全人代閉幕! 中国の行政改革・人事・都市化政策などを検証する

 2週間近くに渡って開催された中国の全人代(全国人民代表会議)が閉幕しました。以前から申し上げていたように、今回の全人代には、中国国外から1000人以上のプレスが取材に訪れるというオリンピック並みの注目度だったわけですが、そこで正式に出てきた内容について、あらためて検証してみたいと思います。

 まず最初は、行政改革ですが、その最大のものは、なんといっても、鉄道部(鉄道省に相当)の解体です。中国の鉄道部というのは、人民解放軍の影響力が非常に強く、軍の利権の温床となっていたところです。鉄道事業というのは、インフラ整備の中核を成すものですので、軍はこの鉄道部を押さえていることで、莫大な利権を持ち、政治に対しても影響力を持ってきました。

 一方で、共産党指導部の側としては、インフラ事業は経済政策の最重要項目の1つである以上、これを自らが統括したいのはもちろんのこと、加えて、東シナ海南シナ海などで勝手な行動をとる軍の力を弱めたいという思惑もあり、水面下で盛んに攻防戦が展開されていました。そしてついに今回、この鉄道部を解体し、交通運輸部(交通運輸省に相当)に統合する運びとなったのです。

 そしてこれに合わせて、海洋部門の改革も行いました。海洋監視について、従来、海洋監視船は国家海洋局が、漁業監視船は農業省漁政局がそれぞれ所管していたのですが、今回、この海洋監視を国家海洋局に一元化することが決まりました。これも何より、軍の力を弱めるための改革です。

 2010年9月、尖閣諸島魚釣島)沖で漁船衝突事件がありましたが、あの漁船の行動の背景に、中国海軍があることは、上海出身の東海大学教授・葉千栄氏などの指摘により明らかです。というのも、中国海軍としては、周辺諸国と平和になってしまったら、予算が下りないのです。今年に入ってからのレーダー照射事件などもそうですが、南シナ海でのことも含めて、これら一連の中国海軍の行動のすべては、もっと軍に予算を付けろという共産党指導部に対するデモンストレーション以外のなにものでもありません。しかし、共産党指導部は、内政の困難についてナショナリズムを煽って市民に対しその困難から目を逸らさせようという意図はあっても、周辺諸国と物理的な緊張関係に突入することなどまったく意図してはおりません。

 世界一の経済大国に向けて突っ走る中国は、その時点において既に周辺諸国と軍事衝突をする気などまったくなく、加えて、国内に格差の拡大や環境汚染など課題が山積みである以上、軍事拡張などやっている場合ではないし、やる気もないのです。共産党指導部が最も恐れているのは、アメリカでもなければ人民解放軍でもなく、世界的にも類を見ないほど市民意識の高い中国の民衆であって、この民衆の要求する課題と、一方で強大な権限を持つ国有企業などとの間で、ギリギリの政策を行っているというのが共産党指導部なのです。

 もちろん、政治の内部では様々な権力闘争があるわけですが、しかしそんなことはアメリカだろうが日本だろうが、どこも同じであり、とりたてて中国の権力闘争を特別視することは間違いです。

 ともかく、このような状況のなかで、鉄道部の解体と、海洋監視の一元化を成しえたことは、一定の評価に値します。少なくとも、金融改革をやりますと言いながらまったく出来ていないアメリカや、電力改革(発送電分離など)をやりますと言いながらまったく出来ていない日本よりは、中国の方がよっぽどまともに行政改革を行っていると言えるでしょう。もちろん、だからといってこれで十分なわけではありませんが、それでも、中国において改革が前進していることは事実です。

 さて、次いで人事ですが、まず最初に明らかになったのは、中国人民銀行総裁の人事です。既に10年もの間総裁の任務に就いている周小川氏の留任が決まりました。周総裁は最近、不動産価格の高騰、そして何よりインフレへの懸念から金融を引き締めているのですが、これはやむを得ない措置と言えるでしょう。中国の物価高というのは、景気の改善に伴う自然な物価高だけではありません。QE3という大規模な緩和政策を行うアメリカのFRB、更に黒田新総裁のもので日銀も大胆な緩和を行うならば、その余剰マネーが世界の穀物市場などに流れ、そうして商品価格を押し上げて、中国のみならず新興国全体にインフレの芽を生むのではないかという懸念があります。

