アメリカは現在どうなっているのか? FRBの金融政策から、アメリカ経済のいまを読み解く

 先月、アメリカではデトロイトが破産申請をしました。しかし、アメリカの地方自治体において、財政が逼迫しているところはデトロイトの他にも数多くあり、場合によっては、今後地方自治体の連鎖破綻が起きる可能性さえ指摘されています。

 その一方で、アメリカの中央銀行にあたるFRBは、これまで行ってきた大規模な資産の買い入れについて、年内にもこの縮小に動くことを示唆しています。いわゆる、金融緩和からの出口政策です。

 いったい、アメリカ経済はどうなっているのでしょうか? 

 アメリカの場合、オバマ政権と共和党の間での溝は激しく、経済政策において、政治はまともに機能していません。なので余計FRBに注目が集まるのですが、このFRBが実行してきた政策というのは、いったい何なのでしょう? これについては、つまるところ、すべては住宅バブルの崩壊に起因します。

 FRBが現在行っているのはQE3(量的緩和第3弾)と呼ばれるもので、ここで購入している資産の主な対象は住宅ローン担保証券国債ですが、それ以前のQE2の場合、国債がメインでした。

 アメリカは、イラク・アフガンの二つの戦争の戦費により、ただでさえ財政が悪化の一途を辿ったわけですが、リーマンショックアメリカの財政を決定的に追い込みます。住宅バブル崩壊を受けて、金融機関は多額の資本を損失しました。そして、このような金融機関を救うべく、膨大な額の公的資金が投入され、これによりアメリカの財政は、もうどうにもならなくなります。

 それまで、単年での財政赤字は5000億ドル以下で済んでいたものが、2009年になると、1兆4000億ドルを超えます。これはもう尋常なレベルではありません。アメリカの財政赤字は、その後も毎年1兆ドルを軽く超えます。

 ところで、このような状況のなか、FRB国債の大量購入に踏み切ったわけですが、これは通常なら、中央銀行が政府債務を肩代わりする政策のように見えます。もちろんそういう側面はあるのですが、しかしFRBの真の狙いは、むしろ別のところにあるというべきです。しかもそれは、通常言われているように、FRBが大量におカネを刷ることにより、その余剰マネーで株価を上昇させる、というものでもありません。物事は、そんな単純ではないのです。

 QE2は、国債を買うためのプログラムだったわけですが、昨年9月に始めたQE3の場合、その最大の狙いは住宅ローン担保証券です。そこに、12月になって、国債の大量購入も加わったのです。

 ちなみに、2009年の3月に開始したQE1でも、そこでの主要な購入対象は、住宅ローン担保証券でした。

 ここで重要になって来るのが、かつての日本のバブルとアメリカのバブルとの違いです。80年代、日本では地価がドンドン上昇していきバブルになりましたが、しかし日本の場合、バブルの主体は主に企業であって、一般家庭が先を争って住宅購入を行ったのではありません。それに対し、アメリカの場合、バブルの主体は一般家庭です。金融機関は、住宅ローンをもとに、そこから証券化商品を作り、これを一般家庭に売ることで、住宅購入が加速してバブルになったのです。

 かくて住宅市場は過熱し、一般家庭において、個人所得に占める住宅ローンの比率は、実に80%を超えます。このように住宅ローンが肥大化していったなかで、住宅価格が下落し、一挙にバブルが崩壊して、この80%の部分が不良債権と化したのです。そうである以上、たまったものではありません。

 大手金融機関に関しては、公的資金を投入してこれを救いました。こうして、大手金融機関の不良債権は処理されたわけですが、しかし一般家庭が抱える不良債権はそのまま手つかずのまま残ってしまったのです。本来なら、この一般家庭の不良債権も処理しなければなりません。ところが、逼迫するアメリカの財政では、大手金融機関を救済するので精一杯であり、一般家庭の不良債権まではとてもじゃないけど手が回らなかったのです。

 そこでFRBの出番となります。FRBが、不良債権化した住宅ローン担保証券を買い上げることで、家計のバランスシート調整を行おうという訳です。これが、QE1で行われたことです。

