中国経済とTPP、発送電分離、そして日銀

 現在、外交において何よりも優先すべきは当然ながら日中関係改善に向けての努力をすることですが、これは現在、上昇するばかりの日経平均株価や、日銀、そして円安などの話題によって完全にかき消されています。しかし、平和という観点からはもちろん、実は、経済においても、現在行うべき最大の課題が日中関係の改善にあることは明らかです。11月の貿易赤字9534億円のうち、その6割が中国なのです。中国との関係が改善されるだけで、この巨額の貿易赤字は一気に黒字に転換します。内需の活性化のためには、産業構造を変えたり、労働環境を変えたり、規制改革を行うなど、地道な改革が必要なのに対して、輸出に関しては、日中関係が改善されるだけで大幅に持ち直すのです。日本経済好転に向けて、最も即効性のある施策こそ日中友好であることは、明らかなのです。

 しかし一方で、大手メディアをはじめ、経済学者たちの間でも、次のようなことが盛んに言われてきました。いわく、中国経済はもう駄目である、北京オリンピックと上海万博でもう終わっている、また、ここまで露骨ではないにしても、中国経済は相当にあやしい、もはや以前のような成長は期待できない・・・など、とにかく中国経済に対するメガティヴ・キャンペーンには事欠きません。

 しかし、これは明らかな間違いです。中国経済は、今後、確実に上昇軌道に乗っていきます。もちろん、内部に色々と問題はありますけど、それでもマクロ的には今後中国が更に成長を遂げていくことは間違いありません。

 そもそも、昨年夏以降の中国の景気減速は、中国に問題があって起こったものではないのです。既に何度も言ってきたように、ギリシャをはじめ、ポルトガル、更にスペイン、イタリアの国債が軒並みヘッジファンドの餌食になり、それを受けてユーロ圏全体の景気が低迷したことにあるのです。中国にとってユーロ圏は最大の輸出相手なので、だから中国はユーロ圏の低迷の直撃を受け、それにより中国経済そのものも低迷したのです。

 中国経済というのは、先進国と較べると、公共投資や企業の設備投資など固定資産投資と、それから輸出の占める割合が大変に高いのです。なので、このどちらかがダメージを受けることは、経済そのものをかなり押し下げてしまうのです。ところが、この9月になって、様々な経済指標から、中国の景気減速は底を打ち、上昇軌道に乗ってきたことがはっきりと解るデータが続出しているのです。

 これは何故かと言いますと、まず中国人民銀行が金融引き締めを行うことで、高まる一方だった食糧価格など物価の高騰を抑制し、それにより生活必需品以外へ支出を促し、そしてその後、今度は預金準備率を引き下げて、経済の血流であるマネー循環を良くしたのです。この手並みは、実に見事でした。これら一連の金融政策が功を奏して、中国の内需が良くなっていったのです。このことは、観光などの面で如実に現れています。『週刊ダイヤモンド』2012年11月10日号に、中国におけるこの秋の観光業の盛況を伝える記事が掲載されるなど、指標のデータだけでなく、様々な情報から、中国経済がようやく回復してきたことがはっきりと見て取れます。

 とはいえ、もちろんまだ力強い上昇とまでは行かないものの、しかし既に最悪期は脱しており、今後はジワジワと成長軌道に乗ってくることは間違いないのです。そして実は、ここ最近の円安も、この中国経済回復を受けてのものです。大手メディアも、経済学者も、金融アナリストも、この円安については、先月の解散・総選挙が決定して以降の安倍発言によるものだとしていますが、これは完全な間違いであり、デタラメです。既に何度も申し上げてきたように、一連の円安は、9月から始まっているのです。これはチャートを見れば、誰にでも確認できるのです。円安は、10月に入る少し手前、9月終わり頃から始まり、それ以降はほぼ一本調子で円安なのです。例外は11月上旬で、この時期だけは円高ドル安に触れているのですが、これはアメリカ大統領選を受けてのものなのです。この11月上旬を除けば、円は9月終わり以降、この3カ月間、ずっと円安なのです。

