小泉元首相による脱原発会見があった昨年11月12日、実は株式市場において歴史的な大相場が始まっていた……

小泉元首相、アメリカ政府、ヘッジファンド中国共産党、ロシア政府、大手太陽光メーカー・・・、ひょっとしたらすべては連動しているのかもしれません。というのも、〈それ〉はすべて、11月12日の事だったからであり、更に〈その後〉は、これも殆ど11月15日に起こったからです。

順を追って見ていきましょう。

昨年11月12日、小泉元首相は記者会見で脱原発を強く主張し、日本において大きな話題となりました。一方で、実はこの日、アメリカのジャック・ルー財務長官が東京を訪れ、安倍首相と会談をしたのです。アメリカの財務長官と日本の首相の会談、これは極めて重要なイベントである筈なのに、しかし翌日の毎日新聞は、このことについて信じられないほど小さい記事しか載せませんでした。まるで、この会談はなかったこと、と言わんばかりに。朝日新聞はそれに比べると大きく扱ったのですが、しかしその内容はなぜかTPPの話題に終始していました。しかし、です。

ジャック・ルーは、13日にはシンガポールに滞在しており、そこで彼はCNBCヨーロッパのインタビューに応じていました。そして、そのインタビューでジャック・ルーは、日本政府の掲げる成長戦略第3の矢について、明確な不満を表明したのです(TPPについては、一切触れずに)。それを受けて、CNBCヨーロッパのキャスターは、ルー財務長官は日本の政治にフラストレーションを感じている、と言い切りました。

つまり、ルー・安倍会談において、日本のメディアが全然報じない何かが話題になっていたのは明らかであり、その会談において、安倍首相が掲げる成長戦略についてジャック・ルーが強く批判し、成長戦略として別の何かを要求したことは間違いありません。

ところで、時を同じくして、この時期、日経平均株価は急激に上昇を開始しました。この上昇はかなり唐突で意外なものであり、マーケット関係者の間では、謎である・・・、警戒も必要・・・、イエレン効果だ・・・、いやこれはアベノミクス第2弾の始まりだ・・・、など様々な見解が出ていました。そして15日の金曜になると、5月以来となる1万5000円の大台に乗り、更に日中の取引で上値を追って、1万5100円台に乗せてきました。

週間ベースでの上昇率は、実に7・66%にのぼったのですが、これは記録的な数字です。というのも、これはアベノミクス相場の頂点であった5月を超えるものであり、更には、小泉郵政改革で株価が急上昇した時だって、週間で7%を超えたことはなかったのです。ところが、このような記録的な株価の上昇が、いきなり起こったのです。言うまでもないことですが、この株高の最大の原因は、ヘッジファンドです。

で、あらためて振り返ると、突如ヘッジファンドによる資金流入が活発化したのは、11月12日であったのです。では、この日何があったのか? マーケット関係者の間で極めて評価の高い小泉元首相が、郵政改革を引き合いに出して、いまこそ首相決断で脱原発に舵をとれ、と安倍首相に強く圧力をかけたのが、まさにこの日だったのです。一方で、同じくこの12日には、アメリカのルー財務長官が来日し、安倍首相と会談を行いました。これについて、ジャック・ルーが、日本政府の成長戦略に強い不満を表明したということは、翌日のシンガポールで受けたCNBCヨーロッパのインタビューから明らかです。

裏を返せば、ジャック・ルーが、こんな成長戦略じゃダメだ、別の内容に変えろ、と安倍首相に対し圧力をかけたその同じ日に、小泉元首相も郵政改革を引き合いに出して安倍首相に圧力をかけたといえます。

そしてその同じ日に、ヘッジファンドも動いたのです。ヘッジファンドにも色々あるわけですが、この日動いたのは、グローバルマクロと呼ばれるマクロ系のヘッジファンドで、その代表格は、ジョージ・ソロス率いるソロスファンドです。このマクロ系のファンド、最近はおとなしくしていたのですが、それがこの12日に、突如として日経平均先物とオプションに大量の資金を投入したのです。また、イベントドリブンという戦略を駆使する別の勢力も、マクロ系ファンドと同様に動いてきたと言われています。

そして以後も、木曜、金曜と、ヘッジファンドから立て続けに資金が入り、そうして日経平均株価は一挙に1万5000円の大台に乗ったのです。

ちなみに、言うまでもないことですが、日本が脱原発を決定することは、アメリ財務省にとってはプラスです。巨額の貿易赤字をなんとかしたいアメリカにとって、日本が原発をやめて再生可能エネルギー天然ガスにシフトすることは、米国産のシェールガスを日本に大量に輸出する契機となります。

また、アメリカの財政問題といえば、その直撃を最も受けているのは、軍産複合体です。リーマンショック以降、アメリカでは、ロッキード・マーティンボーイングなどが、兵器を製造する工場を次々に閉鎖しています。これは今後更に加速する見込みで、というのも、昨年3月、ついに歳出の強制削減が自動執行され、今後10年間で防衛関連支出を5000億ドル(およそ50兆円)削減する必要があります。しかし、深刻な財政問題を抱えるアメリカにとって、これだけ削減してもまだ防衛費は重しとなっており、今後更なる防衛費の削減が必要です。

アメリ財務省は、もはや軍需産業の面倒を見る余裕はまったくありません。そうである以上、今後、軍産複合体の更なる縮小は間違いないところです。生産工場は更に閉鎖していき、多くの雇用も失われるでしょう。経営破綻により国有化されたGMが、デトロイトを破綻に追い込むほど工場を閉鎖し、雇用も犠牲にすることで経営を立て直したように。

既にロッキード・マーティンは、過去5年間で、14万6000人いた正規社員が、11万6000人まで減っています。そして今回のリストラにより、新たに4000人が削減されることになりました。しかし、これは今後もっと減ります。そうして経営の効率化を高めることで、利益を出す必要性に迫られています。もしリストラや工場の閉鎖をしないなら、ヘッジファンドは容赦なく軍需企業の株を売るでしょう。アメリカにおけるチーフ・エグゼクティヴ・オフィサー(CEO)というのは、株主の利益のために経営をする存在なので、だから軍需企業は、徹底的な経営の合理化に踏み切らざるを得ません。

ボーイングに関しては、こちらも軍需部門は盛んにリストラをしていますが、一方で中国を始め新興国の成長を受けて、民間機の需要は非常に強く、民間機ビジネスが牽引するかたちでボーイングの株価は急騰し、2013年のダウ平均のベストパフォーマーとなりました。

とはいえ、アメリカにおいて雇用の問題は喫緊の課題であり、雇用の創出というのは大きなテーマであるわけですが、そもそも、オバマが経済政策の目玉としたものは、グリーン・ニューディールです。そしてもう一つが、シェール革命です。

ところで、ヘッジファンドによる大量の資金流入に併せるかのように、これまで日本市場に参入していなかったアメリカの太陽光パネル最大手のファーストソーラーが、満を持して日本市場に参入するという記事が、当時日経新聞電子版に掲載されました。しかも、単にメガソーラーを建設するだけではなく、そのメガソーラーを投資ファンドに売却するなど、ファンドと連携しての日本参入なのだそうです。

ところで、この11月12日は、そもそも、中国共産党が、今後10年の政策の道筋を決定する重大会議、3中全会の閉幕に合わせて、声明を発表する日で、世界中が、この11月12日の北京に注目していました。

この声明文において、共産党指導部は、市場化を促進する、ということを何よりも強調したのですが、最大の問題は、いかに既得権積層を打破できるか、これに尽きます。基幹産業における国有企業の独占、そして国有企業と癒着する官僚と一部地方政府の独断専行、この打破こそ最大の焦点です。

ところで、翻ると、日本だって、電力に関しては、天下り企業による地域独占のもとで、官僚と地方自治体が癒着しているわけで、そう考えれば、この分野においては、日本も中国も、課題は似ているともいえます。

但し、中国の場合、李克強首相は強く改革を推進しようとしてきた一方で、江沢民国家主席などがつっかえ棒となり、改革を阻もうとしているのに対し、日本は逆の構図で、安倍という現首相が既得権益を手放そうとしないのに対し、元首相の小泉氏が、改革しろ! と強く迫っているわけです。

ちなみに、TSチャイナ・リサーチの田代尚機さんは、3中全会閉幕を受けて、その翌日「アクロス・ザ・マーケット」という投資家向けの番組に出演し、上海など現地のファンドマネージャーたちが、今後有望となる銘柄は何かという話題について、太陽光関連、というのを結構強調していました。

当たり前のことですが、アメリカを除けば、日中両国こそ世界の2大経済大国であり、この両国が、市場メカニズムに則った改革を行うなら、大量の資金が動くのは目に見えています。

とりあえず、事実を確認しておきましょう。

11月12日、この日は、北京で3中全会が閉幕し、その後コミュニケと呼ばれる声明文が公表される段取りであることは、以前から決まっていた。そして、その日に合わせるかのようにルー財務長官と安倍首相の会談を行われ、その席でルー財務長官は、安倍首相に対して圧力をかけた。更に同じ日に、小泉元首相は記者会見をセッティングし、そこで彼は郵政改革を引き合いに出し、脱原発の決断をするよう、こちらも安倍首相に圧力をかけた。そしてその同じ日に、マクロ系のヘッジファンドによる日本市場への巨額の資金流入が始まった。そしてその日、上海では、ファンドマネージャーたちの間で、太陽光の話題が結構盛り上がっていた(もちろん、太陽光だけではないけれど)。

以上が、11月12日に起こったことです。

そして、その次の日付は、11月15日です。ちなみに、この15日というのは、中国共産党が、3中全会を受けて、改革の詳細についてより踏み込んだ声明文を発表する日であり、更にそれに併せて、習近平とジャック・ルーの会談が北京で行われる段取りとなっていました。

さて、ここで中国共産党からいったい何が出てきたのか? 勿論様々な改革案が出てきたのですが、電力部門の改革もありまして、これまで国有企業が独占していたこの分野について、今後は政府が介入することなく、電気料金の価格は市場メカニズムに委ねると明言したのです。

一方で、李克強首相の発言として、中国は今後、民間や外資によるクリーンエネルギー投資を受け入れるという発言も流れてきました。

これを受けて、ヨーロッパのマーケットが開く時間になった後、CNBCヨーロッパの「ヨーロッパ・スクワーク・ボックス」という番組では、中国への今後の投資について盛んに議論され、中国は今後太陽光がかなり伸びる……、そして天然ガスもかなり伸びる……、投資先として最も魅力的だ、という話が一巡する一方で、広く液化天然ガス市場についての議論も展開され、現在液化天然ガスは供給の方が需要よりも多く、供給過多になっているが、しかし今後アジアにおいてこの需要が増大するのは間違いない、ということが言われました。

