日銀が行っている金融緩和は、将来において地方銀行の連鎖破綻という危機を招く恐れがある

 4月4日、黒田新体制の日銀は、いわゆる「異次元の緩和策」と呼ばれる大規模な金融緩和をスタートさせ、これにより、かつてないほど大量の国債を購入することになりました。これは、本来なら市場に委ねるべき国債の価格について、中央銀行がこれを意図的に操作しようというものでもあります。このような政策は大変に危ういものであり、前総裁の白川さんは、3月19日の退任会見においても、「市場を思い通りに動かす政策なのであれば、危うさを感じる」と警鐘を鳴らしていました。

 中央銀行が意図的に国債価格をコントロールしようとすると、どのようなことが起こるのか? マーケットは、この5月から6月下旬にかけて、その恐ろしさをまざまざと思い知らされました。その舞台は、アメリカです。

 アメリカのFRBは、リーマンショック以降、3度に渡って大規模な金融緩和を行い、その都度国債を大量に購入してきました。言うまでもなく、イラク・アフガンの戦争とリーマンショックにより、アメリカの財政は火の車であり、一方でFRBバーナンキ議長は、以前から金融緩和に対して極めて積極的な論客でしたので、かくてアメリ財務省バーナンキの思惑は一致となり、FRBは大規模な緩和政策を行い、大量に国債を購入してきました。このようなFRBの政策によって、近年アメリカ国債は相当に安定していました。

 そんななか、今年の5月上旬、アメリカ国債が俄かに下落し始め、それに伴い、長期金利が上昇を始めました(国債は価格が下落すると、金利が上昇するのです)。ただ、この時期は、ニューヨーク・ダウやドイツDAXが史上最高値を更新するなど、世界同時株高の様相を呈しており、いわゆる、債券から株への資金シフトによる自然な金利の上昇だと見做されていました。

 事態が一変するのは、5月22日のことです。この日、バーナンキは議会証言を行い、そこで資産買い入れの縮小について言及します。ここから、アメリカ国債の下落が止まらなくなります。なにしろ、それまではFRBが大量に国債を買うことで債券市場を無理やり安定させていたわけで、そのFRB国債の購入を縮小するということは、当然国債の下落要因となります。これで、歯止めが利かなくなりました。いわゆるタガが外れた状態になり、アメリカ国債の価格下落が止まらなくなったのです。その一方で、この議会証言の翌日から、世界中で株価の下落も始まり、世界同時株安へと発展します。更に、安全資産と言われる金(ゴールド)の価格も下落するようになります。こうして、債券・株・金、などあらゆる金融商品が歯止めなく下落し出すという、大混乱が起こります。そして、それを受けて、新興国からは資金の流出も起こります。

 このような一連の混乱のなかで、最も損失を出したのは、CTAです。金融工学の粋を集めたコンピュータのプログラムに従いロボットが24時間自動売買をするCTAこそは、ヘッジファンドのなかでも、リーマンショック以降最も多額の資金を集め、世界金融市場の制空権を握るほどになっていたわけですが、通常ならまずあり得ない、債券・株・金の同時下落という局面になってなお、CTAはロボットが以前のプログラム通り“機械的に”取引の注文を出していたため、市場の変化に対応できず、巨額の損失を出すに至ります。そこから売りが売りを呼んで、世界中で際限なく株価が下落していったのですが、とはいえ、この株安は副次的な現象として起こったものであり、事の本質は、FRBが買い入れを縮小することに伴うアメリカ国債の下落にあります。

 CTAは、債券市場だけでなく、あらゆる金融市場において制空権を握っていたため、このような世界同時株安を誘発しましたが、しかしそれがなくても、FRBという大きな存在が国債の買い入れを縮小すれば、国債の価格が下落するのは当然です。もっとも、この時点においては、FRBが実際に資産買い入れの縮小を始めたのではなく、将来的に縮小するのではないか? そしてその時期がいつになるか解らない、ということが懸念や不安を増幅させ、このような事態に陥ったわけですが、とはいえ、中央銀行が永遠に資産を買い続けるなど出来る筈もなく、中央銀行もいつか必ず買い入れの縮小に動くことは必然であるため、このような国債価格の下落は、必ず起こり得るものと言っていいことです。

