「中央銀行は呪文を唱える組織ではない」最後まで己を貫いた白川(元)日銀総裁、一方で世界経済は流転の海へ

 3月19日は、2つの点において、エポック・メイキングな日となりました。まず最初の話題は、日銀です。

 この日を以て、白川方明さんは日銀総裁の職を退いたわけですが、最終日ということで、白川元総裁は自身の任期5年を総括する記者会見を行いました。そこにおいて白川さんは、最後まで霞ヶ関自民党による支配へのレジスタンスを行ったのです。

 安倍首相は、これまで何度となく、デフレは貨幣現象であり、マネーサプライによって克服可能なため、デフレの責任は日銀にある、ということを言い続けてきました。そのような安倍氏の物言いに対し、白川さんこの日、あらためて敢然と批判しました。

 記者から、デフレの原因について問われた白川さんは、「すべての経済現象を貨幣だけでは決められるものではない」と反論し、更にマネタリーベース(資金供給量)を増やせば物価が上がるとの主張に対しては、「過去の日本や近年の欧米をみると、マネタリーベースと物価のリンクは断ち切られている」と切り返したのです。

 加えて、自民党やリフレ派の唱える政策について、「市場を思い通りに動かす政策に危うさを感じる」と明言し、また「市場が望むことと、長い目で経済安定に望ましいことは必ずしも一致しない」と、短期的な利益や見かけ上の回復ばかりをせかすような期待に対し、これを強く戒めました。

 中央銀行の使命とは、金融システムの安定、及び物価の安定にあります。景気浮揚は、中央銀行の役目ではありません。これは、日銀法にも明確に定められていることです。安易にインフレ期待を高めるような政策を打つことは、中央銀行の使命に反することであり、物価目標というのも、長期に渡る持続的な経済発展のための目標であるべきものです。

 もっとも、言うまでもなく、物価が下落し続けるという状態は、物価が安定しているとは言えないのであり、この物価の下落は止めなくてはならず、その点において金融緩和の必要性があることは否めないのですが、しかしだからといって、必要以上の大規模な緩和政策によりインフレを達成することは、平均所得が下落し続けている日本の現状においては、明らかに実体経済を悪くします。それは、スタグフレーションの懸念を生じさせるからです。にも拘わらず、自民党政権やリフレ派の論者たちは、大規模な金融緩和によってインフレ率2%を達成することで日本経済は良くなるという幻想を振りまいています。しかしそれについては、白川総裁が言うように、「中央銀行は呪文を唱える組織ではない」のであって、景気浮揚は、個々の経済主体、つまり企業など個々のプレイヤーの努力によってなされる以外にないのです。

 これは以前僕が使った比喩ですが、フットボールの試合で、点が決まらないからといって、プレイヤーが審判やボールに文句を言ったところでなんにもならないのです。問題は、改革という名のシュートを先送りしてパス回しばかりしているプレイヤーにあるのであって、呪文を唱える暇があったら、少なくともドリブルで仕掛けるぐらいはすべきなのです。

 とにもかくにも、白川さんの任期というのは、まさに激動の連続でした。2008年の総裁就任以来、リーマンショック新興国のインフレ、原油高、東日本大震災、ユーロ危機・・・、など大事件の連続で、そんななか、よくぞ金融システムを安定させたと、拍手を送ってねぎらうのは当然のことと思います。

 一方、この日のもう1つの大きな出来事は、中国です。17日に全人代が閉幕し、18日から習近平新指導部による政治がスタートしたわけですが、明けて19日、アメリカのジャック・ルー財務長官が早速北京を訪れ、習国家主席と会談しました。

 この異例のスピード会談は、アメリカにとっていかに中国が大切な存在であるかを如実に物語るものです。国務長官ではなく、財務長官が訪中したというところに、アメリカの真意がはっきりと表れています。

 巨額の赤字を抱え、世界中のどこよりも財政が危ないアメリカにとって、中国はなくてはならない存在です。なにしろ、アメリカ国債を最も購入しているのは中国であり、中国に見放されたら、その時点でアメリカの国家財政は破綻します。ルー財務長官の訪中は、新しい指導部に対し、これまで同様に(あるいはこれまで以上に)アメリカ国債への投資をお願いするという以外のなにものでもありません。

 ちなみに、中国がアメリカ国債を買うことの一番の理由は、通貨政策にあります。世界の工場として、輸出主導で経済成長を果たしてきた中国にとって、人民元を安く抑えることは当然の政策であり、そのために、大量のドル買いを行い、そうして購入したドルをアメリカ国債に振り向けてきたのです。

 一方で、抜け目ない中国政府は、そうして積み重ねられた大量のアメリカ国債を、外交カードにも用いてきました。この中国の外交が、アメリカの世界支配に対する最大の緩和材料となり、アメリカが好き勝手に世界支配を進めることを抑制させてきたわけです。

 但し、新たに発足した新指導部は、これまでとは違い、輸出主導から内需拡大へと成長モデルを徐々に移行しようとしています。このことにアメリカが懸念を感じるのは当然であって、だからこそルー財務長官による北京詣でとなったわけです。

 その一方で、このような中国の内需拡大は、アメリカの輸出企業にとっては収益を向上させるチャンスでもあります。つまり、今後中国の内需が飛躍的に拡大するならば、そこにビジネスチャンスを見出し、中国市場において積極的に販路を広げていこうというものです。

 このように、単に中国とアメリカの関係1つをとっても、単純ではないのです。そんななか、何よりも確認しておくべきことは、経済から見れば、中国とアメリカは決して対立しておらず、とりわけ金融面において、中米両国は完全に持ちつ持たれつの相互依存状態にあるということです。

 そして、そうこうしている間にも、グローバル企業は様々に動いています。グローバルな人の移動の核にあるのは航空産業ですが、フランスのエアバスはこのほど、東南アジア最大の大国インドネシアの航空大手ライオン航空から、234機という驚くべき大量の受注に成功しました。これは、機数・金額ともに過去最大の案件です。

 中国に13億の人口がいるならば、東南アジアには7億の人口がいます。そして、東南アジア諸国は、いずれもかなりの高成長の只中にあり、そのなかでも2億4千万の人口規模を誇るインドネシアに対する世界の視線は熱くなる一方です。ここに対し、エアバスは234機という大量の受注に成功したわけです。

 一方で、ライヴァルであるアメリカのボーイングも負けてはいません。ボーイングとがっちり手を組む三菱重工が、ボーイングの大型機「777」の期待を製造するための新工場を広島に建設することを発表しました。言うまでもなく、この狙いは、拡大の一途をたどるアジアでの航空需要に対応するためのものです。

 更に、世界貿易における物流の要である海運業も注目です。東証1部では、ここに来て、海運株の上昇が凄まじい勢いで進んでいます。無論これは、4月以降本格的に始まるだろう、物流の活発化を睨んでの値動きです。そしてその中心にいるのは、当然ながら中国です。

 このように、世界経済はいよいよ流転の只中に船出しようとしているのであり、この先行きを見極めることなくして、日本経済の再生もあり得ないのです。