中国の銀行は既にウォール街の銀行を超えている! 〜シンガポールとニューヨークを結ぶ議論から〜

 ここ数か月におけるメキシコといえば、昨年末に新たに大統領に就任したエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領のことが有名で、それは彼が政治家らしからぬ男前であるからなのですが、一方で、市場関係者の間では、このメキシコ経済は、ニエト新大統領のもとで絶好調と専らの評判なのです。中南米における有望な新興国といえばブラジル、というのはもはや過去の話であり、いまやメキシコは、中南米最大の有望国として、世界中の投資家から熱い視線で見られています。

 更に、このようなメキシコ経済の成長に着目するのは、何も企業経営者や金融のプロたちだけではなく、実は庶民の間でもそうであり、かつてアメリカン・ドリームを求め国境を越えてアメリカ国内へと移った中南米の移民が、リーマンショック以降の低迷から一向に立ち直る様子を見せないアメリカを見限り、アメリカからメキシコへの逆移民が後を絶たないという事態まで起きているということは、以前にもこのレポートでお伝えした通りです。

 とにかく、昨今のメキシコの状況は、まず各国から企業が続々と進出することにより製造業が活気づき、そうして旺盛な生産活動が行われ、その雇用の拡大が所得の上昇を呼び、更にそこから個人消費も活発になり、またこのような経済成長が通貨高を生むのですが、しかしこの通貨高は輸出の重しとはならず、逆に通貨高がインフレ抑制に働いて内需が更に拡大する・・・、という高循環の連鎖が起こっているのです。

 という訳で、まさに良いこと尽くめというやつですが、そんななか、株式市場だけは、ここに来て若干低迷しています。ここ数か月におけるメキシコ株の動向は、昨年12月からは極めて順調に株価が上昇してきたものの、2月に入って株価は調整局面を迎え、一旦下落に転じました。しかし、3月に下旬になると再度株価は上昇を始めたのですが、4月になってまた株価は下落、という状況です。但し、高成長の途上にある国において、このような株価の調整というのはあって当たり前のことであり、またニエト大統領は、たとえ一時的に株価が下がろうとも、中長期的な成長を考えれば絶対にやらなければならない痛みを伴う改革をまず最初に断行しているというのが専らの評価ですので、だから市場関係者の間では、この一時的なメキシコ株の下落は何ら問題にはなっていません。これは将来の成長のために避けて通れない下落であり、株価はいずれ必ず上がる、それよりも今は、メキシコの実体経済の力強さにこそ注目すべきだ、というのは、市場関係者の間において、当然のコンセンサスになっています。

 ところで、このようなメキシコ経済のありようは、どこかに似ています。そう、これは過去数か月の中国経済の様相と、非常にそっくりなのです。中国においても、メキシコと同様に、生産活動は活発で、所得も伸び、消費も好調であり、また通貨(人民元)もうなぎ上りで上昇し、しかも通貨高が輸出の重しとならず、逆にインフレ抑制に働いています。
 
 また、12月から株価が急上昇しながら、2月に入って株価は調整局面に入り、3月下旬に再度上昇に転じたものの、4月に入ってまた下落した、というのもそっくりであるならば、政策当局が、目先の株高を犠牲にしてでも痛みを伴う改革に邁進しているのも同様なのです。違うのはGDPの成長率ぐらいのもので、いかにメキシコ経済が順調であろうと、その伸びは、中国には及びません。ただ、これは中国の成長率が凄すぎるだけであり(成長著しいASEANのエースとされるインドネシアさえ、中国の成長率には及ばないのです)、この数字さえ別にすれば、ここ数か月間におけるメキシコと中国の模様は、非常に良く似ているのです。

 ところが、メキシコと中国は、ここまでそっくりであるにも拘わらず、日本のメディア・経済学者・金融アナリストの間で言われていることは、まったく正反対なのです。彼らは一様にこう言います。「メキシコに関して、株価の下落は一時的なもので、何も問題はありません、むしろ痛みを伴うやるべき改革を遂行している証拠であり、将来的にはプラスとなるものです、だから今は、株価よりも、メキシコの実体経済の強さにこそ着目すべきです」。一方で彼らは、中国についてはこう言うのです。「中国に関して、株価の下落は深刻です、これは明らかに中国の景気減速を示すものであり、当局の政策もなんら景気を後押しするものではありません、個人消費もいまだ弱いですし、だから中国経済の今後には不透明感が漂うばかりです」。

 いったい、どうしてこうなるんでしょうか? どう考えてもおかしいです。僕はかねがね、中国経済について、日本で言われていることと、香港やシンガポールやオーストラリアなどで言われていることはまったく正反対である、という指摘を繰り返してきましたが、香港やシンガポールやオーストラリアなどの市場関係者たちからすれば、メキシコについて論評していることを、そのまま中国についても論評しているに過ぎないわけです。おかしいのは、メキシコについて言う場合と中国について言う場合が真逆になってしまう日本の論者たちなのです。

 ちなみに、2月までは日本株を上回るペースで上昇していた中国株ですが、これが2月の途中から下落に転じたのは、痛みを伴う改革を進める過程で起こったことであり、仕方のないことであるのです。とにかく、高騰する不動産価格を抑えるために不動産引き締め策を行う、併せて中国人民銀行も金融引き締めを行う、このような政策はやってもらわなければ困るというものです。また、行政改革においても、人民解放軍との関係が深かった鉄道部を廃止し、鉄道事業における莫大な利権から軍を引き離し、これを交通運輸省の管轄下に入れるという大規模な改革を行った以上、後々のインフラ投資を円滑に進めるうえでは、この新しい行政システムを軌道に乗せることこそ何よりも重要であり、安易な景気刺激策などやっている場合ではないし、実際やるべきでもないのです。

