現在の円相場を整理する、そもそも為替とはどのように動くのか

 昨秋以来、それまでの円高から一転して、ほぼ一本調子で円安が進んでいます。この円安はいったい何なのかということを考えるうえで、そもそも、それ以前の円高はいったいなんだったのか? ということについて考えることは、非常に有効であろうと思います。リーマンショック以降、ほぼ一本調子で円高が続いたわけですが、これについては当時一般の間から、様々な疑問の声が聞かれました。たとえば、日本はずっとデフレで不況なのに、なんで円はこんなに買われて円高になるのか? 日本経済のファンダメンタルズとはまったく関係なく円高が進行しているけど、これはいったいどういうことなのか? このような疑問の声は、当時盛んに耳にしたものです。よって、まずはリーマンショック以降数年間の円高について検証してみます。過去数年の円高の背景を解き明かすことにより、今回の円安の背景にあるものも自動的に見えてくるのでないかというわけです。

 以下は、リーマンショック以降に為替相場で起こったことを、時系列順に整理したものです。

 ①まずリーマンショックによって世界同時不況になりました。それにより、資産防衛のため、資金力のある日米欧の主要プレイヤーが、よそ(新興国)に投資していた資金を一斉に手元に引き戻します。
 →これによって起こったこと。先進国通貨高、新興国通貨安

 ②バブルの崩壊で大打撃を受けたアメリカの経済は、回復すると言われるたびにそれを裏切り、低迷を続けます。そうしてアメリカ経済は長い低迷に突入し、ジワジワと長期に渡りドルが売られます。
 →これによって起こったこと。ドル安(よって自動的に円高へ)

 ③ギリシャ危機発生。更にそれがポルトガルへも飛び火します。
 →これによって起こったこと。ユーロ安(よって自動的に円高へ)

 ④中国が4兆元の景気対策を行っていち早くリーマンショックから立ち直り、それにつられて他の新興国も立ち直ります。一方で景気低迷が続くアメリカは大規模な金融緩和策(通称QE2)を行うのですが、しかしこのカネはアメリカ国内にはまわらず、投機マネーとなって資源・穀物価格や一部の新興国通貨を過剰に押し上げます。
 →これによって起こったこと。ドル安・一部の新興国通貨高(よって円は対ドルで更に円高に)

 ⑤アラブの春勃発。中東情勢はどうなるんだ? 原油はどうなる? と様々な憶測が飛び交います。一方で主要新興国はどこもインフレに苦しみます。更に欧米経済は依然として低調であり、世界経済混乱の予感。危機再燃説も飛び交います。
 そこから、デフレとはいえ低位安定のうえ、経常収支も黒字であり、おまけに市場規模も大きい円に資金が逃避します。
 →これによって起こったこと。円高(+スイスフラン高)

 ⑥ギリシャ危機がスペインとイタリアにも飛び火し、ユーロ圏債務危機が深刻化。そしてユーロ圏の景気後退で、ユーロ圏を最大の輸出先としていた中国経済が大ダメージを受けます。更に中国の輸出低迷を受け、これが他の新興諸国にも伝播します。かくて世界同時不況となり、世界同時株安、原油など資源価格の下落が進みます。
 そこから、デフレとはいえ低位安定のうえ、経常収支も黒字であり、おまけに市場規模も大きい円に資金が逃避します。
 →これによって起こったこと。円高(+スイスフラン高)

 ということです。つまり、アメリカも駄目、ヨーロッパも駄目、そして新興国も駄目、とにかくどこも駄目、おまけに一度は高くなった資源も下落する、とにかく投資先がない・・・、ということで行き場を失ったマネーが、仕方なく一時的に円に逃げてきた、というだけなんです。これが、過去数年に起こった円高の真相です。

 日本は確かにデフレで不況でしたが、しかしそんなことは関係ないんです。あそこも駄目、ここも駄目、そこも駄目、となったとき、「円」だけは大丈夫そうだ、なにしろずっと経常収支は黒字で外国相手にひたすら儲けてるんだし・・・、というそれだけなんです。日本の国内景気だの、経済のファンダメンタルズだの、そんなことは為替相場においてまったく関係ありません。それが、為替相場というものです。

 さて、ここで今一度、円高の最終局面で起こったこと、つまり⑥について確認しておきます。以下のことを受けて、円は史上最高値を更新し、その後も概ね78〜77円ほどで推移することになります。

 ≪⑥の内容≫
  aスペインやイタリアなど南欧諸国の国債の下落
  b中国の景気失速
  c主要新興国通貨の下落
  d世界同時株安
  e原油など資源価格の下落
 
 一方で、以下は昨秋為替相場が円安に転じて以降、世界の金融市場で起こっている主なことです。

  aスペインやイタリアなどの南欧諸国の国債の上昇
  b中国の景気回復
  c主要新興国通貨の上昇
  d世界同時株高
  e原油価格の上昇

 いかがでしょう? 一目瞭然で、⑥で起こったことの正反対の現象が進んでいるのがお解りいただけると思います。つまり、現在起こっているのは、⑥によって地盤沈下したものが、単に元に戻ってきているだけなんです。それだけです。他はなんにも起こっていません。そうであれば、昨秋以降の円安が、どのような原因によるものであるかは、誰の目にも明らかではないでしょうか? 

