4月半ばに起きた金価格の歴史的暴落から、ある程度時間が経って解ったこと

 金(ゴールド)というのは、いまもって安全資産の代表であると同時に、宝飾品の素材として、更には各種産業用の部品にも使われるものですが、4月半ば、この金価格は歴史的な暴落をしました。

 それまで金相場は、概ね1オンス1700ドルから1520ドルというレンジで動いていたのですが、4月12日金曜日、金価格が1520ドルを下回ると、そこから一気に売りが集中し、そして週明け初日の15日には更なる大幅な下落が起こり、こうして過去30年の間では最大の暴落となりました。

 そもそも、金をめぐっては、年初から、金価格に連動したETFが不調で、金価格連動型ETFからはジワジワと資金が流出していたのですけど、それがこの4月半ばをもって、突如暴落になったのです(もっとも、暴落というのは、常に突然起こるものですけど)。

 さて、この暴落はいったい何なのか? この金の暴落は市場に少なからぬ動揺を与えたので、当時市場関係者の間では様々な憶測が飛び交いました。ちなみに、金需要に関しては、1位がインド、2位が中国なのですが、4月15日というのは、偶々中国で今年第一四半期のGDPが発表された日であり、そしてこの数字が事前の市場予想に届かないものであったため、日本のメディアにおいては、この金の暴落は、中国経済減速への不安感によるものだということが、まことしやかに言われました。

 しかし、中国が理由で金が暴落するというのは、まずありえないことです。というのも、中国経済の減速で金が売られるなら、2011年か2012年である筈なのです。この時期、中国は4兆元の景気対策が切れたことの反動や、FRBが引き起こしたインフレに苦しんでいたので、さすがの中国も景気が良いとは言えませんでした。この時期に中国が理由で金が売られるというのは、少なくとも理屈では通ります。しかし、この時期、金価格は上昇もしくは高値で安定していたのです。ここで売られないで、明らかに経済が再浮上してきた今、中国が理由で金が暴落するというのは、まずありえません。

 それはともかく、4月15日においては、事態がいまいち見えないので、株式市場においても、かなり不安が広がったのです。そんななか、これまで何度となく僕のレポートで名前を出してきた瀬川剛さんは、市場にはびこる不安とは真逆の見解を示しました。当時瀬川さんは、「ラップ・トゥデイ」において、次のように言ったのです。

 「金が暴落して、株式市場においても先行きへの不安感が広がっていますけど、しかしこれはまったく逆じゃないか、と思うのです。というのも、過去5年間において、何故これほど金が上昇してきたかというと、それはリーマンショックによる世界的な景気後退から、ヨーロッパの債務危機に至るまで、とにかく金融市場ではリスク回避になる要素ばかりありましたので、それが金への資金流入を呼び、バブル的に金価格を押し上げてきたわけです。ところが、ここに来て、株は上昇しています。つまり、これまでのリスク回避の姿勢から、リスク・オンへの大転換が始まったので、それで金から資金が流入しただけではないでしょうか? 私はこの金の暴落は、株式市場にとってはむしろポジティヴな要素だと思いますね」。

 そして、その後の世界各国の株式市場の動向を見れば、この瀬川さんの見解は、ドンピシャリで的中したのです。

 まず、4月19日、何紅雲さんが予想したように、中国株が上昇を始めました。中国の大企業が大挙上場する香港市場は、この時期から本格化した決算発表を受けて、その後グングン上昇し始めたのです。更に、4月後半になると、絶不調に陥っていたヨーロッパ株も再度上昇に転じました。

 そして5月、日本がゴールデンウイーク後半を迎える頃には、ニューヨーク・ダウがついに1万5000ドルの大台に乗り、ドイツDAXも市場最高値を更新し、東証マザーズ指数は歴史的な活況を呈し、そして日経平均株価も一気に1万4000円に乗ったのです。

