ついに1ドル100円を突破した為替について 〜ドル円の動きは香港・深センの株価(つまり中国株)の動きとそっくりである〜

 日本時間で5月10日の午前3時頃、円はついに対ドルで100円を突破しました。しかし、単に100円の大台に乗っただけではなく、東京市場の取引が始まると、円は更に下落し、一気に101円台の後半に突入したのです。

 4月4日に日銀が金融緩和策を発表して以降というもの、円相場は99円80銭あたりまで行き、しかしそこで100円突破とはならず、98円ないし97円台に戻っては、また99円台へ、というレンジで動いていたのですが、それがここに来て、いきなり100円の大台突破となったわけです。

 ところで、この日、とりたてて大きな材料があって相場が動いたわけではありません。メディア等においては、この午前3時から遡ること6時間ほど前、アメリカで週間ベースの新規失業保険申請件数の発表があり、これが良い数字でありアメリカ経済の回復への期待感からドルが買われた、という説明をするところが少なからずあったのですが、しかしこの数字は、2011年の秋頃から持続的に減少していていまして、にも拘らずアメリカの雇用は一向に回復に向かわず、所得も下落し続けてきたわけで、膠着していた円相場を一気に動かすようなものではありません。また、この新規失業保険申請件数の発表から、円が対ドルで100円の大台に乗るまで、時間だって6時間も空いているのです。なので、どう考えてもこの説明は適切とは言えません。

 そんななか、5月10日の午後6時過ぎ、日経新聞電子版には、「突然の1ドル=100円、いったい何が起きたのか」と題した記事が掲載されました。以下は、その抜粋です。

 「円売り・ドル買いの流れに乗っていいものか。東京市場の為替ディーラーは9日夜に何が起きたかを懸命に思い出し、納得できる理由を探した」。

 「手がかりは市場の事前予想よりも良好だった米新規失業保険申請件数と、米連邦準備理事会(FRB)関係者による米量的金融緩和の出口戦略をにおわす発言。ただ失業保険の統計が発表されたのは、日本時間9日午後9時半。一気に100円を割り込んだ同10日午前3時前から5時間以上も前だ。徐々に相場に織り込まれた可能性もあるが、1カ月余りも跳ね返され続けた100円の壁を突破する材料には力不足の感が否めない。そもそも、ダウ工業株30種平均はこの日、小幅下落しており、米景気回復期待からのドル買いとは矛盾する」。

 ちなみに、この部分には、「円安材料が見当たらない」という小見出しが付いていました。まさにその通りで、強力な材料がまったくないのに、急激なスピードで相場が動いたのです。では、この日の相場を動かしたのはいったいなんだったのか? 記事は、次のように続きます。

 「真相が表に出ることはないが、有力なヒントはある。多額の資産運用を手がける米国の年金基金などの機関投資家の動きだ」。

 「話は5月7日にさかのぼる。この日、日経平均株価は前営業日比で486円も高騰し、今年最大の上げ幅を記録した。多くの米機関投資家を顧客に持つ米大手銀行によると、米年金基金などから多額の日本株投資があったという。だが不可解なことがあった。これまで株高と歩調を合わせるように進んできた円安が思ったほど加速しなかったのだ」。

 「この理由について米大手銀の担当者はこう話す。『米機関投資家日本株に投資する場合、為替動向を見ながら2〜3日後に為替ヘッジ(先物の円売り・ドル買い)を付けることが多い』。7日に実施した多額の日本株投資のドル買いが『相場材料が少ない9日の米国市場でかなり出ているはずだ』というわけだ」。

 これはかなり説得力のある話です。つまり、アメリカの投資家が日本株を買うにあたって行う、為替ヘッジのための円売りドル買いが、この日本時間における10日午前3時頃大量に入り、それにより一気に100円の大台を突破したという訳です。

 日本株は上昇しても、しかし円そのものはドルに対して下落しているため、彼らアメリカ人が日本株を買う場合、この為替の差額分まで取引をするのです。それが為替ヘッジです。この注文が、10日午前3時頃に一気に入ったということです。

 ちなみに、日本がゴールデンウイークにある間、世界同時株高が進行していたのですが、それというのも、この時期は、株式市場にとってポジティブなニュースばかり上がっていたのです。ドイツの経済指標が非常に良かったこと、失業者が増加する一方だったスペインで失業者の減少が発表されたこと、スペイン以上の深刻な債務危機にあったポルトガル国債の入札が極めて順調だったこと、アメリカの雇用統計も最低レベルだった前月からはかなり改善が見られたこと、景気が低迷していたブラジルで自動車生産が急増したこと、インドの中央銀行の利下げ観測・・・、これらにより、ゴールデンウイーク中、各国の株は上がる一方でした。もちろん東京市場は休みだったわけですが、しかしシカゴ市場において売買されていた日経平均先物は急速に値を上げ、それが7日の大幅上昇に繋がったのです。

