日銀の大規模緩和が、世界金融市場、とりわけヨーロッパにもたらした影響についてのまとめ

 4月4日、黒田新体制の日銀は、文字通り次元の違う金融緩和に踏み切りました。それを受けて、株式市場は当然反応したわけですが、しかしこの大規模緩和策について、真に注視すべきは、株式市場ではなく、債権市場に他なりません。

 そもそも、黒田総裁は、4月4日の会合の以前から、「金融緩和により、イールドカーブを下げる」ということを繰り返し主張していました。イールドカーブとは何かと言いますと、国債には、1年物、2年物、3年物、5年物、7年物、10年物、20年物、30年物……、など色々とありまして、そして長期の国債ほど、金利は上がっていきます。この短期から長期の国債金利をグラフにしたものがイールドカーブで、これを下げるということは、即ち、日銀の金融緩和によって、長期国債金利を、短中期の国債金利へと近づけ、そうして長期国債金利を下げていく、ということです。

 そして4月4日、実際に日銀の政策が発表された後、債権市場はどうなったかというと、恐るべきことに、1日で2度に渡ってサーキット・ブレーカーが発動して売買停止になるという異常事態が起き、非常な乱高下を繰り返しながら、金利、つまり利回りは低下しました。30年物の国債において、その利回りが1・1%ほどしかつかない、という尋常ではない事態まで起こったのです。

 30年先の日本の財政状況など、見通せるわけがありません。にも拘らず、その国債の利回りはたったの1・1%しかつかない、これは投資対象としては、どう考えても割に合わないものです。こうなると、主要な投資家である大手保険会社などは、大変に困るわけです。するとどうなるか? 予想されるのは、日本国債よりも利回りの高い別の債券へと投資対象を変えることです。

 4月22日、日経新聞電子版において、「生保、国債への新規投資削減 外債や社債に資金シフト」と題する記事が掲載されました。つまり、日本の大手生命保険会社が、日本国債への投資を減らし、その分を外債や社債への投資にまわすということです。

 次いで、翌日の4月23日なると、今度は「生保・年金マネー、外債へ 日生が積み増し表明」という記事が掲載されます。つまり、大手保険会社に加えて、年金基金も、同様に資金を外債へと振り向けるということです。ちなみに、ここで言う外債というのは、当然ながら欧米の国債を指します。

 このように、日銀の大規模緩和を受けて、ジャパン・マネーが外債購入に踏み出すだろうということは、欧米のメディアの間では、既に4月の半ば頃にはかなり頻繁言われていたことなのですが、それについて、4月下旬になって、いよいよ実際の外債購入計画が出て来たという訳です。これにより、ジャパン・マネーで欧米の財政ファイナンスを行うという、おそらくはアメリカとIMFの思惑通りになるわけです。以下は、その要点の主なまとめです。

 ①日本国債の利回りが恐ろしく低下し、保険大手としては日本国債が投資に適さなくなる。
 ②そのため、利益を求めて、高い利回りの欧米の国債へ資金を振り向ける
 ③こうして日本マネーが欧米の国債を買うことで、アメリカ政府やIMFは自らの手間やカネをかけることなく、財政ファイナンス出来る
 ④更に、ヘッジファンドは、これら日本の大手保険の動きを先回りして欧米の国債を買うことで、後から購入に動く日本マネーにこれを売ることでヘッジファンドも利益を得る
 ⑤為替は国債価格(利回り)に連動して動く部分もあるので、これによりヘッジファンドは、尚更為替相場でも利益を得られる

 という訳です。

 一方で、4月22日には、「中東オイルマネー、新たな潮流 アジア向けなど目立つ」という記事も掲載されます。これは、超巨額のオイルマネーの行き先に変化が生じていることを示すものなのですが、彼ら中東勢は、これまでは欧米の国債などに投資していたものを、ここに来て、中国をはじめとしたアジア新興諸国のインフラ事業などへ投資対象を変えつつあるとのことです。理由は、言うまでもなく、そっちの方が儲かるからです。

 その一方で、ジャパン・マネーはどこに行こうとしているかというと、大手保険各社も年金基金も、共に欧米の国債へと資金を移し、欧米の財政ファイナンスを肩代わりするという図式になるわけで、つまり、世界のマネーが、欧米から成長著しいアジアの新興市場へとシフトしていく穴埋めを、日本が行う、という図式になります。

 ところで、このアジア市場は、急速に変化しつつあるわけですが、ADB(アジア開発銀行)は、成長するアジアの社債市場を整備し、アジアの成長を更に効率的に促進すべく、10年前から「アジア債券市場育成イニシアティヴ」というプロジェクトを進めていました。それはやがて、「信用保証・投資ファシリティ(CGIF)」という基金として結実します。これは、ADBの信託基金という位置づけの元に、日本・中国・韓国・ASEANが信用保証をするもので、つまり、アジアの各企業が社債を発行する際に、日本・中国・韓国・ASEANがその社債に対し保証を与え、そうして投資家からの資金調達を効率的に行えるようにする仕組みなのですが、4月26日、ついにその最初の事例がスタートしました。