ところで、天然ガスといえばロシアというのが非常に重要ですが、この15日には、ロシアからも、重要なニュースが飛び込んできました。この日、ロシア下院が、液化天然ガスの輸出自由化法案を賛成多数で承認したのです。

一方、その数時間後に、アメリカも動きました。アメリカのエネルギー省は、エネルギー大手フリーポート社の液化天然ガス輸出の拡大を認可したのです。

両国とも、これまで以上に自国の天然ガスを輸出したい、というのは明らかなわけですが、その2か国が、まるで示し合わせたかのように、同じ日に動いてきたのです。

ちなみに、言うまでもないことですが、天然ガスについては、中国の需要の増大が見込まれる一方で、目下のところは、日本が世界最大の輸入国です。とりわけ、周りを海に囲まれた日本の場合、通常の天然ガスではなく、一旦液化して海上輸送する液化天然ガスが極めて重要という特殊な事情があります。そしてその日本では、先日小泉元首相が、原発をやめるよう安倍首相に強く圧力をかけたばかりです。

しかし、動いたのは液化天然ガスのプレイヤーだけではありませんでした。例のアメリカの太陽光パネル最大手のファーストソーラーが、これまでビジネスを行ってこなかった日本市場について、今後は日本に対し積極的に進出すると正式に発表したのです。

その日本ですが、ヘッジファンドによる資金流入は、まさにこの日、ある極点を迎えました。1日の売買代金は実に3兆円近くにのぼり、そうして一気に1万5000円の大台を突破したのです。これにより、週間ベースでの上昇率は、実に7・66%という記録的な数字となり、アベノミクス相場における新記録であるだけでなく、小泉の郵政選挙のときの株価上昇をも完全に上回ったのです。

ちなみに、他の主要国の株価上昇率はどうかと言いますと、ニューヨーク・ダウが1・27%、ドイツDAXが1・00%、フランスCACが0・75%の上昇ですので、日本だけ突き抜けて物凄い上昇を見せたことが解ります。

そして、この日最大のイベントであるルー・習近平会談において、ルー財務長官は、中国の改革への姿勢に好感を示し、エネルギー問題や投資協定などでより緊密な関係を築いていきたいと語ったのです。

以上が、11月15日に起こったことです。

この一連の過程を見れば、小泉元首相、アメリカ政府、ヘッジファンド中国共産党、ロシア政府、大手太陽光パネルメーカー、これらすべてが、相互に連携して動いていることは、ほぼ間違いないと思います。

なにしろ、示し合わせたように、同じ日に一斉に動いているのです。これは決して、偶然で片づけられるものではありません。

ちなみに、日本の市場関係者の間にも、非常に興味深いことを語っている人たちはおりまして、「ラップ・トゥデイ」という投資家向けの番組において、昨年秋、レギュラー解説者である瀬川剛さんは、次にように言いました。

原発が停止していることで日本の貿易赤字が拡大しているとよく言われますが、しかしそうやって貿易赤字が拡大することで、一時的に円高に触れそうな局面でも、この貿易赤字が円安方向へと引っ張ってくれるのです。つまり、原発の停止による貿易赤字の拡大が、為替の面から、日本株の下支えになっているわけですね」。
 
これは要するに、原発は停めたままでいろ、それが日本株にとってもプラスなんだ、と言っているわけで、明らかに脱原発の決定を促す発言です。また、同じ「ラップ・トゥデイ」においては、ヘッジファンドや政府筋の情報に詳しいブーケ・ド・フルーレット代表の馬渕好治さんの発言も興味深いです。

ヘッジファンドなど外国の投資家は、日本のエネルギー問題の動向にかなり注目しています。それで、仮に日本が原発をやめるという場合には、それは再生可能エネルギーが伸びるということがはっきりするわけですから、彼らは好感するでしょう」。

という訳で、日本政府に対し、様々な方面から、脱原発への圧力が高まっていることは、まず間違いないのです。という訳で、この時期の相場は非常に興味深いものであり、後日、更なる詳細な分析を行います。

最後に、小泉元首相について、あらためて確認しておきたいことがあります。それは、小泉元首相は、ドイツのシュレーダー元首相と大変似ているということです。

東京都知事選を受けて、日本は脱原発のために今一度ドイツに学ぶべきであることは明らなわけですが、ところで、メルケル首相というのは、かつては原発推進であり、ドイツの政界において脱原発を主張していた有力者といえば、シュレーダー元首相です。では、シュレーダー氏は、首相在任中、どのような政策を行っていたのか? 2000年代前半、シュレーダー内閣は、まさに小泉構造改革さながらの改革を行い、それによりドイツでは、輸出主導で経済はつよくなった一方で、非正規雇用などの増大などにより格差は拡大したと言われました。その批判が、メルケル率いるキリスト教民主同盟への政権交代を生んだのです。

しかし、脱原発を主導したのはメルケルではなく、むしろシュレーダーの方であり、シュレーダー構造改革に対して強い批判を持っていたドイツ市民も、福島の事故を受け、原発の問題ではシュレーダーなどと共闘し、そうしてついにメルケル政権に対し脱原発の決定へと舵を切らせたのです。

ところが今、日本の脱原発市民の一部では、ドイツに学ぶべきと盛んに言って来た人のなかでも、ここぞとばかりに小泉批判を行う様子を目にします。このように小泉批判を行うことは、まったくもってドイツの経験に反するものです。

脱原発を望むドイツ市民が、福島の事故を受けてなお、盛んにシュレーダー批判を行っていたとしたら、ドイツはいまだ原発推進だったかもしれない。このことを十分考慮して、都知事選に臨むべきではないでしょうか。

都知事選・脱原発相場の主役に躍り出たエナリス、売買代金はトヨタやソフトバンクをも上回り堂々の全体1位

株式市場において、細川元首相の都知事選出馬による脱原発銘柄への物色は、益々活況を呈しており、短期的なもので終わらず、今後も持続していくであろうことはもはやはっきりしつつあります。その主力はやはりマザーズジャスダックベンチャー、そして東証1部でも時価総額の小さい小型株が中心なのですが、更に新たな視点も導入し、より多角的に見ていきたいと思います。今回対象とするのは、1月17日金曜日の相場です。

まずは、以下がその主な脱原発関連銘柄の上昇率です。

省電舎       18・91%
ファーストテスコ  16・84%
エナリス       4・93%
グリムス      27・27%
岩谷産業      12・71%
加工機        8・89%
アジア投資      8・62%

このなかでも、特に注目すべきは、前回同様エナリスです。株価上昇率だけで見るならこのなかで一番低いのに、それがなんで最大の注目なのか? エナリスが凄いのは売買代金でして、マザーズ市場に上場しているこのベンチャー企業は、その売買代金においてついにソフトバンクをも上回り、なんと東京市場における全体1位に躍り出たのです。それも、ソフトバンクの代金が666億円であるのに対し、エナリスは実に927億円にのぼるわけで、これはぶっちぎりの1位です。

これだけの金額が売買されて、そのうえ株価の上昇率が10%を超えようものなら、もはや怪物的な銘柄と言ってよく、もちろんさすがにそこまでは行っていませんが、しかしエナリスというマザーズ上場のベンチャー企業ソフトバンクトヨタといった並み居る大企業を根こそぎ追い越して、売買代金で堂々1位というのは驚異的であり、まさに細川・小泉効果以外のなにものでもありません。

このエナリスについては、後程更に詳しく紹介したいと思います。

そしてまた、エナリス以外にも、省電舎やファーストテスコをはじめとする各銘柄の上昇率は目覚ましく、まさに再生可能エネルギーや省エネなど、脱原発銘柄が華やいでいる状況です。

言うまでもないことですが、まだ都知事選は公示前なのです。にも拘わらず、連日これだけ脱原発関連銘柄が活況を呈している以上、実際に選挙が公示され、選挙戦がスタートし、各種世論調査などによって細川氏の優勢が報道されるようならば、この脱原発相場はそこから更にターボがかかって来る筈です。

これに関連して重要なのが、今年から始まったNISAと呼ばれる小額投資非課税制度です。投資額100万円までなら株式の売却益などの税金が免除されるこのNISAは、去年の時点において既に相当の口座が開設されていて、今後株式市場には、このNISA口座を活用した新規の投資マネーの流入が確実視されています。

証券会社の方によると、新たに口座を開設した新規の個人投資家は、まだその殆どが株式を購入しておらず、市場の状況を観察している状態です。彼ら新しい投資家の資金がどの銘柄に向かうのか? それはまさに今年の株式市場の大きなテーマであったわけですが、そこに突如として現れたのが、脱原発をメインに掲げる細川・小泉連合というわけです。

証券会社の営業担当者からすれば、「細川都知事誕生によって日本のエネルギー政策が一気に脱原発へと傾く可能性がありますから、もし脱原発が実現するなら、環境関連ベンチャーの株価は長期に渡って上昇するでしょう」というのは恰好の営業ネタになるわけで、おりしも食品などを中心に物価も上昇してきたところですし、なので新規の個人投資家も、インフレ対策として脱原発銘柄で利益を生もうという狙いから、都知事選に合わせてこれら脱原発関連株が更に上昇する可能性が出てきます。そうなると事態が逆転して、都知事選の結果が出る前に、まず株式市場の方から脱原発の気運が高まり、それが都知事選の投票行動に影響を与える、というプロセスも考えられる次第で、今後の動向が益々注目となってきます。

一方で、東証1部の主力株においても、これまでとは違う傾向が出ています。売買代金で見た場合、1位はソフトバンクで、3位がトヨタと、このあたりは毎度お決まりなのですが、目立ったのが、2位のシャープと、4位の三菱自動車です。

とりわけ市場の驚きを誘ったのは三菱自動車です。三菱自動車の株がここまで大きな金額を集めて取引されるというのは極めて珍しいことなのですが、しかし単に金額が大きいだけでなく、三菱自動車は株価の上昇率も凄くて、連日に渡り大変な活況なのです。この日の上昇率は10・06%と、ついに2桁の大台に乗ったほどです。

いったい三菱自動車がここに来てなんで突然こんなにも活況を呈しているかというと、市場において言われているのが、この企業は昨年秋の半期末の決算において過去最高益を更新したにもかかわらず、PER(株価収益率)が大変に低くて驚くほど割安であり、この割安感から買われた、というのがその説明なのですが、しかし先週に入って特段材料なるニュースもなかったのに、それが何故いまになって突然こんなにも買われているのか? というのはかなり謎なのです。

そうなると、基本に立ち返るというのが王道です。三菱自動車というのは、ご存知の通りかつてリコール問題などで倒産の危機に陥った企業ですが、しかしつい2年ほど前、超低燃費を可能にした新型ミラージュを投入して一躍復活しまして、更にここに来てプラグインハイブリッドへの大型投資を行う予定でいます。

一般には知られていないかもしれませんが、日本のメーカーにおいて、プラグインハイブリッドへの意欲の高さでは三菱自動車が一番なのです。要するに三菱自動車というのは、倒産一歩手前の地獄を見たところから這い上がり、そしてエコカーに特化することで一気に業績を拡大しようとしている企業なのです。

一方のシャープはというと、この企業は、まさにちょうど一年前、倒産の危機にあったところです。いつ潰れてもおかしくない、それが一年前のシャープだったのですが、そのシャープが見事に不死鳥のごとく復活してきたのです。シャープ復活の最大の原因は、圧倒的な省エネを可能にするIGZOという液晶です。IGZOの省エネ性能は他のメーカーと較べても突き抜けたものがあり、アップルなど世界のトップ企業が次々に採用しています。

そしてこの最新液晶の次に来るのが、太陽光パネルです。IGZOはシャープに大きな黒字をもたらしていますが、シャープは太陽光パネル事業も順調で、着実に黒字を稼いでえいます。

つまり、三菱自動車とシャープは、いつ倒産してもおかしくないところから自力で這い上がり、そうして世界屈指の環境技術をもって再び羽ばたこうとしているわけです。

ジャスダックマザーズ脱原発関連ベンチャーにしても、三菱自動車やシャープにしても、このような企業の株が買われるというのは株式市場にとっては大変良いことです。そうである以上、株式市場としては、細川・小泉氏に対し、脱原発だけでなく、プラグインハイブリッドや電気自動車の普及なども含め、総合的な低炭素社会を目指すべく、環境技術を最優先にした産業の再編まで視野に入れた、大胆な政策の展開を期待したいところです。

そして、株式市場において圧倒的な注目を集める銘柄こそエナリスであるわけですが、このエナリスとはどのような企業なのか?

