アメリカの経済が、ここに来て更に悪くなっている……

 日銀の大規模緩和が市場の話題をほぼ独占した先週後半、アメリカでは、重要な雇用統計が発表されました。アメリ労務省が発表する、非農業部門の新規雇用者数です。この3月の増加数は、なんとたった8万8000人という極めて弱いものでした。以前も申し上げたように、この数字が常時20万人以上を記録して、それではじめてアメリカの雇用は改善に向かうと言われているものです。それが今回、20万ところか、10万にさえ満たないという、ひどい数字が出てきたわけです。

 そして、これも以前申し上げましたが、リーマンショック後のアメリカというのは、季節要因もあるのでしょうけど、年明けから春先にかけてはそれなりに良い経済指標が出てくるものの、しかし暖かくなるにつれてこの数字が悪化し、そうして年初に想定された「今年こそ景気回復!」という期待は、毎年裏切られ続けてきました。ちなみに、当時日銀総裁だった白川総裁は、このようなアメリカ経済について、これを「偽りの夜明け」と呼びました。夜明けが訪れたと思えても、それは偽りの夜明けであり、本当の夜明けではない、ということです。そして、この「偽りの夜明け」は、今年またしても繰り返されたことになります。これでアメリカは、5年連続で「偽りの夜明け」に襲われたことになります。
 
 それにしても、例年ならば、アメリカの経済指標が悪化するのは、春が本格化して、夏に向かっていくときなのです。それを考えると、今年アメリカは例年よりも景気の冷え込みが更に早まったと言わざるを得ません。言うまでもなく、これには、3月1日に発動された歳出の強制削減が影響していることは間違いないでしょう。この強制的な歳出削減について、当時言われたことは「ただちに影響はない」というものでした。しかし、日本においてもそうであったように、ただちに影響はなくても、後で必ず影響は出るものです。そんなことは、企業経営者、とりわけ中小企業の経営者であるならば当然考慮することであり、この歳出の強制削減を受け、将来の景気後退への警戒感から人を雇うことに慎重になったとして、なんの不思議があるでしょうか。

 また、日本の大手メディア・経済学者・金融アナリストたちが、「アメリカの景気はいい」と言っていた論拠の1つである小売業の売上についても言及しないわけにはいきません。アメリカの小売売上高は、昨秋以降でも確かにマイナスに転じることはなく、常にプラスで推移してきました。しかし、プラスといっても大きなものではなく、そのプラス幅は、常に1%を下回るものでした。その一方で、アメリカの場合、物価上昇率に関しては常に1%を超えています。つまり、小売売上高はプラスだといっても、それは所詮物価上昇率を下回るものに過ぎないわけであり、そうである以上、アメリカの小売売上は、名目小売売上こそプラスであっても、名目値から物価上昇分を引いた実質小売売上は、一貫してマイナスなのです。

 しかし、これはそもそも当たり前の話で、というのも、平均所得が毎年下落し続けている以上、実質小売売上がプラスになるわけがないのです。ところが、こんなことも解らない(あるいは知っていて知らないふりをする?)のが日本の紋切型同盟なのです。そして、このようなアメリカとは極限的に正反対にあるのが中国であるわけですが、日本の紋切型同盟は、この中国の消費に関して、実質小売売上がプラスどころか軽く10%以上伸びているにも拘わらず、中国の景気は悪い、と言うのです。実質小売売上がマイナスのアメリカについて景気が良いと言い、実質小売売上が10%を超える伸びを示す中国の景気を悪いと言う、こんなデタラメが公然とまかり通っているのが、日本の経済報道・経済解説の実情です。

 また、紋切型同盟がアメリカの景気は良いとするもう1つの論拠である新車販売の増加についてですが、このアメリカにおける新車販売の伸びというのは、端的に言うと、アメリカにおける格差の拡大を如実に示すものであるのです。具体的にどういうことかと言いますと、3月のアメリカの新車販売は、前年比で3・4%のプラスだったのですが、具体的にどのようなクルマが売れたかというと、高級車なのです。トヨタの高級車ブランド・レクサスは実に19・4%、キャデラックに至っては、なんと49・5%も伸びているのです。これはつまり、貧しい者は益々貧しくなる一方で、富める者は益々裕福になるという二極化が更に進んでおり、だから新車の伸びも、既にクルマを持っている富裕層が、2台目、3台目、4台目……、と増やしているということなのです。という訳で、乗用車に関しては、単に高級車の売上が加速度的に増えているだけで、庶民が買うような普通車は、当然ながらその売上は著しく減少しています。

 ちなみに、このような二極化するアメリカについて、庶民に対し更に追い打ちをかけるような内容の記事が先頃、日経新聞電子版に掲載されました。「米企業に賃下げの波 生産拠点南部へ、人員も削減」と題するもので、以下は、その抜粋です。
 
「米主要企業による実質的な賃下げの波が広がっている。建機最大手キャタピラーは賃金の高い米北部の工場を対象に賃下げや従業員の削減に乗り出した。労働コストの低い南部に生産拠点を移し、全体の人件費を下げるのが狙いだ。米自動車大手3社も低賃金労働者の比率を高めている」。

つまり、アメリカの大企業は今後、賃金の引下げや人員削減を、更に加速させるというのです。そうであるならば、アメリカ経済が今後益々悪化の一途を辿るであろうことは間違いありません。

ちなみに、このようなコストの削減は、企業にとっては、収益の改善と株価の上昇に繋がるものでもあります。コストが下がれば下がるほど、それだけ収益も良くなるので、その分株価も上がるわけです。くわえて、そこに金融緩和による余剰マネーがあれば、尚更株価は上昇します。
 
 日本と中国の株価が急上昇していた昨年12月から今年の年明けにかけて、アメリカの株価は明らかに出遅れていました。そのアメリカ株が一転して上昇に転じたのは1月半ばのことなのですが、何故この時期からアメリカ株が上昇し始めたかというと、それは極めて単純な話で、この1月半ばというのは、アメリカの主要企業の決算発表が始まったときなのです。

 要するに、決算報告と今後の業績見通しの確認を受けて、それでアメリカ株は買われていったのです。では、投資家は何故アメリカ企業の今後について、プラスの見通しを立てたのか、答えは単純な話で、中国経済が強烈な勢いで拡大しているからです。

 リーマンショック以降のアメリカの株高について、RPテック代表取締役の倉都康行さんはかつて、「アメリカの株高というのは、単に企業が外国で商品を作って、それを外国で売って儲けていることによるもので、アメリカ国内の人々とは何の関係もないものなのです」と言いました。それが、またしても繰り返されているということです。外国で生産して外国で売って儲けるならば、アメリカ国内の人件費は企業にとっては当然不必要なコストということになるわけで、だからこういうことになるわけです。

 いかにFRBが大規模な金融緩和をしようと、企業業績の向上に裏付けられない株高など、長続きしません。アメリカ企業の業績と、アメリカ国内の個人消費は、もはや全く別物なのです。

 という訳で、今後もアメリカの景気は益々悪くなる一方でしょう。その一方で、ニューヨーク・ダウは、中長期的には今後益々上昇していくでしょう。そんななか、実体経済そのものは、このような変化に対し、まるで対応できていないのが現状です。