ここまでの円安は、世界的な需給関係の変化と、それに乗るかたちでの投機筋の円売りによるものである

 先週の東京市場は、中国の春節とG20があるため、ひたすら様子見ムードに終始したわけですが、週明け初日の昨日の日経平均株価は、金曜の終値からプラス2・09%上昇し、1万1407円で取引を終えました。このように、昨日東京市場で株価が上がることは、あらかじめ予想できたことです。それは何より、投機筋が円を売りたくて売りたくて仕方ないところを、G20が終わるまで待っていたことが歴然としているからです。

 既に日曜深夜の時点で円はかなり下落しており、それに併せて、シカゴ・マーカンタイル取引所での日本株も急騰していました。なので、この株価上昇は、完全に予想の範疇です。

 ところで、そのG20ですが、これも予想通りというか、内容らしい内容は殆ど出ないまま終了したかたちです。大手メディア・経済学者・金融アナリストの間では、昨秋以降急激に進んだ円安について、共同声明で何か言及がされるのではないか、日本が為替操作国とか、通貨安競争を仕掛けていると名指しされるのではないか、という憶測があったわけですが、そのようなこともありませんでした。

 しかし、これはそもそも当たり前です。というのも、自民党政権が円安に誘導したいと思っていることは世界的にも周知のことですが、一方で、たとえ政治が円安に誘導したいと思っても、実際のところ、通貨というのは、政治の範疇ではありません。通貨政策というのは、あくまでも中央銀行が司るものです。そして白川総裁のもとでの日銀は、今年に入って、一度も追加の金融緩和は行っていないのです。数年前から日銀は、時限を切っての包括緩和という政策を実行中で、これにより国債など資産買い入れ基金の設定をしているわけですが、今年の1月の会合でも、2月の会合でも、共に、資産買い入れの規模について、日銀は1円たりとも積み増していないのです。つまり日銀は、現状では、追加の金融緩和など、まったくやっていないのです。

 一方で、先月設定した2%の物価目標にしても、これは日銀の緩和政策によって2%の物価上昇を達成するためのものではなく、原油高や信用バブルなどのリスクに備え、中長期的な物価安定の目安として設定したものであり、そのために日銀は、アンカーとしての役割を果たすのだ、ということを、白川総裁は繰り返し説明しています。白川総裁は世界的には極めて評価が高く、FRBに対してさえ堂々と批判する姿勢も相俟って、広く信頼されています。なので、白川総裁のこの説明は、当然ながらG20参加各国に対して、一定の効力を持つものです。

 そうである以上、G20の席上において、日本を名指しで批判するなど、あり得るわけがないのです。言うまでもなく、白川総裁の後を継ぐ次期総裁が、大規模な金融緩和を打ってくる可能性はかなりあるわけですが、しかし次期総裁は、まだ決まっていません。誰が職務に就くのかさえ解らないことについて、批判など出来るものではないのです。という訳で、現状において、日本は白川総裁のもと、依然として抑制的な金融政策を取っており、一方で次期総裁は誰になるかまだ解らない以上、G20という公式な場において日本が名指しで批判されるなどということは、起きる筈がないのです。

 これについては、他にも理由があります。実のところ、どこよりも大規模な金融緩和を行って、通貨安へと誘導しているところは、何よりもアメリカです。アメリカのFRBは、昨年9月にQE3という大規模な緩和政策を新たにスタートさせ、更に12月には、QE3・5とも呼ばれるものまで実施し、かつてない規模で物凄い金融緩和を行っています。そしてまた、アメリカと共に世界の通貨政策において強大な権限を持っているIMFですが、IMFのラガルド専務理事は、様々なインタビューや講演において、先進国に必要なのは金融緩和であると繰り返し述べています。

 つまり、アメリカとIMFという2大勢力が、揃って金融緩和を積極的に推進しているわけです。そうである以上、日本を名指しで批判するなど、あり得るわけがないのです。

 という訳で、G20において、円安が素通りされることは、既に事前の段階で完璧に読めていました。しかしそれでも、こういう大きなイベントがある場合、投機筋は様子を見るのが通例です。過去2年間も、南欧債務危機をどうにかするべく、ユーロ圏財務省会議や、EU首脳会議などが予定されている場合、その度に、ヘッジファンドが様子見をしてきました。ギリシャ支援は先送りされ何も決まらないだろう、ユーロ共同債もドイツが反対して先送りされ何も決まらないだろう、スペインに関しても・・・、など、先送りされることがはっきりしている場合も、ヘッジファンドは必ず様子見をするのです。しかし、これは当たり前の話で、投機的な売買を上手く遂行するためには、市場における自分たちの力を実力以上に低く見せ、一方で政治の役割を実力以上に大きく見せることは、不可欠です。だから彼らは、大きな政治イベントがある場合、必ずその直前は様子見を決め込みます。

