中国李克強首相の改革・夏の陣①

 非効率で不良債権の温床となりつつあった不動産事業について、この利権に切り込むべく、圧倒的な手腕によってシャドーバンキング(影の銀行)を潰すための作戦の第一弾を実行した李克強首相ですが、彼の改革は、7月に入って、日を追うごとに益々加速しました。

 金融機関に対し、理財商品について、その詳細を当局に登録するよう指示し、李克強自らこれを徹底的に調査する意向であることは以前お伝えしましたが、しかしこのことは、あくまでもシャドーバンキング潰しのための入口に過ぎません。中国人民銀行と一体となっての改革は、これからが本番です。

 7月19日、人民銀行は、銀行の貸出金利の下限を撤廃するという発表をしました。銀行の貸出金利というのは、本来なら市場において決定されるものなのですが、しかし中国はこれまで、貸し出しの際の最低金利については、当局の方であらかじめ規定していたのです。これについては、同日の日経新聞電子版の記事が解りやすいので、以下に引用します。

 「中国は預金金利、貸出金利にそれぞれ基準金利を設定。これまで預金金利の上限を基準金利の1.1倍、貸出金利の下限は基準金利の0.7倍としていた。例えば、期間1年の定期預金金利の上限は3.3%、同貸出金利の下限は4.2%となり、銀行に一定の利ざやを保証する仕組みだ」。

 「銀行からみれば優良企業でも4.2%以上の金利で貸し出せるため、あえてリスクの高い中小企業や新興企業などに融資せず、大手国有企業に銀行融資が偏る原因となっている。貸出金利規制撤廃で、銀行間の競争で金利水準が決まる余地が広がる可能性がある」。

 つまり、このケースの場合、銀行は最低でも4・2%という高い金利で貸し出すことになるわけで、そのため、貸し倒れのリスクを避けるために、自然と融資先が国有企業などの大企業に偏ってしまう訳です。高い利鞘が確実に確保されるならば、それは銀行にとっては大きな収入になるので、これは銀行優遇政策でもありわけですが、しかしそれ以上に、このような金利の規制は、融資における国有企業優遇政策です。このような制度によって、中国ではこれまで、大手国有企業を優遇し、健全な競争が阻害されてきました。しかし、李克強新政権は、旧態依然とした金融の制度の改革を行おうというわけです。

 ちなみに、このようにあらかじめ高い金利が保証されていることは、ホットマネーと呼ばれる資金が国外から流入する要因の1つでもありました。

 そうして、マネーが大量に外から中国本土に流入し、これらの余剰マネーも、不動産開発へと流れていったのです。つまり、人民銀行が金融を引き締めていた背景には、市場において、このような余剰マネーによる、一種の過剰流動性状態になっていたこともあるのです。

 このような、人民銀行にとって「意図せざる過剰流動性=ホットマネーによる金融緩和状態」、これを引き締めることは、当然の政策です。

 一方で、国有企業を優遇する融資制度によって、マネーは潤沢にあるのに、そのマネーがなかなか中小企業に流れて行かない、という事態も起こっていました。マネーが、シャドーバンキングを通して、不動産やその周辺のところにばかり流れてしまい、実体経済を支える中小企業に行き渡らないという、金融不均衡状態にあったわけで、そうである以上、尚更改革が必要になってきます。

 という訳で、今回、最低貸出金利の下限を撤廃し、これを自由化することにより、当局が、中小企業への融資の拡大を意図しているのは明白です。

 とはいえ、だからといって、これですぐにマネーが不動産開発から引き揚げて中小企業に向かうかというと、そう簡単には行きません。これもまた、改革の第一歩です。

 そうであればこそ、当然ながら次の手を打ってきます。7月24日、北京の中央政府は、月間売上高が2万元(3300ドル)未満の小規模な企業に対し、営業税と、付加価値税を免除するという決定を発表します。

