ユーロ圏の経済はどうなっているのか? part1 南欧債務危機の現状と今後の展望について

 過去2年の世界経済低迷の原因は、なんといってもユーロ圏にありました。ギリシャに端を発する債務問題が、ポルトガル、スペイン、イタリアへと飛び火し、そうしてユーロ圏全体を揺るがす危機に発展したことが、中国への輸出のダメージになり、更に中国から他の新興諸国へと不況が伝播したことにより、世界経済は一気に混迷の度合いを増していったのです。しかし、昨秋以降、中国経済は自力で回復を果たし、それにより他の新興諸国も確実に息を吹き返しつつあることは既に何度もお伝えしてきた通りですが、一方で危機の大本であるユーロ圏の経済はどうなっているのでしょうか? 

 ユーロ圏に関しては、債務問題を抱える南欧諸国、それを支援するフランスとドイツ、そしてその他、という大きく3つに分けられます。何といっても問題は南欧諸国なわけですが、今回は、この南欧諸国のこれまでと今後の展望についてお伝えします。

 ところで、ひとえに南欧債務危機といっても、国ごとにその内容は違うのです。最初に、その具体的な違いを確認しておきましょう。

 まずスペインです。ここの場合、実は政府債務自体は大したことはないのです。政府債務、あるいは財政赤字というのは、対GDP比で見るのですが、2011年時点でのスペイン政府の財政赤字をGDP比で見ると、実はフランスよりも、更にはドイツよりも少ないのです。じゃあ、なんでそのようなスペインが問題となるのかといいますと、その最大の要因は、銀行の不良債権問題です。アメリカが不動産バブルに沸いた当時、スペインでもバブルは発生し、そしてその後バブルが破裂したのです。それにより、銀行は大量の不良債権を抱えました。そしてまた、中央政府財政赤字は少ない一方で、州政府は大量の赤字を抱えこんでいて、州の財政が成り立たず中央政府に支援要請をするところが幾つも出てくるようになったのです。とりわけ、スペインで最も経済規模の大きいカタルーニャ州までが中央政府に支援要請している有様なのです。バブル崩壊から銀行が大量の不良債権処理に追われながら、地方政府は財政が行きづまり支援が必要となれば、経済が上手くいく筈もなく、失業率は20%を超え、特に若年層の失業率に至っては50%を超えます。そして、経常収支も赤字です。これらが複雑に絡み合うことで、スペインはとんでもない苦境に陥ることになったのです。

 次にイタリアですが、ここの場合、妙な言い方をすると、純然たる債務問題といえます。イタリアの財政赤字は対GDPでとても多く、2011年時点でおよそ120%にのぼり、ギリシャを除けばユーロ圏で最も大きいのです。もちろん、経常収支も赤字です。但し、イタリアの場合、基礎的財政収支(プライマリー・バランス)が黒字なのです。この基礎的財政収支とは何かと言いますと、税収による歳入だけで、外交・安全保障・社会保障・教育・・・、などの支出が賄えているかどうか、ということです。国家の会計というのは、歳入は「税収+国債」であり、歳出は「通常の公的支出+国債の利払い費など」で構成されています。この国債関連以外の部分、これが基礎的財政収支と呼ばれるもので、イタリアはこれが黒字なのです。いくら財政赤字が対GDP比で120%もあり、また経常収支も赤字であるとしても、しかし基礎的財政収支は黒字である国が、なんであそこまで市場から攻撃され債務危機で苦しまなければならないのか? おかしいではないか? この疑問は、結構言われたのです。イタリアの場合、この問題をどう見るかが、かなり重要なポイントです。

 そして、次は最大の問題であるギリシャです。ギリシャに関しては、皆さんもよくご存知だと思います。ギリシャは、財政赤字は対GDPで180%もあり、しかも政府が財政についてEUに対し長年嘘の申告を続け、おまけに国内では脱税が横行していて、くわえて国内にさしたる産業もなく、もちろん経常収支も赤字であるという、悪いお手本がすべて出揃っているようなところです。

 最後にポルトガルですが、ここの場合、もはや市場で話題になることは殆どありません。ポルトガルについては、駄目だね、支援が必要だね、けどユーロ離脱とかそういうことはないよね、そして国家規模も小さいよね・・・、ということで殆ど話題にのぼりません。それはつまり、支援が必要だけど、でも最悪の事態を引き起こすものでもなく、この先は見えている、ということで、ポルトガルの債務問題が世界経済に与える影響はいまや殆どないという状態です。

 という訳で、問題は、ギリシャはユーロから離脱するのか? スペインは支援が必要なのか? そしてイタリアはそもそもどうなっているのか? ということなのですが、結論から言いますと、昨年11月半ば(またしても昨年11月半ばです)以降、懸念されたギリシャのユーロ離脱はまずない、ということはほぼ確実な情勢です。そしてまた、イタリアは支援を必要としない、ということも、これまた確実な情勢です。一言でいいますと、この2つの懸念が払拭されたことだけで、全体として見ると、今年ユーロ圏は持ち直すであろう、そう見てまず間違いないと思います。

