日銀白川総裁の任期満了を前にしての辞任発表をはじめ、金融経済に関する重要なニュースが目白押しの1日でした

 昨日、2月5日は、実に様々なニュースがありました。かなり話題が多いので、なるべくコンパクトに見ていきたいと思います。時系列で見て、まず最初は、ユーロ圏です。

 昨秋以降、債務危機が落ち着いていたスペインですが、ここに来て突然ラホイ首相の不正資金疑惑が浮上しました。要するに、汚職です。特定のどこかから、ラホイ首相が裏金を受けとったという報道がなされたのです。これを受けて、スペイン国債が売られ、順調に下がりつつあったスペイン国債の利回りが上昇したのです。

 とはいえ、それでもスペインの国債価格の上昇は、大したものではありません。金融市場が懸念したのは、この不正資金疑惑により、スペイン政府が進める改革が滞るのではないかというものなのですが、しかしスペインの場合、以前お伝えしたように、債務危機といっても、2011年におけるスペインの政府債務そのものは、対GDP比で見ると、ドイツより低いわけです。スペインの問題は、何よりも不動産バブル崩壊による銀行の不良債権問題です。これについては、EUの間で国境を越えた銀行同盟結成の動きが昨年からあります。この銀行同盟を通して、従来ならば政府が銀行に対して行う公的資金の注入を、銀行の監督をするEUが資金を出し、EUから銀行に直接資金を注入しようというものなのです。つまり、一国内で起こる政治リスクに対して、EUが全面に出て銀行の不良債権問題を処理しようというもので、このフレームワークが機能する限り、この不正疑惑は単なる政治スキャンダルの枠を出るものではないでしょう。

 この不正疑惑問題に関しては、むしろ州政府の債務問題への対応が試金石となります。スペインは中央政府の債務こそ少ないものの、その分州政府の財政は非常に悪化しており、スペイン最大の経済規模を誇るカタルーニャ州までもが中央政府に支援要請している状況であるわけです。しかし、この問題についても、昨年9月に発足したESM(ヨーロッパ安定メカニズム)があります。何か不測の事態が起きることを想定してESMをつくったわけであり、そしてスペインの州政府の財政レベルであるならば、ESMの資金規模で十分足りるわけです。

 ユーロ圏は、確かに昨秋以降、状況は非常に安定しているものの、一方で何も問題が起きることなく、このまま危機が収束するなどとは誰も思っておりません。しかし、問題に対する備えは着々と準備中ですので、このレベルのことは、十分想定の範囲内のものです。

 一方で、ユーロ圏からは、いいニュースも飛び込んできました。財政がメチャクチャになっていたギリシャですが、かつてのギリシャからは考えられないことに、昨年のギリシャ政府の基礎的財政収支が、なんと黒字になったというのです。基礎的財政収支というのは、要するに歳入と歳出に関して、国債による資金調達や、過去に発行した国債の利払い費などを除いた部分、つまり税収と政策経費のバランスシートのことを指すものですが、昨年ギリシャはこれがついに黒字になったというのです(ちなみに、日本はもちろん赤字です)。

 という訳で、ユーロ圏からはいいニュースと悪いニュースの双方があったわけですが、これをどう評価するか、その最大の指標はなんといっても中国でしょう。債務危機が深刻化した一昨年と去年は、ユーロ圏でなにかあると、それがすかさず中国を直撃したのです。それにより、かつて3000元あった上海総合指数は、2000元を割るところまで下落したのです。では、昨日はどうだったか? 昨日の上海市場は、0・20%上昇したのです。つまり、ユーロ圏で問題が起こっても、それが一昨年や去年のように、負の連鎖となって中国市場を襲うような事態にはなっていないわけです。これが一昨年や去年であったなら、確実に上海市場の株価は下落しています。このあたりが、過去2年とは違うところです。このことは、ユーロ圏で準備中の対策はもちろんですが、それ以上に、中国経済の強さを窺わせるものです。

