日本を含む世界同時株安の正体は、CTAバブルの崩壊が原因

 日経平均株価は、相変わらず木曜日に大幅下落となっていますが、しかし何度もお伝えしてきたように、5月下旬以降株価が急速に下落してきたのは、日本だけではないのです。

 香港、シンガポール、台湾、韓国、タイ、インドネシア、フィリピン・・・、いずれも尋常ではなく株価が急落してきました。日本は、いくら株価が急落したとはいえ、それでも年初からいまの水準を見ると、日経平均は依然として20%ほどの上昇なのです。ところが、他のアジア諸国はそれでは済みません。シンガポールが年初来安値を更新したのをはじめ、他にも年初来安値を更新する国が続出したです。つまり、今年数か月かけて上昇させた分を、たった2・3週間で全部吐き出してしまった状態なのです。これはもう、異常です。

 ファンダメンタルズに何か変化があったわけではありません。東南アジア諸国は、いずれも経済が安定して高成長の只中にあり、特に変わりはないのです。精々、インドネシアで公共料金の値上げから若干物価高が懸念されるぐらいで、とりたてて問題など何もないです。にも拘らず、株価は急落しました。

 では、ならばこれらの国の株価上昇は、そもそも初めからバブルだったのか? もちろん違います。インドネシア、タイなど、このあたりは5〜6%前後の高成長を保っているのです。繰り返しますが、安定して高成長の只中になるわけで、所得は上がる、インフレは抑制されている、だから個人消費は拡大する、そこに目をつけて外資はドンドン参入してくる・・・、という高循環でまわっている以上、これらの株価上昇がバブルであるわけがないのです。

 ちなみに、株価が下落した、アジア諸国だけに限った現象ではなく、ブラジルなど中南米新興国でも株価は急落しており、そしてこれら新興国ほどではないにしても、欧米の主要市場も、やはり5月下旬以降、少なからず株価は下落してきました。

 つまり、5月下旬になって、突然世界同時株安になったのです。どこだって、ファンダメンタルズはとりたててなんの変化もないのに。

 ここで注目すべきは、昨年11月半ばに起こったことです。この時期、日本ではアベノミクス・ラリーの始まりだとか言って、やたら自国の株高ばかりちやほやされましたが、しかしこれまで何度も申し上げて来たように、この時期に突如株価の上昇が始まったのは何も日本に限ったことではなく、11月半ばというのは、世界中で同時多発的に株価の急上昇が始まったのです。

 そして、5月下旬になると、今度は世界中で同時多発的に株価が急落し始めたのです。

 要するに、この時期がポイントなわけですよ。

 何度も申し上げてきましたが、ヘッジファンドというのは、6月締めと12月締め、年に2度リセットの時期が来るわけですが、ファンドとの契約者の償還請求の期限というのが、だいたい45日から30日前まで、と決まっていまして、つまり11月と5月の下旬というのは、ヘッジファンドにとって、この償還請求の時期にあたるわけです。つまり、リセットです。

 要するに、昨年11月、ヘッジファンドのリセットに伴って突然株価の上昇が始まり、そして今また、ヘッジファンドのリセットに伴って、突然株価の急落が起きているのです。これは決して偶然ではありません。

 ヘッジファンドと言っても色々あるわけですが、ここで問題なのはCTAです。例の、コンピューターのプログラムに基づいてロボットが24時間体制で自動売買するという、恐ろしいところです。

 そして、先日申し上げたように、6月第1週になって、このCTAのパフォーマンスが著しく悪くなっていることが俄かに判明したのです。CTAの中には、株式を上場しているところもあるのですが、マン・グループというロンドンに上場するCTAの大手などは、たった1週間で運用資産の実に6・1%を失うという惨憺たる状態です。

 コンピューターのプログラムに基づき、各市場で荒稼ぎしていると思われていたCTAですが、しかし実態はまったくその逆で、コンピューターが暴走した挙句、大損を出している、つまり自らが構築したプログラムによって自ら自滅しつつある、ということが、段々明らかになってきたのです。

