アメリカの経済・財政は、とてもじゃないけど大規模な軍事作戦に耐えられるレベルではない

 米英仏によるシリアへの軍事作戦の開始が、いよいよ始まろうとしています。しかし、アメリカにとって、軍事作戦の長期化は、何としても避けたいところです。というのも、経済・財政、いずれも、もたないからです。

 アメリカ時間で8月27日、ケリー国務長官がシリアを強く非難し、軍事介入を示唆したことが伝わると、その次の瞬間、ニューヨーク・ダウは大幅に下落しました。この問題について、株式市場においては、とにかくアメリカはミサイルを1、2発撃つぐらいでなるべく早く撤退してくれ、という声が支配的です。

 アメリカの財政は火の車です。イラク・アフガンの2つの戦争による戦費の増大、そして何よりリーマンショックによって、連邦政府の債務は劇的に増加しました。それまでは、平均すると単年で3000億ドルほどだった財政赤字が、2008年、突然1兆4000億ドルを超え、以後も、毎年1兆ドルを軽く超える巨額の赤字を垂れ流し続けます。

 そうして、今年3月、ついに歳出の強制削減が自動執行されました。これは、向こう10年間で1兆2000億ドル、つまり日本円にすると、年間でおよそ12兆円の歳出削減を行うものなのですが、ここで削減の最大の対象となったのは、国防費とその関連です。3月1日に自動執行された853億ドルのうち、実に427億ドルが、国防費をはじめとした防衛関連の支出でした。

 ただ、それでも削減の額は足りません。今後10年間で1兆2000億ドルを削減する予定とはいえ、その額は、2008年のたった1年間の赤字額よりも少ないのです。アメリカは、もっともっと歳出の削減を行う必要性に迫られています。

 しかしその一方で、赤字そのものは増え続けています。アメリカの場合、連邦政府の債務に関しては、法律で上限が決められているのですが、このままだと、今年10月に、連邦政府の債務残高がこの上限に達してしまう見込みです。なので、アメリカは、10月の期限までに、債務上限の引き上げを行うと共に、併せて、更なる財政再建の案をまとめなければなりません。債務上限引き上げの合意がなされない場合、アメリカはデフォルトになりますので、オバマ政権としては、何としても共和党との間に妥協点を見つける必要があります。しかし、オバマ政権と共和党との溝は非常に深いものであり、そのため、この協議は、9月中に始めないと間に合いません。その際に、シリアへの軍事介入からの撤退に手間取るようでは、共和党に足元をすくわれます。このような事態は、オバマとしては絶対に避ける必要があります。そして、ここでオバマ政権と共和党が揉めれば揉めるほど、将来において国防費が削られる可能性が高まるのです。

 一方で、問題はこれだけにとどまりません。財政不安は債券市場に影響を与えるわけですが、ここで問題になって来るのが、FRBの政策です。リーマンショック以降、アメリカのFRBは、3度に解り大規模な資産買い入れ策を行ってきたわけですが、今年5月、FRBバーナンキ議長は議会証言において、ついにこの資産買い入れの縮小に言及しました。するとそこから、アメリカ国債の下落に歯止めがかからなくなったのです。しかし、バーナンキの姿勢は翌月になっても変わらず、6月20日のFOMC(連邦公開市場委員会)の後の記者会見で、9月をメドに年内にも資産買い入れプログラムの縮小を開始し、翌年にはこのプログラムを終える、と明言します。

 こうして、アメリカ国債は、下落していきます。FRBという巨額の買い手が国債の大量購入から手を引く、と明言している以上、国債の下落は当然なのですが、問題は、債券市場の動向が、住宅市場にも影響を与えることです。

 アメリカ国債といっても、指標となっているのは10年債ですが、国債というのは価格が下落すると金利は上昇するわけで、だから10年債が際限なく下落することは、長期金利が際限なく上昇する、ということになります。そして、長期金利の上昇は、そのまま住宅ローンの金利の上昇に直結するのです。

 アメリカの住宅市場は、バブルの崩壊により、壊滅的なダメージを受けました。その住宅市場を、FRBの金融緩和によって、とりあえず回復軌道に乗せてはきたものの、しかしそれでも、アメリカの住宅市場はいまだ脆弱です。これについては、家計にも問題があります。FRB住宅ローン担保証券を大量に購入してきたことで、一般家庭が抱える住宅債務は減ってきてはいますが、しかし減ってきたとはいえ、住宅債務はいまだアメリカの個人所得の7割もの規模にのぼるのです。これは金額にすると、日本円でおよそ1100兆円になります。

 このような状況のなか、つまりFRBによる資産買い入れプログラムの縮小開始がついに目前に迫ってきたこの時期に、もしもシリアへの軍事作戦が長引いて、それがアメリカの財政不安に繋がって国債が売られ、長期金利が益々上昇し、そして長期金利の上昇に連動して住宅ローンの金利も更なる上昇を見せることは、アメリカの住宅市場にとっては、リスク以外のなにものでもありません。まかり間違えば、せっかく回復軌道に乗ってきた住宅市場が、再度沈没するリスクさえ孕んでいます。

