為替も株式も、もはや20世紀的なメカニズムではまったく動いていない

 昨日1月25日、日経平均株価は前日の終値から実にプラス2・88%上昇し、1万926円で取引を終えました。しかし更にその後、夜間取引時間に入ってもシカゴ・マーカンタイル取引所では日経平均先物はグングン上昇し、1万1000円の大台を突破したほどです。また、そうである以上、円安もより一層進み、対ドルで一時は91円台まで行きました。

 こうして、円相場も株式市場も、日銀の金融政策への失望売りからたった2日で、以前と同じような状況になったわけです。金曜に株も上がり、円も下落するだろうということは一昨日僕も既に予告したわけですけど、それにしても、急激な相場の反転と言わざるを得ません。そして、この金曜の終値を受けて、日経平均はなんと1971円以来、実に42年ぶりの11週連続プラスとなりました。

 昨日円安が進んだ原因は、幾つかあります。まず、アメリカの新規失業保険申請件数が市場予想よりも良い内容だったことです。このアメリカの新規失業保険申請件数は、去年1年間は、常に毎回36万〜38万人というところで推移してきたのですが、今回はこの数字が33万人だったのです。この数字を受けて、アメリカの雇用の改善が見込まれるという観測が出たので円売りドル買いが進んだという説明がされているのですが、一方で、アメリカ経済低迷の最大の原因である住宅市場に関しては、今回は市場予想より悪い数字が出てきました。アメリカの住宅市場は確かに回復してきてはいます。しかし、それはバブルの崩壊によって地面すれすれの超低空飛行まで落ちたものが、ようやくゆっくり浮上してきたというレベルなので、以前のような水準に戻りつつあるわけではありません。

 アメリカの雇用に関しては、最大の指標である非農業部門の新規雇用者数で持続的な回復が見えない限り、依然として回復とは言えないと思います。ただ、この新規失業保険申請件数が円安ドル高をそれなりに促進したのは確かでしょう。

 しかし、為替市場において昨日何よりも大きかったのは、ジョージ・ソロスの発言です。かつてジム・ロジャーズと共にクォンタム・ファンドを率い、世界的な投資家と知られるソロスの発言の影響力は絶大です。そのソロスが、現在開催中のダボス会議の場において、「円安が進むのは当然である」と発言したというのです。この情報は、既に世界中に流れていますので、これを受けて昨日円安が加速度的に進行したことは、まず間違いないでしょう。

 このソロスの発言が強力な後押しとなり、円安・株高が進ました。昨日の東証の売買代金は、2兆678億円にのぼりました。大変な活況です。

 ところで、急ピッチで進む円安を受けて、ヨーロッパ、韓国など、様々なところから日本に対し批判の声が上がっています。ただ、その一方で、いまのところ、アメリカの当局からは特に批判めいた発言は一切出ておりません。この点について、日本の市場関係者の間では、段々と警戒感が高まっています。いつかアメリカから厳しいことを言われんじゃないか、アメリカからガツンと言われたら一連の円安も一休みだろう、そのような声で満ちています。それはさながら、プラザ合意のようなものがまたおこなわれるのではないか、という不安とも取れるものです。

 それにしても、依然として、この一連の円安がアベノミクスによるものである、つまり日本政府による誘導によってなされたものであるという見方が殆どです。日本が「自らの手」で円安に誘導した、だからアメリカの顔色を盛んに窺っている、という次第です。しかし、ちょっと待てなのです。何度も言ってきたことですが、この円安の最大の要因は、アベノミクスではありません。

 ここでひとまず、ユーロを軸に為替相場を見てみます。現在、円安ドル高が進みと同時に、円安ユーロ高も急速に進行しているのですが、実は、円安の進行具合は、ドルに対してよりも、ユーロに対しての方がより大きいのです。このことは、何よりユーロドルの相場を見ると1番解ります。ユーロドルは、南欧債務危機を受けて、かつては1ユーロ1・25ドルあたりで推移していたものが、現在は1ユーロ1・34〜1・35ドル近辺で取引されています。つまり、世界の主要3通貨を見ると、「円安ドル高/ドル安ユーロ高」という図式なのです。要するに、ユーロに対して下落しているドルに対し、円は更により一層下落しているわけですが、しかし現在の状況に関して言えば、そのように映るほど、ユーロが急速に買い戻されている、というのが正しいです。つまり、この円安ユーロ高は、ユーロに対して円が売られているというより、ユーロが急ピッチで買い戻されているという訳です。