 金融制度の改革の第一歩を行った一方で、中小企業に対して、税制の面から負担を軽減しようというものです。貸出金利の下限を撤廃したからといって、中小企業がすぐに低利で融資を受けられるわけではありません。しかし、中小企業のビジネス環境を少しでも改善するために、即効性のあるものとして、税の免除を打ち出してきたわけです。

 これは、中途半端な減税とは違い、営業税、付加価値税ともに、まったく納めなくて構わないという大胆な政策である以上、一定の効果はあると言えるでしょう。

 この日のロイターの報道によると、この対象となる企業は実に600万超にのぼり、これら企業の従業員は全体で数千万人にのぼるということです。

 ちなみに、打つ手が早いといえば、政策の実施も早いです。先程の貸出金利の下限撤廃は、発表があった翌日から、そして中小企業に対する二種類の税の免除は、8月1日からそれぞれ実施です。

 更に、欧米の需要低迷によって苦境に立たされている貿易関連の業務については、通関部門での改革も発表しました。手数料の引き下げや、サービス関連事業者に対するゼロ関税の適用などです。

 もちろん、政府としては、従来の輸出主導から国内の個人消費主導への経済モデルの転換というのが最大の目論みであるわけですが、しかしその過程において、輸出関連の中小企業の痛手がなるべく小さくて済むような配慮は当然必要であり、よって、これもまた適切な政策と言えるでしょう。

 ちなみに、このサービス関連事業者に対する改革の中には、銀行関連と複合したものもあります。これまでサービス業者が貿易に際して外貨を必要とする場合、当局の審査を必要としたのですが、しかし今回は、この審査にまつわる承認プロセスも撤廃し、外為に関して、企業が、当局を挟むことなく、銀行と直接やり取りできるようになりました。これは言うまでもなく、審査にまつわる一連のコストが取り除かれることを意味し、併せて事業のスピード化も促します。

 この改革の実施は、9月1日からです。

 更に、7月25日、中国国家発展改革委員会(NDRC)は、中小企業の資金調達を支援するため、債券の発行の拡大を承認しました。これにより、銀行融資だけでなく、債券の発行を通して、企業の側が市場から資金調達する幅も広げようというものです。

 
 くわえて、要件を満たせば、国有企業及び地方政府傘下の団体についても、金融において、小規模企業向けに再融資することを認めました。言うまでもなく、国有企業などからの再融資は、又貸しであり、本来なら取り締まるべきシャドーバンキングの一種であるわけですが、しかし一度に潰すと混乱をきたしてしまいかねないので、だから一度に潰せないならば、当局があらかじめ融資の内容を把握したうえで、これを認める、というものです。言うまでもなく、当局としても、今後もずっと認めるつもりはないでしょう。つまり、これは過渡期特有の妥協案であり、又貸し(影の銀行業務)をするなら、不動産開発会社にではなく、実体経済を支える中小企業にのみ向けてやりなさい、ということです。これについては、ある程度認めないと、過渡期における混乱に乗じて、中小企業に対し、ノンバンクの金融機関が、理財商品を使った融資を通じて、どういう手を伸ばして来るか解らない、それはそれで危ない、という憂慮から出たものであると思われます。

 また、金融改革は、他にもあります。人民元の国際化です。人民元改革に関しては、貿易における決済の他に、株式・債券市場での自由化も必要です。

 中国の場合、外国の投資家が中国国内の金融商品へ投資するには、適格外国人機関投資家(QFII)という制度の枠のなかに限られていて、当局から認可を受けなければならないのですが、これまでは香港の投資家にのみ認められていました。ところが、7月12日、中国の証券監督管理委員会は、ロンドンとシンガポールの投資家についても、この適格外国人機関投資家(QFII)として認定すると発表したのです。