 2012年時点において、中国や東南アジア諸国の自国通貨建て社債発行額は、20〜30%という飛躍的なペースで拡大していたのですが、この新たな枠組みのスタートにより、アジアの社債市場は更に拡大のペースが加速することが予想されています。そのため、アジア諸国の間では、日銀の大規模緩和によって大量に供給されるマネーが、アジアの各企業の社債への投資に向かって欲しいという期待感も出ているわけです。

 ところで、何故この話を持ち出したかと言いますと、この「信用保証・投資ファシリティ(CGIF)」という基金を進めてきた当時のADB(アジア開発銀行)の総裁というのは、現在日銀総裁の職に就いている黒田東彦さんなのです。黒田さんは、ADB(アジア開発銀行)の総裁当時から、日銀に大規模な緩和を要求していたわけですが、彼の頭の中には、日銀が供給する余剰マネーが、成長著しいアジアの社債市場に流れてくることは、当然期待していた筈です(もちろん、それだけではないにしても)。ただ、実際にそうなるかどうかは、今後の展開次第です。

 さて、ジャパン・マネーが向かう先とされた欧米ですが、過去2年に渡り、最も問題とされたのは、債務危機に瀕した南欧諸国です。この地域こそが、過去2年において世界経済の足を引っ張ってきた最大の元凶とされているわけですけど、そのうちの1つ、イタリアにおいて、過去2か月間の政治的空白を乗り越え、ついに新政権が発足しました。そして、レッタ新首相は、4月29日、早速所信表明演説を行ったのですが、そこで出てきた政策は、前任のモンティ氏が行ってきたこれまでの緊縮一辺倒からの大転換をはかるような、財政出動型のものでした。

 ただ、このような政策の転換ができるのは、日銀の大規模緩和があってこそです。日銀の緩和策を受けて、保険や年金などのジャパン・マネーが高利回りの欧米の国債に流れるという憶測から、債務危機にあった南欧諸国の国債価格まで安定し、それがこれまでの緊縮一辺倒とは異なる政策を可能にしたわけです。

 そもそも、昨年11月の野田首相(当時)による突然の衆院解散も謎ならば、その少し後に起こったイタリアのモンティ首相(当時)の突然の辞任もまた謎だったのですが、日銀の大規模緩和による国債価格の安定を見越したようなイタリアでのこの展開は、ちょっと出来過ぎというものです。

 そして、イタリアの経済が浮上することは、今後中国の輸出を活性化させることにもなるわけで、そうなると部品などで中国企業の需要増から、中国に部品その他を売る日本企業の株価もまた上がるわけでして、そこに円安が加われば株高は尚更です。

 ちなみに、これまで何度も申し上げて来たように、一口に南欧債務危機といっても、イタリアは他の国とは異なっており、イタリアは、スペインやギリシャポルトガルのような不動産バブル・信用バブルは起きておらず、更に基礎的財政収支(プライマリー・バランス)も黒字であるわけです。これは緊縮策を取る以前からそうであり、イタリアの基礎的財政収支が黒字化したのはベルルスコーニ首相時代であるため、財政的には、たとえベルルスコーニ氏が首相に返り咲いたとしても、特に問題はなかったのです。もちろん、彼は道徳的な点からは問題がかなりあるわけですが、しかしそれはイタリアの市民が判断することであり、世界経済の観点からいえば、イタリアは、財政出動型の政策でも特に問題はありません。

 ただ、その一方で、イタリアは経常収支は赤字なので、だからいくら基礎的財政収支が黒字であろうとカネを稼がなくてはならないわけで、そうである以上、イタリアにとって必要なのは、緊縮策ではなく、経常収支を黒字化するための、競争力の強化なのです。競争力を強化し、先々において経常収支を黒字化していくためには、成長分野への重点的な投資や、教育支出は当然ながら必要になって来るので、緊縮策などやっている場合ではないのです。

 緊縮策というのは、市民にとって痛みを伴うものであり、だから緊縮策を進める政権というのは、どこの国であろうと人気は出ないものですけど、しかしイタリアの場合、そもそも根本的に過度な緊縮策は必要のないものなので、そうである以上、陰謀とかそういうことではなく、イタリアにおいては、選挙さえすれば、成長を重視する政党が票を伸ばすのは当たり前というものです。

 但し、だからといって、一旦は深刻な債務危機に陥り、国債価格が暴落してしまった以上、そのような論理だけでは、市場は納得しません。国債を買ってくれる投資家がいて、財政への不安が薄れて、それではじめてイタリアの方向転換(というか元に戻ること)が可能になるのです。そして、それを可能にしたのが、日銀の大規模な緩和策であるわけです。

 それにしても、こうなると、一番得をしたのは、いったい誰なのか? アメリカ、IMF、彼らが得をしたことは、間違いありません。アメリカとIMF、そのいずれもが、自らのカネも手間もかけることなく、日銀の政策だけで、国債価格が安定してしまったのですから。しかし、それ以上に得をしたのは、ヘッジファンドでしょう。イタリアの国債を必要以上に下落させ、価格下落という逆バブルを発生させて儲けたのも彼らならば、今回の新政権発足により、債券・為替・株式、そのいずれにおいても、同様に彼らは大儲けしています。但し、だからといってこれが陰謀とは言えないのであって、そもそも、ヘッジファンドというのは、資金力と情報網を背景に、市場の動向に対しこれを先回りをすることで、利益を得る集団です。一方で、最も動きが鈍く、後手後手を踏むのが、日本の機関投資家という訳です。