 何故このように状況が改善したかと言いますと、最初のきっかけは9月です。まず9月上旬に、ECB(ヨーロッパ中央銀行)が次のような表明を行いました。もし債務危機にある国がESM(ヨーロッパ安定メカニズム)に支援要請するのであれば、我々はその国の国債を買い支えると、こう言ったのです。このECBの政策には実は突っ込みどころがあるのですが、しかしそれについて論じると長くなるのでやめるとして、とにかくこのECB理事会の発表を受けて、危機的水準にあったスペインとイタリアの国債価格が上昇(利回りの低下)が始まりました。そして9月の下旬になると、待ち望まれていたESM(ヨーロッパ安定メカニズム)が正式に発足し、これも市場に安心感を与え、スペイン・イタリア両国の国債は更に上昇(利回りが低下)していきます。

 とはいえ、それでもスペインとギリシャに関しては、その後も一寸先は闇の状態が続きました。まずギリシャの場合、EU・ECB・IMFのいわゆるトロイカが内輪揉めを繰り返し、そうしてギリシャ支援策は先送りの連続になり、またスペインも、9月になされた2つの事柄を受けて、今週こそはESMに支援要請をするだろうと思われては支援要請をせず、それで今週こそはESMに支援要請をするだろうと思われては支援要請をせず、それで今週こそは・・・、というのを延々繰り返したのです。そうして、これはいったいどうなることかと世界が固唾を呑んで見守っていたところ、11月半ばに、ヘッジファンドギリシャ国債やスペインの不動産などへの投資を始めた、という記事が突然英フィナンシャル・タイムズに掲載されたのです。すると、それに併せて途端にフランス株とドイツ株の急上昇が始まり、そうしていつの間にかギリシャ、スペインをめぐる情勢も落ち着いていったのです。ちなみに、フランス株・ドイツ株の急上昇が始まった日にちと、日本株の急上昇が始まった日にちは、まったく同じです。単に11月半ばというだけでなく、見事なほど同じ日に株価の急上昇が開始しています。

 そしてこのことについてお伝えした「新たなマネーゲームの始まりか? 金融マフィアと衆院選の裏にあるもの」というタイトルの論考こそ、僕が連日行う一連のマーケット・レポートの最初となったものです。この時期にヘッジファンドが、プランBとでも呼びうる、新しい儲けの戦略を開始したな、というのは当時ヒシヒシと感じたものでした。疑いなくヘッジファンドは、用が済んだから(つまり用済みになったから)南欧諸国への攻撃をやめて、ここの相場を元に戻し始めたのです。このヘッジファンドの企みというのは、もう透けて見えるのですが、しかしそれについては後日詳細にレポートします。

 ともかく、ユーロ圏に関して、一般の市場関係者が危惧していたのは、まず第一にギリシャはユーロを離脱するのかしないのか? ということです。ギリシャに関してはホンモノの債務危機ですので、ここが支援を必要とするのは確定でして、要はユーロにとどまるのかどうかが焦点でした。しかし、現状ではギリシャのユーロ離脱はまずありえない状態です(ちなみに、今後ギリシャがユーロから離脱すると、最も損をするのは、圧倒的にヘッジファンドです。更にちなみに言いますと、去年ギリシャがユーロから離脱していた場合、最も得をしたところも、これまたヘッジファンドでした)。とにかく、ギリシャに関しては、このような次第です。

 そしてその次に危惧されたのが、イタリアです。というのも、ギリシャは支援が必要だ、ポルトガルも支援が必要だ、そしてスペインも支援が必要だろう、ここまでならESMで支えられる、しかしユーロ圏第3位の大国であるイタリアまで支援が必要となると、その場合はとてもじゃないけどESMの資金だけでは足りない、だからイタリアは自力で何とか財政再建してくれ・・・、というのがイタリアをめぐる市場の思いでした。そして現在、イタリアが支援要請をすることはまずありえない状況になっています。しかし、これはそもそも当たり前なのです。その理由こそ、基礎的財政収支が黒字であるという点です。これが黒字であり、そして更にイタリアには、世界的に有名なファッション・ブランド、ジュエリー・ブランド、高級自動車メーカー、ワイン、食、観光・・・、など国際的に競争力のある産業が幾つもあるのです。基礎的財政収支が黒字で、産業競争力もあるイタリアのような国が、緊急に支援要請を必要とするかもしれないと危ぶまれるほど国債価格が下落する方がおかしいのです。このイタリア国債に関する市場の鳴動は、一にも二にもヘッジファンドによる仕掛けであったと見て間違いありません。

 なので、今年の債務危機の焦点は、ひとえにスペインです。グレーゾーンにあったギリシャとイタリアの情勢はほぼはっきりしました。いまだ情勢が不透明なのは、このスペインだけです。しかし、仮にスペインが支援要請をしたとしても、スペインまでならESMで支えられます。

 という訳で、依然スペインの国内経済は相当に厳しいものの、一方でギリシャのユーロ離脱とイタリアの支援要請に関する懸念はほぼ払拭されているので、全体として見た場合、事態は去年よりも改善されているという状況です。

 以上が、南欧諸国に関するものです。フランス・ドイツ、及びそれ以外の国々に関しましては、後日あらためてご報告しようと思います。