 具体的に説明します。現在のユーロ円相場は、2011年4月あたりのレートとほぼ同じ水準です。ここで既にピンと来た方も大勢いらっしゃるでしょう。今週初めに発表されたドイツのZEW景気予測指数は、2011年5月の水準まで戻りました。スペイン、イタリアの国債の利回りも、急速なスピードで戻っています。そしてまた、今週はポルトガルからも大きいニュースが入ってきました。2011年4月に支援要請して以降、長らく国債市場から締め出されていたポルトガルが、近いうち国債市場に戻ってくるだろうというのです。

 国債の利回りというのは、一般的に長期国債に関しては7%を超えると危険水域とされているのですが、ここ最近ポルトガル国債の利回りは急速に低下していまして、7%を下回るどころか、6%あたりまで来ています。このままなら、ポルトガル国債市場に復帰し、以前と同じように市場において自由取引されるのはほぼ確実な状態です。

 要するに、ここ最近ユーロ圏においては、相次いで2011年の春以来の水準、という数字が続出しているのです。そうしたなかで、現在のユーロ円のレートも2011年春の水準にあるということは、むしろ当たり前なのです。この現在の円安ユーロ高が、アベノミクスによるものではなく、単にユーロ圏の様々なものが当時のところまで回復してきたのを受けて、それに併せて通貨ユーロが買い戻されている、というただそれだけに過ぎません。

 同じことは、主要新興国についても言えます。既に何度も申し上げてきたように、オーストラリアやインドなどアジア太平洋地域でも、ユーロ圏と同様に、2011年春以来、あるいは2011年の年初以来、という数字は続出しているのです。

 ユーロ圏にしても、アジア太平洋地域にしても、経済危機に陥ったからそこから資金が流出して、逃避的に円に流入してきたのです。円高は、そのように起こったわけです。しかし、それらの経済状況も、ここに来て世界同時多発的に元に戻っているのであり、それに併せて、円に逃げていたマネーが、ユーロや豪ドルやインド・ルピーなどに行っているのです。だから、円安になるのです。

 唯一の例外は、ドルに対してです。現在のドル円相場は、だいたい2010年6月時点とほぼ同じものです。一見すると、ドルに対しては、戻り過ぎるぐらい戻っています。しかし、実はこれは完全な錯覚です。というのも、ドイツなどユーロ圏諸国やアジア太平洋地域、更にはブラジルなどの景気が低迷したのは、南欧債務危機によるものであり、なのでこれらの通貨に対して急速に円高が進んだのも主にこの時期からであるのに対して、ドルは違います。ドル、つまりアメリカが低迷したのは、南欧債務危機の数年前に起きた、アメリカ自身の不動産バブル崩壊が原因です。円ドル相場は、南欧債務危機が深刻化した時点で既に80〜79円のレベルだったのです。そして、この80〜79円というのは、昨年の10月末から11月上旬のときのレートとほぼ同じなのです。で、それ以降急速に、円を売ってユーロを買う、円を売って豪ドルを買う、円を売ってインド・ルピーを買う、円を売って韓国ウォンを買う・・・、などの動きが起こっている以上、これだけで円安ドル高になるに決まっているのです。何故なら、たとえドルが買われなくても、円が売られれば、円安ドル高になるからです。そしてだから、「円安ドル高/ドル安ユーロ高」になるのです。

 一方で、別の動きもあります。それはつまり、円を売ってドルを買い原油に投資する、円を売ってドルを買い穀物市場に投資する、円を売ってドルを買い上海・深センドル建て市場に投資する・・・、などです。これも、当然円安ドル高を促します。

 そしてもう1つ重要なこととして、資源・穀物価格上昇の最大の要因となっているのも、そしてまたアジア太平洋地域の通貨高・株高の背景になるのも、すべて中国経済の上昇だということです。