 さて、そうしてG20も終了し、円安・株高になったわけですが、しかしそれでも尚、依然としてヘッジファンドは様子見をしています。昨日の東証1部の売買代金は、1兆8414億円で、今月に入って以降では、はじめて2兆円を割り込みました。といっても、東証の歴史を紐解けば、この金額も十分に超弩級の大金なのですが、とはいえ、2兆円越えが当たり前だった最近の状況から振り返れば、明らかに少ないです。この理由については、3つ考えられます。まずは、今晩、アメリカ市場が、お休みだということです。アメリカ市場がお休みになる場合、日本市場でも取引の金額が少なくなるというのは、以前からよくあることなのです。先月も、キング牧師の生誕日による祝日でアメリカ市場が休みのときは、日本株に投入される金額も減りました。こういうことは、どんなに売買が活況になろうとも、変わるものではないのです。

 もう1つは、G20以上のビッグイベントが、3月の上旬に控えているからです。3月5日、いまからおよそ2週間後に、中国で全人代が開催され、そこで習近平・李国強をツートップとする新指導部が正式に発足します。既に貿易総額においてアメリカを抜いて世界一になった中国の新政権発足は、政治が経済に与える世界最大のイベントです。ここで具体的にどういう政策がどのくらいの予算規模で出てくるのかによって、日本株への投資も、どの業種、どの企業により多く資金配分をするかということが変わってきます。

 中国について、中西部の開発と都市化というのがメインとして出てくるというのは、既に既定事実となっているものの、とはいえ、その具体的な内容や規模はまったく明らかになっていません。更に、中西部の開発と都市化以外に、何か重要なことが打ち出さるのかどうかも、これまた現段階では解りません。

 そして3つ目は、日銀の次期総裁人事です。この人事も、2月下旬に人選が行われ、その後各党との折衝がなされた後、3月上旬に決まると見込まれています。

 という訳で、何も決まらないことがはっきりしていたG20と違い、中国の全人代も日銀の次期総裁人事も、明らかに何かが決まることがはっきりしている以上、もう暫く様子見ムードが続くことは否定できません。

 こういったことは、昨日の取引にも表れていました。昨日は、円安がかなり進んだにも拘わらず、自動車の株があまり上昇しなかったのです。為替感応度が最も高いと言われるマツダに至っては、株価下落しています。しかしこれも、昨日午後3時の取引終了後の円の動向を見ると納得がいくわけで、昨日は夜中から朝方にかけて、また円高に振れているのです。

 円相場はここ最近、93円を境に、上がったり下がったりを繰り返しています。このような状況は暫く続くかもしれません。それもひとえに、様子見です。とはいえ、投機筋としてはそれでも短期売買による利益は出したので、細かいところで色々やっているという感じです。

 ちなみに、昨日株価の上昇が最も目立ったのは、銀行と不動産のペアです。昨日、この2つの業種は、明らかにセットで買われました。そしてまた、昨日は、パルプ・紙もかなり株価が上昇しています。このあたりは、先週後半に結構調整的に売られたところですが、そういったあたりが割と積極的に買われたのが昨日の相場でした。なお、昨日は33業種のすべてが上昇しています。こういうかたちで全業種が上昇するというのは、いかにも予定調和的な感じです。

 ところで、G20が終わったことを受けて、ここまでの円安の主な要因について、あらためて確認しておきたいと思います。既に何度も申し上げてきたように、日銀の金融政策は、民主党政権時代と基本的にはまったく変わっていません。そしてまた、円安が始まったのが、9月終わりの国慶節による中国の大型連休中であるということも、再三に渡り指摘してきました。この流れがより鮮明になったのが、11月の半ばであり、ここから現在に至る世界同時株高が始まったのですが、これは、2年前南欧債務危機と中国の景気失速を受けて世界同時不況になり、円に対する過度な資金流入と世界的な株安になったわけですが、昨秋以降これらの状況が是正され、円に流れてきた資金が元に戻っているというのが根底にあります。

 ユーロに関しては、ヘッジファンドによる南欧諸国資産購入を受けて、南欧債務危機は相当に落ち着きを見せ、それにより、ユーロが急速に買い戻されてきました。そして何より、世界貿易の主役である中国経済が上昇してきたことを受けて、それまで円に逃避していた資金が、世界各国の株や通貨などへと移動し始めました。

 こうして、円を売ってユーロを買い戻す、あるいは、円を売って新興国通貨を買い戻す、併せて債権から株やデリバティブなどへの資金移動が起きたわけですが、このように円が売られれば、円ドル相場においては、自動的に円安ドル高になるわけです。

 そうであればこそ、投機筋は、円ドルに関して、円売りドル買いのオペレーションを行うわけです。つまり、円からユーロへ、円から新興国の資産へ、という需給バランスの変化がまずあって、それを受けて自動的に円安ドル高になることが事前に予想できる以上、だから彼らヘッジファンドは、シカゴ市場での通貨先物取引において、円売りドル買いのポジションを取るのです。

 これが、円安の背景です。