株式市場から見た「アベノミクス」の正体について

 昨年11月半ば以降、日本株は急激に上昇を続けてきたわけですが、この相場展開について、以前僕は、主に3つに分けて考えるべきだと指摘しました。

   ①内需
   ②輸出
   ③その他
 
 その際、僕は、②の輸出に関しては、需要の増加はもちろん、為替の変動も含めてすべては完全に外部要因によるものであり、民主党政権が続いていようとも株価は上昇していたものであると再三に渡り申し上げてきました。また、③のその他というのは、これもその時々によって上昇したり下落したりするものであり、輸出と同様に政治とは基本的に関係ありません。

 という訳で、一般的にアベノミクス相場と呼ばれるものの実態は、ただ①のみであるというのが以前の指摘だったわけですが、ここに来て、実はこれも外部要因によるところが多々あるのではないかという状況になっています。

 電力という極めて特殊な例外を除くと、内需に関して、当初上昇が目立っていたのは銀行・不動産・建設・ゼネコンです。このうち建設・ゼネコンというのは、補正予算などで計上される公共事業のバラマキによるところが多く、最近この方面の株価上昇は特に目立つものではありません。その一方で、2月下旬から3月上旬にかけて、倉庫・鉄道株が俄かに急騰しています。いや、俄かにどころか、かなりの急騰です。また、銀行・不動産のペアも相変わらず好調だったのです。

 という訳で、内需系に関して言うと、銀行・不動産・倉庫・鉄道、これらこそは、2月下旬以降の株価上昇の最大の要因でした。

 倉庫・鉄道が何故上昇しているのかというのは、これははっきりしていまして、不動産価格上場に伴う含み益が期待されるからです。倉庫会社、鉄道会社ともに、大量の不動産を所有していますので、不動産市況が堅調であると、それに乗ってこれらの株価も上昇する傾向にあります。不動産市況の指標となる東証REIT指数は、2月下旬以降、益々絶好調であり、連日高値を更新しました。

 問題は、これはいったい何のか? ということであり、より具体的には、いったい誰が日本の不動産市況を押し上げているのか? ということです。実は、鉄道株に関しては、去年の前半から既に緩やかながらもずっと上昇基調だったのです。ただ、その主なところはJRであり、私鉄についてはそれほどでもありませんでした。ところが、2月下旬になって、私鉄の株価が突然猛烈に上昇し始めました。言うまでもなく、JR各社の株価上昇も一段と加速しました。それと併せて、倉庫株も急騰していったのです。

 もっとも、鉄道会社や倉庫会社の所有している不動産に対する需要が急速に増しているわけではありません。これは、あくまでも、東証REIT指数に代表される不動産市況の上場に乗ってのもので、本質はこの不動産市況そのものにあります。

 ところで、日本で鉄道株・倉庫株が急騰し始めたのと時を同じくして、中国では、政府が不動産価格上昇に歯止めをかけるため、不動産の投機的な売買に対する引き締め策を次々に行い出し、中国の不動産市況は下落の一途を辿りました。また、香港は、中国本土に先んじて、2月上旬から、不動産に対する引き締め策を行っています。言うまでもなく、このような株価の下落は良い下落なのですが、問題は、ここ最近、中国での不動産市況の下落と、日本での不動産市況の高騰が、完全にパラレルに進行しているということです。

 これは何なのか? 結論から言いますと、中国本土・香港などの人々が、自国の不動産への投資の代わりに、日本の不動産への投資を行っているという面が濃厚にあるということです。それが、両国の株価に反映しています。つまり、アベノミクスと呼ばれる日本の不動産市況の高騰を演出しているのは、チャイナ・マネーなのです。

 これに関して重要なのは、何も日本だけではありません。昨年から、アメリカでも住宅市場が改善傾向にあるのですが、アメリカの住宅を購入しているのも、同様に中国人です。

 このことをいち早く指摘したのは、東短リサーチ取締役である、金融アナリストの加藤出さんです。『南方週末』と言えば、中国本土の民主的なメディアの代表格ですが、昨年の年明けあたりから、中国人によるアメリカの住宅購入が活発化しているという記事が『南方週末』に掲載されたということを、加藤さんは、『週刊ダイヤモンド』のコラムで指摘しました。

 何故中国人がアメリカの住宅を購入するのか? 理由は簡単です。中国の都市部は住宅価格が非常に高騰していて、資産目的ではなかなか買えないのですが、一方でアメリカの住宅は、バブルの崩壊による反動で、明らかに実体よりも割安になっています、しかしかなり割安であるにも拘わらず、殆どのアメリカ人は自国の住宅を購入できない(なぜならバブル崩壊による金銭的なダメージが大きいために)、だからこれはお得だということで、中国人が上海や北京などの住宅を購入する代わりに、アメリカの住宅を購入しているのです。バブル崩壊により、住宅価格は大幅に下落しても、賃貸価格はそうではありません。割安なところで住宅を購入し、それをもとに賃貸ビジネスを行えば、儲かるのは当然なのです。