 という訳で、為替市場にしても、そして株式市場にしても、いずれにおいても、20世紀的なメカニズムではまったく動いていないのです。

 いまや、先進国通貨と新興国通貨は完璧に、しかも深く連動して相場が動いているのであり、またそれが更に各国株式市場とも連動し、更にそれが原油などデリバティヴ市場とも連動しているのです。

 そうであればこそ、日本経済そのものはまったく改善していないのに、株価だけは1971年以来42年ぶりの11週連続プラスというのも、説明がつくのです。これはつまり、南欧債務危機を受け、その後1年以上かけて進んだ世界各国の景気低迷が、昨秋以降たった4ヶ月で元に戻ってきたということにあるわけです。1年以上かけて進んだ株価の低迷や円高が、たった4ヶ月で元に戻ってきた以上、その分が強力に濃縮されたことが、このような11週連続プラスになったと言えるでしょう。

 以前僕は、野田政権のままでもかなりのレベルで株価は上がっていただろうと申し上げましたが、その理由というのも、ひとえにこのことによるわけです。電力・建設・不動産・銀行などの内需癒着系の株価上昇分を除けば、それ以外の業種はどの政権だろうと株価は上昇していたわけであり、日経平均は1万円を確実に回復していたでしょう。それは、南欧債務危機を受けて売られ過ぎたものが買い戻されるという、ただそれだけの理由です。

 にも拘わらず、大手メディア・経済学者・金融アナリストなどの紋切型同盟は、依然としてこの円安・株高をアベノミクスによるものとしています。しかし、昨年末日本で総選挙が行われようと行われまいと、そんなことに関係なく、ユーロ圏も、中国も、アジア太平洋地域も、一様に経済は回復していたに決まっているのです。

 ちなみに、メルケル首相をはじめ、ユーロ圏や韓国などから、相次いで日本政府による円安誘導の姿勢が批判されていますが、これは当然というものです。もちろん政治家に為替を動かす力はないわけですけど、しかしあそこまで繰り返し為替に言及するというのは尋常ではなく、市場経済を基礎とする民主主義国家においてはありえないことであり、したがって、日本政府に為替を操作する力などないものの、とはいえ日本政府が為替を操作したいと目論んでいるのは明らかだからです。しかし、実際のところ、そんな力は日本政府にはありません。ないからこそ、日本政府は日銀に圧力をかけていたのであり、そして日銀は今週の金融政策決定会合において、資産買い入れ基金の増額などの追加緩和は、まったく行わなかったのです。

 ところで、紋切型同盟の論者たちが危惧する、いつかアメリカがこの円安についてガツンと言うかもしれないという不安についてですが、アメリカの政府要人が発言したところで、この円安は続きます。何故なら、アメリカ政府が何を言おうと、相場を支配しているのは、ヘッジファンドだからです。既にウォール街よりもCTAの方が力関係は上であり、また5大穀物メジャーよりもCTAの方が力関係は上なのです。この点も、20世紀とまったく違う点です。21世紀に入る以前と以後において、ヘッジファンドの備える力はまるで違います。21世紀に入ってからの10年ちょっとの間に、ヘッジファンドは恐るべき力を構築しているのです。

 ヘッジファンドの先駆者と言えば、ジム・ロジャーズとジョージ・ソロスですが、しかし彼らは職人的、あるいは芸術家肌の投資家であり、またそうであるが故に、何よりも自らの哲学に従順です。そしてそうであるからこそ、いま彼らは互いに、親中派としてシンガポールで暮らしていたり、慈善事業家として活動しているのです。

 一方で、21世紀に入って急速に力をつけたヘッジファンドシカゴ・マーカンタイル取引所を根城とする者たちや、ICEインターコンチネンタル取引所を根城とする者たちは違います。これらの者どもは、要は儲かれば世界がどうなろうと知ったことじゃないというマフィアです。そうである以上、たとえアメリカ政府が何か言うにしても、しかし彼らはそれさえも恰好の調整要因とし、全体のトレンドは変わらないでしょう。

 但し、これらのヘッジファンドにも、唯一勝てないものがあります。それが、民主主義です。成熟した民主主義こそは、なにものにも勝るのです。