 という訳で、100円突破そのものは、グローバルな領域での実体経済に即したものだったのです。しかし、その後101円を突破したことについては、まるで違う要因が働いています。

 10日午前、財務省は対外・対内証券投資の動向を発表したのですが、それにより、4月下旬以降、外債を購入するため、日本から外国への資金流出が実際に始まっていることが解ったのです。この日の夕方、ブルームバーグには、「円続落、ドル高で4年ぶり101円台−外債買い越しも円売り促す」というタイトルの記事が掲載されました。以下は、そこからの引用です。

 「日本の証券投資統計で対外債券投資が買い越しになったことを手掛かりに円売りがさらに進んだ」。

 「財務省が10日発表した対外・対内証券売買契約などの状況(週間、指定報告機関ベース)によると、国内投資家は海外の中長期債を4月21日−4月27日と4月28日−5月4日の2週連続で買い越した。4月20日の週までは6週連続で売り越しだった」。

 このジャパン・マネーによる外債購入については、僕も先日、「日銀の大規模緩和が、世界金融市場、とりわけヨーロッパにもたらした影響についてのまとめ」と題した稿で論じたわけですが、日銀の金融緩和策には、日本国債イールドカーブを下げる目的がり、それがジャパン・マネーを外債へと向かわせるわけですけど、裏を返せば、これは日本からの資金流出に他ならず、そうである以上、当然ながら円安の材料になるわけです。

 つまり日銀は、マネタリー・ベースを増やすことで円安を作っただけでなく、イールドカーブを下げることによるジャパン・マネーの外債購入を通しても円安を招くという、ダブルの状況を生んだことになります。

 という訳で、100円を突破した直接的な原因は、グローバルな実体経済の変化によるものですが、そこからの更なる円安に関しては、日銀の政策が大きく影響しているわけです。

 この翌日の10日には、日経新聞電子版にも、「円安加速へ、始まったマネー流出」と題した記事が掲載され、「投機筋も投資家も一様に、ジャパンマネーの海外流出に注目した。すばやい円売り行動からは、マネー流出が円安加速のカギと先読みしていたことがわかる」ということが指摘されました。

 ところが、事態はこれだけではありません。問題は、この後どうなるかということです。結論から言うと、現在市場では、更なる円安が加速する要素が目白押しなのです。

 まずは、投資信託です。日本国内において物価高への警戒感が高まる一方で、世界的に株高のサインが出てくると、それまで貯蓄へとまわっていたマネーが、外国企業の社債や外国株式などと連動した投資信託へ流れていくということです。これは当たり前の話で、物価上昇圧力が高まる中で超低金利の国内の銀行に貯蓄しているだけでは、物価に対し、相対的に個人の資産は減るのです。そんななか、世界的に株高が進み、投資も活発になるならば、市民の間で、貯蓄から投資信託へとマネーシフトする動きは当然ながら出てきます。このような動きはもはや避けようがないですが、しかしこのマネーシフト自体も、資金の国外への流出という点では同じなので、更なる円安の材料となるのです。ちなみに、小泉〜第一次安倍政権時代にも、このようなマネーシフトが起こり、対ドルで120円台という円安の材料の1つを成しました。

 個人だからといって、嘗めていてはとんでもない間違いで、そもそもリーマンショック以降の数年間において、何故あれほどまで円高が進んだかというと、それはヘッジファンドなどの投機筋によるものだけではなく、日本の個人によるものでもあるのです。リーマンショックが起きる以前、高額所得者をはじめとした個人は、投資信託など様々なプラットフォームを通して、国外に幅広く投資していました。ところが、リーマンショックによる世界同時不況が起きると、彼らは国外へ投資していた資金を一斉に手元に引き上げたのです。そして、このような資金の引き上げはその後も、QE2というアメリFRBの金融緩和が引き起こした新興諸国のインフレ不況や、南欧債務危機の深刻化の度に、繰り返されたのです。つまり、一連の円高は、外部要因で起こった世界同時不況による資産防衛の観点から、日本の個人が投資資金を手元に引き上げたことによる部分も相当にあったわけです。

 ところが、ここに来ての世界経済の転換を受けて、日本国内へと一旦避難していたマネーが、再度国外へ向けて動こうとしています。証券会社などは既にこの動きを十分認識していて、少しでも多くの顧客を獲得すべく、新しいファンドが続々と立ち上がっています。この流れはもはや止めようがありません。投資信託その他を通して、資金はドンドン国外へ流れていくでしょう。

