やるべき経済改革を、少しずつでも着実に実行しつつある中国とヨーロッパ

 昨日の日経平均株価は前日の終値からプラス0・40%上昇し、1万11652円で取引を終えました。ちなみに、売買代金は2兆0810億円です。

 ただ、上昇した株価ですが、これは実質的には値下がりなのです。昨日は午前中、国会において、政府が日銀次期総裁として提示したアジア開発銀行の黒田氏の所信が行われました。上昇分は、つまるところそれです。ただ、発言の内容自体は事前に予想されたところから大きく外れるものではありません。

 では、実質的に下落とはどういうことかと言いますと、それは、朝の寄り付きこそ上昇していた株価が、10時頃を境に一転して下落に転じ、その後はほぼひたすら下落し続けたからです。この10時頃(日本時間)に何があったかというと、それは、中国の株式市場で取引が開く時間なのです。

 昨日の上海市場は、寄り付きまでのプレ・トレーディングの時点から既に株価が下落していまして、更に寄り付き後に下落が加速し、結局終値では「−3・64%」という大幅な下落となりました。上海総合のこの下落幅は2011年8月以来という大きなものであり、そしてこの上海市場の大幅下落を受けて、昨日のアジア市場が全面安となったのです。日経平均も、ここ数年、最も深く連動している外国の株価指数は上海総合指数でして、日経平均と上海総合は、兄弟のように動く傾向があります。かつてとは違い、日本株は、アメリカ株・ヨーロッパ株とはもはやそれほど連動しておらず、中国株との連動性が非常に高いのです。なので、この上海市場の大幅下落は、そのまま日本株の下落に繋がるのです。

 但し、昨日の上海市場の下落自体は、既に事前に十分予想できたことであり、昨日の上海の下落は当然なのです。しかも、この下落は、良い下落です。昨日上海総合が大幅下落した要因は、主に2つあります。

 まず1つ目ですが、先週末に中国政府は、投機的な不動産売買の取り締まり策について、具体案を正式に発表したのです。既にそれ以前から、不動産規制について盛んに動いていた習近平氏ですが、その具体策がついに正式に発表となったのです。これで、不動産株が、更には金融株が、まず大幅に下がります。

 2つ目は、中国人民銀行の金融政策にあります。日米など主要先進国が、金融緩和の継続や拡大へと進むなか、先週、中国人民銀行は、逆に金融引き締めを行ったのです。

 政府の政策と、中央銀行中国人民銀行)の政策は、当然ながらセットです。その意図は明らかで、投機的売買による不動産価格の高騰は絶対に防ぐ、間違っても不動産バブルは起こさない、という姿勢です。これは、政策当局としては、当然やるべきことです。

 中国の不動産市場は、昨秋以降景気が好転してからというもの、過熱感が高まっています。それは当然ながら、高成長に基づく実需に根差したものであるわけですが、とはいえ、放っておいたらいつかバブルになってしまうかもしれないものであることも事実です。既に市民の間では、高騰する一方の不動産に対する不満は募っており、なのでこれから正式に発足する新指導部としても、政権運営を安定させるうえでは、不動産価格高騰を抑制することは急務です。

 以前にも申し上げたように、中国の人々は非常に市民意識が高く、政府や企業に対しても盛んに抗議運動を行い、自らの要求を強く主張します。という訳で、たとえ不況であろうと、企業がどんなに苦境に陥ろうと、政府の側が毎年必ず最低賃金を20%上昇させ、そうして市民の平均所得が毎年15%上昇し続けているのは、このような市民意識の高さを反映したものであり、政府や企業に対して、中国市民が勝ち取ってきたものであるのです。

 これも以前申し上げたように、中国政府は、アメリカなどまったく恐れてはおりません。中国政府が最も恐れているのは、中国の市民です。中国政府にとって、市民はとてもおっかないので、だから有力業界団体の利益を削ってでも、改革を行うのです。一党独裁だからといって民主主義が機能していないとは必ずしも言えないのであり、経済政策に限っていうならば、有力業界団体の利益ばかり重視する日本やアメリカよりも、間違いなく中国の方が民主主義は機能しています。

 という訳で、昨日の中国株の大幅下落は、非常に良い下落なのです。ちなみに、この下落には、他にも理由があります。それは何かと言うと、いよいよ全人代の開始ですので、この期間中に打ち出される政策や、予算案などを受けて、今後は株価の持続的な上昇が期待されています。その上昇相場に備えるためにも、一旦利益を確定する売りを出してポートフォリオを整理しておきたいというのは、投資家ならば誰でも考えることです。昨日の中国株の大幅下落には、このような意味合いもあるのです。

 但し、投資家心理としては、この下落には、先週金曜に発動が決まった、アメリカでの歳出の強制削減の影響もそれなりにあるのではないか、ということは気になるところです。なにしろ、金曜は、北米・中南米の市場がすべて閉まった後で歳出の強制削減の発動が決まったため、最初に影響が出るのは、アジア・太平洋市場であるからです。そして昨日は、アジア・太平洋市場は、全面安となりました。この真偽は、日本時間の夕方に取引が開くヨーロッパ市場を見れば、解ります。

 昨日は、フランス・ドイツともに、下落して始まりました。しかし、その後はジワジワと下落幅を縮小し、フランスは、午後になると株価は上昇に転じました。ドイツは上昇とまでは行きませんが、それでも現地時間での取引開始からは大幅に持ち直して取引を終えたのです。そして、肝心のアメリカですが、こちらも取引開始時は下落して始まったものの、しかしすぐに上昇に転じ、フランス同様、プラスで取引を終えました。

 そして、今日になると、アジア・太平洋市場でも、小幅ながら、株価は全面高となっています。

 という訳で、アメリカでの歳出削減の強制発動が世界経済に与える影響というのは、当初予想されたように、いまのところは極めて限定的です。給料が支払われないアメリカの公務員にとってはたまったものではないわけですが、しかしこの問題が世界経済に与える実情というのは、このような次第なのです。

 既に世界の関心は、全人代に向かっています。事前の発表によると、全人代を取材に訪れる外国プレスの数は、実に1000人以上にのぼるそうです。という訳で、中国の全人代に対する世界的な関心の高さは、もはやオリンピック並みのレベルに達しています。

 ところで、中国政府がやるべき改革を行うなら、ヨーロッパも同様です。先週末、EUが、金融規制のうち、重要なものの1つである銀行員の報酬規制でついに合意しました。これにより、銀行員が高額のボーナスを求めてリスクの高い取引を行うことを抑制するのが狙いです。金融危機の発生から数年が経ってようやくか、というところではありますけど、とはいえ、これは当然やるべき正しい改革です。

 そして、このEUの発表を受けて、昨日は、スイスも同様に、銀行の報酬規制を発表しました。

 という訳で、中国も、ヨーロッパも、少しずつではあるにせよ、やるべき改革を着実に実行しています。こういうことをやると、一時的には株価にマイナスであっても、しかし長い目で見れば、このような改革は株式市場にとってはもちろん、実体経済にとってもプラスであることは、誰の目にも明らかです。