着実に経済改革が進む中国、時代に逆行する日本、そして「ニーチェと悪循環」的なヘッジファンド

 昨日の日経平均株価は、前日の終値からプラス3・77%という驚異的な上昇を見せ、1万1463円で取引を終えました。また、円相場も大きな変化があり、前日夕方の時点では対ドルで92円10銭ほどだったものが、一時は94円台まで行ったほどです。この急激な円安に関して、その最大の要因が、白川総裁が表明した前倒しでの総裁辞任にあることは言うまでもありません。

 一方で、乱高下の激しい日本株とは対照的に、堅実に上昇を続けるのが中国株です。日経平均株価の場合、激しく乱高下を繰り返しながら上昇しているのが現状ですが、それに対して、上海総合指数は堅調です。上海市場は小幅ながら昨日も上昇しまして、これで上海総合指数は実に8日連続の上昇、いわゆる8日続伸となりました。

 この中国株の続伸について、CSのアジア株専門番組「ASIAエクスプレス」では、東海東京リサーチの胡細連さんの電話リポートがあったのですが、そのなかで胡さんは、「所得分配制度改革案が承認されたことが大きいです、当初は3月の全人代で承認されるものと思っていたものが、旧正月前に発表されたので、個人消費の促進効果が期待され、株式市場にとっても明るい材料となっている」ということです。

 この所得分配制度の内容ですが、日経新聞電子版によると次のようなものです。

 「中国国務院(政府)は所得分配改革を推進するための基本方針をまとめ政府各部門や地方政府に実行を指示した。高額所得者や保有不動産への課税を強化する方針を明記。庶民の不満の温床となっている所得格差の縮小をめざす。

 基本方針では税や社会保障など制度改革を通じて「高すぎる収入を調整し、低所得層の収入を引き上げる」と強調。所得捕捉が難しい高所得層への課税の徹底、日本の固定資産税にあたる不動産税の試行地域(現在は上海、重慶両市のみ)の拡大を明示した。遺産税(相続税に相当)の導入も将来の課題に掲げ、低所得層への所得移転を促す。

 国有企業幹部の報酬管理も強化する。政府が任命した国有企業幹部の報酬に上限を導入し、幹部の報酬の増加率が一般従業員の給与の増加率を上回らないようにする方針を打ち出した。同時に、2015年までの第12次5カ年計画の期間中は「政府の機構、幹部ポストを減らす」という。

 一方、中低所得層に対しては税負担の軽減、医療など社会保障の整備で所得水準を引き上げる。現行は地域別に決まっている最低賃金について業種別の導入も検討。預金金利の規制を緩め、競争によって預金金利を引き上げやすくし、庶民の預金収入を増やす方針も示した」。

 一方、中国では、この時期毎年恒例となっている最低賃金の引き上げが、今年も始まりました。各地方政府にとっては重要な指標となる広東省において、早速19%の引き上げが決まっています。中国の各地方政府は、毎年だいだい20%ほど最低賃金を引き上げていますので、この様子では、今年も例年通りの賃金上昇が見られそうな気配です。

 ちなみに、先程の胡さんは、所得分配制度の特に注目すべき点として、最低賃金を都市部の平均賃金の40%まで引き上げるという目標を掲げたこと、及び業種別の最低賃金の引き上げの実施により、サービス業の所得拡大が期待される点を挙げていました。

 一方で、僕としては、国有企業幹部の報酬管理を強化し、政府が任命した国有企業幹部の報酬に上限を導入して、幹部の報酬の増加率が一般従業員の給与の増加率を上回らないようにすることと、医療など社会保障の整備で所得水準を引き上げる、という部分を特に注目しています。

 というのも、日本の場合、リーマンショック以降、大企業の業績は悪化する一方で、そうして大量のリストラが敢行されてきたにも拘わらず、企業役員の報酬は右肩上がりで上昇し続けているからです。これは、どう考えてもフェアではありません。また、日本では、社会保障給付も削減される一方で、特に生活保護給付の削減などは目に余るものがあります。
 
