利権と戦い改革を進める中国の李克強首相、その絶妙な手腕と戦略について 〜シャドーバンキング(影の銀行)をめぐる攻防

 これまでの輸出主導の経済から内需主導の経済への転換を目指す中国は、いま大きな変化のなかにあるわけですが、目下、中国の新政権が何よりも力を注いで改革を進めているのが、不動産・銀行の分野です。

 中国の不動産市場は、2010年頃から俄かに過熱し始め、価格の高騰に歯止めがかからず、庶民の間から度々大きな不満が噴出してきました。その一方で、非効率な不動産の開発も後を絶たず、これは後々不良債権の温床になるとも言われており、ここをなんとかしないことには、内需主導の経済も上手く行きません。

 かつて日米欧のいずれもがそうであったように、中国においても、不動産と銀行というのはペアになっていて、片方を改革するだけでは駄目で、両方の改革が必要です。そしてまた、不動産と銀行というのは、利権の代名詞であることもまた、同様です。

 そうである以上、この改革は容易ではありません。前首相の温家宝は、この不動産・銀行の問題について、真正面から取り組むことなく、事態を野放図にしてきました。そもそも、不動産開発会社、銀行、そのいずれもが、中央政府のことを嘗めきっていまして、政府は本気で改革なんて出来るわけがないと高をくくって、やりたい放題やって来たというのは、有名な話です。

 そうである以上、今年新たに首相に就任した李克強が、いったいどれだけ改革を実行できるのか、期待と共に、疑問も投げかけられていました。

 全人代を目前に控えた2月下旬、北京の指導部は、不動産市場の引き締めを行うと発表しました。もっとも、この引き締め策は建前に過ぎず、全人代が開幕すれば、元に戻るだろうと見られていました。何故なら、不動産市場を引き締め続けることは、中国のGDP成長率を押し下げ、株価も下落させるからです。新たに発足する政権というのは、大抵は景気の良い話でスタートしたいもので、それは中国の新政権も同様であり、そうである以上、新政権自ら率先して成長率や株価を下げるようなことはしないだろう、という読みがあったのです。

 ところが、予想に反して、全人代が開幕しても尚、不動産に対して、引き締めの手綱を緩めることをしなかったのです。当初、世界の投資家は、全人代の期間中、何か景気刺激策が出てくると期待していました。しかし、ふたを開けてみると、株式市場にとってポジティヴな政策はまったく出て来ず、代わりに不動産の引き締めをマジメに行うばかりだったのです。

 それでも、全人代が終わり、新政権が正式に発足すれば、事態は変わるだろうと思われていたのです。ところが、全人代が終わっても、政権の姿勢はまったく変わらず、律儀に不動産市場の引き締めを行うのみだったのです。それどころか、3月27日には、不動産へマネーが流れる温床と以前から言われていた、シャドーバンキング(影の銀行)の取り締まりも始めるという声明まで出したのです。

 この一連の流れを受けて、これは4月になっても、政権は不動産市場を叩くのをやめないだろう、という認識を次第に持つようになりました。そして実際、4月になっても、不動産価格の抑制に邁進する一方だったのです。

 5月になって、事態は新たな展開を見せます。中国においては、以前から、当局の規制の目をかいくぐり国外から中国本土への投資マネーの流入が後を絶たなかったのですが、いわゆるホットマネーと呼ばれるこのような資金について、政府は、監視を強化してこれを取り締る、という声明を出したのです。それも具体的に、経済特区をピンポイントで指定して、監視の強化を通達したのです。

 それでどうなったかというと、見事、ホットマネー流入の実態を突きとめ、これをストップさせたのです。

 国外から流入するこのホットマネーについては以前詳細にお伝えしましたが、ここで簡単におさらいしておくと、これはいわゆる円キャリートレードの香港版みたいなもので、金利の低い香港で資金を調達し、その資金を、相対的に金利の高い中国本土で運用するというものです。そして、このホットマネーのある程度の部分が、不動産開発会社へと流れていたのです。

