日銀白川総裁 V.S 自民党 安倍首相は昨日2月7日の国会答弁において日銀との共同声明をさっそく反故にした

 昨日、国会においては、決して見逃すことのできない重要な発言がありました。それは、政府は日銀との連携のもとでデフレ脱却に最大限力を尽くすという政府の約束をいきなり廃棄し、日銀との共同声明を実質反故にするようなことです。しかし、そのことについて論じる前に、まずは昨日の取引の内容から見ていきます。

 昨日の日経平均株価は、前日の終値からマイナス0・93%下落し、1万1357円で取引を終えました。また、為替も、円高へと触れました。しかし、このこと自体は当然というものです。それはもちろん、一昨日の株高・円安があまりに異常であったということです。一昨日の相場は、ひとえに白川総裁の前倒し辞任表明によるものですが、とはいえ、白川総裁の辞任が早まるにしても、3月19日までは白川総裁のもと、現行の委員によって金融政策は決定されるのであり、それまでの間、金融政策の方針について大きな変更があることはまずありえないのです。一昨日の円安・株高は、明らかに情緒的なものです。それがヘッジファンドの焦りによるものだということは、岡村さんの指摘を下敷きに、前日のレポートで分析した通りです。

 なので、昨日の相場で、円高・株安になるのは、当然です。ただ、これはあまりに行き過ぎた相場展開の調整であるに過ぎず、円安・株高という全体の趨勢が変わるものではありません。

 さて、昨日の売買代金ですが、昨日も相変わらず大量の資金が投入され、その額は実に2兆7716億円にのぼります。ただ、もっと異常なのは売買高で、昨日の売買は、なんと歴代2位という水準でした。そして、昨日の取引は、まさにこの売買高上位10銘柄に集約されていたといっても過言ではありません。

 以下は、昨日の売買高の上位10銘柄です。

    1マツダ
    2みずほFG
    3三菱UFJ
    4川崎汽船
    5パナソニック
    6あおぞら銀行
    7野村証券
    8ソニー
    9アジア投資
   10板硝子

 まず、1位のマツダと2位のみずほですが、実は昨日売買された株のうち、この2つの銘柄だけで、全体の26%に及ぶのです。つまり、東証1部およそ1700銘柄のうち、このマツダとみずほのたった2つだけで、実に4分の1にのぼるわけです。

 この両者は、およそ正反対の銘柄です。まずみずほですが、ここは先日、経産省の有力官僚が天下ったところであり、一部の論者から経産省天下り先をつくるためのものと批判されている例の官民ファンド構想と併せて、不穏な匂いが付きまとっています。

 一方のマツダですが、ここは日本の大手自動車メーカーのなかでは、最も為替感応度が高いと言われています。どういうことかといいますと、円安というのは、外国に多くの生産拠点を置いているところほどその影響は低く、日本国内の生産比率が高いほど、為替の恩恵を受けやすいわけです。マツダというのは国内の生産比率が非常に高く、それだけ国内で多くの雇用を生み出している企業です。これが、為替感応度が高いということです。そのような企業が、円安を背景に収益を高めるというのは、国内雇用の増加と収益の双方から日本経済に貢献できるわけです。マツダの株価上昇のスピードはとてつもないものがあります。マツダの株価は、昨年11月半ば以降、実に300%以上上昇しているのです。これは桁が1つ間違っているわけではありません。マツダ株は、たった3ヶ月弱で、本当に3倍以上に値が上がっているのです。

 なお、マツダに次いで国内生産比率が高いところは、富士重工(スバル)です。ちなみに、昨年は南欧債務危機を受けて世界経済全体が低迷したため、日本の大手自動車メーカーも株価は非常に低調だったのですが、そんななか、日本の大手自動車メーカー8社のなかで、富士重工の株価は好調で、ここだけは昨年も常に右肩上がりで株価が上昇していたのです。そして今また、マツダが物凄い勢いで株価が上昇中です。富士重工は外国にスバリストと呼ばれる熱心なファンを抱えており、リーマンショックによるアメリカの経済が沈没した後も、毎年着実に北米での売上を伸ばしていたという驚異的な会社で、一方のマツダは、ヨーロッパにおけるエコカーの主流であるディーゼル車で高い技術力を持っています。

 つまり、自動車メーカーに関しては、円高だから生産をアジアの新興国に移転する、あるいは人件費の問題で生産をアジアの新興国に移転するところより、あくまで国内生産に拘ってきた富士重工マツダの方が収益・株価ともに好調であるというのは、日本経済に対する強烈なイロニーです。