 そんななか、中国政府は、過度な優遇が批判の対象となってきた国有企業幹部の報酬制度にメスを入れると共に、社会保障の給付を増やす方針を明確にしています。

 そもそも、この胡さんの電話リポートのテーマは、「所得分配で消費に期待」というものなのです。以前僕は「2012年9月中国経済で何が起きていたのか? 尖閣問題の陰で進みつつあった中国経済の変化について」という稿で詳細に論じたように、中国政府は、最低賃金の引き上げや社会保障の充実により、低所得層の購買力を押し上げることがいかに国内消費を活性化させ、経済の循環を良くするかということを、熟知しています。

 一方で、それをまったく解っていないのが、日本の経済官僚・経済学者・金融アナリストたちです。これら紋切型同盟は、所得分配の話になると、決まってアメリカとヨーロッパを対比したうえで、アメリカ式の競争を賛美し、ヨーロッパ的福祉社会などというものは・・・、と論じるのですが、しかし所得分配により低所得層の購買力を押し上げることこそ、何よりも国内の景気を活性化させるものであるということは、既にはっきりしているのです。このことは、「競争重視か? あるいは福祉社会か?」という以前の問題です。

 しかも、これら紋切型同盟は、そこまで競争を賛美する一方で、発送電を分離して、電力事業について競争原理を持ち込むことについては、頑なに反対している有様です。そうやって、もはや時代遅れの象徴といえる原発にもいまだに固執しようとしています。ヨーロッパが次々と原発から手を引き、アメリカでさえコスト面で採算が合わないから原発廃炉にする動きが進んでいるというのに、いまだに日本は旧態依然とした有様です。こんなことで、経済が良くなるわけがありません。

 という訳で、様々な面において、日本は明らかに、時代の流れから逆行しています。しかしその一方で、技術力に関しては、いまもって世界のトップに君臨しているという、恐ろしいギャップのなかにある社会です。18世紀、ヴォルテールの著作では、主人公がいわゆる「地獄めぐり」をすることで、既存の価値観を相対化し、そうしてフランスの守旧的な慣習を批判する戦略を行いましたが、いまの日本にヴォルテールがいたら、いったいどういう小説を書くだろうと想像するほど、日本は謎に満ちています。『カンディード』、『バビロンの王女』、『ミクロメガス』などの方法がいまだに通用するほどに、いまの日本はおかしいことにだらけです。もし世界経済の精密な分析をもとに、これらの方法を現代的にアレンジしたうえで、日本を舞台にSF小説を書くならば、芥川賞ぐらい簡単に獲れそうな気がするぐらいです。それぐらい、日本ほど謎に満ちたところはありません。

 さて、ここからは昨日の東証の取引の内容を具体的に見ていきます。昨日はとにかく株価が大幅に上昇したので、200日移動平均からの乖離率も更に上昇し、24・2%まで来ました。ついに20%台半ばまで来たことで、いよいよ30%が現実味を帯びてきた状況です。一方で、取引の過熱感を示す騰落レシオはまだ139・79%ですので、ここから見るうえでは、過熱感はそれほどでもないと言えます。それは即ち、株価はまだまだ上昇する余地が多分にあるということです。

 そして、昨日の売買代金ですが、実に2兆8191億円にのぼります。ついに3兆円が目前という物凄い金額です。これはつまり、巨額のマネーを擁する欧米の年金基金が、ヘッジファンドを通して続々と日本株へ資金を投入していることを意味します。

 いったい何故これほどまで巨額のマネーが投じられ、そうして株価はまだまだ上昇する余地がたくさんあるのか? 僕は以前から、日本株上昇の最大の要因は中国経済の上昇にあると申し上げてきました。中国経済の先行きについては、先日、国際会計事務所のプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)が、中国は早ければ2017年にも、アメリカを抜いてGDPで世界一になるという見通しを出しました。彼らの試算によると、購買力平価の基準では、中国は2017年にアメリカを抜いて世界一の経済規模になるそうです。

 一方で、これも先日のことですが、このレポートでも度々名前を出している瀬川剛さんによると、世界の株式市場のなかで、日本株は景気敏感株と位置付けられているそうです。CSの株式市場分析専門番組「ラップ・トゥデイ」において瀬川さんは、各国のグローバル・インベスターたちは、素材、資材、製造用機器などの面において、日本企業の技術力を大変高く評価しており、そしてこれらの分野は世界景気の動向次第で株価の上下が決まるため、だから日本株は世界景気敏感株なのだという解説をしていたのですが、まったく以て同感です。その通りです。