 ちなみに、その投資信託も、いまやアジア・中南米・トルコなどの新興国へ投資するファンドが、非常に活況を呈しているのです。

 一方で、企業の方にも、更なる円安をもたらす材料があります。それは、国外への設備投資です。企業の中期経営計画などを見ると、輸出企業に関しては、新たな工場の創設をはじめ、国外への設備投資の計画が山のようにあります。いくら円安が進もうと、企業は基本的に為替相場を信じていないので、円安になったからといって国内に設備投資などするものではないのです。なによりも、日本は極端な少子化のため、国内市場は縮小していく一方です。それに対し、中国をはじめとした新興国は成長が著しいので、そうである以上、企業が国内の事業を畳み、国外にドンドン積極的に投資していくことは、経営的に極めて合理的であるわけですが、しかし言うまでもなく、企業が対外投資を積極化することは、これもまたマネーの国外流出になるわけで、当然ながら更なる円安の要因になります。

 ちなみに、企業による国外への設備投資は、当然ながらリーマンショック以降の円高局面においても行われていたわけですが、しかし当時は、それ以上にとにかく世界中のマネーが円に逃避し、日本の個人も資金を手元に引き上げていたので、為替を円安へ振り向けるような力はありませんでした。ところが、いまは違います。このような輸出企業による国外投資は、更なる円安を後押しする材料となるのです。

 しかし、これだけではありません。円安を加速する材料は、まだあるのです。それは、中国です。

 4月4日に日銀が異次元の金融緩和策を打って以降、先進国・新興国を問わず、世界中で猛烈な金融緩和合戦が始まりました。ヨーロッパ、インド、韓国・・・、ニュージーランドのように堂々と為替介入を行ったところだってあります。金融緩和は、当然ながら通貨安を招こうとするものですが、そんななか、為替相場においては、人民元の独歩高という事態が起きつつあります。ここ最近、各国通貨の下落に対し、人民元だけはドンドン上昇しているのです。しかし、中国はこれまでの輸出主導から内需主導へと移行しつつある以上、人民元の上昇は中国のインフレを抑制させ、中国の消費拡大を後押しするでしょう。そうなると、輸出企業を中心とする日経平均株価は益々上昇していくことになるわけです。そして、日経平均が更なる上昇をするということは、日本株を買う外国人投資家による、為替ヘッジのための円売りドル買いもまた、より一層活発化することは間違いありません。

 ちなみに、14日の午前2時過ぎ、日経新聞電子版に、「中国の人件費、3年で6割増 アジア新興国で最高」というタイトルの記事が掲載されました。中国において人件費が物凄い勢いで伸びているということは、中国市民の所得が物凄い勢いで伸びているということに他なりません。ところが、中国についての真実を隠蔽するこれらメディアは、いまだに中国経済についてのネガティヴ・キャンペーンを張る始末で、だからこの記事も、・・・中国ではこんなに人件費が高くなっているので、企業にとってもはや中国で生産することは割に合わず、今後中国では製造業がよその国に流出して雇用が失われる・・・、などと書いているわけですが、言うまでもなく、このような報道はデタラメです。

 世界中の企業の経営者は、今後更に、中国での生産を拡充する意向です。トヨタでさえ、レクサスを中国で生産する計画を立てているほどなのです(このことは、先月上海で行われたモーターショーにおいて、トヨタの幹部が明らかにしています)。

 それというのも、13億人もの巨大な人口を抱える中国において、消費市場が年間10%を超える勢いで急拡大しているからです。これだけ物凄い規模でパイが拡大している以上、そこで製品を売ろうとする場合、生産そのものも中国で行うということこそ最も合理的であるに決まっています。

 これは何度でも強調しておくべきことですが、13億人が暮らす社会において、消費市場が年率10%を超える勢いで拡大するなど、人類の歴史上、どこを捜しても見当たらないのであり、まったく未知の世界に入っているのです。日経平均株価の200日移動平均線からの乖離率は、既に40%を超えており、これは20世紀後半の高度成長のときにさえなかったことなのですが、しかし、中国における消費市場の急拡大というものは、かつての日本の高度成長など問題にならないほどの強烈なインパクトを持つものであり、そうである以上、円高さえ是正されれば、日本株が急上昇するのは当たり前です。

 ところで、ここであらためて留意しておくべきなのが、昨年9月末からこの4月3日に至るまでの円相場の動向です。9月末から10月上旬にかけて、中国は国慶節の大型連休にあったわけですが、一連の円安が始まったのがこの時期からであるということは、これまで何度となく申し上げてきました。

 ドル円相場は、この国慶節の大型連休中からほぼ一本調子で円安になったのですが、それは2月上旬まで続きます。そして、2月上旬から相場は一旦調整局面に入り、その後、4月3日まで、ジリジリと円高になっていったのです。これは裏を返せば、2月上旬以降の円相場は、1月半ばあたりのレートまで戻っていったということを意味します。

