皮肉なことに、アメリカ経済の低迷が円安ドル高を招きつつある

 アメリカ商務省が5月2日に発表した3月の貿易統計によると、アメリカの貿易赤字は前月比11%減の388億ドルと、2010年1月以降で2番目に低い水準となりました。一見すると、この数字は、アメリカ経済の回復を示すものと受け取られがちですが、実際はそうではありません。

 アメリカの貿易赤字がここまで縮小した最大の理由は、輸入が大幅に減ったことによるもので、そしてこの輸入の減少は、何よりもアメリカの内需の減退によるものだというのがコンセンサスであり、実際ロイターやブルームバーグなどはそのように伝えています。

 つまり、明らかにアメリカの景気は、ここに来て更に悪くなっているわけです。とにかく消費が活発化してこない、これはもはや慢性的であり、伸びているのは高級車や宝飾品などだけで、格差の拡大はより一層深刻な事態になっています。

 このことは、FRBの姿勢からも明らかです。日本の大手メディア・経済学者・金融アナリストなどの紋切型同盟はこれまで、アメリカは景気が回復しているので、今後FRBはQE3(量的緩和第3弾)の出口戦略へと向かうだろう、そしてこのようなFRBの金融政策の転換が更なる円安ドル高の材料になる、と言ってきたわけですが、2日に行われたFOMC(連邦公開市場委員会)において、FRBは、出口戦略どころか、資産買い入れの更なる増額を示唆したのです。もしそうなるなら、これは金融緩和の更なる拡大です。つまり、それだけアメリカの景気は悪いとFRBは判断しているわけです。

 ちなみに、この3月の貿易統計ですが、アメリカにとって懸念材料であった対中貿易赤字は、とりわけ大きく減少しています。これは何故かというと、まずアメリカの中国向け輸出はここに来て更に伸びたこと、及び中国からアメリカへの輸入は大幅に減ったことが原因です。

 つまり、中国は経済が更に拡大しているので、だからアメリカから中国への輸出は依然として伸びる一方で、アメリカの内需は縮小しているので、中国からアメリカへの輸入は大幅に減ったわけです。

 ところで、為替相場についてですが、最近の円安ドル高に関して、一般的には、アメリカの経済が好調であるためにドルが買われ円が売られる構図である、とされてきました。大手メディア・経済学者・金融アナリストなどの紋切型同盟は、そのように言ってきたわけですが、しかし実際のところはまったくそうではないということが、今回あらためて明らかになったわけです。以下が、その主な図式です。

 ①アメリカの内需は非常に弱い→よって輸入が大幅に減る→貿易赤字が縮小する

 ②これについては、対中貿易が最も典型的である
  a中国の内需は強いので、アメリカも中国向け輸出は増えている
  b一方、アメリカの国内景気は非常に弱いので、中国からの輸入は減っている、
 →よって、アメリカの対中赤字が大幅に減少する

 ③つまり、アメリカの内需は非常に弱く、一方で中国の内需は強いため、それにより、このような貿易収支になる。そしてこのことが、円安ドル高の背景の一部を成す。

 という訳です。貿易収支が改善することは、当然ながら通貨高の要因になります。アメリカの貿易収支が改善することは、必然的にドル高の要因となるわけですけど、しかしこのアメリカの貿易収支の改善は、アメリカの経済が好調であることによるものではなく、アメリカの景気が大変悪く、そうしてアメリカの内需が著しく縮小しつつあることによって生じるものだということです。つまり、皮肉なことに、アメリカの景気低迷が、ドル高の要因となっているわけです。

 ちなみに、ここに来て日本も貿易収支は改善してきていますが、しかし、日本の貿易収支改善の金額と、アメリカの貿易収支改善の金額は、桁が違うのです。日本の貿易収支の改善が、毎月数千億円というレベルであるのに対し、アメリカは数兆円というレベルで改善しているのです。それはもちろん、日本よりもアメリカの方がGDPがはるかに大きいということと、アメリカの内需縮小のスピードがそれだけ速い、ということによるわけですが、ともかく、こうしてアメリカの景気の悪化が、皮肉なことに円安ドル高を生んでいるわけです。

 ところで、このような数字のトリックによる為替の変動は、翌日の5月3日にも起きました。この日、アメリ労務省は、アメリカの雇用統計のなかでも最重要である非農業部門の新規雇用者数(4月分)を発表したのですが、ここで16万5000人という数字が出たのです。事前の市場予想は、13〜14万人程度とされていたので、これを上回る16万5000人という数字は、大きく好感され、これによりドル高が進んだのですが、しかし、ちょっと待てなのです。というのも、これまで何度も申し上げて来たように、アメリカの雇用状況が改善するには、20万人を超える数字が毎月持続的に出ることが必要とされているのです。するとどうでしょう? 16万5000人では、全然足りないのです。これでは、アメリカの雇用の改善には程遠いのです。

 にも拘わらず、何故この数字が好感されたかというと、それはひとえに前の月、つまり3月の数字があまりにも悪すぎて、それよりは良くなったというだけに過ぎません。3月は、20万どころか10万人にさえ届かないというひどい数字だったのですが、これは3月に歳出の強制削減が執行されたことを受けて、企業が先行きへの過剰な不安を持ち、人を雇うことに慎重になったことが大きいわけです。今回発表された4月の16万5000人という数字は、そこからの反動で良くなったという面がかなりあると推察されるわけですが、しかしそうはいっても20万にはまったく届いていないので、あまりに悲観的だった市場の予想よりはずっと良かった、ということでドル高になったわけです。

 為替というのは、それが短期的にどう動くかは大変に予想が難しいものでありまして、この日は、ユーロ相場も変動し、ドル高と同時にユーロ高も進んだのですが、これも多くのアナリストの予想とは真逆のものでした。この日、ECB(ヨーロッパ中央銀行)は政策金利を0・25%下げ、ユーロとしては史上最低の低金利となったのですが、通常なら、金利が下がると、その通貨は下落するものです。ところが、この日のユーロ相場は、金利が下がったにも拘わらずユーロ高に触れるという、定説とは真逆の動きを見せました。

 但し、為替相場が短期的に極めて妙な動きを見せるということ自体は、特に珍しいことではありません。重要なのは、中長期的なトレンドです。この点においては、ユーロにしろ、ドルにしろ、明らかに一貫したものがあるわけです。

 ちなみに、この日のユーロ高については、ある程度説明が付きます。既に4月後半において、ジャパン・マネーがヨーロッパの国債を買いに来るという思惑からヘッジファンドがヨーロッパ各国の国債を軒並み購入し、そうして国債価格が安定することに加えて、政治空白のあったイタリアでついに新政権が発足し、成長重視の政策を表明するという、ユーロ相場にとってはポジティヴな要因が連発したものの、その割にはユーロはそれほど買い戻されることがなかったのです。不思議というなら、こっちの方が不思議でありまして、しかしいずれユーロが買われてユーロ高になるということは、この時点で既に予想されていたのです。問題は、それがいつになるかというタイミングです。これについては、ひとえにヘッジファンドが握っているので、外部からは容易には窺い知れません。

 とはいえ、繰り返しますが、重要なのは中長期的な展望です。円相場を起点にすると、円安ユーロ高、円安ドル高の流れは常に一貫したものがあり、そうである以上、我々としては、このような相場の背景にあるものを、多角的に見定めていくべきでしょう。とにかく、はっきりしているのは、アメリカの景気は益々悪くなり、そして皮肉にも、それがアメリカの貿易赤字を改善し、ドル高の要因になりつつあるということです。