 また、中国の場合、これとは別に、人民元適格外国人機関投資家(RQFII)という制度もあるのですが、当局は、これについても同様の改革を進める姿勢でいます。

 このように、金融面において次から次へと改革が実行される過程において、国有の大手銀行からは、この改革進捗のペースは速すぎる、という反発の声が上がっています。以下は、8月2日にロイターが掲載した記事です。

 http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPL4N0G30TI20130802

 つまり、これまで様々な規制に守られてきたこれら国有の大手銀行にとって、既成が次々に緩和、ないし撤廃され、競争に晒されることは、既得権をはぎ取られることになり、事業の根本的な見直しを迫られるわけで、大変困る、というわけです。

 しかし、このような金融面に巣食う既得権を解体し、自由化・オープン化をはかることは、絶対に避けて通れない改革です。既に何度も申し上げて来たように、欧米諸国は中国の新政権の改革を一貫して支持してきたわけですが、英フィナンシャル・タイムズは社説において、この一連の改革案を高く評価しました。

 http://www.nikkei.com/article/DGXNASGV26002_W3A720C1000000/

 一言でいうと、中小企業は成長の原動力であり、雇用の供給源である。ところが過去20年間は、国有企業優遇の陰で不利益を被ってきた。国有企業による非生産的な事業を優遇する旧来型のものではなく、政策の照準を中小企業に定め、中小企業のビジネス環境が良くなるよう最大限に改革を進めることは、経済を後押しする非常に有効かつ持続的な方法である、と高く評価しています。これは、まったく以てその通りです。

 ところで、中国が抱える問題点は、金融部門、及びそこから生まれる過剰な不動産投資以外にも、まだあります。それは、素材・建築資材の過剰生産という問題です。

 鉄鉱石や銅をはじめとした様々な資源価格は、21世紀に入って以降、何よりも中国の需要により価格が高騰してきたのですが、ここ最近、この価格が著しく下落していたのです。今年に関して言うと、2月を高値として、その後これらの市況はひたすら価格が下落してきました。その最大の理由が、中国における過剰生産です。

 とにかく、中国が物凄い勢いで増産しているため、需給が緩むことにより、価格がドンドン下落してしまっているという状況で、たとえば4月、日本鉄鋼連盟は記者会見において、いま鋼材は世界中で減産しているのに、中国だけは猛烈な勢いで増産している、これは由々しき事態であり、大問題だ、と表明しました。

 そしてもちろん、これは国際的に問題であるだけでなく、中国国内においても問題なのです。非常に解りやすい構図として、シャドーバンキングを通して大量の資金が不動産開発に流れ、そうして歯止めのかからない不動産の過剰投資状態になっていることが、自動的に、素材産業における過剰生産という事態を引き起こしていたのです。

 この過剰生産はかなりバブル的な域に達していまして、非効率極まりないだけでなく、あまりに大量に生産するため市況がダブついて価格が下落し、それが利益率の低下を引き起こし、一方で、鉄鋼やアルミなどは生産の現場においては大量の電力を必要とするので、温暖化ガスも大量に排出してしまい、大気汚染の原因にもなります。

 という訳で、際限なく価格は下がる、利益率は低下する、環境は悪化する……、など悪いこと尽くめであるわけです。なので、この過剰生産についても、絶対にストップをかけなければならないわけですが、しかし温家宝政権は、この過剰生産問題についてもひたすら野放図にしてきたのです。というのも、政府が企業に対し、単にこれをやめるよう言っても、もちろん企業はやめないわけですよ。そもそも、単にやめろと言うだけでは効果がないのです。なにしろ、大元にシャドーバンキングがあって、過剰生産もそれとの関連で起こっているわけですから、この問題を改善するには、相当に戦略的な態度で臨む必要があります。また、かなりの覚悟も必要です。銀行、不動産開発会社、資源関連会社、地方政府……、などが横並びで癒着しているので、中途半端な姿勢では、経済を壊すだけになってしまいます。