 また一方で、中国株とともに、ヨーロッパ株も昨日は上昇しています。単なる上昇ではなく、全面高の様相です。このことからも、今回のスペインの問題は、それほど大きなものではないことが窺えます。

 とはいえ、スペイン国債が売られたのは事実であり、またイタリアの国債も売られましたので、当然ユーロそのものが売られて円安は一服し、昨日は円高が進みました。それを受けてかどうかは解りませんが、昨日の日経平均株価は、前日の終値からマイナス1・90%下落し、1万1046円で取引を終えました。この昨日の東京市場の取引も十分注目に値するものなのですが、その前に、次はアメリカを見ていきます。というのも、昨日は、アメリカから驚くべきニュースが飛び込んできたのです。

 アメリカ政府は、大手格付け会社のS&P(スタンダード&プアーズ)について、住宅バブルを煽った罪で提訴することを決定したのです。これは具体的に何かと言いますと、住宅ローンの問題です。ちょうど昨日のこのレポートにおいて、アメリカの場合住宅ローンの担保証券が不良債権化し、そしてこれを各家庭が大量に持っているので、だからアメリカの景気は足踏み状態が続いているということをお伝えしましたが、その元凶をつくったところこそ、このS&Pという格付け会社です。

 アメリカの住宅バブルは、サブプライムローンというものが発端となっています。金融機関が貸し付けたこのサブプライムローン債権を、別の金融機関に売却し、そしてその金融機関が今度はこれを、他の様々な債権とゴチャ混ぜにして証券化商品をつくり、そしてこの証券化商品がドンドン高値で取引され、そうして実体から離れて一人歩きをしたことがバブルを助長したのですが、S&Pというところは、このような「腐った卵」と「普通の卵」をゴチャ混ぜにした証券化商品に対して、AAA(トリプルA)という最上級の格付けを与えたのです。このことについて、S&Pとウォール街の銀行は裏で口裏を合わせ癒着していただろうというのは、以前から言われていたことです。つまり、金融マフィアが儲けるために、わざと最上級の格付けを与えたということです。

 ただ、オバマ政権の一期目では、格付け会社に対して何も踏み込んだ対処は出来ませんでした。ところが、二期目が始まるというこのタイミングで、いきなりオバマ政権はS&Pの提訴に踏み切ったのです。2008年、ウォール街と戦うと言って大統領に就任したオバマですが、しかし四年間で実際には殆ど何もできませんでした。ただ、このことは2009年になったときから既に解っていたのです。オバマ政権一期目の財務長官は、元ニューヨーク連銀総裁のガイトナーが勤めました。このガイトナーという人物は、肩書から明らかなように、ウォール街と非常に近い人物です。2008年の選挙戦のなかで、オバマウォール街の銀行はもちろん、その他様々なユダヤ系資本などから、莫大な献金を受けていたことは公然の事実です。ガイトナーの財務長官就任は、明らかにその見返りというものです。このガイトナーが財務長官に就任した時点で、オバマアメリカの金融ムラとまともに戦えないということは、既に既成事実でした。

 しかし、この二期目の選挙に関しては違います。今回オバマは、一期目と比べて、自らの裁量で閣僚人事を決めることが可能なように選挙戦を戦いました。今回のS&Pの提訴は、間違いなくその表れと見ていいのではないでしょうか。

 このS&Pの提訴自体は、株式市場や実体経済にそれほど影響を与えるものではありませんが、しかし重要なのはそこではなく、二期目のオバマ政権は、ウォール街を始めたとした金融ムラに対しても、今後は本格的な改革をある程度行う可能性があるのではないかということです。その意味で、今後のオバマ政権には非常に注目したいところです。

 さて、ここからは昨日の東証の取引の内容を見ていきます。昨日の注目は、なんといっても、売買代金と売買高です。昨日、東証1部の売買代金は、前日から更に膨れ上がり、実に2兆5468億円にのぼりました。ついに、2兆円台の後半に入ったわけで、このままのペースで増加しますと、いずれ1日の売買代金が3兆円という日が来ないとも限らない状況です。