 で、そのCTAの自滅の余波が、アジアを中心とした世界中の市場に降り注いでいる、というのが、この5月下旬以降の世界同時株安の原因である、という訳です。

 6月13日、瀬川剛さんはCSの「アクロス・ザ・マーケット」に出演した際に、現在の相場の状況について、次のように分析しました。

 「リーマンショック以降、ファンド業界の中では、CTAは上手くやっているということでおカネが集まっていたが、実はまったく上手く行っていなかったことが解った。逆にマン・グループなどは惨憺たる状況に追い込められた。いまCTAは下げを主導しているわけではなく、逆にCTAは生き残りをかけて必死になってポジションを取りにいっている。まあ、4月には金の急落という場面もあったわけですが、私は現在の相場は、過剰流動性のもとでCTAバブルが膨らんで、それがいま破裂している、そのことがここ最近の全世界的な株安の要因じゃないかと思いますね」。

 非常に正しい分析だと思います。いま起こっている株安は、このようなCTAバブルの破裂によるもので、だからこれが過ぎれば、また株式市場は正常に機能する筈です。

 という訳で、日経平均株価の急落に関しても、別に安倍政権への期待が失望に変わったというものではないのです。何故なら、安倍政権になど、そもそもはじめから期待などしていないので、だから失望もありません。2007年以降、安倍、福田、麻生、鳩山、菅、野田、と日本の首相は1年おきに変わっているのです。日本の政治など、なんら信頼されていません。日本の政治に期待して株を買う投資家というのは、よっぽどセンスがないと言っていいでしょう。

 ちなみに、5月23日から、6月13日までの間に、日経平均株価は、終値ベースではおよそ3200円下落したのですが、そのうち、およそ2800円が、木曜に下落しているのです。つまり、日経平均の下落というのは、つまるところ木曜日に限定したもので、木曜を狙い撃つように株価が下落し、そして木曜以外では殆ど下落していないのです。

 ところで、CTAと言えば、株式の運用は、指数先物とオプション、この2つに特化しているのですが、昨日の6月13日というのは、6月切りオプション取引の最終日にあたりまして、そして今日の14日は、指数先物とオプションの特別清算指数の算出日(通称SQ算出日)にあたります。これは朝の寄り付き直後に行われます。また、オプションに関して言うと、6月切りが終わると、次は9月切りに移行します。つまり、このオプションに関しては既に13日の木曜を以て山を越えたわけで、あとは先物と併せた今日14日に行われるSQの数値が確定すると、概ねすべての山を越えることになります。

 実際、朝9時の寄り付きを待つまでもなく、日経平均先物は猛烈に反発しております。オプション取引の最終日である13日における日経平均先物終値は1万2400円であり、前日12日の終値から800円以上下落したわけですが、13日の東京市場の終了以降、日経平均先物は急速に上昇を開始し、大幅高になっています。

 【付記】

 この原稿を書いたのは、先週の14日午前のことなのですが、その後、ロイターに注目すべき記事が掲載されました。それは、アメリカの債券市場に関してのものです。

 実は、5月以降、アメリカ市場では極めて異例のことが起こっていました。というのも、5月下旬から、株は売られ、ダウ平均はジワジワと下落していったわけですが、その一方で、米国債も売られ、国債市場でも資金流出が起きていたのです。通常なら、株が売られると、資金は一旦債券市場に逃げてきて、国債価格は上昇するものなのですが、今回は株・債券、両方共に売られたのです。では、ならば安全資産の代表格である金が買われたのか? 実は金も上昇していないのです。

 ちなみに、株と債券が両方共に売られるというのは、アジア市場でも広く見られた光景でした。

 という訳で、主要な金融商品が、とにかくなんでもかんでも売られたのが、この5月下旬からの状況だったのです。

 ところで、CTAというのは、株・債券・為替・資源・穀物・貴金属、以上のすべての市場においてそれぞれにポジションを取っています。過剰流動性のなかでCTAに資金が大量に集まっていたところ、今回そのCTAが巨額の損失を計上し、そうして数年来続いたCTAバブルがついに崩壊した、そのことが5月下旬以降の世界的な市場の混乱の最大の原因であるという構図そのものに間違いはないと思うのですが、具体的にどの市場での損失が引き金になったのかは、外部からはまったく解らないわけです。