 要するに、中央銀行が大量に国債を買い入れ、市場価格を意図的にコントロールしようとすることは、あとで必ず反動を伴うのです。

 前日銀総裁の白川さんは、このことをよく理解したので、非常に抑制的な金融政策を続けていたのですが、3月20日、黒田新総裁が就任して以降、日銀は変わります。そして4月4日、日銀は、ついにこの道に踏み入ってしまったのです。BNPパリバ証券の河野龍太郎さんは、ロイターで定期的に執筆しているコラムにおいて、「日銀は既にルビコン川を渡った」と形容しています。

 アメリカ国債の下落で巨額の損失を出したのは、ヘッジファンドのCTAであり、そうである以上、その余波は、株式市場や金市場などへと波及しました。一方で、将来日銀が資産買い入れの縮小するようになるとき、損失を出すプレイヤーは、誰でしょうか? 日本の銀行は、メガバンク地方銀行を問わず、それぞれが規模に応じて、国債を大量に保有しています。将来、日銀が金融緩和の出口戦略を行い、日本国債が短期間で急激に下落するならば、日本の民間の銀行は、多額の損失を出すことになります。そして、民間の銀行が大きな損失を計上した場合、その影響は、当然ながら企業向けの融資へと波及し、貸し渋り貸しはがしなどが起こって、実体経済に大きな影響を与えます。もしこのようなことが起こるならば、明らかに景気にとってマイナスです。

 しかし、それだけでは済まないかもしれない、というのが、河野さんの指摘することです。もっとも、これは河野さんでなくても、金融に携わる者ならば、本来誰もが指摘しておかしくないことであり、以下に、要点を述べます。

 日銀は、この金融緩和は2%の物価上昇を達成するために行っていると明言しています。ただ、日本というのは元々インフレになりにくい経済であり、80年代後半のバブル期においてさえ、物価上昇率が2%に達することはありませんでした。とはいえ、インフレ率というのは中央銀行がコントロールできるものではありませんので、日銀の金融緩和に加え、そこに別のなんらかの要素が合わさって、将来2%の物価上昇が達成されたならば、どうなるか?

 インフレ率が高まるならば、それに伴って、当然長期金利は上昇します。

 ちなみに、物価が2%上昇する局面において、長期金利も2%では、運用益がまったく出ませんので、そうでなくても長期金利物価上昇率を上回るのが普通ですから、2%の物価上昇局面における長期金利は、3%ほどになるという予想が立ちます。この6月以降、日本の長期金利は概ね0・8%〜0・9%のレンジで推移しているので、3%の金利というのは、かなり大きいということになってきます。

 但し、これで金利の上昇が済むとは限りません。一旦インフレが始まると、それは中央銀行の狙い以上に進行することは珍しくありません。というより、インフレをコントロールするというのはそもそも至難の業であり、通常は不可能です。2012年の年初、ユーロ圏のインフレ率は2・7%ありました。また、イギリスは現在、インフレ率が3%を超えています。

 日銀の狙いは、物価が緩やかに上昇していき、やがて2%で止まるというものですが、これが止まらないで、2・5%になり、更に3%になったらどうなるか? インフレ率3%ならば、長期国債金利は4%という想定になってきます。

 繰り返しますが、金利が上昇するということは、そのぶん国債の価格が下落するということなのです。白川さんはかつて、金利が1%でも上昇すると、それに応じて民間の銀行でどれだけ資本が損失するかということを、繰り返し説いて、金利上昇への警戒感を語ってきました。

 低金利に慣れていた日本にとって、長期金利が4%というのは尋常のレベルではありません。そして、ここまで金利が上昇すると、なにしろ日本は政府の債務残高が世界一大きいため、財政不安が頭をもたげてきます。