 ファナックが昨年末に上場来高値を付けたというのは、まさにその典型です。これらの分野の技術力に関して、日本企業の右に出るところは世界中どこを探してもありません。たとえば躍進が続く韓国のサムスンですが、あのサムスンにしても、日本企業の技術力がなければ根本的に製品を作れないのです。だから日韓両国の貿易は、常に一貫して日本の大幅な貿易黒字となっているのです。

 とにかく、日本の企業の強みは、世界景気に敏感に反応する部分がとても多いのであり、リーマンショック以降、先進国のなかで日本株が最も低迷した理由も、ここにあります。日本企業は、確かに抜きん出た技術力を持っているのですが、しかしそれは、アップルやサムスンフォルクスワーゲンとは違って、あまり表では出てこない、各産業・各製品の屋台骨の部分にあるので、だから世界全体の景気が上向かないことには日本株も上向かないのです。しかし、それは一方で、世界景気が上向くことは、他の先進国のどこにも増して、日本株は強烈に上向くということを意味します。

 そのため、昨秋以降、日本株は強烈に上昇しているのです。そして現在、世界景気の動向の最大の要となっているところこそ、お隣の中国です。13億社会の中国が、早ければ2017年にもアメリカを追い抜いて世界一の経済規模になろうと、いよいよ本格的に上昇を開始したことが、日本株上昇の最大の要因です。

 ちなみに、以下は、昨日の業種別騰落率の上昇上位5業種です。

    1海運        +6・14%
    2輸送用機器     +4・75%
    3ゴム        +4・66%
    4倉庫・運輸     +4・54%
    5機械        +4・51%

 見れば一発です。ダントツの1位は、景気敏感株の代名詞である海運です。そしてこの海運株と、倉庫・運輸株は、もちろん連動しています。また、製造業やインフラには欠かせない機械も当然のようにランクインしています。そして、ゴムというのはタイヤ・メーカーも含むわけで、だからこれと輸送用機器(つまり自動車)株もまた連動しています。

 という訳で、これらの株価の上昇は、いわゆるアベノミクスなどというものとは、まったく欠片も関係のないものです。これらの株価上昇の最大の要因は中国にある以上、以前から申し上げているように、民主党政権が続いていたとしても、これらの株価は同様に上昇していたのです。なので、現在の自民党政権の高い支持率は、単に中国経済のおこぼれにあずかっているに過ぎません。

 そして、このような主体性の欠片もない自民党政権は、一方で日銀に強烈な圧力をかけているわけですが、昨日大幅に進んだ円安が、白川総裁の前倒しの辞任表明にあることはもちろんです。この白川総裁の表明をはたしてどう分析するかは色々あるわけですが、これについて、このレポートで最も数多く触れてきた岡村友哉さんが、またしても鋭い指摘を行いました。

 昨日の「ラップ・トゥデイ」において岡村さんは、昨日の東京市場は、「円高の勢いよりも株高の勢いの方が非常に強かった」と相場の総括をしたうえで、白川総裁の辞任表明について、「この白川総裁の前倒しの辞任は、外国人投資家を焦らせた」というのです。

 どういうことかと言いますと、白川総裁の任期は4月8日まででしたので、任期まで総裁を務める場合、4月の3日と4日に行われる日銀の金融政策決定会合に白川さんは当然出席するところだったわけで、だから本来なら、次期総裁が最初に金融政策を発表する会合は、4月26日の予定でした。ところが、白川総裁が前倒しで辞任することにより、次期総裁のもとでの金融政策は、4月4日に発表されることになります。つまり、次期総裁のもとで行われる金融政策が、3週間早まったわけです。

 今回の辞任表明で、現実的になされる変化というのは、単にこれだけです。自民党がいかに圧力をかけようと、白川さんが総裁である間、日銀は断固として自民党に屈することなく抑制的な金融政策にとどまり、一方で白川さんがいなくなれば一転して日銀はアメリカのような緩和的な金融政策になるだろうというのは、既に市場の共通認識であり、したがって、今回の前倒しの辞任を受けて、大規模な緩和策の開始時が、単に3週間早まったに過ぎません。