 つまり、不動産開発の資金となっていたのは、中国本土で調達され、そこからまわるもののほかに、外から入って来るものもあったわけで、だから当局はまず、外堀から埋めて、この方面からの資金を止めることに成功したわけです。

 さて、外堀の後は内堀、そして本丸となってくるわけですが、6月上旬、上海の銀行間取引金利で異常が発生します。短期の金融市場において、突然金利が上昇したのです。それまではだいたい3・5%程度だったところが、俄かに上昇を開始し、やがて10%に近づいていきます。

 世界中の投資家、アナリストたちは、いったい上海で何が起こっているのか? すぐには解りませんでした。こんなに金利が上昇しては、当然ながら企業にとっては借入のコスト負担以外のなにものでもないわけで、実体経済にとって良いわけがありません。しかも、情報によると、中国人民銀行は資金の供給を行わず、ひたすら金融を引き締めているそうなので、いったいこれはどういうことだと当初はかなり謎だったのです。

 事態が解ってきたのは、6月の半ばを過ぎてからのことでした。以前にも紹介したロイターの記事ですが、あらためて引用しておきます。

 「当地の中国国有銀行のトレーダーは『中銀は銀行やファンドなど他の金融機関に債務圧縮(デレバレッジ)を進めるよう圧力をかけることを決断したようだ』と指摘、『こうした強硬なスタンスは、シャドーバンキングやウェルスマネジメント、信託事業など、金融機関の非中核事業に対する締め付けという最近の政策に合致している』と述べた」。

 「資金市場の逼迫状況は今月上旬に始まり、今週に入って悪化。トレーダーによると、銀行や金融機関は非中核事業の圧縮を余儀なくされているという」。

 つまり、意図的に金融を引き締めて、市中に流れる資金の量を絞ることで、ワザと資金市場の逼迫を発生させ、銀行など金融機関に対し、事業の見直しを否応なく迫ろうとするものです。

 さて、ここで当局が改革の本丸と位置付けるシャドーバンキングとは何なのか? について説明しておきます。これは主に、2つあります。

 1つ目ですが、これは銀行が、まずは国有企業などにおカネを貸します。するとそのおカネを、今度は企業の側が、別のところへ又貸しするのです。通常なら、銀行ではない企業に融資などの業務は出来ないのですが、それをやってしまっているわけです。だから、影の銀行(シャドーバンキング)という訳です。

 ちなみに、日本にも銀行法という法律があって、融資など銀行の業務は、法律で認可されたところ(つまり銀行)しか行えません。これは中国でも同様なのですが、しかし当局の規制をかいくぐって、影の銀行が横行していまっているのです。

 もう1つは、理財商品(ウェルス・マネジメント)と呼ばれるものです。これは、具体的には、「投資信託のようなもの」です。「投資信託」ではありません、「投資信託のようなもの」です。

 具体的にどういうものかというと、まず銀行が、理財商品と呼ばれる投資信託のような金融商品を設定して、これを一般の市民に販売します。投資信託の場合、株なり債券なり、組み入れられた対象は目論見書にちゃんと記載してあり、投信を組んだ側(証券会社など)は、その目論見書の通りに運用するのですけど、この理財商品はそれとは少し違って、まず目論見書に記載されるポートフォリオが曖昧であり、どういう運用を行うのか解りずらくしておいて、それを市民に販売し(もちろん、リターンは結構高いわけです)、そうやって市民に販売した理財商品のマネーを使って、銀行がこれを、別のところへ貸し付けるのです。

 これもまた、通常の銀行融資とは違うかたちでの融資であるということで、シャドーバンキングの1つとなっています。この場合は、企業が行う又貸しとは違って、銀行そのものが影の銀行になってしまっているということです。

 そして、この2つの種類のシャドーバンキング、貸付先はどこかというと、融資平台(融資プラットフォーム)と呼ばれるところへ行くのですが、これは何かというと、地方政府の資金の窓口のようなところでして、地方政府はこの融資平台を通して資金を調達し、そうしておカネは不動産開発会社へ流れていく、というのが主な仕組みです。