 周総裁は物価の安定を至上命題に据えて金融政策のかじ取りを行っているので、多少の引き締め策はやむを得ないところでしょう。この問題に関して、日米の両中央銀行が考えるべきことは、もしも自国の緩和政策により中国でインフレが起きて中国の消費が低迷するようなことがあったら、それは中国で稼ごうとする日米の小売り企業の収益を圧迫することに繋がりかねない、ということです。

 中国の実体経済も、輸出をはじめ種々の生産活動は今後飛躍的に伸びるでしょうが、一方で個人消費に関しては、インフレが加速するならばこの伸びは抑制されます。そうなると、結果的に日米両国企業にとってもダメージとなるのです。なので、日米両中央銀行は、自分たちの政策が中国の個人消費に与える影響まで鑑みて、金融政策を決定する必要があります。日中米の共存共栄、これこそを最大の課題として、政策を打つべきです。

 ちなみに、周総裁は、物価高を抑制するために引き締めを行いながら、一方で企業向けには預金準備率の引き下げなどを通じて緩和も行うなど、その手腕はなかなか卓抜としたものがあります。なので、長期的に見れば、中国人民銀行の政策が経済を冷やすことはないだろうと見ています。

 しかし、人事といえば、最も注目すべきは、当然ながら共産党指導部の方です。習近平国家主席李克強首相に関しては、既に去年の段階から決まっていたわけですが、問題は、国家副主席及び4人の副首相の顔ぶれでした。

 この点でマーケットが注目していたのが、李源朝、汪洋、馬凱の3人です。この3人は、いずれも改革派の政治家として知られ、以前から期待されていたものの、保守派の抵抗に逢い、マーケットが期待したようなポストに就くことが出来ていませんでした。しかし、今回はいよいよこの3人が共産党指導部の中核として活躍するようなポストに就くのではないか、という憶測があったのです。とはいえ、そこは内部に権力闘争もありますので、保守派の抵抗を押し切って彼らが表舞台に出て来られるのかは、実際に発表がなされるまでは解りませんでした。しかしふたを開けてみると、国家副主席に李源朝、4人の副首相のなかに、汪洋、馬凱の名前が連なる運びとなったのです。

 マーケットとしては、とりあえずは安堵です。もっとも、だからといって、これで実際に改革が実行されるという保証はないものの、とはいえ、それでも期待通り、彼らが副主席や副首相の座に就任したことはポジティヴなものであり、今後の成り行きに注目が集まります。

 最後に、この全人代の最終日に行われた李克強新首相の記者会見について触れたいと思います。この記者会見の席において李首相は、今後予定される中西部の開発と都市化について、これは人類史上かつてない規模のものになると発言しました。まったくもって、その通りです。これから中国が行おうとする中西部の開発と都市化は、冗談抜きで人類史上前例のない大規模なものになります。また、だから今後株価は本格的に上昇していくのですが、環境とどれだけ調和し、持続可能な開発ができるか、すべてはそこです。そして、ここにおいて、日本企業の果たす役割は極めて大きいものがあります。世界最大の都市化を行おうとする中国と、世界最強の技術力を持つ日本、これがどれだけ一体化できるか、そこが何より重要です。

 ちなみに、この都市化政策は、単に今年1年だけで終わるものではありません。今後数年かけて、物凄い規模で行われるものです。繰り返しますが、だからこそ、今後数年間に渡り、日中両国の株価は持続的に上がっていく期待があるのですが(もっとも株価上昇の期待の要因はそれだけではありませんけど)、このような次第である以上、日本の方でも、中国の経済を詳細にウオッチすることが、日本の産業にとっても最大の恩恵になるということを知るべきです。

 この都市化計画の詳細は、まだ具体的には発表されておらず、今年上半期をメドに発表される手筈となっています。そもそも、予算案自体が、まだなのです。全人代初日に発表されたものは、あくまでも予算草案に過ぎず、本予算の発表は、これからです。そして更に、6月までをメドに、都市化計画の具体案が発表されることになります。という訳で、今後数か月、中国の経済政策からは目が離せません。