中国の新政権は、成長を追うよりも公正・公平な市場形成を目指している 〜深センの創業版指数とIPOの問題から〜

 TSチャイナ・リサーチの田代尚機さんは、日本で最も中国経済に詳しいと言っても過言ではないほど、中国の事情に精通している方です。その田代さんは5月15日、CS「アクロス・ザ・マーケット」の「ASIAマネー」に出演し、好調な中国の株価指数のなかで、上海総合指数だけは何故極端に低迷しているのか? そしてまた、3月に発足した新指導部は、中国の金融市場をどのように改革していこうとしているのか? これらの問題について、大変貴重な話を披露しました。そこで今回は、赤平大キャスター、瀬川剛経済解説員との間で行われた、討議の内容をお送りします。

 ちなみに、中国経済については、僕はこれまで、ジョージ・ソロスや藤井英彦さんなど、中国の新指導部の改革は非常に上手く行っているという見解を色々と紹介してきました。一方で、今回田代さんは、「保守的」とか、「政府による操作」という言葉を頻繁に使っています。一見すると、この見解は矛盾するように思われるでしょうが、しかし、言葉に込める意味合いというのは、人によってはときにかなり異なるものであり、最後まで読むと、田代さんも、基本的にジョージ・ソロスと同じことを言っているどころか、彼らの見解を更に補強するものであることがお解りいただけると思います。

 では、以下は、討議の内容です。

 瀬川「中国について、最近のマクロ経済指標はそれほど良くない、このことが本土市場の株価の低迷を招いると言われますが、どうなのでしょう?」。

 田代「一般的にはそう言われております。但し、ちょっとこのチャートを見ていただきたい。これは年明けからの上海総合指数と創業版指数(注1、創業版とは深セン証券取引所にある中国版ナスダック)の株価の推移を表わしたものですが、上海総合が低迷しているのに対して、中国創業版の方は物凄く上昇しているのがお解りになると思います(注2、中国の創業版指数の上昇率はおよそ40%ほどであり、これは日経平均株価の年初からの上昇率とほぼ同じレベルのものである)。上海総合が大型株で構成されているのに対して、この創業版は中・小型株、アメリカでいうナスダックにあたるのですが、この創業版の上昇が何を意味するか? 個別のセクターで見ますとね、3G関連ですとか、LED関連とか、バイオとか、そういう小型材料株の循環物色がドンドン進んでいるのです。これは景気には関係ないのではないかと、そういう感じはしませんか?」

 瀬川「確かに、そういう感じがしますね」。

 田代「そうです。これは長期の話ですからね。反対に、景気関連の大型株が並ぶ上海総合指数の方は売られている、というのが上海総合が低迷する理由の1つです。そしてもう1つ、私はここが凄くポイントだと思うんですけどね、世界中金融緩和で株が上がっていますね? けど、中国も金融緩和をしていないわけじゃないんですよ、中国だって金融緩和はやっている、という訳で資金はありますね? だから創業版指数も上がっている、けど、その資金がなんで大型株に行かないのか? この背後に、先物があるんじゃないか? 指数先物です。上海・深センに上場する300の大型株を中心に組成される指数があるんですけど、それと連動する指数がありまして、ここがね、操作されてるように私は感じます。何故か? 政府がやっていること、非常に保守的な政策なんですね。で、外からいま、資金が中国にたくさん流れ込んできているんですよ」。

 瀬川「人民元、上がってますからね」。

 田代「そうなんです。資金が流入していることを、政府は大問題にしているんですよ。それで、一番上がりやすいところって、株なんです。でね、2010年なんですけど、先物ができましてね、どうもこれがコントロールされてるんじゃないか、というのが私の見方なんですけど・・・。創業版、あんなに上がってますでしょ? 一方で、上海、下がってますね? それは何か、政府の意図が入っているような、そんな感じがするんです」。

 瀬川「そうはいっても、景気回復の勢いが鈍化している、これがまあ中国経済に対する投資家の目を厳しくさせているところなんですけど、このことが、さっき創業版のお話しをされましたけど、IPOの再開、これが延期されると、そういうことがあるようですね?」。

 田代「市場では、確かにそういうふうに言われています。但しね、IPOの延期に関して、それは半分だと言われてるんです。もう1つはですね、また政府の話しになっちゃうんですけど、まあ保守的なんですね。なにが保守的か? 今まで上場してきた企業って、創業版は、上場してきたときの決算が最高で、その後ずっと右肩下がりになる、そういうのが相次ぎましてね、それからこういう言葉を使ってるんですけど、上場詐欺というね、上場したところでの決算に問題があったりね、そういうことがありましてね。けど、総体で、創業版って業績良くなくちゃおかしいんですよね、成長銘柄多いんですから。でもそうじゃない、これは上場のさせ方に問題があるんじゃないか? 根本的にね、そこを直すべきです。公平とか、公正とか、政府の人間はみんな言ってます、政府変わりましたよ、そこに注目してて、それで完全なものが出来るまで再開しない、こういうことを言っておりますね」。

 瀬川「なるほど、一方で、香港あたりは株価が非常に堅調で、IPOもまた再び注目が集まってるということなんですけど、それがIPO、いまのご説明はよく解りましたけど、それが延期されそうだという背景は他に何かございますか?」