 要するに、正規の銀行、企業、地方政府、不動産開発会社、などが一体となっているシステムで、あちこちで利権が発生して儲けが出る仕組みなのですが、これは一方では、当然ながら不良債権の温床にもなるものです。

 ここで問題なのが地方政府でして、地方政府にとっては不動産が重要な財源となっているため、かなり非効率な開発も行われており、その結果、入居者がいないマンションなども一部には乱立してしまうような事態も起きていて、なかには建物だけあって人のまったくいないゴーストタウンまで現れる始末で、つまり一言でいうと、不必要なハコモノも結構作ってしまっているのです。これは当然ながら、後々不良債権のもとになります。

 このように、片方でバブルの芽を生み、もう片方で不良債権のもとになる、という訳で、だから大問題であるわけですが、温家宝前首相は、これをまったく野放しにして、なにも手を付けて来なかったのです。

 このような状況に対し、李克強率いる新政府は、前政権とは180度姿勢を変えて、この分野を徹底的に改革するという方針で一貫して動いているのです。いくら不動産市場を引き締めたところで、元を絶たねば駄目だということであり、そして元というのは当然ながら資金の供給源です。そのため、まずは国外から中国本土に入ってくるホットマネーを止めて、次いでいよいよ、国内の銀行に対して圧力をかけたわけです。

 というのも、当局がやめろと言っても、銀行の方はやめないわけですよ。これについては、なにしろ影の銀行なので、その融資の実態は当局もよく把握できていないのです。そのため、ワザと金融を引き締め、意図的に資金市場の逼迫を発生させることで、銀行など金融機関が、非中核事業の圧縮を余儀なくされているという事態をつくり出したわけです。

 これについては、時期も絶妙だった言わざるを得ません。

 というのも、6月というのは、色々な面で、銀行の資金需要が最も高まる時期なのです。まず、半期末である以上、配当の支払いがあります。更に、法人税の支払いの期限でもあります。くわえて、この時期は、預金比率査定に対応するため、銀行は預金を吸収する必要性も生じるのです。そして、駄目押し的に、理財商品の償還期限でもあります。

 という訳で、配当は払わなきゃいけない、法人税も払わなきゃいけない、査定に対応するため預金を確保しなきゃいけない(つまり普段よりは預金を融資にまわせない)、そして理財商品も、償還に合わせて顧客(つまり市民)にリターンを払わないと、信用が落ちて今後は理財商品が売れないから、これも当然払わなきゃいけない。という訳で、このような状況のところに、金利の急騰による資金逼迫が起これれば、銀行はどうしたって、これまでのようなデタラメな融資は出来なくなります。

 そうこうしている間に、上海銀行間金利における短期金利は益々上昇していき、20日にピークを迎え、この日の金利は実に13%、ザラ場では一時30%を超えたとも言われる水準まで達します。

 これは尋常ではないレベルでして、銀行は悲鳴を上げます。こんな金利で貸し借りなど出来るものではありません。

 一方で、銀行の融資はすべてが不動産開発へと流れるわけではなく、通常の企業へと流れる、通常の融資ももちろんあるわけですが(というより、普通に考えればそちらの資金需要の方がはるかに多いものですけど)、金利が10%を超えるとなると、このような実体経済を支える企業への融資も滞ることになります。これは当然ながら、当局も困るわけです。

 で、どうしたのか? 6月25日、中国人民銀行は声明を発表し、一時的に資金不足に陥った銀行に対し、実体経済に必要なものなら資金を供給する考えを示し、更に人民銀行幹部からは、市場金利を打倒な水準に誘導する、という発言も伝えられます。ただ、それも、銀行に対し、流動性管理の改善をあらためて求めた上で、実体経済を支える銀行に資金を供給するというものです。これは、裏を返せば、流動性の管理をちゃんとやらないところには、資金は供給しない、ということでもあるのですが、一方で、実体経済そのものを壊すつもりはない、という明確なメッセージを送ったことは事実です。