 同じことは日本にも言えます。日本のバブルが崩壊したのは既に20年以上も前のことですが、しかし20年経っても日本の住宅市場は元に戻っていないのです。これは、お金持ちの中国人からすると、非常に美味しいということになるのです。このような背景から、中国人による日本の住宅購入というのは、昨年からずっと続いていることです。そして昨年11月半ば以降、ここに円安が加わるのです。これは中国の富裕層からすれば、尚更美味しいということになって来ます。このことは、何も中国本土や香港などの人々に限ったことではなく、シンガポールの人々から見ても同様です。ただでさえ割安の日本の不動産が、円安により尚更割安になった、という訳で、今年に入って、中国をはじめとしたアジアの富裕層による日本の住宅購入は、更に加速しているのです。

 このような傾向のなかで、中国の新指導部や香港政府が、自国の不動産市場の投機的売買に対する防止策を行えば、チャイナ・マネーが益々日本の不動産市場に向かってくるだろうということは、容易に想像がつくわけです。そうなれば、日本において、この不動産関連の株価は上がるに決まっています。

 だからここに来て、日本やアメリカの不動産市況が好転しているのです。そしてこのことが、日米の株高の要因の1つになっています。

 という訳で、日本株の上昇に関して、輸出企業はもちろんのこと、実は不動産関連の内需銘柄に関しても、その株価上昇は、中国に負うところが大なのです。

 但し、日本の不動産市況が好転していることは、他にも理由があります。それは、消費税です。消費税が増税された場合、現状では当然住宅購入にまつわるコストも高くなります。しかし、消費税と言っても、不動産の場合はなにしろ元が高いので、この増税はバカになりません。誰だって、このような増税はイヤなのです。そこで出てくるのが、駆け込み需要です。今後、消費税増税を見据えた駆け込み需要が増えるだろうということは、不動産市場において既に常識となっています。これもまた、不動産関連の株を押し上げる要因の1つです。

 という訳で、輸出企業の株価上昇が自民党政権と何の関係もないものならば、中国・香港・シンガポールの人々による不動産購入も自民党政権と関係がある筈もなく、そして消費税増税もまた、民主党政権時代に決まったものである以上、これも自民党政権とは何も関係がないわけです。

 そうであるならば、どうなるか? 答えははっきりしていて、アベノミクス相場による株価上昇など、虚構であるということです。アベノミクス、そんなものは、存在しません。しかし、存在しなくても、固有名がついていれば、それは存在することになってしまうのです。これは、逆もまた真です。本当は存在しているものでも、固有名がない場合、それは存在しないことにされてしまいます。このようなことは、歴史上、いくらで見受けられるのです。

 また、アベノミクスが実体のない虚構であるということは、次のことからも明らかです。大手メディア・経済学者・金融アナリストなどの紋切型同盟は、アベノミクスにより日本がデフレから脱却するという期待から株価が上昇していると盛んに言っているわけですが、もしそうであるならば、小売り・サービス業の株価こそ、他のどの業種よりも上昇していなければおかしいのです。これらの業種こそは、長引くデフレを受けて泥沼の価格競争の落ち込み、収益が圧迫されているわけです。なので、もし本当にデフレからの脱却を期待して株価が上昇しているならば、他のどの業種よりも、この小売り・サービス業こそ、何より恩恵を受けるわけで、だからアベノミクスがデフレからの脱却を実現するならば、この業種こそ最も株価が上昇してこなければおかしいのです。

 しかし、実際はそうなっていません。昨秋以降の相場において、小売り・サービス業というのは、最も出遅れている業種なのです。これは即ち、マーケットは、小売り・サービス業の株は買うに値しないと判断しているということです。つまり、マーケットは、日本の小売り・サービス業の収益が良くなるとは思っていないのです。

 もっとも、小売り・サービス業のすべての企業の株価が出遅れているわけではありません。個別銘柄で見ると、花王ユニ・チャームピジョン、などのように、非常に株価が好調なところもあります。しかし、決算報告などを見ると解るのですが、これらの企業がどこで収益を上げているかというと、それは日本国内の市場ではなく、中国市場なのです。つまり、小売り・サービス業にしても、頼みは中国なのです。

 そしてこれについても、事情は日米ともに同様です。アメリカの小売り最大手と言えばウォルマートですが、ウォルマートアメリカ国内の売上は良くないのです。その一方で株価は上昇しているのですが、これは中国市場でドンドン店舗展開をしていることにあるのです。

 という訳で、日本もアメリカも、段々似て来ているわけです。いずれも平均所得が下落し続けているので、これでは国内は駄目だ、だから成長著しく市場規模も巨大な中国で収益を上げるしかない・・・、これは日米の小売り・サービス業に共通していることと言えます。

 ともかく、このような次第である以上、日本株に関して、実際は、安倍政権などに関係なく株価は上昇しているのです。安倍政権がやった経済政策というのは、公共事業と企業向け減税のバラマキであり、それ以外は、基本的には何もやっていないのです。そして、このような公共事業と企業向け減税のバラマキというのは、以前から自民党政権がやっていたことであり、なんら目新しいものではありません。そうである以上、アベノミクスなどというものは、存在しないのです。

 存在しないものを、あたかも存在するかのような気にさせるのは、幻想以外のなにものでもなく、よってアベノミクスなどという名前は使うべきではありません。

 日本株上昇の最大の原因は、外需はもちろんのこと、内需さえも中国に負うところがかなりあるのです。そしてこのことは、連日で史上最高値を更新してきたアメリカ株の上昇についても同様です。

 だから、よく言われる、前日のニューヨークの株価上昇を受けて今日の日本株も上昇した、などということは、中国の影響を受けて日本株が上昇した、ということなのです。