 だからこそ、温家宝はこれらの問題をひたすら野放しにしてきたわけですが、しかし李克強は違います。圧倒的な手腕でもって、まずはシャドーバンキングにざっくりと切り込み、そのうえで金融改革の案を矢継ぎ早やに打ち出すと同時に、これら素材産業の過剰生産問題にも、敢然と向き合ったのです。

 7月24日、中国の工業情報部(経済産業省に相当)は、鉄鋼、アルミ、セメント……、などの業界について、実に1433社を対象にリスト化し、各社の年内の設備廃棄計画を具体的に指示しました。この施策について、日経新聞編集員の土屋直也さんは、8月7日付けのコラムにおいて、次のように書いています。

 「たとえば、北京を地盤とするセメント・建材大手の上場企業、北京金隅では、子会社2社でそれぞれ10万トンの生産能力の廃棄が指示されている。個別社の廃棄の積み上げで、製紙なら636万トン、銅なら65万トンの生産能力を削減するなどとなっている」。

 「リストが中国で話題なのは、李首相率いる政府が過剰設備の廃棄に『本気』と受け取られたから。(中略)個社名と廃棄計画をここまで詳細に発表するとは予想されていなかった」。

 ここでも、6月に行ったシャドーバンキング退治のための金融引き締めの際に、世界中を驚かせたときと、そっくり同じことが言われています。つまり、まさかここまでやるとは思わなかった……、中国政府は、本気で改革を進めに来ているぞ……、と。

 ちなみに、このような過剰生産の抑制は、ダブついていた市場価格を正常に戻し、利益率を向上させるだけでなく、粗悪な品質の製品は淘汰されることになるので、日本、韓国、アメリカ、などの技術力のある企業にとっては、チャンスとなるものでもあります。以前紹介したアメリカのアルミ大手アルコアの経営者の発言などは、まるでこのような中国政府の政策を見越していたかのように、改革を歓迎するものでした。

 ただ、その一方で、過剰となっていた設備の廃棄をする以上、当然ながら、事業が圧縮される企業においては、そのぶん雇用も失われます。また、地方政府に関しても、過剰な不動産投資、素材産業の過剰生産に依拠するかたちで経済が成り立っていたところは、財政が悪化し、場合によっては、破綻の危機に見舞われるところも出てくるのではないか、という見方もあります。いまのところ、最も問題視されているのが江蘇省です。

 http://jp.reuters.com/article/jp_BRICs/idJPTYE96O04720130725

 しかし、改革を進めるにおいて、このようなことはつきものです。処理しきれないほど大きなレベルになってからでは遅いのであり、解決不可能なレベルに達していない今なら、十分処理できるのです。とはいえ、既得権をはぎ取ってこれを処理する以上、当然ながら様々な方面からの抵抗は必至です。また、雇用についても、失われる分は、新しい産業を育成することで新たな雇用を創出していかなければなりません。もとより、改革を進めるには、これらすべてを引き受ける覚悟がなければ、出来ないのです。

 そして、李克強は、これらすべてを引き受けて、一直線に改革を進める方針でいます。そもそも、李克強という政治家は、北京大学を卒業して暫くの後、30代になってから大学院に入学し、そこで経済を徹底的に研究して、修士号と博士号を取得した人物です。彼が大学院に在学中、日本でバブルが崩壊しました。そして更にその後、欧米でも住宅バブル・信用バブルが相次いで起こり、これが崩壊しました。李克強は、このような日米欧の失敗すべてについて、徹底的に知り尽くしています。そのうえで、かつての日米欧すべてを反面教師とし、そしてもちろん、前任の温家宝をも反面教師として、あらゆる改革を断行姿勢でいます。

 一方で、李克強は、利権にメスを入れ、経済における古い体質を一掃する改革を行っているだけでなく、同時に、新しい産業を育成すべく、その土台作りも既に始めています。これについては、後日あらためて詳細に論じたいと思います。