エナリスは新しい企業であり、マザーズ市場に株式を上昇したのは、去年の10月のことです。つまり、上場してからまだたったの3か月しか経っていないわけで、にも拘らず、そのような新興企業が、東証1部上場のトヨタソフトバンクといった世界的な大企業を押しのけ、売買代金で全体1位になるというのは、非常に異例です。

では、そのエナリスとは、具体的にはどのような事業を行っているのでしょうか? エナリスのホームページには、次のようにあります。

「当社は、エネルギーの効率的利用をテーマに、需給管理を核として電力取引、エネルギーマネジメントや電力流通情報等のサービスを提供しています。また気象予報士による需要及び発電量の予測を行っています」。

「ユーザーの電力利用や購入方法改善パートナーとして、エネルギーマネジメントシステムの提供や、需要家PPS、再生エネルギーの地産地消型PPSの業務代行を行っています。また、需給管理=スケジュール管理の観点から、音声操作スケジューラーESQORTを展開、新しいライフスタイルを提供いたします」。

エナリスグループは、電力自由化に伴って生じる新しいサービスや電力購入・販売方法を研究し、電力事業者向けのコンサルティングサービスやシステム企画・構築、電力購入コンサルティングや仲介、斡旋を目的として、これらに付随したサービスの提供を目的として設立されました」。

「2007年以来、特定規模電気事業者(PPS)業務代行のパイオニアとして、電力事業代行、コンサルティングなどの 電力・エネルギー・環境に関連する事業、エンジニアリング事業、さらには再生可能エネルギー予測、スマートコミュニティ構想など数多くのプロジェクトを推進しています」。

このような事業を行っているエナリスですので、日本が脱原発電力自由化に舵を切るなら、まさにその恩恵を最大限に受けることは間違いありません。将来的に、非常に有望な企業といえます。

そしてまた、このような企業が他にもドンドン伸びていくなら、そのことによって、サステナブルな社会構築のための新しい産業のあり方を提示するモデルともなり、更に高校生や大学生など次代を担う人々にとっても、今後必要なスキルや知識とは何かという1つの指標にもなりえます。

そういう意味でも、エナリスに対する注目は増すばかりです。なお、以下が、エナリスのホーム―ページです。
http://www.eneres.co.jp/

株式市場にこそ、アベノミクスを強烈に批判する人々がいる

細川元首相という有力な脱原発候補が東京都知事選に出馬表明したことは、株式市場において大きなうねりを生み出しています。それはつまり、脱原発関連銘柄の物色です。とりわけベンチャーなど新興企業によって構成されるジャスダックマザーズ市場ではこの傾向が顕著であり、再生可能エネルギーや省エネ関連の企業の株価が急上昇しています。以下は、1月15日の主なところです。

  省電舎          22・73%
  エナリス         22・59%
  ファーストテスコ     19・53%
  グリムス         16・85%
  日本アジアグループ     8・72%
  日本風力開発        6・38%

なかでも、とりわけ主役となったのはエナリスです。この日エナリスの売買代金はおよそ800億円にのぼるもので、これは東証全体でも突出したものがあり、東証1部に目を転じても、このエナリスを上回る金額を集めたのはソフトバンクだけです。つまりエナリスは、日立やトヨタや三菱UFJをも上回る取引がされたわけで、投資家に対し非常にインパクトを与えました。

その一方で、この日は東芝がイギリスの原発の受注が内定したということも伝わり、東芝の株価も大幅高となる面もありました。

とはいえ、都知事選はこれからが本番です。小泉元首相と連携しての細川氏の立候補は強力であり、今後株式市場では、選挙戦の動向次第でこれら環境関連ベンチャーの株が更なる活況を呼ぶことと思われます。

安倍政権は都知事選において原発が争点になることを非常に恐れているわけですが、しかしそういう訳にはいきません。原発については、今こそまさに国民的な議論を行うべき時です。瀬川剛さんも、投資家向けの番組「アクロス・ザ・マーケット」のラストにおいて、次のような提言を行いました。

「今日は東芝がイギリスの原発受注っていうことで結構買われたりしましたよね。ところが、前年度、つまり去年の四月、大学の原子力関連学部の志願者が2割減った。来年度はもっと減りそうだという。いま、原発っていうのは鬼子のように扱われていますよね。そうなると、原発に関する日本のノウハウや知識の後継っていうのはいったいどうなるのだろう? 一方で、廃炉作業っていうのはこれから延々と続いていくわけですよ。そういう面での技術者は必要なんですね。だから都知事選でも原発のことは当然争点になりますが、これを機会にもう一回みんなで原発のことを議論すべきです。そういう局面になってきてるんじゃないか」。

この瀬川さんの問いは非常に誠実です。東芝がイギリスの原発を受注したといっても、次代を担う若者は確実に原発から離れており、いまや原発は鬼子のような扱いになっている。その一方で廃炉のために技術者の育成は不可欠だ。このままでいいのか? これを機会に原発のことについて国民的な議論を起こすべき、というのは至極当たり前のことです。

ちなみに、瀬川さんは、以前から安倍政権に対して厳しい批判を行っています。昨年12月の取引最終日、いわゆる大納会の際、安倍首相は東京証券取引所に現れ「2014年もアベノミクスは買いだ」と演説をしたのですが、このような安倍首相の動きについて、瀬川さんは「浮かれすぎだ」と痛烈に批判しました。

投資家向けの番組「マーケット・ストリート・ラップ・トゥデイ」に瀬川さんが今年最初に出演した際、真っ先に行ったのが、安倍首相を名指しで批判することだったのです。

「安倍首相は大納会の日に取引所に現れ、演説を行ったわけですが、いくらなんでも浮かれすぎですよ。そもそも、政府要人というものは、株式市場に対してあれこれと口先で干渉すべきではない。マーケットは政治から独立したものであり、政府要人が立ち入るべきものではありません。それよりも、ちゃんと政策を行うことが仕事でしょう。しかし、安倍首相はそれをやっていない。去年の6月成長戦略を出しましたが、これはハズしたわけです。それで、秋に成長戦略第2弾を出すということになったわけですが、しかし秋になってみるとなんら手を付けることなく、結局成長戦略は今年の6月へと先送りですよ。いわゆる岩盤規制と言われている既得権の分野について、本当に切り込む気があるのか? 安倍首相の動向からは、そのような姿勢はまったく見えてこないですね」。

ヨーロッパの市場関係者の間では以前から、アベノミクス批判が活発化しており、グローバル金融メディアであるCNBCの番組では、「日本のマーケットは大変魅力的であり、企業業績は好転している。しかしアベノミクス、これが障害物になっている」という見解にしょっちゅう出会うのですが、この瀬川さんの批判もまさにそうです。

アベノミクスによって株価が上がっているというのは大嘘であり、実際のところは、ヨーロッパの債務危機、中国のインフレ、アメリカの低迷という、過去数年間世界経済をどん底へと陥らせていた様々な悲観論が消えていき、世界経済回復への期待から株価から戻ってきたというのが真実であり、アベノミクスによって株価が上がってきたのではありません。むしろ、アベノミクス日本株の回復(上昇)の邪魔をしているのです。

ところで、安倍政権はことあるごとに、脱原発を唱えているのは左翼だ、という訳の解らない批判を繰り返してきました。彼らは無理やりにでも脱原発派は左翼だ、ということにしたいわけですが、そんな安倍政権にとって最も嫌なのは、証券業界から脱原発の声が上がることです。というのも、ファンドマネージャー個人投資家というのは、誰がどう見ても左翼ではありません。

メディアによるプロパガンダ、つまり「アベノミクスによって株価が上昇してきたのだ」という情報操作がある以上、証券業界は安倍政権の味方ということになっております。しかし、政権に迎合する凡庸な勢力がある一方で、株の達人と呼べる人に関してはそうではなく、むしろ瀬川さんのように、実は証券業界のなかにこそ最も強烈な安倍批判を行う人材がいて、そして国内の投資家から外国のヘッジファンドに至るまで、日本が脱原発に舵を取ることを望んでいる市場関係者は結構いるのです。

特にヘッジファンドに関しては、彼らは福島の問題を大変神経質に注視していて、日本が脱原発に舵を取るなら、その選択を歓迎するでしょう。このことについては、後日あらためてお伝えします。

日本の経済報道はいったい何がどうおかしいのか? 『希望の国のエクソダス』で提示された問題を現在に当てはめて考察する

 10月1日、安倍首相は消費税を現行の5%から8%へと引き上げることを正式に発表しました。これについては、各方面から、様々な疑問符が投げかけられています。

 一方、それに先立って、9月27日、9月のCPI(消費者物価指数)が発表され、これが前年同期比で0・8%のプラスだったことを受け、甘利大臣は、デフレから脱却しつつあるという声明を行いました。

 しかし、日本は依然としてデフレ状態です。CPI(消費者物価指数)、及びコアCPIは確かに共に現在においてプラスですが、しかし食料・エネルギー価格を覗いたコアコアCPIは依然としてマイナスです。

 つまり、全体としてマイナスなんだけど、為替が円安に振れていることによって、食料・エネルギー価格だけが上がっている状態です。ただ、この食料・エネルギー部門というのは、経済活動において何よりも必要不可欠な出費となるものです。市民生活や企業活動への影響は非常に大きいです。

