市場を荒らす怪物的ヘッジファンド「CTA」の正体

 現在の日本が、投機マネーの圧倒的な影響を受けていることはいかんともしがたい事実です。そうである以上、我々は、当の相手について知らなくてはなりません。解散・総選挙の決定以降、日本株を買っているヘッジファンドというのは、どのような性質のものなのでしょうか?

 ヘッジファンドの一種に、CTAというのがあります。コモディティ・トレーディング・アドバイザーの略で、ヘッジファンドの代表格です。このCTAというのは、実は人間ではないのです。え? 何を言ってるんだお前? そう疑問に思われるでしょうが、しかしこれは事実です。『週刊ダイヤモンド』2011年3月19日号に、このCTAについての詳細な記事が掲載されました。それによると、CTAというのは、「金融工学に基づいたプログラムによって、“ロボット”が24時間体制で売買する」ファンドなのです。

 という訳で、実際のところ、本当に人間じゃないんです。血も涙もなくて当たり前です。このような徹底的に利益を追求した果てに生み出された、金融工学の粋を結集したロボットこそ、先月来、大金を投じて日本株を買い漁っている“張本人”なのです。

 たとえば、『週刊ダイヤモンド』が2011年3月に行った「資源沸騰 マネー暴走」という特集号には、昨年前半になされた取引について、次のような記述があります。

 「1月31日から、2月18日までに日経平均株価は、605円上昇している。ところが、東京証券取引所の取引時間中に上がった額は累計でわずか70円にすぎない。ではどこで値上がりしたのか。答えは日本の夜中に当たるシカゴ先物市場である」。

 「寝ているあいだに海の向こうで価格が決められるため、日本の投資家は圧倒的に不利になってしまう。価格の下落局面で売り抜けにくいことを考えれば想像できるだろう」。

 「それを仕掛けているのがCTAだ。(中略)QE2という“大船”に乗って、やりたい放題稼ぎまくっている」。

 これまでの僕のレポートをお読みくださった方は、この記事から、すぐに3つのことが浮かんだと思います。

 まず、株価は急上昇しているものの、しかし東証が開いている日本時間の上昇はわずかなも ので、株価上昇の殆どは外国時間によるものだということ。これは、解散・総選挙が決まって以降の一貫した流れとまったく同じであるわけです。ただ違うのは、金額です。今回は、かつてとは比べ物にならない巨額なマネーがつぎ込まれています。

 そして2つ目ですが、記事中に出てきた「シカゴ先物市場」です。先週、ニューヨークとパリの証券取引所を運営するNYSEユーロネクストを買収したICEインターコンチネンタル取引所のライヴァルとして、名前を挙げたところです。

 そして3つ目は、「QE2」です。これは、日銀の白川総裁をはじめ、多くの金融関係者が、近年の資源・食糧価格高騰の要因だとして激しく批判している、アメリカのFRBが行った大規模な金融緩和政策です。そしてまた、安倍首相が日銀に脅しをかけて無理やりにでも行わせようとしているのも、要するにこれです。先進国の中央銀行が大規模な金融緩和をおこなって過剰に資金を供給すると、それが巡ってCTAのようなヘッジファンドのところへ行くのです。

 ともかく、利益追求の化け物と化したこのようなロボットこそが、解散・総選挙以降、日本株を買い漁っているのです。冗談抜きで、本当に血も涙もないこのロボットこそが、いまや世界の誰よりも巨額なカネを操っているのです。こんな危険なことはありません。

 ヘッジファンドの裏事情に精通している方で、草野豊己(草野グローバルフロンティア代表取締役)という人物がいます。この草野さんは、かつてロスチャイルドで対日投資アドバイザーを務めた経歴もお持ちなのですが、その草野さんによると、現在金融市場で展開されている大規模な空中戦においても、「いまや大半の市場がCTAに“制空権”を握られてしまった」というのです。つまり、株式・債権・為替・資源・穀物・貴金属、これらいずれの取引においても、既に市場はCTAの圧倒的な支配下に入っているというのです。

 ところで、『週刊ダイヤモンド』によれば、CTAについて、「その資金の出し手は、世界の富裕層と一部の欧米の年金基金」であるといいます。ただ、これまで日本株は、これらのカネの投資先にはあまり入っていなかったのです。一方で、円は違います。リーマンショックを受けて世界経済が急速に収縮し、新興国から資金が一斉に引き戻されたことを受けて、駆け込み寺的に資金が円に流入し、円高になりました。しかし、株においては、日本は殆ど狙われてこなかったのです。とはいえ、それもここに来て、様相は変わってきました。解散・総選挙以降、投機マネーは、明らかに日本株を食い荒らしに来ています。

 先週木曜、CSの株式市場分析専門番組「ラップ・トゥデイ」において、相場解説をしていたエフ・エリオットの藤原尚之さんが、非常に気になる指摘をしました。衆院選投開票後の相場の模様から、「この感じでは、これまで日本株に目を向けて来なかった海外の年金基金までもが、いよいよ日本株に狙いを定めてきた可能性がある」と言うのです。更に翌金曜になると、同じく「ラップ・トゥデイ」のなかで、日経CNBCの鎌田泰幸経済解説員が、「もはや海外の年金基金日本株を買いに来ているのは明らかです」と明言しました。もちろん、富裕層の資金も、CTAを通じて日本株を買いに来ています。

 では、はたして世界の富裕層と年金基金とは、いったいいくらぐらいの額にのぼるのでしょう? 以下は、『週刊ダイヤモンド』に掲載されたそれぞれの金額です。

    年金基金       2550兆円
    世界の富裕層    3200兆円

 一方で、オイルマネーその他も含め、投資先を求めて世界中を彷徨っている余剰マネー、別名「ホームレスマネー」の総額は、実に4000兆円にのぼるといいます。つまり、あまりに巨額過ぎてその全貌は正確には掴めないわけですが、とはいえ、市民にはとても実感できないような巨額なマネーが、このCTAの後ろに控えているのです。

 そうであればこそ、先週東証につぎ込まれた異常な金額も、説明がつくのです。先週、特に後半は、たった3日間でおよそ6兆円もの金額が東証1部につぎ込まれました。1日平均2兆円です。

 つまり、いよいよ年金基金が、CTAを通じて、日本株を買い漁ってきているのです。
年金が投資するのは良いとして、問題はCTAです。なにしろ、相手は人間ではないのです。利益だけを徹底的に追求し、金融工学の粋を集めたロボットです。そして、そのようなロボットが売買を行うヘッジファンドに運用を任せる人間がいるわけです。それも、何千兆円という規模が控えているわけです。どう考えても間違っているのですが、しかしこれがいま起こっている事態なのです。

 昨年夏以降に起こったことを時系列で詳細に分析すると、そこには金融兵站術とも言うべき大規模な仕掛けが透けて見えてきます。グローバリズムの果てに、その当然の帰結としてどうしても浮き上がってきたものです。

 これに対抗すべく、我々に出来る何よりのことは、民主主義を高めることです。いかなる投機マネーの侵略も、民主主義には勝てません。中央銀行が健全な運営を行い、証券取引所外資の買収を阻止し、そして何より政治がリベラルな理念のもとに機能すれば、“怪物”の操る投機マネーといえども、そう好きにできるものではありません。その最たる例が、アイスランドです。アイスランドは革命を起こしました。またドイツにしても、ここはギリシャ問題の対応においてはお世辞にも誉められたものではないわけですが、とはいえ、先進国のなかでは、ドイツほど経済が健全な国はありません。日本はこれらの国から学ぶべきことがたくさんあります。