用の手口からパターン化されていることなのですが、それというのも、すべては先物と現物の性質の違いからくる、当然のことであるのです。