 という訳で、物価に関して、まず、人々の生活実感はどうなのか、ということになるわけですが、日銀は10月2日、第55回「生活意識に関するアンケート調査」というものの結果を公表しました。以下は、これに関するロイターの記事です。

 「景況感については、現在の景気が1年前より「良くなった」と答えた人の割合から、「悪くなった」と答えた人の割合を差し引いた景況感指数(DI)がマイナス8.3となり、前回調査からマイナス幅が拡大」。

 要するに、人々の生活実感のDIは、マイナス8・3と非常に悪いのです。一方、企業の側から見た状況ですが、この前日に発表された日銀短観において、中小企業製造業のDIもマイナス9と、こちらも大きく沈んだままです。それに対し、大企業製造業のDIはプラス12と非常に良く、つまり大企業だけ状況が良くなっているというのが現状です。

 ところで、この消費税増税は、そもそも「税と社会保障の一体改革」のために、野田政権時代、3党合意されたものです。では、社会保障というのは何なのか? 社会保障とは、理念的には、富めるものから貧しい者への所得分配です。この理念こそ、社会保障の基本です。そうである以上、社会保障の財源を確保するために増税をするというなら、その対象は、何よりも富裕層にならなければなりません。富裕層増税、具体的には、所得税最高税率を引き上げることです。

 最近、先進各国においては、所得税最高税率を引き上げようという動きが活発化しています。フランスでは、所得税最高税率引き上げを公約としたオランド大統領が就任し、一旦は座礁に乗り上げたものの、しかし何とかして実行に移そうとしてきました。また、ドイツでも、連立政権樹立の協議において、最大野党の社会民主党は、所得税最高税率引き上げを連立政権加入への条件の一つにしています。

 あのアメリカでさえ、オバマ政権は、社会保障費を確保するために、富裕層増税を唱えているのです。

 つまり、社会保障費の捻出、あるいは財政再建のために、所得税最高税率を引き上げるという政策課題に取り組むことは、先進国においてコンセンサスとなっているのです。そうである以上、日本も本来はこのような議論を行うべきなのです。ところが、日本の場合、メディアはずっと以前から、増税と言えばひたすら消費税の増税ばかりを唱えてきたのです。

 ちなみに、ヨーロッパとは違い、アメリカの場合、事態は混迷しています。言うまでもなく、共和党の強硬な反発にあって実現が難しい状況です。このアメリカの状況を国際社会はどう論じているかというと、オバマは正論を唱えているのに、共和党がこれを邪魔している、ということになるのですが、しかしそうであるならば、日本において、富裕層増税などハナから頭になく、社会保障のために消費税の増税を主張する大手メディアは、悉く共和党的と言わざるを得ません。日本の大手メディアは、何年も前からずっと、税に関しては消費税増税を推進してきたわけで、このようにメディアが共和党的な論調一色で塗りつぶされるというのは、どう考えても狂っています。

 ところで、政府は消費税を増税する、一方で日銀は異次元の金融緩和を行っているわけですが、消費増税にしろ、大胆な金融緩和にしろ、ともにIMFが日本に対して以前からその実行を強く要求してきたことです。また、IMFは、安倍政権が行った、機動的な財政政策という名のバラマキについても、成長を促すものとして高く評価しています。このような観点から見た場合、現在の日本は、政府・日銀ともに、IMFの言いつけを忠実に実行しているだけ、と捉えることは十分可能です。

 一方で、消費税の増税、大胆な金融緩和に対し、強く反対していた、鳩山・小沢氏、などの民主党政治家、更には白川方明日銀総裁が、揃いも揃ってメディアから強烈なバッシングを受け、挙句潰された、ということは既に誰もが知る事実です。

 現在、メディアの報道を見る限りでは、日本は確実にデフレから脱却しつつあり、景気も回復基調に入っているそうなのですが、しかしこれは本当でしょうか? そもそも、日銀の発表するDIにしても、メディアは、大企業のDIだけをやたらと取り上げて、中小企業のDIは隅っこです。しかし、景気というなら、生活実感に関するアンケートの方こそ、何よりも景気の指標といえるのではないでしょうか? そして、この数字は、いまだ非常に悪いのです。

 ところで、村上龍さんの『希望の国エクソダス』は、緻密な金融・経済の話題に触れながら、学校に行かなくなった中学生たちと、マーケットが複雑に交錯する近未来小説ですが、そのなかで、次のようなことが言われます。

 「大ざっぱに言って、投資家は不自然に安い株を買って、投機家は不自然に高い通貨を売るんだけど、財政と実体経済がどの程度悪いのか、政府が嘘を言い続けている間に、誰もわからなくなっているところがあるわけよ」。

 「金融時ジャーナリストは早くから病状を指摘してきたんだけど、そういう記事が載るのも専門誌だけで、一般紙はずっと無視してきたし、メディアはいつの頃からか、本当のところ日本の金融や経済がどうなっているのか、自然に、わからないふりをするようになったんだよね。いつの間にか、正確な情報ってやつそのものが曖昧になっちゃったのね。特に海外の情報は紹介されることがなくて……」。

 「メディアが敢えて報道しようとしないのか、国民が知るのをいやがっているのか、わたしにはわからないんだけど、なんか、メディアは確かに真実が見えないようにしている気がするし、多くの国民にとって真実は見たくないものになっているような気がするのよ」。

 これはとてもサイエンス・フィクションとは言えないのであって、まさに現在の日本を的確に言い表しているといっていいでしょう。

 『希望の国エクソダス』にあるのは、徹底的なメディアへの不信です。全編を通して、メディア批判が貫かれています。

 一方、村上龍さんは、『希望の国エクソダス』の連載と並行して書かれたエッセイ、『奇跡的なカタルシス フィジカル・インテンシティⅡ』においても、しばしば日本のメディアの経済報道に対する批判を述べています。

 「マスコミ全体が旧来の文脈に染まっていて、すでに起きている新しい現象を捉えることができない、ということだ。たとえば、景気の回復と経済の回復は別ものなのに、殆どの場合、混同して語られる」。

 「彼らが景気の回復と日本経済の回復を混同するのはきっと無知が原因というわけではないだろう。敢えて混同しているのではないかと思う。そこにはある種のタブーが潜んでいるようだ」。

 「景気」と「経済」は別であり、したがって「景気の回復」と「経済の回復」もまた別である、これは当たり前のことなのですが、しかし日本のメディアは、これをわざと混同して使っている、しかもそこには、「ある種のタブーが潜んでいる」と村上さんは指摘しているのです。これは、非常に重要な論点です。

 この問題については、具体例を見て検証してみることにしましょう。

 アメリカのFRBは、日本の金融政策決定会合にあたるFOMC(連邦公開市場委員会)というのを定期的に開催し、そこで金融政策のかじ取りを行うのですが、この9月に行われたFOMCは、近年まれに見るほど世界的な注目を集めました。リーマンショック以降、FRBは3度に渡り大規模な量的緩和(通称、QE)を行って経済の下支えをしてきたわけですが、今年6月バーナンキ議長は、年内にもQEの縮小を開始し、来年にはすべての資産買い入れを終える、と発言したのです。バーナンキ議長は来年1月に任期が切れて議長職を退任する以上、次期議長のことを考えれば、自らの退任直前にQEを縮小することは多分ない筈なので、だからQE縮小開始の時期はおそらく9月であろう、というのが市場におけるコンセンサスとなっていました。そのため、この9月のFOMCは、全世界的な注目を集めたのです。

 しかし、結果として、9月のQE縮小は見送られました。いまだ雇用が十分に回復していないこと、住宅市場も心配であること、また議会における財政協議の行方も不透明であること、などがその理由です。つまり、バーナンキ議長は、経済的な観点から、QEの縮小を見送ったのです。このことは、バーナンキ議長の会見、及びFRBが公式ホームページで発表した声明文から、誰の目にも明らかです。ところが、このことに関する日本のメディアの報道は、非常におかしいものでした。それは、FRBの声明文をどのような日本語に訳したか、ということに表れています。

 日経新聞電子版は、毎回FRBの声明文の全文訳を掲載しています。

 たとえば、「economic recovery」といえば、それは「経済の回復」に他なりません。ところが、日経電子版は、これを「景気回復」と訳したのです。

 また、「Economic growth will…」とあれば、これは「経済成長の見通し」について語ったものですが、しかし日経電子版は、これを「景気の見通し」と訳しました。

 先程引用した村上龍さんの問題提起からすると、このような訳は、非常におかしいと言わざるを得ません。

 ちなみに、日本の消費税増税については、9月に発表された4−6月期のGDP改定値が、消費税増税にゴーサインを出すかどうかの重要な指標の一つとされていました。そして、発表された改定値は、プラス3・8%というものであり、ここで高い数字が出たことで、消費税増税に一歩前進となったのですが、しかし、これはあくまでも「Economic growth」つまり「経済成長」のことであり、「景気」の良し悪しについてのことではありません。ところが、メディアは、このGDP改定値をもって、「景気回復」していると評したのです。

 「景気」というならば、10月2日に日銀が発表した生活調査アンケートのDIこそがまさにその指標となる筈です。ところが、政府は、9月に発表されるGDPの改定値を最大の指標とし、そして最終的には10月1日朝に日銀が発表する短観を受けて、10月1日の夕方に総理が決断を下す、というスケジュールが既に決定していました。10月2日に日銀が発表予定であった生活実感に関する調査は、所費税増税に際して、最初から無視されるというスケジュールだったのです。

 こうして、生活者が感じる「景気」は消費税増税の判断材料とはされず、最大の材料は、「Economic growth」つまり「経済成長」であったのです。そして、各メディアは、この数字が非常に良かったことをもって、日本の景気は順調に回復している、今こそ消費税の増税をすべき、と報じたのです。

 これは、明らかにおかしいです。

 同じことを、今度はアメリカに当てはめてみましょう。バーナンキ議長は、景気が回復しているとか、あるいは景気はいまだ弱い、などとは、一言もいっていません。このような姿勢は、以前からずっとそうです。ところが、日本のメディアは、「アメリカの景気回復への期待から……」などという言葉を非常によく使います。しかし、アメリカの景気は回復していません。いまだに景気は弱いから、アメリカは小売売上の数字もあまり良くないのです。一方で、バブルで崩壊した住宅市場は、FRB量的緩和によって、十分とは言えないものの、ある程度まで回復してきています。そしてそれが、株価の上昇にも反映しているのですが、そうである以上、回復してきたのはあくまでも「経済」であって、「景気」ではありません。