 一方、昨日売買高5位のパナソニックですが、これは悪い株高の典型です。膨大な赤字を大規模な人員削減などで乗り切り、かろうじて黒字に戻したパナソニックは、昨日も新たに資産の売却を発表しました。しかし、工場その他の資産を売却すればするほど、しわ寄せは下請けの中小企業に押し寄せます。パナソニックには、富士重工マツダのように、まさにこの企業の品だからこそ買うんだ! と消費者が思うような製品を出すことで収益の改善をして欲しいものですが、現状はそのような期待に反する方向へと向かっています。

 さて、順番が逆になりましたが、売買高4位の川崎汽船です。一昨日業種別騰落率のランクでダントツの1位となった海運は、その反動で売られることなく、昨日も着実に株価が上昇しました。昨日、東証1部の海運メーカーで、株価が下落したのは日本郵船だけであり、他はすべて株価が上昇しています。そして、その日本郵船にしても、株価の下落は僅か1円に過ぎませんので、そのことを思えば、昨日も海運株は依然として好調であると言えます。というより、この業種の場合、中国経済が低迷しない限り、今後何年にも渡って、持続的に株価が上昇していくと思われます。そして、中国経済が低迷するような見込みは、いまのところ全くありません。そもそも、この海運株が下落するようだと、自動車・タイヤ・鉄鋼・機械など、世界景気の動向に敏感な他のすべての業種が下落します。しかし、その兆候はいまのところ全くないのです。それは第一に中国政府の経済政策の巧さであり、第二に、懸案の南欧諸国の国債を買い支えているのがヘッジファンドで、そしてそのヘッジファンドが、これらの日本の敏感株にも大量の投資をしているからです。

 そして最後に、売買高8位のアジア投資です。実は、昨日は、全銘柄中、このアジア投資の上昇率が1位でした。このアジア投資は、昨日だけで、41・67%も株価が上昇したのです。で、ここはいったい何の会社かと言いますと、ベンチャーキャピタルです。ベンチャーキャピタルとは、いわゆる起業家などへの投資を専門とする金融機関であり、そしてアジア投資は、日本のベンチャーキャピタルのなかでは最大のところです。また、「アジア投資」という名前からも察せられるように、中国との関係も密接なものがあり、最近は再生可能エネルギーをめぐる日中の連携プロジェクトへの投資なども盛んです。
    
 という訳で、昨日の売買高上位10銘柄に関しては、日本経済にとってのプラスの株高と、マイナスの株高が、はっきり分かれるような状況になりました。みずほ、パナソニック、そして欧米のヘッジファンドと結託して日経平均の指数を裏で操っている野村証券などは悪い株高であり、一方マツダ、アジア投資は良い株高です。それと川崎汽船ですが、これは貿易の要である海運ですので、ここの株高は良いとか悪いとかではなく、事実として、経済においてこのような業種は必要不可欠のものです。

 さて、ここからは、冒頭に挙げました、昨日の国会答弁における安倍首相の発言について論じていきます。昨日、安倍首相はまず、次のような発言をしました。

 「デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられる」。

 これは、大問題です。これがどういうことかと言いますと、物価とは貨幣の供給量で決まるというものです。つまり、中央銀行(日銀)がマネーを大量に供給した場合、経済状況は変わらないままマネーだけが増えるので、マネーの価値は商品に対して相対的に低くなります(だから、円の価値も下落し、円安にもなるわけですが)、マネーの価値が商品に対して相対的に低くなるということは、即ち、商品の価値がマネーに対して相対的に上昇することを意味します。つまり、物価が上がるわけです。これが、「デフレは貨幣現象であり、金融政策で変えられる」ということの論理です。いわゆるリフレ派と呼ばれる人々が唱える論理です。

 しかし、このように、マネーの過剰供給だけで物価が上がっても、企業収益が改善されなければ、賃金は上がりません。すると、物価は上がるけれども賃金は上がらずかえって不況は深まってしまうという、スタグフレーションの状況に陥ります。昨今のアメリカの状況が、このようなスタグフレーションの典型です。また、このようなかたちで物価だけが上がると、それに合わせて、金利まで上昇してしまいます。住宅ローンの金利も上がる、更に国債金利も上がる、するとどうなるか? ここで思い出すべきは、先月の金融政策決定会合の後の記者会見で、白川総裁が述べた言葉です。白川総裁は、次のようなことを仰っています。

 「自分の給料が増えていく、雇用が増えていく、あるいは自分の勤めている会社、あるいは自分の経営している会社の収益が改善していく、そういう状態を国民は望んでいるわけでありまして、物価だけが上がっていくのではないかという予想が高まってきた場合に、長期金利だけが上がってくると、これは財政に影響する、そうすると国家財政にとっても悪影響がありますし、それから国債を大量に保有している金融機関にとっても悪影響が出てくるということであります、物価の安定を通して国民経済の健全な発展に資する、つまり持続的な成長をするために合うシステムの安定ということを意識して・・・」。