 これを受けて、市場の動揺は収束します。

 更に、28日になると、あらためて人民銀行が、先週の時点で必要な一部の銀行に対し資金供給を行ったと再度声明を発表し、また人民銀行の周総裁個人も、上海での金融フォーラムにおいて、銀行に対し、妥当な融資方針を維持するよう指導する方針を示す一方で、人民銀行は適切な方法で市場の流動性を調整すると発言します。

 ちなみに、この一連の声明を待たず、金利の方は、20日にピークを付けて以降、日を追いうごと低下していったのですが、とはいえ、銀行の方は相当に震え上がったようで、この声明があと1週間早くなされていれば、市場ももっと冷静でいられたのに、という声がかなり上がったそうです。

 言うまでもなく、当局の側は、銀行を震え上がらせるためにわざとやっていたわけです。銀行自身が当局の姿勢を恐れて萎縮するようにならないと、銀行はいつまで経っても同じことを繰り返して、バブルの芽と不良債権を積み上げてしまうからです。このことは、SMBCフレンド証券の何紅雲さんをはじめ、数々のアナリストが一様に指摘することです。

 その一方で、ロイターによると、この同じ28日、中国証券監督管理委員会(CSRC)の報道官は、「意図的に価格を釣り上げようとしている不動産企業に対しては、新規株式公開(IPO)や資産再編計画を保留にするとの方針を示した」のです。

 このことから、当局の最大の狙いが、あくまでも不動産開発会社に流れる資金をどうにかするためであったことが、はっきりと解ります。

 そしてもう1つ、今回のことについては、政府と人民銀行が一体となり、相互に連携して動いているということです。これは何故かと言いますと、シャドーバンキングは、法律に基づいた通常の銀行システム以外のところで行われる融資のため、立場上、中国人民銀行は手が出せないわけです。人民銀行に出来ることは限られている、そのため、政府と連携して動いているのであり、そしてその中心にいるのは、李克強首相です。

 というより、様々なアナリストの意見を総合すると、李克強首相こそがまさにこの一連の“作戦”の陣頭指揮を執っていて、それに合わせて、人民銀行も含めた各部署が連携し、適格に動いているというものです。李克強首相は、シャドーバンキングを潰す、という明確な意思のもとに動いています。

 7月3日、日経新聞電子版に、次のような記事が掲載されます。

 「中国銀行業監督管理委員会は、高利回りの資産運用商品である理財商品の情報を当局に登録するよう銀行に義務付ける通知を交付した。2011年、12年に販売した理財商品も含め7月31日までに登録を完了するよう求める。対象は個人向けの理財商品。今後は未登録の理財商品を銀行は販売できなくなる」。

 また中国のネットメディア、『腾讯首页』では、「李克強が理財商品の研究を行う」という見出しの記事も掲載されます。つまり、李克強首相自ら特別チームを作るなりして理財商品の内容を徹底的に調べ上げ、怪しいものは販売できなくするためです。

 一部の不動産会社に対しては、IPOや資産再編計画を保留したりする、という通達にしてもそうですが、これら一連のことで、効いてくるのが、5月、ホットマネーを取り締まるべく、深センの特区で監視を強化すると事前に通達して、その通りこれを止めたことです。

 この有言実行は、要するに、「俺はやると言ったら、やるんだからな」という示威でもあります。というのも、単にホットマネーの居所を突きとめてこれを止めるだけなら、事前に通達をするのは、マネーを潜り込ませようとする相手に対し用心させるだけです。作戦遂行の点では、通達なしに取り締まる方が有効でしょう。ところが、あえて事前に通達を出して、有言実行でこれを突きとめ、止めさせた。そうして今度は標的を国内の業者に向ける、これはかなり念の入った戦略と言えるでしょう。