 このような「景気」と「経済」を意図的に混同することは、中国についても完全に当てはまります。

 李克強は、3月の首相就任以来、以前から問題視されていた過剰な不動産投資、及びそれと関連した建築資材・素材産業の過剰生産問題をなんとかすべく、その大元であるシャドーバンキング(影の銀行)を通した融資平台へのマネー流通にざっくりと切り込みました。ちなみに、シャドーバンキングそのものは何も中国に特有のことではなく、資金繰りに悩む中小企業などにおいて世界的に行われていることで、それは中国でも同様であり、シャドーバンキングを通した資金は、不動産の融資平台へ行くだけでなく、それ以外の中小企業の重要な資金調達手段でもありました。

 なので、このシャドーバンキングに切り込むことは、不動産以外の様々な業種での資金繰りに支障をきたすことになり、自動的に経済成長率を押し下げます。しかし、李克強は、目先の経済成長を犠牲にしてでも、「経済の改革」を優先したのです。

 これが4−6月期に起こったことであり、その余波は7月に入っても暫くは残っていたのですが、しかし李克強は、7月の半ば以降、中小企業に対する付加価値税・営業税の免除、鉄道インフラ事業への資金の増額、下水道その他の都市インフラ整備、太陽光発電の目標値の上昇修正、そして鉄道事業を民間にも全面開放するなど、数々の施策を打ってきました。そして、これらの施策を通して、8月になると、中国の様々な経済指標は、急激に改善してきたのです。

 言うまでもなく、これらの施策は、一時的な景気刺激を狙ったものではありません。中小企業支援、鉄道インフラや都市インフラの整備拡充、太陽光発電の育成などは、長期的に見て絶対に必要な政策です。李克強は、順番としてまず最初に金融部門の膿を出すことに着手し、その後、社会が発展するために必要な政策を打ったに過ぎません。

 李克強は、9月に大連で開かれた世界経済フォーラム主催の夏季ダボス会議で演説した際、次のような発言をしました。

 「经济下行时,用短期刺激政策把经济筯速推高,(中略)认为这无助于解决深层次问题」。

 これは「経済が下向きにあるとき、短期的に刺激策を用いることは経済成長の速度を押し上げることになるものの、しかし幾重にも積み重なった問題を解決する助けにはならないと認めざるを得ない」いうことで、つまり、(景気)刺激策は一時凌ぎに過ぎず、なんら問題を解決しない、だから自分はそのような刺激策は行わないと言っているわけです。

 ところが、日本のメディアにかかると、このような中国経済の様相が、まったく変わるのです。一言でいうと、すべて「景気」の話になってしまうのです。

 中国は4−6月期、李克強のシャドーバンキング潰しの政策により、景気が減速した、しかしその後、李克強は方針を変え、景気を下支えすべく、矢継ぎ早に景気刺激策を打ち、それにより中国の景気減速は底を打った……、日本のメディアは、中国について、このような報道を行ったのです。

 これまで何度も申し上げ来たように、過去半年間、中国の景気は減速などしていません。それは、抑制された物価上昇、12%台後半から13%台前半の伸びで安定的に推移する小売売上高、などから明らかです。減速したのは「経済成長率」であって、「景気」は適度に安定して底堅かったのです。

 ちなみに、この4−6月期、製造業のPMI(購買担当者指数)は確かに落ち込みました。しかし、それはあくまでもPMIであって、景気ではありません。PMIは、PMIとしか言いようがないものです。実際、李克強も、PMIを指してこれを景気とは言っておりません。

 ところで、中国は世界最大の貿易大国であり、また鉄鋼その他様々な面で、世界最大の需要国です。なので、日本の海運、鉄鋼、機械、などの株価は、中国の動向に大きく左右されます。そしてまた、中国にとって最大の輸出先はEUである以上、EUの状況も重要なのですが、2011年の夏以降、深刻な債務危機で経済が低迷したユーロ圏は、この夏、7四半期ぶりにリセッションから脱却しました。

 このような中国とユーロ圏経済の改善を受けて、8月と9月、日本の海運、鉄鋼、機械の株価はうなぎ上りで急上昇しました。しかし、これらの株価の上昇も、日本のメディアにおいては、東京オリンピック決定に伴うゼネコン株の活況によって完全にかき消された状況です。

 なお、リセッションというのは、GDPの成長率がマイナスに沈むことを指します。そうである以上、このリセッションというのは「Economic growth」に関わることであるのに、しかし日本のメディアは、「リセッション」を「景気後退」と訳すのです。

 つまり、日本のメディアは、何でもかんでも「景気」の問題にしてしまうのです。これでは、「経済」が具体的にどうなっているのか、解るわけがありません。

 さて、とにもかくにも、現在の日本は、デフレからの脱却が最大の命題ということになっています。今年1月、日銀は金融政策決定会合の翌日に発表した物価に関する文書のなかで、日本のデフレは、様々な業種で価格競争が進んで、それにより物価が下落していったことが大きい、という見解を示しました。まったくその通りだと思います。ちなみに、このような価格競争、別の言葉でいえば安売り競争をすれば、企業は当然利益が減るわけですが、しかしそのぶんは、人件費を圧縮することで対応してきました。つまり、賃金を減らすことで対応したのです。

 物価だけが上がっても、給料が上がらなければ生活は苦しくなるだけ、というのは近頃盛んに言われています。つまり、いかに賃上げを実現するか、そこがデフレ脱却の最大の要であるわけです。

 ところで、言うまでもないことですが、賃上げというのは、企業と労働者の間での労使交渉によってなされるのが、民主主義というものです。賃上げを要求するうえで、労働者がストという手段に訴えるのは、極めて当たり前であり、世界中いたるところでストが起きています。それも、かなり大規模なストが起きる事さえ珍しくありません。

 最近では、韓国の現代自動車において、大規模なストが起こりました。8月に始まったストは、9月になっても収まることなく続き、そして先日、現代自動車の労働者は、経営人に対して、見事賃上げの要求をのませることに成功しました。

 繰り返しますが、ストというのは、世界中いたるところで起きています。資本主義社会において、ストというのは、起こって当たり前なのです。最も極端なのがアメリカです。アメリカでは、大リーグやNBAの選手たちがストを起こして、それによりシーズンの開幕が遅れる、ということさえあるほどです。何億円もの給料をもらっているスター選手たちがストを決行するというのはさすがに理解に苦しむわけですが、とはいえ、それぐらい、賃上げ要求のストというのは起きて当たり前のことです。

 ところが、日本では、労働者にとって当然の権利の行使であるストが、まったく起きないのです。

 たとえば、かつて世界のイノベーションをリードしたソニーですが、ここ数年は、本業の電機機器のビジネスがまったく振るわず、深刻な業績不振に陥りました。その為、ソニーは大規模なリストラや資産の売却などに奔走し、それでいて、役員の報酬はむしろ増えるという、おかしな事態になりました。当然ながら、社員の間では、不満が溜まります。2012年1月、『週刊ダイヤモンド』は、「さよなら伝説のソニー なぜアップルになれなかったのか」というタイトルで特集を組み、ソニーの経営がいかにデタラメであり、社員の間でどれほど強い不満が溜まっているかを示したのですが、普通なら、経営者がこれだけデタラメをやった場合、相当に大規模なストが起きるものです。おとなしく経営者の言いなりになる必要など、どこにもないのです。なので、世界的な常識で考えるなら、ソニーの社員は大規模なストで戦う、というのが当たり前というものです。

 ところが、ソニーにおいて、まったくストは起きず、社員は経営者の言いなりで、何度となく断行されたリストラにもただ素直に従うだけだったのです。

 また、今年話題になったところでは、4月、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井社長は、従業員の給料について、「世界同一賃金」を導入する、それにより日本において年収が100万円になることもある、という発言をしました。欧米など日本以外の国で経営者がこんなことを言おうものなら、とてつもなく大規模なストが起こります。繰り返しますが、経営者の言うがままに、諾々と従う必要などないのです。

 ところが、ユニクロの従業員もまた、ストを起こすことをしなかったのです。

 これは、世界的には、極めて理解しがたいものです。ソニーユニクロは、あくまでも一例に過ぎません。日本では、ストが起こって当たり前という経営判断をされても、社員・従業員は、経営者と戦うことをせず、ただ言われるがまま従っているのです。

 このことは、デモの問題とも結びつきます。7月の参院選以降、福島第一原発では、問題が深刻化し、事態は悪化する一方です。東電は、適切な対応などまったく行っていないのです。一方で、東電には莫大な額の税金が投入されています。そもそも、日本の電気料金は、総括原価方式によって、他の先進諸国より3倍ほど高い、というのは既に幾人もの論者が指摘してきたところです。原発も、この総括原価方式があってこそ成り立つものです。

 そうである以上、この電力会社の問題に関しても、当然大規模なデモが起こってしかるべきです。総括原価方式が、市民や中小企業にとって余分なコストとなっているのは明らかなのです。今年6月、ブラジルでは、バスなど公共料金の値下げを訴えて、100万人のデモが起きました。また、債務危機があったユーロ圏では、大量の税金が銀行に投入される一方で、市民に対しては社会保障給付を削減するなどという措置に対し、このような市民に負担を負わせて銀行を優遇する政治に抗議するべく、ユーロ圏全体で、長期に渡って大規模なデモが展開されました。そうである以上、日本でも、電気料金を下げろ! 割高な原発なんてやめろ! 東電に税金を投入するならそのカネを社会保障にまわせ! と大規模なデモが起きてもなんらおかしくありません。しかし、官邸前抗議デモにしても、東電本店前デモにしても、そこで抗議する人数は、ごく少数です。殆どの市民は、東電に対しても、政府の電力政策に対しても、なんら抗議することなく、ただ黙って従っているのみなのです。

 こうして、日本においては、賃上げ要求のストも、政府に対するデモも、殆ど起きないのです。そうして市民は、ただ文句を言っているだけなのです。

 このような市民は、物価だけ上がって給料が上がらないのは困ると言い、そしてこのような「民意」を受けて、安倍首相は政権発足以降、経団連をはじめとした各業界に対し、盛んに「賃上げのお願い」をしています。しかし、これは政府のやることではありません。

 政府がやるべきは、具体的な政策を打つことであり、企業に賃上げをお願いすることではないのです。そしてまた、企業の方でも、国会で可決された法案については、それに基づいてビジネスを改める必要がありますが、しかし首相からの「お願い」など、聞く必要はありません。

 企業が対応すべきは、あくまでも労働者からの賃上げ要求です。政府からの賃上げのお願いなど、聞くふりだけしておいて、実際には無視してもなんら構わないのです。

 賃上げとは、労働者が、企業を相手に、自ら戦って勝ち取るべきものです。それが、世界の常識というものです。

 ところが、日本では、人々は政府に対して、給料が上がってくれないと困ると文句を言い、そして有権者の意向を受けた首相が、企業に対し賃上げの「お願い」をしているのです。企業に賃上げをお願いする政府など、日本以外にはたしてあるのでしょうか? 