 バーナンキ議長は、年内に資産の買い入れを縮小し、そして来年には資産買い入れプログラムをすべて終える、と明言しているのです。そうである以上、仮にシリアでのアメリカの軍事行動が長引いてアメリカ国債が売られたとしても、FRBは容易に国債の購入は出来ません。すべて終える、とはっきり言い切ったのです。それを撤回して、資産買い入れプログラムを継続することは、FRBの信認を大きく失墜させます。

 また、住宅市場が低迷することは、単に不動産業者だけの問題ではありません。建築など、関連の業種も低迷します。そして更に、自動車の売上も低迷します。ここ最近、アメリカの自動車市場を牽引しているのは主に2つで、1つは富裕層向けの高級車、そしてもう1つは、ピックアップトラックです。そして、ピックアップトラックの売上が上昇している背景に、住宅市場が回復軌道に乗ってきたことに伴う、建築資材その他の運搬需要の増大、などが挙げられています。

 ピックアップトラックは単価が非常に高いので、アメリカの自動車業界にとっては重要な収入源です。そうである以上、この部門の売上が低迷することは、自動車業界にとってはマイナス以外のなにものでもありません。

 しかし、シリア問題がアメリカ経済に与える影響は、まだあります。それは、原油価格の高騰です。7月に起こったエジプトのクーデターを受けて、ニューヨークのWTI原油価格はついに1バレル100ドルを突破しました。そして、シリア情勢の緊迫化はこの原油高に拍車をかけ、8月28日は、110ドルを超えます。これは、アラブの春による民主化デモがバーレーンに飛び火したとき以来、2年4か月振りの高値です。

 好況時に、需要の増加を受けて自然に原油価格が上がるのは良いとしても、戦争などの地政学的リスクにより、突然原油が上昇することは、経済にとってはマイナス以外のなにものでもありません。特に、クルマ社会のアメリカの場合、原油高を受けてガソリン価格が高騰することは、家計の圧迫材料になるので、そのぶん消費を冷やします。

 アメリカの個人消費は、依然として停滞したままです。つい先日、小売最大手のウォルマートが決算を発表しましたが、ウォルマートアメリカ国内の売上は、前年同期比でマイナスでした。他にも、メーシーズなど小売り大手の決算は軒並み悪く、個人消費低迷への懸念が高まったばかりです。

 このようなときに、一段と原油高になることは、より一層消費を冷え込ませるだけで、良いことなど何もありません。

 そして、個人消費が低迷し、不動産・建設・自動車・小売り……、など各業界の企業収益が悪影響を受けると、当然ながら税収も減るわけで、そうなると、連邦政府は更なる歳出の削減を迫られます。

 つまり、悪循環であるわけです。

 シリアへの軍事作戦が長期化することで、儲かるところがあるとすれば、それは石油関連企業ぐらいのものです。

 そして実は、軍需産業にとっても、シリアへの軍事作戦の長期化は明らかにマイナスです。

 何故なら、戦費が拡大して財政危機が深まれば深まるほど、将来における国防費削減への圧力になるからです。アメリカの軍需産業にとって、アメリカ国防総省ことは、まさに自分たちの武器を買ってくれる最大のお得意様であるわけですが、しかし強制的な国防費の削減が起きれば、それだけ国防総省の予算が減るわけで、これは軍需産業にとっても困るわけです。

 しかし、これはシリアへの軍事作戦が長期化する場合の話で、短期で終了する場合、軍需産業にはプラスに作用する可能性があります。というのも、先程も述べたように、この10月、連邦政府の債務が法律で定められた上限に達することを受けて、アメリカ議会はあらためて赤字削減策を議論する必要があります。なので、9月中にも、オバマ政権と共和党の間での協議が始まると見られているわけですが、シリアへの軍事介入は、そこでの議論に向けて、国防費を維持することはアメリカにとって必要ですよ、とアピールする格好の舞台となるものでもあるからです。

 とはいえ、これはあくまでも短期で終える場合であり、もしも軍事作戦が長期化した場合、それは軍需産業にとっても、将来においては間違いなくマイナスでしょう。

 ちなみに、オバマとしては、最悪でも、債務上限問題に関して共和党との協議が始まる前に、軍事作戦を終了し、軍を撤退したいところでしょう。オバマとしては、共和党に足元をすくわれることだけはなんとしても避けたいところです。オバマにとって、最優先事項が何であるかは明白で、財政問題のエキスパートであるジャック・ルーを財務長官にした時点で、彼が財政問題を最優先に解決したいと考えていることは明らかです。そして、だからこそ、今年3月、中国で全人代が閉幕したその翌日に、ルー財務長官を北京に派遣したわけです。何故なら、アメリカ国債の最大の保有者が中国政府であるため、いの一番に李克強新首相のもとへルー財務長官を派遣し、そうしてアメリカ政府にとって最大のスポンサーである中国政府のご機嫌をうかがいに行ったわけですから。