 という訳で、いかにも安倍発言で円安が始まったかのように言うメディアの報道も、経済学者や金融アナリストの解説も、全部デタラメです。

 この9月終わりから始まった円安は、完全に外部要因からなのです。そして、その最大の要因こそ、中国の景気回復です。9月終わりというのは、中国の経済状況が上向き始めた時期とちょうど一致するのです。そして、以前お伝えしたように、中国経済が上向くことは、中国に鉄鉱石などの原材料を輸出しているオーストラリアやブラジルなど他の新興国のGDPも押し上げるのです。すると、世界経済の低迷を受けて一時円に避難していたマネーが、新たな投資先を求めてよそへ出ていくのです。こうして、円安が進むわけです。

 だいたい、中国経済に対してネガティヴ・キャンペーンを行う媒体や学者などは、一方で中国海軍の脅威論を煽り、日本はアメリカに守られているんだとまことしやかな嘘を言い、そうしてTPP参加も推進しているわけで、このへんを考えれば、裏でどのような情報操作がなされているかは、容易に推察できる筈です。

 中国経済に対して、本格的なネガティヴ・キャンペーンが始まったのは、今年に入ってからです。それは何よりも、去年の中国のGDP成長率の数字を受けてなされました。去年の中国のGDP成長率は9・1%だったのですが、この数字をもって、中国の成長はこんなにも鈍化した、もはや以前のような高成長は期待できないという論評はことのほか多かったのです。

 しかし、そのような中国経済に対する評価は、完全な誤りであり、デタラメです。9・1%という数字をもって中国経済に対しネガティヴ・キャンペーンをはる者どもは、はたして過去30年の中国経済の平均成長率を解ったうえで言っているのでしょうか?

 1978年に改革開放路線が始まって以降、2009年までの中国の1年あたり平均成長率は、9・9%です。およそ30年、平均で9・9%の成長率だったところが、昨年9・1%になったからといって、それで何故中国経済失速とか、中国はもう駄目だとか、そういうことになるのでしょうか?

 そもそも、リーマンショックが起こる以前の数年間は、欧米の不動産バブルを受けて世界経済全体が狂っていたのであり、そうである以上、この間の11%とか13%という中国の成長率もまた、実力以上のものがあったのです。このバブルに沸いた数年間を物差しにして9・1%だから中国経済は失速したなどというのは、明らかにおかしいのです。

 繰り返しますが、重要なのは、中国経済に対しネガティヴ・キャンペーンをはる学者やアナリストは、殆ど例外なくTPPに賛成であるということです。つまり、中国経済へのネガティヴ・キャンペーンとTPP推進キャンペーンは、セットになっているのです。

 78年の改革開放路線のスタートから30年以上も経てば、普通は成長も少しは緩やかになるものです。これは別に失速とかそういうことではなく、当たり前のことです。そしてもう1つ、成長率をパーセンテージで見ると、その成長は鈍化しているように見えても、しかし成長する過程で分母がドンドン大きくなっているから、成長率は下がっても、成長の絶対値は下がってはいないのです。

 たとえば、年収300万円の人が、10%給料が上がったとします。一方で、年収500万円の人が、8%給料が上がったとします。どちらの方が、より多く金額が増えてるでしょう? 答えは、後者です。中国の成長もこれと同じなのです。GDP300兆円から10%成長するのと、GDP500兆円から8%成長するのでは、500兆円が8%成長する方が、成長の絶対値は上なのです。GDPが300兆円のとき10%成長する場合、成長の絶対値は、30兆円です。一方で、GDPが500兆円のとき8%成長する場合、成長の絶対値は、40兆円です。つまり、成長のパーセンテージ自体は下がっても、しかしパイが大きくなっているから、成長の絶対値そのものの上昇は、500兆円が8%成長する方が、上なのです。という訳で、中国の成長は、全然止まっていないのです。むしろ加速しているのです。

 しかし経済学者も金融アナリストも経済記者も、みなドグマに凝り固まっているので、このことに気付きません。GDPの成長は、何故かパーセンテージで考えるということになっているのです。これが、ドグマというやつです。しかし実際は、パーセンテージではなく、絶対値で見るべきなのです。そうであれば、中国の成長のパイは、確実に拡大していることがよく解ります。