 これは、まったく馬鹿げているとしか言いようがありません。

 繰り返しますが、賃上げは、労働者が企業を相手に戦って勝ち取るものです。また、政府は、雇用を増やすため、新しい産業が育つ環境を整備すべく、そのための適切な法案を作るものです。これが、デフレ脱却に向けての民主主義的なプロセスというものです。

 にも拘らず、すべてが「景気」の問題となり、そして労働者は自ら戦うことなく、政府が労働者の代わりに企業に対し「賃上げのお願い」をしているのが日本です。

 こんなことでは、デフレからの脱却など百年かかっても無理です。為替や原材料価格の変動により、物価は上昇しても給料は減る一方で、デフレよりもタチの悪いスタグフレーションに陥るだけです。

 ちなみに、経済状況を良くするために政府が出来ることは、法案を作ることだけではありません。成長著しい市場を持つ外国に対し、友好と交流を促進すべく、外交で成果を上げるというのも、政府の重要な役割です。

 そして、外交面に関して、「経済優先=中国優先」というのが、いまや世界的なスタンダードです。とりわけ、中国との経済外交で最も手腕を発揮したのが、ドイツのメルケルです。9月に行われた総選挙に勝利し、異例の3期目を確実にしたメルケルですが、このような長期政権は、メルケルの対中外交が実に巧みであり、それによりドイツと中国の経済的な相互依存が非常に深まって、このことをドイツの経済界が高く評価したことが大きな要因の一つとなっています。

 勿論、高い技術力を持つドイツ企業が中国への直接投資を活発化させることは、中国にとっても恩恵となるもので、今年5月、ドイツを訪れた李克強は、記者会見において、中国とドイツはドリームチームになれると発言しました。

 ちなみに、先程、日本のメディアの中国報道を批判しましたが、実はあのレベルの報道はまだ良い方です。日本の大手メディアで、中国経済についてそれなりに的確な記事を載せるのは日経新聞ぐらいのものです。たとえば、中国において革命的とも言えた鉄道事業の改革について、朝日新聞毎日新聞などは、まったく報道しませんでした。それどころか、中国経済が破綻するなどと、中国に対するネガティヴ・キャンペーンに熱心な状況です。

 現在、日本の大手メディアにおいては、中国に関する真実を報道することは殆どタブーになっているとさえ言えるほどです。日本のメディアは、異様なまでに中国を敵視し、中国を利用してナショナリズムを煽る一方です。

 そして、タブーといえば、村上龍さんも、日本のメディアが真実を報道しないことには、ある種のタブーがあると指摘していました。その理由は何なのか? それはともかく、今一度『希望の国エクソダス』の言葉を引用しましょう。

 「メディアはいつの頃からか、本当のところ日本の金融や経済がどうなっているのか、自然に、わからないふりをするようになったんだよね。いつの間にか、正確な情報ってやつそのものが曖昧になっちゃったのね。特に海外の情報は紹介されることがなくて……」。

 「メディアが敢えて報道しようとしないのか、国民が知るのをいやがっているのか、わたしにはわからないんだけど、なんか、メディアは確かに真実が見えないようにしている気がするし、多くの国民にとって真実は見たくないものになっているような気がするのよ」。

 繰り返しますが、これはとてもサイエンス・フィクションとは言えないのであって、まさに現在の日本を的確に言い表しているといっていいでしょう。

 ところで、2011年以降、世界経済と金融市場において起こり、そして今も起こりつつある巨大な変化は、既に『希望の国エクソダス』という小説の内容を超えています。しかし、その一方で、日本のメディアと日本社会は、そのような変化に対し徹底的に目を閉ざしています。危機感を失い、対応力を磨かない日本。現実に起こり、今も起こっている変化と、それを知ろうとしない日本とのギャップは、この『希望の国エクソダス』以上に、極めてSF的だと言えるでしょう。

 2011年の夏にスペイン国債が大量に売られたような、あるいは2013年の5月から6月にかけてアメリカ国債が際限なく下落していったような、そのようなことが仮に日本国債において起こったとしても、日本がまともに対応できるとはとても思えません。

 一方で、福島の危機はまるで収束していないのです。

 現実は、既にこの小説を軽く超えて進行しています。『希望の国エクソダス』以上に、今の日本の方が、はるかにSF的です。

業種別騰落率から見るアベノミクス相場の舞台裏 〜株高の最大の要因は中国とヨーロッパの回復による世界市況の好転である〜

 先日、CSで放送されている有料の金融番組「アクロス・ザ・マーケット」において、注目の数字が紹介されていました。それは、アベノミクス相場と呼ばれた昨年11月15日以降の株高について、その真の要因を物語るものです。

 TOPIX(東証株価指数)というのは、東証1部に上場する1700以上の銘柄すべてを対象とした株価指数です。日経平均は、そのなかから、特に大きな225銘柄を対象としたものなので、だから一口に日本株の状況を見るうえでは、TOPIXこそが何よりの指標となります。

 東証1部上場企業には様々な業種があり、株価パフォーマンスも、業種によってまちまちです。昨年11月15日以降、TOPIXは大きく上昇してきたわけですが、そのなかでも、業種によっては、TOPIXの上昇を下回る業種もある一方で、TOPIXよりも更に上昇幅の大きな業種もあります。

 つまり、TOPIXを大きくアウトパフォームしている業種こそは、まさに11月15日以降の株高を牽引してきた業種と言えるわけです。という訳で、業種別の成績を見れば、株高の背景はいったい何なのか? その真実も見えてきます。

 「アクロス・ザ・マーケット」では、このTOPIXと比較しての業種別騰落率が紹介されたのです。これが、大変に興味深いものでした。

 以下は、2012年11月15日から2013年10月11日にかけて、対TOPIX業種別騰落率の上位3業種です。

  1、証券    93・5%
  2、海運    58・0%
  3、鉄鋼    39・9%

 一目見て、証券が他の業種をぶっちぎっているのが解ります。しかし、これは当たり前の話で、証券会社とは、株の取引の手数料収入や、投資信託などが何より主要なビジネスですので、株価が上がるということは、他のどの業種よりもこの証券会社が儲かるわけです。という訳で、この証券という業種に関しては、特殊と見るのが妥当です。

 証券を除くと、実質的な1位は海運で、2位が鉄鋼となります。ちなみに、騰落率が30%を超えている業種はここまでなので、つまり海運と鉄鋼も、4位以下をぶっちぎって株価が大きく上昇していることになります。

 さて、まず海運ですが、株式市場では、関係者の間において、中国関連株と呼ばれる銘柄が存在します。中国の動向によって、株価の行方が大きく左右される銘柄を言うのですが、海運株というのは、中国関連株のど真ん中と言っていい銘柄です。

 海運というのは当然ながら貿易です。世界の貿易の9割は船で行われています。そして、中国こそは貿易総額で世界最大なのです。世界貿易がいかに活発化するか否かは、ひとえに中国にかかっている、という部分はかなりあるのです。それに加えて、もう1つ重要なのがヨーロッパです。何故なら、中国にとって、最大の輸出先がヨーロッパであるからです。中国とヨーロッパとの経済的な相互依存は非常に深いものがあり、中国〜ヨーロッパ間の貿易の状況が良いか悪いか、これは世界全体の市況に大きく影響するのです。

 過去数年間、中国はインフレで苦しみ、一方ヨーロッパは債務危機が泥沼化し、深刻な不況に陥りました。そして、中国とヨーロッパの低迷は、中国に鉄鉱石や銅などを輸出しているオーストラリアやブラジルなどの資源国も直撃します。鉄鉱石も銅も、世界需要の実に半分を中国が占めるので、だから中国が低迷すると、その影響は世界貿易全般に打撃を与えるのです。

 このことが、過去数年間に渡り、海運業界を直撃しました。中国、そしてヨーロッパの低迷により、東証の全33業種のなかで、最も株価の下落がひどかった業種こそ、海運なのです。

 また、海運といえば、貿易を行う以上、その業績は、当然ながら為替相場に大きく左右されます。

 為替において特に大きかったのはヨーロッパの不振であり、ヨーロッパの債務危機は、ヨーロッパの問題だけでなく、ただでさえインフレに苦しんでいた中国経済も直撃しました。これが世界的な株安を招いて、そして行き場を失った投資マネーが一時的に円に避難してきた結果、超円高となったわけです。

 こうして、世界的な海運市況の低迷に加え、超円高となったものですから、日本の海運業界はたまったものではありません。海運株は、殆ど暴落といえるほど、悲惨なレベルにまで落ち込んだのです。

 その海運株が、昨年11月15日以降、東京市場においては最も大きく株価が上昇しているわけです。この原因は明らかです。昨年秋以降、中国、そしてヨーロッパの経済が相次いで底を打ち、経済の回復への期待から先行きが明るくなったことを受けて、それにより世界の貿易市況そのものが回復してきたのです。

 既に何度も申し上げて来たように、円安の起点は昨年の9月末、中国が国慶節の大型連休のときであり、ここで中国各地は当初の想定をはるかに超える観光客でにぎわって、インフレ不況からの脱却を世界にまざまざと見せつけました。そして、ヨーロッパの債務危機が収束したのが、昨年の11月半ばです。

 この時期、ヘッジファンドの運用戦略がガラリと変わり、それまで下落する一方だった南欧諸国の資産を、突如買い始めたのです。これをもってヨーロッパの状況は劇的に変化し、それにより、この時期、世界同時株高という現象が起きました。

 こうして、各国の投資家は、リスクオフ一辺倒だったところから、リスクオンへと切り替わり、行き場を失って円に避難させていた資金を、よそに振り向けるようになります。

 こうして、世界的に様々な市況がガラリと好転します。

 その影響を最も受けた業種こそ、海運です。つまり、それまであまりにも売られ過ぎていた海運株は、中国とヨーロッパの状況が好転したことを受けて、急激に買い戻されるようになったのです。

 鉄鋼もまた、これと同じ構造です。日本の鉄鋼メーカーは、国内の建築業界との関係は非常に浅く、それは何よりも自動車をはじめとした貿易関連がメインです。また、中国の鉄道インフラ投資などの影響も大きいものがあります。これらの要因によって決まる鉄鋼市況も、海運市況と同様、大きく回復してきたのです。それにより、鉄鋼株を買い戻す動きも顕著となりました。

 更に、鉄鋼に関しては、中国の李克強首相が進める改革も、大きく後押ししています。李克強首相は、以前から問題になっていた中国国内における鉄鋼メーカーの過剰生産問題に切り込み、これを改善させる政策を行い、それにより、需給が締まって市場メカニズムが正常に働き出し、それが日本の鉄鋼メーカーにプラスとなっています。

 さて、海運・鉄鋼の次にTOPIXをアウトパフォームしているのは、どの業種でしょうか? 以下は、騰落率の4〜6位です。

  4、不動産    28・8%
  5、ゴム     27・7%
  6、輸送用機器  23・3%

 不動産株の上昇は、極めて簡単な構図で説明がつきます。これも以前申し上げましたが、不動産というのは、まだ野田政権だった2012年の前半から、既に上昇が顕著な銘柄でした。それは、虎の門や渋谷など、東京各地の再開発事業、それと、東日本大震災を受けての、耐震強度の高い新築マンションへの需要などです。