 田代「え〜と、いまは実際延期されているわけなんですけど、延期されたまま再開するか? っていうところなんですけど、私ベンチャーキャピタルの仕事やっていましてね、経営者よく知ってるんですけど、頭いい人、非常に多いです。けどモラルがない。上場すると、おカネ得られますね? そうなると彼ら、自分ではもう経営しない。っていうのはね、経営なんて面倒くさいんですよ、株主、従業員に対峙していかなくてはいけない。上場だけが目的でね、それで上場してくるところが非常に多いんです。まさにナスダックと同じ。で、政府はね、そういうのを廃絶したいんですよ。僕はこの政府の意図、よ〜く解ります」。

 赤平「ただ、あんまり規制とかやると、IPOにしても、せっかく芽が出ているのに、もったいない気もしますが?」

 田代「成長を追うのか? それとも公正・公平か? いまの政府は考えたと思うんです。そしていまは、公正・公平が大事だということなんです。これから、資本市場は良くなりますよ。真面目なんです、今の政府は。だからこれから、良くなります」。

 という訳です。いかがでしたでしょうか? これは大変に貴重な見解です。まず、株価について、香港や深センの株価が非常に好調である一方で、上海だけは出遅れているというのは、以前から僕も指摘してきたことですが、今回田代さんは、創業版と較べたうえで、上海総合の株価の低迷について触れました。

 指数先物を通して政府が株価をコントロールしているというと、いかにも自由のない一党独裁という印象を与えるわけですが、実際のところはそうではなく、株式市場について、これを市場原理だけに任せていると、後々でろくでもないことになる(それこそ、アメリカのように)、だから今の政府は、指数先物に介入することで、安定化をはかっている、ということですね。ちなみに、このような政府の姿勢は、アメリカ型の市場原理から言えば、確かに保守的ではあるわけです。しかし、このような保守性というのは、あくまでも比較の対象がアメリカであって、胡錦濤温家宝政権との比較から保守的であると言っているわけではないのです。

 この保守的とか改革という点において、重要なのは、前回ご紹介した藤井さんの意見です。ここで、新政権に対する藤井さんの見解を、今一度引用しておきます。

 「中国の新政権は、もっぱら、過去の清算負の遺産清算することに極めて努力しています。ということは、逆に言えば、そのぶん経済はスローダウンしても構わないんだということです。PPIの数字からも、そのことは見えていると思うんですね。そしてこのような姿勢が、次のステップとして高成長に繋がる。いまは、そのためのベースを作っているわけです」。

 ここで藤井さんが言っている「中国の新政権は、過去の清算負の遺産清算することに努力している」というのは、今回田代さんが指摘した、「新政権は、ナスダックのような上場詐欺が横行してきたこれまでのあり方を廃絶したいんだ」、ということと、完全に対応します。そして、だからこそ、「そのぶん経済はスローダウンしても構わないんだ」という藤井さんの見解が、田代さんが指摘したこと、つまり市場原理の横行を食い止めるためには、「指数先物に介入することで上海総合指数を下落させても構わない」ということに繋がってくるわけです。

 それにしても、現在の新政権は、何故ここまで強硬手段に出るのか? それは何よりも、企業がとにかく利益至上主義的で、モラルがまったくないからです。政府の方は、中国で深刻化する一方である、水質汚染と、脅かされる食の安全、これを何とかしたいのです。中国の環境汚染と言えば、大気汚染というのは日本における一般的な認識ですが、しかし、実は中国では、大気汚染よりも水質汚染の方が深刻なのです。そして、この水質汚染を招いているのが、利益至上主義に駆られた企業なのです。

 大気汚染についての対策ははっきりしていて、石炭火力が主体だったこれまでの電力供給について、これを天然ガス火力と再生可能エネルギーに転換することで固まっています。また乗用車やバス・トラックについても、厳格な燃費規制を課す方針です。問題は、水質汚染であり、脅かされる食の安全なのです。

 何故ここまで水質汚染が進み、色の安全も危機に瀕するかというと、企業が、政府の監視の目をかいくぐって、工場排水などの汚染水をドンドン垂れ流したり、食品加工についても原材料の偽造をたくさん行っているからなのです。この問題について、政府は厳格に禁じているのですが、しかし企業の方は、政府のことを嘗めきっていまして、政府の言うことを全然きかないのです。

 ところが、これで困るのは中国の市民なのです。水は汚染する、食べ物も危ない、これはたまったものではないわけです。そして、中国市民というのは物凄く自己主張が強く、政治や経済について不満があれば容赦なく声を上げる人々ですこのような市民からの突き上げがあまりに激しいため、政府としても、そのような市民の強烈なプレッシャーを受け、企業に対して、これまで以上に強硬な手段に出ざるを得ないのです。この意味で中国は、議会制ではないけれど、しかし日本やアメリカよりは民主主義が機能しているといえるわけです。

 そしてこのことが、金融市場に対する政府の姿勢にも表れているという訳です。という訳で、成長を追うのではなく、公正・公平な市場形成を目指して、改革を進めるという訳です。そして、このような改革のあり方こそ、市民が求めるものでもあります。