 つまり、今の円安は、日銀なんて関係ないのです。ちなみに、2011年の夏に⑥が起こったときも、日本の大手メディアはまったくデタラメな報道をしました。当時日本の大手メディアは、世界同時株安などの事象について、これはアメリカ国債が格下げされたことによるものだと一様に報道したのです。

 当時アメリカでは、債務上限引き上げという問題をめぐって、オバマ政権と共和党の交渉が折り合わず、ちょうどこの年末年始にあった「財政の崖」のような状態になり、それを受けて、世界的に有名なスタンダード&プアーズという格付け会社が、歴史上はじめてアメリカ国債の格下げを行ったのです。で、日本は大量にアメリカ国債を持っているからなのか、それとも日本の政治が対米従属だからなのか、日本の大手メディアは、このアメリカ国債格下げを受けて大騒ぎとなったのです。

 しかし、実際の金融市場は、そんなアメリカ国債の格下げなどまったく関係なく動いていました。ちなみに、この格付け会社は、去年の1月にフランス国債も格下げしました。しかし、当然ながら、市場はそんなフランス国債格下げなどまったく関係なく推移したのです。ともかく、アメリカ国債の格付けと金融市場の動きは、なんの関係もないのです。

 そして、今回の日銀も、それと同じです。これについては、世界の金融市場に対して、日銀よりもはるかに影響力のあるアメリカのFRBと比較するのが一番解りやすいでしょう。2010年8月下旬、FRBバーナンキ議長は、ジャクソンホールで行った講演で、FRBはこの秋から大規模な金融緩和策を実施すると予告しました。そして実際、11月になってそれは予告通り行われました。日銀(中央銀行)の金融政策に関して本来何の権限もない安倍氏の「金融緩和発言」とは違い、こちらはFRB中央銀行)のトップが宣言したものなので、それが実際に行われるだろうという期待感はまったく違います。では、このバーナンキ議長の「金融緩和発言」を受けて、その後どれぐらい円高ドル安が進んだと思いますか? 答えは、4〜5円です。世界の中央銀行のなかでも最も影響力のあるアメリFRBの議長が直接発言したものでさえ、そのドル安効果は、円に対して4〜5円に過ぎないのです。

 にも拘わらず、解散・総選挙が決まった11月半ばの安倍氏の「金融緩和発言」以降、円は対ドルで9円も安くなっているのです。もしこの円安が日銀への金融緩和期待から起こったものであるならば、日銀はFRBさえもはるかに凌ぐとてつもない影響力を持っていることになります。そんな力が日銀にはたしてあるでしょうか? あるわけないんです。

 もちろん、この円安に、日銀への金融緩和期待がまったくないとは言いません。多少はあるでしょう。いくら中国をはじめ諸外国の経済が持ち直してきているとはいえ、たった数か月だけでここまで円安が進むのはいくらなんでも行き過ぎですので、日銀への金融緩和期待も多少含まれていることは否めません。しかし、それもせいぜい2〜3円がいいところではないでしょうか。FRBの金融緩和が4〜5円の効果があったなら、日銀は2〜3円、これはかなり妥当な線ではないかと思われます。という訳で、11月半ば以降進んだ9円の円安のうち、6〜7円は中国をはじめとする諸外国の景気回復によるもので、行き過ぎている2〜3円が日銀への金融緩和期待の分である、こう捉えるのが最も現実的な把握であろうと思います。

 ところで、いよいよ日銀の金融政策決定会合の日にちが迫ってきました。この会合で、安倍氏の言う2%の物価目標を日銀が設定するのか、それはいまところ誰にも解りません。ちなみに、日銀の白川総裁は、「偽りの夜明け」とか、「時間を買う政策」など、言葉の遣い方が非常に上手な方ですので、たとえ2%の物価目標を設定しない場合でも、言葉巧みに自民党の圧力をかわす、という手に出てくることも考えられます。どうなるかは解りませんが、いずれにしても、日銀が2%の物価目標を設定しない場合、為替は一時的に円高に振れる可能性があります。

 しかし、その場合も、昨秋以来大がかりな円売りポジションを取ってきたヘッジファンドにとっては想定内のことでしょう。というのも、一本調子で円安が進んできたために、どこかで一旦調整的に円高に振って、為替の動きをリセットしたうえで、再度円を売りたいというのは、当然あるだろうと推察されるからです。

 株にしてもそうですが、一本調子で株が上がり続けるというのは危険を伴うので、どこかで調整したいものなのです。そして株式市場においては、このような調整的な売買はしばしば行われます。ところが、為替については、昨秋以降ごく小規模な調整はあったものの、本格的な調整は殆どなされないできました。ヘッジファンドというのは非常に用心深いので、どこかで一旦円を買うタイミングをはかっている筈です。

 一方で、彼らは非常に戦略に長けています。日銀が2%の物価目標を掲げなかった場合、それは日銀法改正(改悪)への圧力になるので、彼らにとって長期的には都合がいいと捉えるかもしれません。もちろん日銀は2%の物価目標を掲げた場合、それは既に日銀がアメリカの手に落ちたことを意味するので、この場合も彼らにとっては利益があります。

 ギリシャをはじめ南欧諸国の国債が暴落したとき、ヘッジファンドは、片方で国債空売りして思い切り値を下げさせたところであらためて国債を購入しながら、もう片方でCDSクレジット・デフォルト・スワップ)も購入していました。これは、ギリシャ危機が収束しても儲かり、ギリシャがデフォルトしても儲かるという、どっちに転んでも利益が出るような状態を作っていたのです。

 それと同じような仕掛けを、彼らは日銀に対しても仕掛けています。とはいえ、ギリシャと日銀が違うものであるのも事実です。日銀が頑なに独立性を保持し続けるならば、日銀はヘッジファンドの魔の手を逃れます。いかなる金融マフィアであろうと、民主主義には勝てないのです。民主主義こそ、世界最強なのです。そして、だから民主主義が成熟しないよう、彼らは裏で政治を操り、メディアを操るのです。という訳で、問われているのは、何よりも民主主義です。成熟した民主主義こそは、いかなるマフィアの策略をもはねのけるのです。