 ただ、そうは言っても、実体経済は順調なわけですから、3月の下旬になると、中国株は再度上昇に転じたのですが、これが4月になってまた下落に転じました。ただ、これもやむを得ないのです。というのも、まず中国政府が、不動産価格の抑制策に続いて、不透明なカネの流れを規制するべく、シャドーバンキングの取り締まりも始めたからです。しかし、それだけではありません。ご承知のように、4月になると、鳥インフルエンザ問題が俄かに深刻化し始めました。この鳥インフルエンザ問題はどうしようもないので、必然的に株価を押し下げる材料になります。ここまで悪材料が重なれば、株価が上昇する方がどうかしているというものです。

 但し、それでも実体経済の強さは依然として持続しているわけです。4月の半ばを過ぎると企業の決算発表が始まりますので、そこで株価は上がって来る筈です、という何紅雲さんの見解を以前ご紹介しましたが、実はここに来て、この何さんの見解通りの展開になっています。

 先週4月19日、企業の好決算を受けて、中国株は大幅に上昇しました。この日、大企業が集中して上場する香港H株指数は、実に「+3・12%」という驚異的な伸びを見せたのです。ところがその翌日、四川省地震が発生しました。これでまた株価は下落するかと危惧されたものの、しかし週明け初日の香港市場は、小幅ながら上昇したのです。これはかなり力強いです。

 火曜日こそ、その日に発表された製造業の景況感を示すPMIの数値を受けて一旦利益確定の売りが出たものの、しかし水曜、木曜と、香港H株指数は連日で1%を超える上昇を見せています。また、深センのA株、B株も連日堅調に推移しています。鳥インフルエンザの発信源である上海に関してはいまだ不透明感が漂っていますが、しかし主力企業が大挙上場する香港が既に上昇基調に転じたことは、まず間違いありません。

 ところで、CNBCアジアの「ワールドワイド・エクスチェンジ」では、これら企業の決算のなかでも、銀行セクターの決算に注目した非常に面白い討議がなされました。以下は、昨日の4月25日木曜に放映されたものの主な内容です。解答者は、シンガポールデビッド・マーシャル氏、ニューヨークのディック・ボイエ氏です。

 Q、中国の銀行の決算について、どうご覧になりますか?
 
 A、中国の銀行は、非常に良い決算です。収益も増益です。これは中国経済が、予想よりも良い状況にあるからです。(マーシャル氏)

 Q、はたして中国の経済は、どれだけ強いのでしょうか? それに加えて、中国の銀行はどれだけリスクを取るのでしょうか? 与信の状況はどのようなものでしょうか?

 A、2009年以降、多くのアナリストは、中国の銀行が多額の不良債権を抱えるのではないかと懸念しました。ところが、そのような事態は起きていません。不良債権の割合は、非常に低いレベルにあります。これは中国の経済が好調であるためです。中国経済は、減速などしていません。(マーシャル氏)

 Q、中国の銀行は、アメリカの銀行を凌駕しているのではないかという指摘がありますが、これについてはいかがですか?

 A、ええ、中国の銀行は、既にアメリカの銀行を超えています。これは中国政府の支援を受けているからです。そのために中国の銀行は急成長しています。アメリカの大手4行はアメリカ議会から圧力を受けていますが、その一方で、中国の大手4行は拡大しています。(ボイエ氏)

 Q、今後は、中国の銀行が世界の金融市場を席巻するのではないですか?

 A、仰る通りです。アメリカの銀行は収益の面で難しい。しかし中国の銀行は、中国経済の好影響を享受しています。ただ、現時点では、中国の銀行が、国際市場、国際経済の主流となるのは難しいでしょう。それは融資の質や、資本の自由化の問題であり、またバリエーションも不足しています。但し、中国の銀行が、バーゼル3の要件を満たすことは可能だと思います……」。(マーシャル氏)

 この一連の討議は、要するに、中国の銀行は、好調な中国経済の恩恵をフルに受けており、そのことを通じて、いまやウォール街の銀行を凌駕するほどに成長したが、一方で、制度面その他ではまだ未成熟な部分があって、中国の銀行が世界の主流になるのを妨げているものの、しかしやがては、中国の銀行が世界を席巻することも十分にあり得る、それぐらい中国の経済は力強い、ということです。

 ちなみに、前述の何紅雲さんは、一昨日の木曜も「アクロス・ザ・マーケット」に出演しまして、そこで何さんもまた、中国の銀行の財務状況の健全性について言及していたのです。

 ともかく、中国の経済や銀行に関して、シンガポールやニューヨークでは、冗談抜きでこのような内容の討議が本気で行われているのです。以前にも申し上げたように、CNBCアジアというのは、基本的に英語での放送であり、世界中の投資家が視聴しています。そして、これまた何度でも言ってきたことですが、香港やシンガポールバンコクやオーストラリアやロンドンやフランクフルトやニューヨークでは、このような中国経済の好調さについて、ずっと語られているのです。そんななか、日本だけが真逆のことを報道している。中国の経済が減速している? 中国経済はいまが最悪期? そんなことをシンガポールバンコクやフランクフルトなどで言おうものなら、その発言者は市場分析の能力を疑われることでしょう。

 これまで何度となく指摘してきたように、中国経済は、減速どころか、加速する一方なのです。13億人もいる社会において、年々経済のパイが拡大するなか、所得は常に軽く2桁の伸びを見せている以上、インフレが抑制され、また将来における投資の見込みが立っているならば、当たり前のことなのです。