 ここに、2つの要素が加わります。まず最初が、日銀による異次元の金融緩和です。大規模な国債の買い入れプログラムを通して長期金利を低下させることにより、住宅ローンの金利を低下させます。そして、住宅ローンの金利が低いところに、野田政権のとき三党合意された消費税の増税がありますので、増税前の駆け込み需要が発生します。今はせっかく金利が低いんだから、消費税が増税される前にマンションを買ってしまおう、という消費者心理が働き、マンション販売など不動産の取引が著しく活発になりました。

 これが、不動産株上昇の原因です。

 一方で、5位のゴムと6位の輸送用機器ですが、これは要するに、タイヤと自動車です。バイクもこのなかに含まれますが、しかしバイクの市場は自動車と較べるとかなり小さいので、輸送用機器といえば、殆どは自動車です。

 また、タイヤというのは自動車部品に含まれるので、つまるところ、この5位と6位は自動車業界ということになります。

 自動車業界といえば、その収益を左右するのは、ひとえに為替です。なにしろ輸出産業の代表格ですので、日本の自動車業界は、為替の動向によって業績が変わり、そしてそれにより株価の動向も左右されます。

 為替については、先程述べたように、中国とヨーロッパの状況が好転し、それによりリスクマネーが動いて円安へと流れが変わったのです。そうである以上、自動車株の上昇も、その最大の要因は中国とヨーロッパの回復にあると言えます。

 以上、ここまでが、TOPIXを20%以上アウトパフォームしている業種です。

 という訳で、証券という当たり前の業種を別にすれば、海運・鉄鋼・不動産・ゴム・輸送用機器、という5つの業種こそが、日本株の上昇を牽引してきたことになります。そして、不動産を除く4業種は、その株価上昇の最大の要因が、中国とヨーロッパにあるわけです。

 それはつまり、昨年11月15日以降、日本株上昇の最大の背景にあるのが、中国とヨーロッパの状況の好転にある、ということに他なりません。

 要するに、アベノミクスなど、関係ないのです。

 つまり、安倍政権は、中国とヨーロッパが最大の要因である株高について、いかにも自分たちの政策によるものだとして、その手柄を横取りし、そしてまた、メディアは、日本株の上昇について、これはアベノミクスへの期待からだ、と間違った報道を繰り返したのです。

 また、不動産にしても、東京の再開発や、東日本大震災による耐震強度の高いマンションへの需要、そして3党合意による消費税増税は、安倍政権誕生以前からあるものなので、だから安倍政権が発足していなくても、不動産株はそれなりに上昇していたのです。

 これらが、アベノミクス相場と呼ばれた昨秋以降の株高の舞台裏です。

 ちなみに、回復というなら、マクロ経済的に見れば、アメリカの状況もかつてと較べれば回復しています。このアメリカの動向も日本株上昇の要因の一つですが、しかしその一方で、アメリカは、FRBの金融政策の不透明感や、議会における民主党共和党の対立が、日本株の上値を重くしています。

 それに対し、中国とヨーロッパの状況の好転は、マーケットにとって、素直に好感出来る何よりの材料と言えるでしょう。

 ちなみに、言うまでもありませんが、鉄鉱石にしても、鋼材にしても、自動車にしても、自動車部品にしても、それは船で運ぶのです。そうである以上、この点からも海運株が上昇するのは当たり前であり、そしてこれまでの海運株の上昇は、まだほんのプレリュードに過ぎません。2014年、そして2015年にかけて、この株価はもっと上がることが予想されています。

アメリカの経済・財政は、とてもじゃないけど大規模な軍事作戦に耐えられるレベルではない

 米英仏によるシリアへの軍事作戦の開始が、いよいよ始まろうとしています。しかし、アメリカにとって、軍事作戦の長期化は、何としても避けたいところです。というのも、経済・財政、いずれも、もたないからです。

 アメリカ時間で8月27日、ケリー国務長官がシリアを強く非難し、軍事介入を示唆したことが伝わると、その次の瞬間、ニューヨーク・ダウは大幅に下落しました。この問題について、株式市場においては、とにかくアメリカはミサイルを1、2発撃つぐらいでなるべく早く撤退してくれ、という声が支配的です。

 アメリカの財政は火の車です。イラク・アフガンの2つの戦争による戦費の増大、そして何よりリーマンショックによって、連邦政府の債務は劇的に増加しました。それまでは、平均すると単年で3000億ドルほどだった財政赤字が、2008年、突然1兆4000億ドルを超え、以後も、毎年1兆ドルを軽く超える巨額の赤字を垂れ流し続けます。

 そうして、今年3月、ついに歳出の強制削減が自動執行されました。これは、向こう10年間で1兆2000億ドル、つまり日本円にすると、年間でおよそ12兆円の歳出削減を行うものなのですが、ここで削減の最大の対象となったのは、国防費とその関連です。3月1日に自動執行された853億ドルのうち、実に427億ドルが、国防費をはじめとした防衛関連の支出でした。

 ただ、それでも削減の額は足りません。今後10年間で1兆2000億ドルを削減する予定とはいえ、その額は、2008年のたった1年間の赤字額よりも少ないのです。アメリカは、もっともっと歳出の削減を行う必要性に迫られています。

 しかしその一方で、赤字そのものは増え続けています。アメリカの場合、連邦政府の債務に関しては、法律で上限が決められているのですが、このままだと、今年10月に、連邦政府の債務残高がこの上限に達してしまう見込みです。なので、アメリカは、10月の期限までに、債務上限の引き上げを行うと共に、併せて、更なる財政再建の案をまとめなければなりません。債務上限引き上げの合意がなされない場合、アメリカはデフォルトになりますので、オバマ政権としては、何としても共和党との間に妥協点を見つける必要があります。しかし、オバマ政権と共和党との溝は非常に深いものであり、そのため、この協議は、9月中に始めないと間に合いません。その際に、シリアへの軍事介入からの撤退に手間取るようでは、共和党に足元をすくわれます。このような事態は、オバマとしては絶対に避ける必要があります。そして、ここでオバマ政権と共和党が揉めれば揉めるほど、将来において国防費が削られる可能性が高まるのです。

 一方で、問題はこれだけにとどまりません。財政不安は債券市場に影響を与えるわけですが、ここで問題になって来るのが、FRBの政策です。リーマンショック以降、アメリカのFRBは、3度に解り大規模な資産買い入れ策を行ってきたわけですが、今年5月、FRBバーナンキ議長は議会証言において、ついにこの資産買い入れの縮小に言及しました。するとそこから、アメリカ国債の下落に歯止めがかからなくなったのです。しかし、バーナンキの姿勢は翌月になっても変わらず、6月20日のFOMC(連邦公開市場委員会)の後の記者会見で、9月をメドに年内にも資産買い入れプログラムの縮小を開始し、翌年にはこのプログラムを終える、と明言します。

 こうして、アメリカ国債は、下落していきます。FRBという巨額の買い手が国債の大量購入から手を引く、と明言している以上、国債の下落は当然なのですが、問題は、債券市場の動向が、住宅市場にも影響を与えることです。

 アメリカ国債といっても、指標となっているのは10年債ですが、国債というのは価格が下落すると金利は上昇するわけで、だから10年債が際限なく下落することは、長期金利が際限なく上昇する、ということになります。そして、長期金利の上昇は、そのまま住宅ローンの金利の上昇に直結するのです。

 アメリカの住宅市場は、バブルの崩壊により、壊滅的なダメージを受けました。その住宅市場を、FRBの金融緩和によって、とりあえず回復軌道に乗せてはきたものの、しかしそれでも、アメリカの住宅市場はいまだ脆弱です。これについては、家計にも問題があります。FRB住宅ローン担保証券を大量に購入してきたことで、一般家庭が抱える住宅債務は減ってきてはいますが、しかし減ってきたとはいえ、住宅債務はいまだアメリカの個人所得の7割もの規模にのぼるのです。これは金額にすると、日本円でおよそ1100兆円になります。

 このような状況のなか、つまりFRBによる資産買い入れプログラムの縮小開始がついに目前に迫ってきたこの時期に、もしもシリアへの軍事作戦が長引いて、それがアメリカの財政不安に繋がって国債が売られ、長期金利が益々上昇し、そして長期金利の上昇に連動して住宅ローンの金利も更なる上昇を見せることは、アメリカの住宅市場にとっては、リスク以外のなにものでもありません。まかり間違えば、せっかく回復軌道に乗ってきた住宅市場が、再度沈没するリスクさえ孕んでいます。

 バーナンキ議長は、年内に資産の買い入れを縮小し、そして来年には資産買い入れプログラムをすべて終える、と明言しているのです。そうである以上、仮にシリアでのアメリカの軍事行動が長引いてアメリカ国債が売られたとしても、FRBは容易に国債の購入は出来ません。すべて終える、とはっきり言い切ったのです。それを撤回して、資産買い入れプログラムを継続することは、FRBの信認を大きく失墜させます。

 また、住宅市場が低迷することは、単に不動産業者だけの問題ではありません。建築など、関連の業種も低迷します。そして更に、自動車の売上も低迷します。ここ最近、アメリカの自動車市場を牽引しているのは主に2つで、1つは富裕層向けの高級車、そしてもう1つは、ピックアップトラックです。そして、ピックアップトラックの売上が上昇している背景に、住宅市場が回復軌道に乗ってきたことに伴う、建築資材その他の運搬需要の増大、などが挙げられています。

 ピックアップトラックは単価が非常に高いので、アメリカの自動車業界にとっては重要な収入源です。そうである以上、この部門の売上が低迷することは、自動車業界にとってはマイナス以外のなにものでもありません。

 しかし、シリア問題がアメリカ経済に与える影響は、まだあります。それは、原油価格の高騰です。7月に起こったエジプトのクーデターを受けて、ニューヨークのWTI原油価格はついに1バレル100ドルを突破しました。そして、シリア情勢の緊迫化はこの原油高に拍車をかけ、8月28日は、110ドルを超えます。これは、アラブの春による民主化デモがバーレーンに飛び火したとき以来、2年4か月振りの高値です。

 好況時に、需要の増加を受けて自然に原油価格が上がるのは良いとしても、戦争などの地政学的リスクにより、突然原油が上昇することは、経済にとってはマイナス以外のなにものでもありません。特に、クルマ社会のアメリカの場合、原油高を受けてガソリン価格が高騰することは、家計の圧迫材料になるので、そのぶん消費を冷やします。

 アメリカの個人消費は、依然として停滞したままです。つい先日、小売最大手のウォルマートが決算を発表しましたが、ウォルマートアメリカ国内の売上は、前年同期比でマイナスでした。他にも、メーシーズなど小売り大手の決算は軒並み悪く、個人消費低迷への懸念が高まったばかりです。