 日本株の最初の、そして最大の急落があったのは5月23日のことで、各国の株式市場でも概ねこの日から下落が始まったわけですが、その前日22日には、FRBバーナンキ議長の議会証言がありました。ここで議長はとりたてて大したことを言ったわけではなく、FRBはいずれ量的緩和を縮小するときが来る、とはいえ当分の間緩和策は継続します、という当たり前のことを言っただけです。当然ながら、永遠に金融緩和などできるわけがないのであり、そもそもバーナンキ氏は来年の1月に退任することがほぼ決まっていますし、だからそれまでには量的緩和を縮小するけど、でも現状のアメリカ経済の状態では当分はまだこれまでの政策を維持する、と言っただけです。

 で、メディアの間では、このバーナンキ議長の議会証言以降、FRBが金融緩和を縮小したら、マネーが細って株式市場から資金が流出するのではないか、ということを投資家が恐れ、それにより世界中で株価の下落に歯止めがかからない、などとまことしやかに言われてきたのですが、しかしFRBが金融緩和を縮小したところで、投資マネーは世界中に有り余っているわけです。前述の瀬川さんも、「金融緩和をやらなくても、マネーはジャブジャブにあるんですよ、だから金融緩和の縮小がどうのこうのというのは、私にはどうも後付けにしか思えなんですね」と語っていたのですが、その通りだと思います。

 とはいえ、FRBが金融緩和を縮小するということは、世界最大の中央銀行米国債の購入を減らすわけですから、アメリカの債券市場は直接に影響を受けるわけです。そこで注目なのが、先週14日の午後ロイターに掲載された、「焦点:米FRBは今度こそ本気、債券投資家は買い入れ縮小を確信」と題する記事です。

 「米連邦準備理事会(FRB)は今度こそ本気。これが米国債投資家の見方だ。FRBが近く総額2兆5000億ドル・4年半の債券買い入れプログラムを縮小すると信じており、米国債市場の動揺を招いている」。

 「指標の10年物米国債利回りは、5月始めは1.60%だったが、この6週間の間に2.19%まで急上昇した。その結果、債券ファンドからは急激な資金流出が起き、米国債入札でも需要の低さが目立っている」。

 「FRBに逆らうことは、これまで長らく、悪い戦略と見なされてきた。しかし今や、4年間に及んだ大規模な金融緩和のあと、多くの投資家は、FRBが市場の動きを主導しなくなった時どのように行動すればよいのか、分からなくなっている」。

 以前申し上げたように、リーマンショック以降、世界の金融市場は、CTAによってその制空権を握られた状態でした。しかし、そのCTAこそが、「どのように行動すればよいのか、分からなくなって」いたとしたら、どうなるか? あるいは、トレンドが変わるということを、人間の投資家はよく理解して、機敏にポジション修正を行ったのに対し、制空権を握っていたCTAは別で、国債に関して機械のプログラムは相も変わらず依然のままの売買を行い、それにより多額の損失を出していたのだとしたら? 

 「5月は、投資家がついに、債券投資で損失を出したという点で、特筆すべき月だ」。

 記事には、このようなことも書いてあるわけです。

 もちろん、事実は解りません。ただ、これまでは損失を出す筈がなかった米国債への投資で、ついに損失が発生したのがこの5月であり、そしてCTAが、この損失を挽回すべく、日本株先物で暴走した挙句、逆にかえって損失を膨らませてしまい自滅した、ということはそれなりに考えられるわけです。そのときCTAの売買はどのようなプログラムで動いていたのかは、ファンドの外部からは一切窺い知れないわけですが、但し、一連の市場の混乱の引き金を引いたのが、実は米国債での損失であった、という可能性は頭の中に入れておくべきでしょう。

 はっきりしている事実は2つで、極端な世界同時株安が始まった日付は、バーナンキ議長が国債など資産買い入れの縮小に言及した翌日からであること、そして世界的に株価の下落が止まったのが、日本株の6月切りオプション取引が終了し、指数先物と併せてその特別清算指数が算出された日であること、この2つは、はっきりしています。この日以降、年初来安値を更新するほど売り込まれていた香港やシンガポールやタイなどでも、株価は反転し、上昇に転じているのです。他にも、フィリピン、インドネシアなど、上昇に転じたところは幾つもあります。

 ただ、これで本当にすべての混乱が収束したのかは、解りません。今週の木曜を無事に突破したならば、おそらく収束ではないかと思われます。