 有言実行でホットマネーを止めて、その後で今度は中国本土の金融機関に標的を絞り、行動を開始した。だからこそ、各金融機関は震え上がったのです。要するに、これは本気だ、と。当局は、シャドーバンキングを本気で潰しに来ている、ということで。

 また、当局が実に巧妙だったのは、他にもあります。というのも、上海銀行間金利は、6月の第3週に最も上昇し、そのピークは20日だったわけですが、実はこのとき、世界の市場関係者の目は、一心にアメリFRBの金融政策に注がれていたのです。とにかく、5月にFRBバーナンキ議長が資産買い入れの縮小に言及してからというもの、アメリカ国債はとどまることなく下落し、そこから株価も世界中で下落し、おまけに新興諸国からは資金が流出し、とにかく世界金融市場は大混乱の極みにありました。そのため、世界中の市場関係者の視線は、19日(中国時間で20日)に行われる、FOMC(アメリカの金融正確決定会合にあたります)、これにとにかく注目する一方だったのです。

 とにかく、アメリカ国債の下落が止まらないとどうにもならない、バーナンキはいったい何を言うんだ? というさなかに、中国では、粛々と金利が上昇していったのであり、そして19日(中国時間で20日)、バーナンキ議長の会見が開かれた後、市場はバーナンキの発言をどう受け止めるのか、とそこに神経を集中していたところで、上海では粛々と金利の上昇がピークに達していたのです。

 つまり、中国当局は、世界の注目がアメリカのFRBに集中するところを狙い、このFRBを目くらましにしてシャドーバンキング潰しの作戦を遂行していたわけです。そうして、上海での金利の異常な上昇が、世界市場で話題になることを巧妙に避けたわけです。

 上海での金利が話題になったのはその翌週、6月の最終週になってからのことであり、そこで世界の市場関係者は初めて中国で何が起こっているのか注目することになったのです。

 7月にワシントンで開かれた戦略・経済対話においては、中国とアメリカの金融政策は大きな議題となり、アメリカ側は、中国当局が行う一連の金融改革について、これを強く支援するという声明を発表します。

 この戦略・経済対話において、中国のネットメディアは膨大な量の記事をアップしているのですが、その際、最も長く割いているのが、この金融改革についてなのです。たとえば、以下は、7月12日、『腾讯首页』が掲載した記事です。

 http://finance.qq.com/a/20130712/002935.htm

 この記事ですが、汪洋副首相による、「中国とアメリカの両家は婚姻関係なり、離婚などあり得ない」という発言に始まり、その後は、貿易面などで中米両国がいかに分かちがたく結びついているかが書かれた後、記事のなかほどからは、ひたすら金融のことばかり扱っているのです。中国の金融改革だけではなく、アメリカのことも含めて、実に詳細に論じてします。そしてこのような傾向は、中国の他のメディアにも見られることです。

 アメリカの伝統的な輸出産業のなかで最も有名なものはおそらく自動車業界だと思いますが、たとえば最大手のGMの場合、アメリカ国内の販売台数よりも、既に中国での販売台数の方が多いのです。しかし、これはまだ序章であり、今後GMは世界生産のおよそ半分を中国で行う方針を固めています。それはもちろん、拡大する中国の中間層を頼りに、より一層中国での販売を増やしていこうというものです。つまり、GMはアメリカの企業であるものの、しかしそのGMにとって、最も重要な市場はアメリカではなく、中国である、ということです。

 また、現在アメリカは決算シーズンに突入していますが、先陣を切って決算を発表した素材アルコアのクラインフェルドCEOは、次のように発言しました。

 「中国については、まったく心配していない。実施されたと言われている金融引き締めはプラスだ。新政権は、過剰なインフラ投資を抑制し、経済成長の質を高めようとしている。それは我々にとっても大変重要なことだ」。

 という訳で、現在中国の新政権が行っている改革は、自分たちにとっても大いに利益になると、高く評価しているわけです。自動車業界にしても、素材産業にしても、もはや中国ほど重要な相手などない、というのがアメリカの真実です。

