資産規模で世界最大の投資ファンドであるGPIF(日本の年金基金)が、外債・外国株への投資拡大を発表したことについて

 6月7日、日経平均株価は午後に入ってもジリジリと値を下げ、1万2500円台まで下落した午後1時30分頃、先物で突如物凄い規模の買いが入り、そこからたった3分後には、一気に1万2800円台まで値を戻しました。こんなの見たことない! という感じで、いったいどこから買いが入ったのか? という感じだったのですが、この1時30分、資産規模で世界最大の投資ファンドが、これまでの運用のあり方を見直すという声明を出したのです。

 その投資ファンドの名は、年金積立金管理運用独立行政法人、通称GPIFと呼ばれる、厚生労働省が管轄する日本の年金基金です。資産規模は、実に120兆円にのぼります。

 このGPIFというのは、投資の枠が極めてシステマチックに決まっていまして、たとえば国内株式の比率は11%と定められています。そのため、株価が上昇するに伴い、ポートフォリオにおいて国内株式の比率が高まっていった場合、一定のレベルに達したところで機械的に売るという、著しく機動性に欠けた投資を行ってきました。これはいかにも官僚的で、なにも考えていないバカ扱いされていたようなファンドであるわけですが、しかしそのようなファンドが、資産規模で世界最大なのです。

 そのGPIFが、この1時30分に、これまでの運用の枠組みを見直すと表明し、その具体案を午後3時に発表すると言ったのです。

 この表明を知った他のあらゆる投資家は、GPIFは今後、国内債券の保有割合を減らし、株式の比率を高めるだろうと想像しました。実は以前から、GPIFは今後株式の割合を増やすだろうということが言われていました。しかしそれだけではなく、これに先立つ4月4日、日銀は大規模な金融緩和を発表した際に、国債の購入をこれまでの2倍に増やすと明言しましたので、日銀が国債を大量に買うと言っている以上、GPIFが国内債券の保有を減らすのは当然ということになってきます。

 そして3時になると、実際にその具体案が公表されました。その中身ですが、これまで67%だった国内債券の比率を60%に下げ、そのぶんを国内株式、外国株式、外国債券に振り向ける、というものなのですが、具体的には、国内株式を現行の11%から12%に、外国株式を9%から12%、外国債券を8%から11%に、それぞれ引き上げるというものです。

 1%、あるいは3%といっても、なにしろ資産規模でGPIF以上の投資ファンドなど世界中どこを捜してもありませんので、これだけでも、億ではなく兆単位で資金の移動が起きることになります。

 で、まず目を引くのは、国内債券から引いた7%のうち、実に6%を外国株・外国債券に投資する、ということです。言うまでもなく、このGPIFは、厚生労働省が管轄する年金基金であり、要するに、国民から集めたおカネで成り立っているわけですが、そのおカネで、外国株・外国債券の購入の拡大を最優先すると言っているのです。その是非については、当然国民一人ひとりが判断するべきことですが、今回の資金ポートフォリオの変更については、既に厚生労働大臣の認可が下りており、即日施行となっています。つまり、この時点でGPIFは、実際に資金を動かすことが出来るのです。

 そうなると、当然市場は反応するに決まっています。

 ちなみに、外国株と外債の割合を6%増やすということは、そのぶん資金が日本国内から国外へと流出するということでもあるので、これは当然ながら円安の要因になるわけです。外国株式の比率を3%上げるのに対し、国内の株式の比率は1%上げるにとどめる、というのは、一部の市場関係者からは失望の声が上がったのですが、しかし日経平均の主力は自動車をはじめとした輸出企業ですので、だから為替が円安になるということは、日経平均にとっては明らかに上昇の材料なのです。

 そして実際、この発表の後、為替は円安へと向かいました。利益確定のドル売り円買いの影響を受けて95円台まで上昇した円は、この1時30分以降、急速に売られて円安へと動いたのです。

 もっとも、夜になると、アメリカの雇用統計の発表と、何よりそれに基づくであろうFRBの金融政策の行方への複雑な思惑が交錯し、またしてもドル円相場は過剰に乱高下したのですが、結局、1ドル97円台の後半で取引を終えました。