 するとどうなるか? 財政不安から、更に国債が売られる、という事態になってきます。以前からよく言われていた、外国の投機筋による日本売りというのが、ここで起きる可能性は十分にあります。そうなると、更に金利は上昇し、5%、6%と危険水域を高めていくだけです。

 このあたりの金利水準は、南欧のスペインやイタリアなどが重度の債務危機に苦しんでいた頃と、ほぼ同じ水準です。そうなっては、銀行はたまりません。体力のない地方銀行の間では、国債価格の下落による資本損失を受けて、破綻するところが続出し、地銀の連鎖破綻という懸念が現実のものとなってきます。

 前述の河野さんは、6月24日付けのロイターのコラムにおいて、「長期金利が3%まで上昇すれば、大量の国債を抱える中小企業金融機関等が資本不足に陥り、それがきっかけで金融システムが動揺する可能性がある。4%まで上昇すれば地域金融機関も自己資本不足に陥る」と分析していますが、これがもし5%、6%まで行くようなら、冗談抜きで、連鎖破綻の可能性は濃厚になってきます。そして地方銀行で連鎖破綻が起きるなら、それはそのまま地方経済の崩壊への序曲となりかねません。また、ここまで金利が上昇すると、メガバンクもただでは済まず、経営の危機が襲います。

 ところで、このような事態を誰よりも早くから警告していた人こそ、白川さんです。今年1月の金融政策決定会合の後、当時日銀総裁だった白川さんは、記者会見において、次のような発言をしています。

 「自分の給料が増えていく、雇用が増えていく、あるいは自分の勤めている会社、あるいは自分の経営している会社の収益が改善していく、そういう状態を国民は望んでいるわけでありまして、物価だけが上がっていくのではないかという予想が高まってきた場合に、長期金利だけが上がってくると、これは財政に影響する、そうすると国家財政にとっても悪影響がありますし、それから国債を大量に保有している金融機関にとっても悪影響が出てくるということであります・・・」。

 注目すべきはこの真ん中の部分、「長期金利だけが上がってくると、これは財政に影響する、そうすると国家財政にとっても悪影響がありますし、それから国債を大量に保有している金融機関にとっても悪影響が出てくるということであります」、これはまさに、今回長々とシミュレートしてきたことを、端的に物語っているものです。白川さんは、日銀が国債を大量に買い入れることについて終始反対し、そのことから起こり得る危機について示唆してきたのです。ところが、黒田さんが総裁に就任して以降、日銀は180度政策を方向転換し、ついにルビコン川を渡ってしまったのです。

 国債が下落し、地方銀行で連鎖破綻が起きたなら、経済はタダでは済みません。深刻な不況になります。

 一方で、前述したように、80年代のバブル期においてさえ物価上昇率は2%に達しなかった以上、日本の経済は元々物価が上がりにくい体質なので、インフレになってもそれは低インフレにとどまる可能性もあれば、そもそも、日銀がどれだけ大規模に金融を緩和しようと、依然としてダラダラとデフレが続く可能性さえあります。

 これは人によって見方が異なるもので、ジム・ロジャーズのように、日本でも際限なくインフレが進むと言う人もいれば、そうはならないと言う人もいます。ただ、どちらにしろ、危険は付きまとうのです。それも、実体経済にとって尋常ではない危険です。地方銀行で、連鎖破綻が起きるかもしれないほどのリスクなのです。

 景気を良くするために、はたしてここまでリスクを負う必要があるのでしょうか? とてもそうは思えません。仮に2%の物価上昇が達成されず、長期金利が過度に上昇しなかったとしても、それでも国債価格の下落は避けがたいのです。繰り返しますが、アメリカで起こった国際価格の下落は、中央銀行が大量に国債を買い入れる政策からの出口を模索する際に、必然的に起こり得ることなのです。よっぽど上手く政策転換を行わない限り、将来、日本でもアメリカと同じことが起こるのであり、そしてその際、損失を蒙るのは、ヘッジファンドではなく、実体経済と深い関係のある民間の銀行なのです。