 しかし、まさかの辞任表明を受けて、このことが外国人投資家、つまりヘッジファンドを焦らせたというのが岡村さんの分析です。

 ここからは金融に関する非常に専門的な事柄に入りますが、非常に重要なので、避けて通れません。これはどういうことかと言うと、日経平均株価は確かに強烈に上昇しているものの、一方で、ドル・ベース、ユーロ・ベースの日経平均のパフォーマンスはそれほど高くないのです。ただ、これは当たり前の話で、我々日本の市民の場合、生活通貨も日本円ならば、預金通貨も日本円であり、そして日経平均に採用されている株を買うにも、日本円でいいわけです。一方で、欧米の投資家の場合は違います。彼らの生活通貨、彼らの預金通貨は、日本円ではなく、基本的にドルやユーロなのです。そして現在、円はドルやユーロに対して、下落し続けているわけです。

 彼ら欧米の投資家が日本株を買う場合、ドルやユーロに対し下落し続けている円で買わなければなりません。といっても、円が下落する以上に日本株は上昇していますので、日本株を買うことは、彼らにとっても儲けになるわけですが、しかしそこは為替差益が発生するので、彼ら外国人投資家は、日本株を買うために、為替ヘッジとして、円を売ってドルやユーロを買うという行動を取ります。

 さて、ここからがミソです。円安になるから株が上がる、株が上がるから買えば儲かる、だから日本株を買うわけですが、しかし日本株を買うために為替ヘッジとして円を売るわけです、するとどうなるか・・・、もちろん円安になります。お解りになったでしょうか? つまり、「円安になる」→「円安になるから株が上がる」→「株が上がるから買えば更に儲かる」→「だから日本株を買う、併せて為替ヘッジをする」→「円安になる」→「円安になるから株が上がる」→「株が上がるから買えば更に儲かる」→「だから日本株を買う、併せて為替ヘッジをする」→「円安になる」→「円安になるから株が上がる」→・・・・・、という無限運動のようなループになっているわけです。

 岡村さんによると、今回の白川総裁の前倒し辞任によって起こった急激な円安を受けて、この無限運動のような構造が露呈されたという訳です。そして、だから彼ら外国のヘッジファンドは、白川総裁の表明を受けて、一様に焦ったというのです。これは、大変に解ります。つまり、「乗り遅れるとその分儲けが減る、だから急いで買わなきゃ!」という焦りです。

 しかし、この無限運動のようなループは、明らかに悪循環です。「ニーチェと悪循環」というのは、ピエール・クロソウスキーにそのままのタイトルの著作がありますけど、これはまさに悪循環そのものです。彼らヘッジファンドは、よそのファンドよりも儲けなければ! という苦役を背負われているわけです。

 このことを最も精密に分析したものこそ、浅田彰さんの名著『構造と力』の最終章です。そこで浅田さんは、クラインの壺による無限運動に言及した後で、次のように言っています。

 「近代人は不幸な道化だが、それは悪しき遊戯者だということでもある。(中略)そこでは金の退蔵ではなく貨幣−資本の(再)投資が支配的になっているが、それはいったい何なのかと言えば、本源的不均衡の波に乗って賭けをすること以外のなにものでもないのである。そして、ニーチェドゥルーズが言う通り、真の意味で遊戯することを知らず賭けることしかできないのが、悪しき遊戯者のかなしさなのだ。賭け、すなわち遊戯を装った未来のための投資、蓄財のための苦役。積まれるべきものが経済的な富であろうと宗教的な富であろうと事態は変わらない」。

 それに対して浅田さんは、ニーチェドゥルーズ=ガタリの方向へ解放しつつ、「悪循環から悦ばしき回帰」への転換を説くわけです。つまり、「飛びこすことと舞踏することは限りなく遠い」のであり、「賭けをあくまでも賭けとして享楽すること。そのとき、賭けは真の意味における遊戯へと変わっていくだろう」ということです。

 という訳で、我々にとって必要なのは、あくまでも「ゲイ・サイエンス/たのしい知識」に則った「ゲイ・エコノミー/たのしい経済」なのです。