 また、昨日の売買高ですが、これは実に歴代4位の数字を記録します。ちなみに、歴代の1位〜3位はいつだったかと言いますと、これが2011年の3月14・15・16日なのです。要するに、東日本大震災が起こったその翌週の最初の3日間が、東証1部の売買高の歴代1〜3位を占めているわけです。しかし、この3日間というのは、福島原発はいったいどうなるんだ! という非常時でしたので、このような非常時を除くと、実質的には昨日の売買高こそ、歴代の1位ということになります。昨日の東証は、それほどまでに多くの株が売り買いされたのです。

 で、昨日の日経平均はもちろん大幅下落だったわけですが、しかしこれはすぐに大幅な上昇に転じます。それが何故かということは、次の項に移ってからの話とします。

 そして昨日、日本経済を揺るがした最大のニュースは、もちろん日銀白川総裁の辞任発表です。白川総裁の任期は4月8日までですが、しかし昨日の夕方、2人の副総裁の任期が切れる3月19日をもって、白川総裁自身も日銀総裁の職を辞任すると発表しました。

 問題は、この辞任はいったい何なのかということですが、既に為替市場では、猛烈な円安が進んでいます。昨日午後5時の時点で、円は対ドルで92円10銭ほどだったものが、白川総裁の辞任発表以降、急速に円安が進み、今日の午前11時過ぎの時点で、既に93円80銭台まで来ています。つまり、とんでもない勢いで円安が進んでいるわけです。

 そしてそれに合わせて、当然ながら日経平均株価も急上昇しています。日経平均は、午前11時過ぎの時点で、これまた前日比300円以上の上昇という大幅な上昇です。

 ただ、これで1つはっきりしたことがありました。これほどの勢いで円安が進むというのは、昨秋以降、1度もなかったわけです。何故なら、白川総裁は、自民党政権誕生後も、金融政策は基本的に変わっていないのであり、最も注目された先月1月22日の会合においても、資産買い入れの基金の増額は1円たりとも行っていないのです。

 そんななか、昨年11月半ば以降から一昨日までの12週間に、円は対ドルで12円ほど下落しました。それに対して、白川総裁の辞任以降、たった17時間ほどで、1円70銭も下落しているのです。

 このことから、これまでの12週間の円安は、基本的に中国をはじめ新興諸国の経済の上昇、及びユーロ圏の回復見込みによるものだったということが、あらためて明らかになったと思います。

 そして、この昨日夕方以降から急速に進んだ円安こそが、アベノミクスと呼ばれるものの始まりなのです。僕は以前から、為替相場においてアベノミクスはまだ始まっていない、アベノミクスが始まるのはこれなんだと言い続けてきました。このことは、今回の白川総裁の電撃辞任があって、はじめて現実的に把握しうるものでしょう。というのも、もしも白川総裁が、任期満了まで日銀総裁を務めていたなら、このような猛烈な円相場の変化は起こりえなかっただろうからです。これまでと同じように、ダラダラと円安が進んだ筈です。あるいは、ジワジワと円安が進んだ筈です。

 このタイミングでの白川総裁の辞任は、誰にも予想できなかったことなわけですが、しかしまさに突然電撃的に辞任を表明したことにより、「さあ、邪魔者がいなくなった! それ行け〜!」という感じで、一斉に円売りが始まったわけで、いかに投機筋にとって白川総裁がつっかえ棒であったかが、突如として誰の目にも明らかになったわけです。

 という訳で、白川総裁は、まさに自らの進退を賭した辞任によって、アベノミクスはまだ始まっていなかったということを、アベノミクスはこれから始まるのだということを、不意打ちのように社会に知らしめたと言えるのではないでしょうか。

 なお、この白川総裁の辞任表明については、より詳細な分析を、後日行いたいと思います。一方で、白川総裁辞任以降の日銀の金融政策の如何以上に、日本株の最大の鍵となるのは、依然として中国であるだろうということも、また明らかです。これについても、後日論じたいと思います。