 また、ヨーロッパに輪をかけて絶不調だったインドのムンバイSENSEX、ブラジルのボぺスパまで、4月後半から急上昇に転じました。絶好調だったインドネシア、タイ、シンガポールなどのASEAN市場は、当然ながらその好調を持続しています。

 つまり、金価格の暴落の後、世界同時株高になったのです。

 では、いったいこの金価格の暴落は何故起こったのかというと、これは単純にキプロスです。キプロスでは3月に金融不安が起きて、EUにより支援がなされたわけですが、それだけでは済まず、キプロスが公的に保有していた金を手放すことになったのです。といっても、小国キプロスということで、もちろんその額は小さいものであり、これだけなら金の暴落を誘うようなものではないのですが、ここで、お決まりのパターンが始まったのです。つまり、このキプロスの事例が、他の債務危機にある国に飛び火し、そうしてイタリアやスペインなどでも、中央銀行保有する金を売却するのではないか……、という憶測が流れたのです。

 もちろん、そんなことはありえないのです。年初以来、金価格に連動したETFから資金がジワジワと流出していたというのは、大国である日米両国の株価がうなぎ上りで上がっているので、それでETFに投資する個人投資家が、金価格連動型のETFから株価指数連動型のものへ資金をシフトした、という単純な理由によるもので、この資金流出に危機感を抱いていたファンドは、以前から金を売るタイミングとその理由づけを探していたのです。そしてそれを、彼らはキプロスに見出したという、ただそれだけのことなのです。

 こうして、金価格はたった2日間で1300ドル台まで下落したのですが、一方で、この金の暴落を受けて、市場関係者の間では、このまま金は更に下落し、1200ドル台まで行くとか、もっと下落して1100ドル台まで行くのではないか、などとまことしやかに囁かれたのです。しかし、その後の展開は逆でした。4月半ば以降、金は上昇に転じたのです。

 では、ここで金を買ったのは、いったい誰なのか? 答えははっきりしていて、まずは日本です。この春、日本においては、金を買い求める客が急増しており、高島屋などの百貨店でも、金の品揃えが追いつかない状況が生まれます。その理由は、物価高への警戒感からです。日銀の大規模な金融緩和によって、今後インフレが起こるのではないかという不安感から、富裕層のみならず一般の主婦の間でも、資産防衛の手段として金の需要が高まってきたのです。

 そして更に、実は中国も最近になって、金を買い増していることがはっきりしてきました。以下は、5月7日ロイターに掲載された、「中国の金輸入、旺盛な国内需要に支えられ大幅増加の兆し」と題する記事です。

 http://jp.reuters.com/article/jp_BRICs/idJPTJE94600J20130507

 「4月は国際的な価格が低下したことで、アジアでは熱狂的な金買いが起こり、中国の主な金輸入先のシンガポールや香港などでは延べ棒や金貨が店頭で品切れ状態となった。この結果、4月の中国の金輸入は大幅に増加する可能性がある」、というくだりは、日本のメディアが報道したこととは、まさに真逆の事態であり、中国経済への懸念から金が暴落したなどという報道はとんでもない嘘で、真実はこのように、中国の金需要は益々高まる一方であったのです。

 ちなみに、金というのは、資産というだけではありません。これは以前、CSの「デリバティヴ・マーケット」という番組でやっていたのですが、金の需要は、何よりも宝飾品としてであり、これが全体の43%、次が資産で33%、そして更に工業用素材と続きます。経済成長著しい中国においては、宝飾品の需要というのはうなぎ上りに上昇することが期待されており、その点からも、中国の金需要は、今後益々高まることが予想されます。中国の場合、人民元が自由化されていないことなどの理由から、市民にとっての手軽な資産運用の手段である外国債券や外国株への投資信託などへ資金が行かないという特殊事情があり、それが中国市民の旺盛な金需要を支えている部分もあって、それに加えて成長する宝飾品産業など、様々な要素が折り重なっているわけです。