 だからこそ、中国には持続的な発展をしてもらわないと困る、というのがアメリカ側の願いであり、そのため、アメリカ側は、李克強首相による改革を支持しているわけです。

 理財商品も当然ながら金融商品であるわけですが、怪しげな金融商品を販売し、そのカネを不動産にまわすというのは、かつてのアメリカでのサブプライム問題とも似ているのであり、従って、大事にならないうちになんとかする必要があります。かつてアメリカで起きたことが、将来もし中国で起こったら大変なことになる、しかし今ならまだ十分処理は可能なので、だから中国は、かつてのアメリカを反面教師として、この方面の改革を断固進めている、というのが実情です。

 サブプライム問題によって生まれた不良債権は、アメリカのGDPの1・5倍にものぼるものだったと言われています。一方で、このシャドーバンキング問題で現在溜まっている不良債権は、中国のGDPの半分かそれに満たないレベル、というのが大筋の見方です。何より、中国はいまだ年率7%以上の高成長の中にいる以上、不良債権をいまのレベルで抑えたまま、持続的に成長して行けば、GDPに占める不良債権の比率はグンと低くなるので、将来においてはこれを問題なく処理することが可能です。

 一方で、シャドーバンキングによるマネーは、不動産にばかり行っているわけではなく、前述したように、実体経済を支える各種中小企業にとっても重要な資金調達の方法となっていて、また不動産開発に関しても、すべてが無駄で非効率なものという訳ではなく、実需に応じて建てられる物件ももちろん数多くあるわけです。

 そうである以上、当局の側としても、これを一度に潰すことは出来ません。それをやると、中国の実体経済にとってもマイナスとなります。だから、機会を見て段階的に改革を行い、そうして地道に不良債権の芽を摘み取りながら、新しい金融市場の整備を緩やかに行っていこうというものです。

 そうして、やがてオープンで公正な金融市場が整備されることは、これまでの輸出主導の成長モデルから内需主導の成長モデルへの転換を成功させるうえでも非常に重要なことです。

 とりわけ、新政権が成長の最大の柱としている中西部の開発と都市化政策を実行するうえでは特に重要となります。上海や深センなどの沿岸部と違い、中西部はいまもってインフラも整っておらず、一方で人口は大変に多いため、この開発と都市化はかつてない規模になるわけですが(李克強首相は、この都市化政策について、人類史上類のない大規模なものになる、と語っています)、そうである以上、ここで旧来的な癒着まみれの開発を許すわけにはいかないのであり、なんとしても効率的なものでなくてはなりません。そのためにも、不動産・金融・地方政府(融資平台)に巣食う膿は何とかしなくてはならないわけですが、これが上手く行ったならば、なにしろ人類史上類のない規模である以上、この都市化の実現において、中国の内需は飛躍的に増すことになります。

 そうなれば、アメリカをはじめとした各国企業にとっても、この中西部の内需をめぐって、飛躍的な業績の拡大が見込める以上、何としても達成してもらわなければならないわけで、そのため、とりわけアメリカは、李克強首相の進める改革に大きな期待をかけ、これを強く支援する姿勢でいるわけです。

 先日、中国の第2四半期のGDP成長率が発表されて、これが前年同期比7・5%の伸びということで、第1四半期の7・7%から若干伸びが鈍化したわけですが、その最大の理由が、この改革にあります。

 中国は、景気刺激策を行って、成長率を押し上げようと思えば、いくらでも出来るのです。しかし、それをしないで、目先の成長率を多少犠牲にしてでも、将来の成長のために、断固改革を行っているわけです。

 これは、経済政策としては、極めて正しいのであり、しかも、陣頭指揮を執る李克強首相の手腕を、広く世界に見せつけるものでもありました。

 インフレ率は2%台に抑制され、そのうえで小売売上は安定して12%台後半の伸びという、極めて良好な経済状況が、このような改革を可能にしています。