 とはいえ、各家庭に溜まってしまった債務の累計はハンパではなく、このバランスシート調整には、相当の時間を要します。1年、2年ではとても終わるものではありません。また、問題は他にもあって、FRBが資産を大量に購入するということは、そのぶんFRBのバランスシートが膨張するわけです。FRBだって無限ではありませんので、資産を買い入れるといっても限度があります。とはいえ、なんといってもアメリカのGDPの7割は個人消費が占めると言われていますので、個人所得に占める住宅債務の比率が80%という状況では、消費など活性化する筈もなく、だからFRBとしても、無理をしてでも住宅ローン担保証券の購入を行わないわけにはいかないのです。

 そして、併せて、バブルで崩壊した住宅市場そのものを回復させる必要があります。

 つまり、家計に占める住宅債務が減少するとともに、住宅市場が回復すれば、アメリカ経済は徐々に改善の方向へと向かっていく、というのが当局の描く筋書きです。

 ところで、住宅市場が回復するうえで重要なのは、なんでしょうか? それは、住宅ローンの金利です。

 住宅を購入しようと思う側にとっては、金利が高いとそのぶん負担になり、住宅購入に対し二の足を踏むことになります。そうである以上、住宅市場を回復軌道に乗せるためには、金利が低く、安定している必要があるのです。

 では、金利を低く、安定させるために必要なのは、なんでしょうか? それは、国債長期金利が、低く安定していることです。

 という訳で、お解りになられた方も多いでしょう。要するに、FRBという巨大な存在が国債を購入し続ける限り、アメリカの長期金利は安定するのです。というより、財政が悪化し、債務上限引き上げ問題や、財政の崖問題などで、オバマ政権と共和党が揉めるような政治状況において、長期金利を低く安定させるには、FRB国債を大量に購入する以外にないのです。

 もちろん、金融緩和による余剰マネーが株式市場に流れて、その資産効果というのもあるでしょうが、しかし株価というのは、どれだけマネーが余っていようと、業績の裏付けがないと絶対に上昇は長続きしません。株価は、あくまでも企業業績が基本です。

 ちなみに、財政問題にしても、アメリカの場合、確かに巨額の債務は大問題ですが、しかしその一方で、アメリカの場合、中国、日本という巨大な国債の購入者がいる以上、すぐに破綻とか、そういうことにはなりません。なので、国債の価格を市場メカニズムに任せても、アメリカの国債市場がそう簡単に危機に陥ることはないのです。

 しかし、それでは困るのというのが住宅市場です。アメリカの住宅市場は、バブルの崩壊を受けてズタズタになった以上、これを回復軌道に乗せるには、相当に金利が低い状態で安定していなければならないのです。そのためには、FRB国債を大量に購入するしかないわけです。

 こうして、FRBの3度の金融緩和(資産買い入れプログラム)を通じて、家計の債務問題は少しずつ改善していき、また住宅市場も少しずつ改善し、それにより、他の様々なマクロ経済指標も少しずつ改善してきました。この点で、アメリカの経済は、リーマンショックの頃とは違います。

 とはいえ、だから景気まで回復してきたかといと、これはまったく回復していないのです。確かに、家計の債務は減ってきた、だけど、所得も下がっている、これがアメリカです。

 雇用環境の悪化に伴い、リーマンショック以降、アメリカでは5年連続で平均所得が減少しています。つまり、借金は減ってきたからそのぶん身軽にはなっているけど、しかし収入もまた減っている、という訳です。

 その一方で、大企業は、そのビジネスを次々に新興国へと移行しつつ、アメリカ国内においては経営の効率化を加速しています。つまり、人員削減などを大胆に進めたわけです。これが業績を向上させ、株価も上がりました。そうして、経営者の報酬は増える一方となっていきます。

 また、実質実効レートにおけるドル安や、中国を中心とした新興国の需要増などを通じて、過去数年間、アメリカは、輸出は順調に伸びています。

 とはいえ、アメリカの場合、日本のような少子化ではありませんし、移民や留学生も大量に来ますので、本来なら内需は伸びる余地があると言えます。ところが、アメリカの内需といえば、その最大のものは住宅市場です。特に、地方にとっては、住宅市場が経済の中心を担ってきたところが少なくありません。