 そして、これら一連の動きを受けて、日経平均先物の値段もまた、大きく動いたのです。ちなみに、午後3時、東証の取引が終了した段階での日経平均株価終値は、1万2877円でしたが、その後先物は大きく上昇し、大証での夜間取引における日経平均先物終値は1万3270円、シンガポールでの夜間取引の終値は1万3275円、そしてシカゴ市場での終値は1万3195円となり、だいたい1万3200円近辺ということになります。

 ちなみに、株価が大幅に下落した5月最終週、どこよりも株を売った主体は証券自己、という部類で、これは国内の機関投資家であるわけですが、GPIFというのも、言うまでもなく機関投資家です。しかし、だからといって、ここで売った国内の機関投資家が、具体的にはGPIFであったという証拠はどこにもないのですが、しかし株がかなり上昇してある程度経ったら、何も考えずそのぶん機械的に売る、というのがGPIFですので、だから5月下旬の大幅下落の最大の要因が、このGPIFである可能性は十分にあります。
 
 状況証拠は揃っています。なにしろ、5月最終週に最大の売り越しを行って、株価を大幅に下落させた最大の要因が証券自己であるという発表がなされたのが木曜の午後であり、国内の機関投資家といっても具体的にはいったいどこが売ったのか? いったいどこのどいつが日本株の相場を崩したんだ? という推測が出たその翌日の昼に、すかさずGPIFは運用の見直しを発表しているわけです。とはいえ、だからといって、最近の株価下落の張本人がGPIFであると断定はできないものの、しかしここに来ての株価下落は、アベミクスへの失望売りが原因だ、これはもはやアベノミクスではなくアベノリスクではないか? などということが一部メディアで言われて始めていますので、参院選も来月に迫っている以上、事態に慌てた政権ないし官僚が動いて、本来なら数か月先になる筈だったGPIFの運用見直しを急遽決定した、という推測は成り立つわけです。

 一方で、このGPIFの投資運用については、もうちょっと広い視点から見てみたいと思います。つまり、年金基金というのは、世界的にはどのような投資戦略がスタンダードであるのか? ということです。『週刊ダイヤモンド』6月8日号(発売日は3日の月曜日ですけど)は、投資マネーの特集を行っていまして、銀行・保険など機関投資家の問題点を探っているのですが、当然ながらGPIFのことも取り上げています。GPIFの運用実績というのは、諸外国の年金基金と較べても明らかに悪く、そのパフォーマンスは著しく低いのです。そもそも、国内債券の比率を落としたとはいえ、それでもまだ60%もの割合を占めるわけですが、こんなにも国内債券ばかりに偏った年金基金などそうあるものではありません。通常は、国内外の株式はもちろんのこと、インフラなど幅広く運用していくものです。

 とはいえ、なにしろ資産規模では世界一ですので、今年1月、GPIFの理事長はダボス会議に出席した際には、今後の運用のあり方を探ろうと世界中の投資家がこの理事長のところへ殺到したそうです。このときの様子について、自民党政調会長代理の塩崎恭久氏が次のように語っています。

 「ダボス会議にGPIFの理事長が出席した際、各国の投資家が殺到したが、すぐに離れた。彼に何の権限もないとわかったからだ。一方で、韓国の基金のトップには権限があるため、人だかりが絶えなかったという」。

 なんでこんな情けないことになるかというと、「厚労省の意向で基本ポートフォリオも自由に決められない」からです。GPIFの運用については、つまるところ官僚が握っているので、各国の投資家はその点に失望して離れていったのです。更に問題なのは、このGPIFの運用に関して、専門家でつくる運用委員の議論の議事要旨が、この3月以降公表されなくなったそうで、これは情報の透明性という観点からも、大変問題です。

 塩崎氏によると、「GPIFの運用成績はあまりにも悪過ぎる」ということで、だから「資産ポートフォリオを、経済実態に合わせないといけない」わけですが、しかしそのための議事要旨が非公開というのは大問題で、メディアなどはこの点をもっと監視して、情報公開を行うよう強く求めていかなくてはなりません。市民のおカネで成り立っている基金であるにも拘らず、その運用をどうするかを話し合う議事要旨が非公開であるということ自体が、市民の間で殆ど知られていない、これは本当に何とかしなければならない筈です。