 このようなときに、一段と原油高になることは、より一層消費を冷え込ませるだけで、良いことなど何もありません。

 そして、個人消費が低迷し、不動産・建設・自動車・小売り……、など各業界の企業収益が悪影響を受けると、当然ながら税収も減るわけで、そうなると、連邦政府は更なる歳出の削減を迫られます。

 つまり、悪循環であるわけです。

 シリアへの軍事作戦が長期化することで、儲かるところがあるとすれば、それは石油関連企業ぐらいのものです。

 そして実は、軍需産業にとっても、シリアへの軍事作戦の長期化は明らかにマイナスです。

 何故なら、戦費が拡大して財政危機が深まれば深まるほど、将来における国防費削減への圧力になるからです。アメリカの軍需産業にとって、アメリカ国防総省ことは、まさに自分たちの武器を買ってくれる最大のお得意様であるわけですが、しかし強制的な国防費の削減が起きれば、それだけ国防総省の予算が減るわけで、これは軍需産業にとっても困るわけです。

 しかし、これはシリアへの軍事作戦が長期化する場合の話で、短期で終了する場合、軍需産業にはプラスに作用する可能性があります。というのも、先程も述べたように、この10月、連邦政府の債務が法律で定められた上限に達することを受けて、アメリカ議会はあらためて赤字削減策を議論する必要があります。なので、9月中にも、オバマ政権と共和党の間での協議が始まると見られているわけですが、シリアへの軍事介入は、そこでの議論に向けて、国防費を維持することはアメリカにとって必要ですよ、とアピールする格好の舞台となるものでもあるからです。

 とはいえ、これはあくまでも短期で終える場合であり、もしも軍事作戦が長期化した場合、それは軍需産業にとっても、将来においては間違いなくマイナスでしょう。

 ちなみに、オバマとしては、最悪でも、債務上限問題に関して共和党との協議が始まる前に、軍事作戦を終了し、軍を撤退したいところでしょう。オバマとしては、共和党に足元をすくわれることだけはなんとしても避けたいところです。オバマにとって、最優先事項が何であるかは明白で、財政問題のエキスパートであるジャック・ルーを財務長官にした時点で、彼が財政問題を最優先に解決したいと考えていることは明らかです。そして、だからこそ、今年3月、中国で全人代が閉幕したその翌日に、ルー財務長官を北京に派遣したわけです。何故なら、アメリカ国債の最大の保有者が中国政府であるため、いの一番に李克強新首相のもとへルー財務長官を派遣し、そうしてアメリカ政府にとって最大のスポンサーである中国政府のご機嫌をうかがいに行ったわけですから。

中国李克強首相の改革・夏の陣②

 李克強首相による改革は、とどまるところを知りません。しかも、その改革の実行過程は、非常に緻密に計算された戦略的なものであり、複雑です。

 8月16日、中国政府は、2011年に起きた高速鉄道事故以来ストップをかけていた、高速鉄道の入札を再開しました。更に、19日には、鉄道事業について、広く民間にも全面開放すると発表したのです。

 2011年、高速鉄道の事故が起こった際、当局は、事故に関する証拠を隠滅すべく、車両を地中深く埋めました。ところが、この証拠隠滅に関して、その後、メディアが批判し、また微博(中国版ツイッター)でも市民が大挙して批判の声を上げたことを受けて、その攻勢の前に、一旦は地中深く埋めた事故車両を当局が掘り返す、という事態になります。つまり、当局は事故原因をうやむやのままにしようとしたものの、メディアと市民がそれを許さなかったのです。そしてその後、安全性が信頼できないということで、高速鉄道の入札は、ずっと中断されたままになっていました。

 ところで、これは以前にも申し上げたことですが、中国において、鉄道事業は軍の影響力が大変強く、軍の利権の温床となっていました。

 しかし、今年3月、新たに誕生した李克強政権は、軍の影響のもとにあった鉄道省を解体し、これを交通運輸省に統合したうえで、政府の直轄とします。つまり、首相に就任した李克強は、真っ先に鉄道事業という軍にとって重要な利権を解体したのです。

 中国の国土は、アメリカよりも更に広大であるわけですが、しかし中国政府は、この広大な土地をアメリカのようにクルマ社会にするのではなく、各地の主要都市を鉄道で結ぶ計画を建てていました。それは言うまでもなく、主要都市をすべて鉄道で繋いだ日本の高度成長をモデルとするものです。しかし、そうである以上、この鉄道事業は、壮大なプロジェクトであり、そして壮大なプロジェクトである以上、巨大な利権となりやすいものです。

 だからこそ、この分野に関して軍はずっと影響力を行使し続けたという部分はあったわけですが、しかし李克強は、敢然と改革に乗り出し、首相就任と同時に、鉄道省の解体に踏み切ったのです。

 そして今回、事故以来ストップしていた高速鉄道の入札を再開する共に、鉄道事業を広く民間にも全面開放すると発表しました。これは、安全性についてその信頼を回復するという意味でも、極めて重要なものと言えるでしょう。というのも、非常に大きな事故を起こし、安全性に対して強い疑念が投げかけられた場合、その信頼回復は容易ではありません。そのことは、何よりも日本における福島の原発事故により明らかです。そして、福島の事故と、中国の高速鉄道事故は、まさに同じ性質のものであったからこそ、その後、高速鉄道の入札はずっとストップされたままだったのです。

 とはいえ、高速鉄道そのものは、経済にとっても、そしてもちろん市民生活の向上にとっても、必要不可欠ものであることは明らかで、そうである以上、人々の信頼性を回復するための組織改革は絶対にやらねばなりません。そのうえで、鉄道省の解体と、民間への全面開放というのは、これ以上ない改革です。つまり中国は、事故を、改革へのステップとしたのです。

 ちなみに、これまで分析してきた、シャドーバンキング(影の銀行)の改革と、更には鉄鋼・アルミ・セメントなど素材産業の過剰生産問題の改革というのは、将来における不良債権の芽を事前に摘み取るものであると同時に、李克強の経済政策の最大の柱である、中西部の開発と都市化、という一大事業のために、都市インフラにおける非効率性を除去する、という意味合いを持つものでもあるということは、以前お伝えした通りです。

 そして言うまでもなく、この鉄道改革もまた、都市化政策のためのものです。交通インフラは、まさに都市と都市を結ぶものである以上、当然です。

 つまり李克強は、自らが「人類史上類を見ないほど規模の大きなものになる」と宣言しているこの都市化政策を、絶対に成功させるために、非常に戦略的に改革を行っていると言えます。

 一方で、都市に必要なものは、他にもあります。それは、電力インフラであり、自動車であり、水処理であり、情報通信であり、また各種リサイクル網の整備です。限りある資源を有効に使い、環境に配慮した都市を整備する、そのために、再生可能エネルギーエコカー、その他、様々な環境産業を育成すべく、意欲的な目標も続々と発表しています。

 まず、7月15日、中国政府は、太陽光発電の導入量を、2015年末までに、現在(2013年)の5倍にする、という目標を掲げました。中国の今年の太陽光発電の導入量は、700万キロワットと見込まれているのですが、これを2年後には3500万キロワットまで高める、という非常に意欲的な目標です。

 そして8月に入ると、まず12日には、エコカー、省エネ、水処理などの環境産業を育てるべく、これを年間15%以上伸ばし、2015年末までに、その市場規模を70兆円まで高める、という目標を掲げます。これについては、8月14日付けの日経新聞電子版に、非常に要領よくまとめた記事がありますので、以下に引用します。

 「中国政府は環境産業の育成に向けた振興策をまとめた。省エネ設備やエコカーの普及を進め、外資企業の先端技術も取り込んで競争力向上を目指す」。

 「電機や自動車など関連産業の生産規模を毎年15%以上伸ばし、環境産業の生産規模を2015年までに4兆5000億元(約70兆円)に拡大するとしている」。

 「具体的には、自動車や産業機器の燃費を改善する「高効率モーター」の開発・生産拠点を各地に設け、発光ダイオード(LED)を使った省エネ照明の普及も進める。産官学で新型の電気自動車(EV)や圧縮空気を動力源とする「空気カー」の開発にも乗り出す」。

 「税制優遇などを設けて企業には工場廃水処理技術導入を促す。工業廃棄物の中からレアメタル希少金属)などの資源を回収する「都市鉱山」のモデル地区を全国に50カ所設けるという」。

 「大気汚染対策では、微小粒子状物質「PM2.5」の監視測定技術を産官学連携で開発。政府公用車の大部分をエコカーにしたり、空気清浄機に購入補助金を設けたりして関連製品の普及を促す」。

 更に、14日になると、今度は情報通信産業について、これを年間20%以上のペースで拡大させ、2015年末においてその市場規模を50兆円まで高める、という目標も発表しました。

 いずれにおいても、非常に意欲的な目標です。ちなみに、単に目標だけを掲げて、それで終わりだとは思えません。何故なら、李克強はこれまで、やると言ったことは、言葉以上にやってきたからです。もちろん、これらの事業を実際に行うのは民間の事業者である以上、目標が達成されるという保証はないものの、しかし目標達成に向けて政府の行えるサポートは、色々と手を打ってくること筈です。

 ところで、これら一連の発表は、どれも2015年末までを目標として設定していますが、この理由ははっきりしていて、いくら今年3月に政権が変わったとはいえ、2011年からスタートした第12次5カ年計画は、いまもって継続しているのです。これらの新産業を次代の主力産業として育てる、というのは、この第12次5カ年計画にもあったのです。一方で、李克強政権は、この第12次5カ年計画をそのまま実行しているというのではなく、あくまでも、シャドーバンキングや素材産業の過剰生産など、中国経済の構造問題を是正しつつ、都市化計画を成功に導き、そうして新しい経済モデルを構築するための土台として行う方針である、ということは明らかでしょう。実際、政府の公式の声明文からも、そのように読み取れます。

 ところで、このような李克強政権の政策について、最も敏感に反応しているのが、株式市場です。新政権発足以降、大手国有企業が名を連ねる上海総合指数は軟調に推移してきた一方で、中国版ナスダックと呼ばれる深セン市場の創業板指数の上昇は素晴らしく、そのパフォーマンスはニューヨーク・ダウや日経平均をはるかに上回ります。そして、8月26日には、ついに史上最高値を更新しました。昨年末以降、創業板指数の上昇率は、実に73%にのぼるという、凄まじい上昇ぶりです。

 つまり、投資家は、投資対象として、既存の大手国有企業ではなく、これから成長してくるであろう新興企業に照準を定めている状況です。もちろん上海市場に上場している大手国有企業も、改革次第では十分に伸びる余地があるものですが、それでも、この創業板の活況などからも、中国の経済環境がこれから大きく変わろうとしている、その息吹を感じ取ることが出来ます。