 そして、このことは、必然的に次のことに気付かせます。経済活動の規模がこのような急拡大している以上、そのぶん、鉄鉱石や原油など様々な資源の需要もそれだけ拡大しているということです。それはどういうことかというと、資源価格が上がるということです。

 ちなみに、日本の経済学者や金融アナリストや経済記者は気付いていなくても、ヘッジファンドはこのことに気付いています。間違いなく彼ら金融マフィアたちは、中国の成長をパーセンテージではなく、絶対値で見ています。何故なら、需要の変化を正確に予測できるからこそ、資源価格に関して、投機的な値段の操作が可能になるからです。

 という訳で、中国の景気減速は既に底を打ち、今後中国が再び上昇軌道に乗ってくるならば、中長期的に見て、原油価格は確実に上昇します。このことを最もよく解っているのは、商社において長年原油の動向をウオッチしてきた、資源のプロたちです。たとえば、丸紅経済研究所代表の柴田明夫さんは、「中国をはじめとした新興国へのパワーシフトにより、安い資源の時代は終わった」とし、「新興国のインフラ整備などを考えれば、いずれは1バレル100ドル水準で均衡する」と言っています。しかし実際は、もっと上がる可能性さえあるのです。そしてまた、そうであるならば、日銀の金融政策に関係なく、円安も進行します。

 円安が進行しつつ、一方で資源価格も上昇するということは、日本が火力発電用に輸入する天然ガス原油価格連動型である以上、このままだと、いずれ電力料金の大幅な上昇は避けられないということになります。この電力料金上昇圧力を少しでも緩和するには、何よりも発送電分離を行い、電力料金に市場メカニズムを導入することで、各電力会社にコスト削減努力を促し、そうして下げる以外に対応のしようがありません。

 つまり、中国経済の状況を正確に見極められるなれば、発送電分離こそ喫緊の課題ということに当然気付く筈なのです。しかし、現状のままでは、1年経ち、2年経った頃、「なんかさ、気が付いたら、いつの間にか天然ガスの輸入価格が物凄く上がっちゃったね」、「まずいね」、「皆さん、こうなっては新たに原発を建設するほかありませんよ」・・・、ということになりかねないのです。

 坂本龍一さんがよく仰るように、エネルギー問題というのは、何よりも石油なのです。そうである以上、ヘッジファンドというのは、この原油価格の上げ下げについては、熟知しています。

 そして、この原油価格の鍵を中国が握っている以上、我々は、何よりも中国経済の現状と今後をこそ、正確に見極めなければなりません。

 一方で、日銀も重要です。もし日銀が安倍首相の唱える2%の物価上昇が達成されるまで無制限の金融緩和をやってしまうと、スタグフレーションが起きていまよりも一層生活が苦しくなるうえに、円安もより一層進んでしまうわけです。

 こうなっては、新原発建設への圧力が、ダブルパンチで進行することになります。

 という訳で、燃料価格を抑えるには、ある程度円高の方がいいわけです。このことは、貿易収支の面でも同様です。原油天然ガスのみならず、鉄鉱石や天然ゴムなど、あらゆる価格が上昇することは、当然ながら貿易収支を赤字にします。もちろん、円高の場合、輸出競争力は低下しますが、しかし双方のプラスとマイナスを考えた場合、どちらがいいかは明らかです。

 そして、輸出の低下は、成長する中国が補ってくれます。なにしろ、成長のパイは年々拡大していく一方なのです。しかも中国は、今後、これまで弱かった個人消費の部分を強くするための政策を次々に打ってきます。そうであるならば、ここには、日本企業にとっても、大きなビジネスチャンスがあるわけです。

 もちろん、中国の経済に関しては、これまで以上の精密な分析を必要とします。しかし、ドグマに支配され、中国の成長の真の姿を見誤ることも、更に尖閣の問題をいつまでも有耶無耶にすることも、決してあってはならないのです。中国経済の真の姿に目を向け、日中の真の友好の構築と発送電分離、そして世界経済を正確に見定めたうえでなされる日銀の慎重な金融政策こそ、何よりも必要となるものです。