 そして実は、この円相場とそっくりな動きをしたのが、香港H株指数です。これまで何度も指摘してきたように、中国を代表する企業が大挙して名を連ねているのは上海ではなく、この香港H株なのですが、実は香港H株指数も、国慶節の連休の時期に突如として上昇を始め、それ以降、香港H株指数は、2月上旬までほぼ一本調子で上昇したのです。ところが、2月上旬から4月にかけての時期になると、香港H株指数はジリジリと下落し、1月半ばの頃の数字に戻っていったのです。

 このように、9月終わりから4月3日にかけての半年間における、円ドル相場のチャートと、香港H株指数のチャートを重ねると、それは双子のように瓜二つであることは、誰にでも解ります。

 中国株といえば上海総合指数というのは、もはや時代遅れの認識であり、中国の優良企業・大企業は、いまや香港H株に集結しているのです。中国は、急拡大する消費市場に対して、金融市場の整備はまったく追いついていないのです。そして、このように中国を代表する企業が集結する香港H株指数こそは、ドル円相場を映す鏡のようなものでもあったのです。

 この瓜二つの相似が一旦乖離したのが、4月4日からなのですが、それはもちろん、この日発表された日銀の金融緩和策が、実体経済とは何の関係もない政策である一方で、この時期中国では、鳥インフルエンザの拡大が深刻化して香港H株指数も下落していました。しかし、この乖離は、あくまでも特殊事情による一時的なものに過ぎません。中国企業の決算が本格化し始めた4月半ばを過ぎると、香港H株指数も再度急ピッチで上昇に転じ、ドル円相場のチャートを追うような展開になりました。

 ところで、中国には、他にもう1つ、深センという重要な市場もあります。訒小平が行った改革開放の象徴である深センの市場ですが、上海総合指数がいまもって年初来安値近辺で低迷しているのに対し、深センの方は、人民元建てのA株、香港ドル建てのB株、そのいずれも、2月上旬に付けた年初来高値近辺まで戻っています。ちなみに、この深センの株価も、香港H株と同様に2月上旬以降下落に転じたのですが、とりわけ注目すべきは香港ドル建ての深センB株です。この深センB株の株価が上昇に転じたのは香港H株よりも早いのですが、その時期というのが、驚くべきことに、日銀が金融緩和を発表した4月4日木曜日から明けたその翌週のはじめ、4月7日からなのです。つまり、4月4日の2営業日後ということになるのです。

 という訳で、勘の良い方は気付かれたかもしれませんが、日銀が金融緩和を発表した4月4日以降、ドル円のチャートの動きと、深センB株指数のチャートの動きは、とてもよく似ているのです。

 これはなにを意味しているのか? 時期によって、香港H株指数、あるいは香港ドル建ての深センB株指数という違いこそあるものの、しかしドル円相場の動きは、一貫して、これら中国株の動きと深く連動しているということです。

 このような動きはつまるところ、世界経済の様相が、20世紀型の欧米中心のものから、中国を筆頭とする新興国が優位を発揮する経済へと、大規模なパラダイムの転換をしつつあることの表れであると言えるでしょう。
 
 *付録
 以下は、田中宇さんによる「日本の核武装と世界の多極化」と題した解説記事です。

 http://www.tanakanews.com/130515japan.htm

 ここで言う「世界の多極化」とは、いったいどのようなことなのか? 田中さんによると、それは主に次のようなことになります。

 「中国は米国の大企業にとって金のなる木だ。米国は、大企業と金融界が最大の権力を持つ国だ。米国は、中国と本気で対立する気などない」。

 「米国は財政面だけでなく、国際政治の影響力(覇権)の分野でも、自国の力の低下を容認している。中東では、シリアやイランやパレスチナの政治問題が、米国主導から中露などBRICS主導による解決態勢へと切り替わり始めている」。

 「日本が得意とするはずの貿易の分野でも、WTOの事務局長がブラジル人のアゼベドに代わり、WTOの主導権が米欧からBRICSに移る流れが加速することになった」。

 「BRICSの台頭、つまり世界が米国の単独覇権体制から多極型の覇権体制へと展開する流れが確定的になっている。トルコはNATO加盟国だが、その一方で、NATOのライバルである中露主導の上海協力機構に入ることにした」。

 この田中さんの論考を読むと、最近の為替が、何故香港や深セン市場(つまり中国株)の動きとほぼ完璧に連動して動いているのか、極めて腑に落ちるというものです。市場というのはやはり正直です。いまの世界で起こっていることを鏡のように反映します。

 また、そうであればこそ、我々は、いま世界で起こりつつあることを正確に見極め、今後に向けて間違いのない対処をする必要があります。