 この発言は、先程の安倍首相の論理とは、真っ向から対立するものです。白川総裁が何よりも危惧しているのは、大規模な金融緩和が1人歩きして、物価だけが上がって給料や企業収益は置き去りになり、そして物価の上昇がやがて国債長期金利を上昇させることです。白川総裁は、このことを以前から何度も語っています。

 また、昨日安倍首相は、国会答弁において、民主党の前川氏が人口減少とデフレの関係について発言した後、次のように答えました。

 「人口減少とデフレは、切り離して考えるべきものであります。人口が減少しているところは日本以外にもあるものの、デフレになっているのは日本だけです」。

 しかし、この論理もまた、白川総裁が以前から仰っていることと、真っ向から対立するものです。白川総裁は、以前から、日本の成長力低下の最大の要因は人口減少にあり、これを解消するべく、女性と高齢者の就労が促進し、労働人口の減少を補うよう、政治に対して強く要請してきたのです。このことは、昨年秋に東京で開催されたIMF・世銀年次総会の場においても語っていることです。そしてまた、先月の日銀金融政策の発表を受けて、追加資料として公表されたものにも、次のようなくだりがあります。

 「1990年代以降、少子高齢化に伴い生産年齢人口が減少するもとで人口一人当たり潜在成長率が大きく低下したことは、人々の成長期待の低下を通じて、中長期の予想物価上昇率に対する低下圧力として作用してきた。この点、海外主要国では、人口一人当たり潜在成長率と中長期の予想物価上昇率の間に相関は認められない(図表13)。このことは、日本の緩やかな物価下落は少子高齢化が直接的な原因なのではなく、少子高齢化に対応した新たな経済構造へと転換するスピードの遅さや、ひとたび成長力が低下した際にそれが賃金の引き下げや価格競争に直結しやすいわが国の企業行動等によって、緩やかな物価下落が生じやすい状況が続いてきたことを示唆している」。

 要するに、少子化・高齢化に関しては、このような事態に対しての対応の面で、日本は他の諸外国が行ってきたような対策をろくに行うことなく、改革を先送りにしてきたことが最大の問題であり、またそのことが、企業間の価格競争を促進し、それにより賃金が減る一方で、結果的に物価も下落してきたと言っているのです。これは、歴代の政府、及び経団連に対する批判以外のなにものでもありません。そして、この資料では、更に次のように続きます。

 「少子高齢化という人口動態そのものを、短期間に大きく変えることは難しい。したがって、成長力の強化を図るうえで重要なことは、第1に、女性や高齢者などの労働参加が高まる環境を整備することである。第2に、労働者一人当たりが生み出す付加価値を高めるため、新たなビジネスモデルの展開を含む広い意味でのイノベーションが実現しやすい経済の仕組みを構築していくことである。これらの取り組みを加速することにより、労働力人口や家計所得の底上げを伴いながら、価格競争から新たな財・サービスを生み出す競争へと企業の中心戦略が変化していけば、実際に経済活動が活発化する中で、企業や家計の中長期的な成長期待が高まるとともに、緩和的な金融環境の活用の動きも拡がっていくと考えられる」。

 「この点、競争力と成長力の強化に向けて、政府に期待される役割も大きい。すなわち、競争力と成長力の強化は、基本的には、新たなビジネスの創造と拡大に向けた企業や金融機関のチャレンジが積み重って実現していくと考えられるが、民間部門がチャレンジ精神を発揮しやすい環境を規制・制度改革などを通じて整備することは、政府の重要な役割である」。

 ちなみに、先月の金融政策決定会合には、政府からも、次のメンバーが参加していました。

   1月21日
   佐藤 慎一 財務省大臣官房総括審議官(14:00〜16:52)
   松山 健士 内閣府審議官(14:00〜16:52)
    1月22日
   山口 俊一 財務副大臣(7:59〜12:14、12:32〜12:42)
   西村 康稔 内閣府副大臣(7:59〜10:49)
   甘利 明 経済財政政策担当大臣(10:55〜12:14、12:32〜12:42)

 そうである以上、先月日銀が発表した金融政策、及びそれに関する資料は、政府高官のメンバーも合意のもとに決定され、また作成されたものです。そして、これらの資料をもとにして、政府と日銀によるデフレ脱却の共同声明もなされたのです。

 しかし、先程の安倍首相の2つの発言は、この共同声明を、露骨に反故にするものと言えます。こんなことが許されていいわけがありません。政府は、日銀と連携してデフレ脱却に全力を注ぐと、共同声明で明言しているのです。そうである以上、民主主義の原則に則り、共同声明で明言したこと速やかに実行に移すよう強く要求する次第です。