 ところで、ここで、アメリカ政府からも、FRBからも、共に置き去りにされてきた主体があります。それは、地方銀行です。

 大手の金融機関は公的資金によって救われました。また、一般家庭の債務はFRBが少しずつ肩代わりしてきました。ところが、まったく救われなかったのが地方の銀行です。

 リーマンショックの翌2009年秋、アメリカでは、地方銀行の連鎖破綻が発生します。アメリカの歴史上、最大規模と言われるドミノ的な連鎖破綻です。地方の銀行にとって、ビジネスの多くは住宅関連であったわけですが、バブルの崩壊を受けて住宅市場が壊滅してしまい、一方で地方銀行に対しては有効な施策がまったくとられなかったために、2009年秋になると、地方銀行の中には、持ちこたえられず破綻するところが続出したのです。

 住宅市場は、確かに回復軌道に乗ってきました。しかし信越化学の金川会長が以前語ったように、回復軌道に乗っているとはいっても、それは決して力強い回復ではないのです。おまけに、経済の要である銀行が、あちこちで破綻してなくなってしまっている。そして、雇用もいまだ弱い。

 雇用に関しても、最も重要な指標である非農業部門の新規雇用者数自体は、確実に改善してきています。とはいえ、物凄く低いところで低迷している状況からは脱出したというレベルで、失われた雇用そのものを取り戻すようなものではありません。そしてまた、FRBが指摘してきたように、失業率は改善してきていても、賃金の低い労働ばかり増えていて、中間層の底上げをするような部門の雇用は、決して回復していないのです。だからこそ、平均所得が下落し続けているのです。

 それと、社会保障です。アメリカは社会保障が極めて脆弱なので、将来への不安というのが常に付きまといますから、収入をおいそれと消費にまわせない状況にあります。

 このような状況のなか、FRBは、年内にも資産の買い入れの縮小をはじめ、そして来年には資産買い入れプログラムを終える、と表明しています。

 
 ちなみに、終了するのはあくまでも資産の買い入れであって、金融緩和そのものではありません。アメリカの政策金利は、日本同様の超低金利であり、これは当面の間も継続する方針です。そして、言うまでもないことですが、政策金利が限りなくゼロに近いところにある経済において、景気が良いわけがないのです。

 本当に景気が良ければ、資金需要は活発化するので、政策金利を殆どゼロにする必要はありません。しかし、良くないからいまだに超低金利なのです。資金需要が戻ってこないから、政策金利を上げることが出来ないのです。ここにおいて、デフレであるか否かは関係ありません。要するに、需要は低いのであり、そもそも、地方においては、そのあちこちで、貸出の主体である銀行が倒産して久しいのです。

 そうなれば当然税収は上がらないわけで、そうであればこそ、地方自治体の破綻リスクも依然としてくすぶっていることになるわけです。

 そんななか、大企業はドンドン外に出て行っています。デトロイト財政問題で象徴になるならば、デトロイトを本社に置いてきたGMの場合、自動車販売に関して、もはやアメリカ国内よりも、中国での販売台数の方が上回っているのです。

 一方で政府の側は、膨大な貿易赤字をなんとかするべく、シェールガスシェールオイルの採掘に必死になっています。シェール革命は、言われているほどには、アメリカ国内の雇用の増加に寄与しません。むしろ、フラッキングによる汚染により、国内的にはマイナスの側面の方が大きいでしょう。しかしそれでも政府がこの分野に躍起になるのは、ひとえに、シェール革命により、中東からの化石燃料の輸入を減らす共に、日本や韓国などへシェールガスを輸出して稼いで、貿易収支を少しでも改善したいからです。そうしないと、アメリカ国家の収支はもたないのです。

 という訳で、アメリカは、国家をはじめとして、住宅市場、地方自治体、労働者……、等々、それぞれは、自らが生き延びること以外は殆ど頭にないという状況です。つまり、アメリカにおいて、それぞれの経済主体は、サバイバルのために、もはや全く別々の動きをしているわけです。アメリカ経済という名で呼びうる何らかの統一的な尺度は、どこにもないと言わざるを得ません。

 そうである以上、もはや国民経済としてのアメリカ経済など存在しません。

 ニューヨーク・ダウは、あくまでもグローバルに動く企業の業績に根差したものであり、決してアメリカ経済の先行きを反映するものではないし、また国内の各マクロ経済指標も、全体としてのアメリカ経済のいまを反映していません。経済の実態を表わす数字は、実にまちまちで、ものによって、全然違うのです。それが、様々な指標や指数に表れています。すべてはまだら模様で、良いものもあれば、悪いものもあり、一口にアメリカ経済とは呼べないような状況になりつつあります。