ここに来て何故ヘッジファンドは突然ギリシャ国債を購入し始めたのか? 日本と中国で儲けるための金融兵站術の第一歩

 前回のレポートにおいて、ヘッジファンドの巣窟の1つであるICEインターコンチネンタル取引所が、NYSEユーロネクストを買収し、220年の伝統を持つニューヨーク証券取引所の独立についに終止符が打たれたことを報告しました。このICEという取引所は、原油価格の指標である北海ブレンド天然ガスなど、資源関連を中心とするデリバティヴ取引がメインです。NYSEユーロネクストを買収し、ニューヨークと、更にはパリを手中に収めたことで、今後彼らは、これら資源をはじめとしたデリバティブ取引の規模拡大化に乗り出すであろうことは想像に難くありません。

 金融マフィアにとって、最も手っ取り早く多額の儲けを手に出来るものは、原油価格を吊り上げることです。そして、日本が外国から輸入している天然ガスの価格は、基本的に原油価格連動型ですので、原油価格が上がると、発電のための天然ガスを購入する際の輸入価格も上がることになります。そうして電力料金が上がることは、当然日本における原発再稼働、更には新原発建設への世論誘導の恰好の材料として使われるでしょう。

 しかし、ヘッジファンドは当初、ロムニー共和党政権誕生を通し、イランの核開発疑惑の話題を煽ることで原油価格の吊り上げを狙っていた筈です。このことは、イスラエルが、イラン核施設空爆に関するシミュレーション・レポートの発表をわざとアメリカ大統領選挙直後のタイミングに合わせてきたことからも明らかだと思います。言うまでもなく、この計画はオバマ再選によって頓挫したかたちです。

 とはいえ、原油価格の上昇を促す有力な要因は、中東情勢以外にもあるのです。原油に限らず、近年、資源価格全般の鍵を握っているのは、中国です。中国の景気が上向くと、原油はもちろん、鉄鉱石その他様々な価格が上昇します。なにしろ、13億人もの人口規模を持つ社会において資源・エネルギー需要が高まることは、それほどにインパクトがあることなのです。

 ところが、2011年の夏場以降、中国の景気は明らかに失速していきました。なかには、リーマンショックに匹敵するほどのダメージという報告さえもあったほどです。しかし、この2012年秋になって、中国の景気が、明らかに上向いてきたのです。マーケットは、当初は中国経済の先行きについて慎重な見方を示していたものの、しかし11月に発表された一連の経済指標の数字から、中国の景気は底を打ち、いまは緩やかながらもついに回復の軌道に乗っているという見方がかなり多くなっています。

 ちなみに、ある国の経済が低迷する場合、その理由は、主に2つあります。1つは、内部的要因、つまり自国の中に大きな問題がある場合です。そしてもう1つは、外部的要因、これは、主要な輸出相手の景気が低迷することを受けて、それによる輸出の不振が自国へと反映されるものです。そして、昨年夏以降の中国の景気減速の最大の要因は、明らかに後者、つまり輸出の不振によるものです。中国の最大の輸出先はユーロ圏です。ギリシャ危機に端を発する南欧諸国の債務危機によるユーロ圏の低迷が、そのまま中国経済を直撃したのです。

 ここで、昨年夏以降に起きたことを整理します。

 ①ギリシャ危機が、ボルトガルから、更にスペイン、イタリアへと矢継ぎ早に飛び火して、ユーロ圏全体の景気が低迷する。
 
 ②ユーロ圏の低迷を受け、中国の輸出の伸びが大幅に鈍化し、中国の成長にブレーキがかかる。

 ③中国経済の失速を受け、中国に原材料を輸出していたオーストラリアやブラジルな度他の新興国の景気も低迷する。

 ④それまでバブル的な高値にあったブラジルの通貨レアルをはじめ、新興国通貨が軒並み下落する。

 ⑤ユーロ圏も駄目、中国も駄目、他の新興諸国も駄目、そしてもちろんリーマンショックから回復できていないアメリカも駄目ということで、資金が円に向かい、円高が一気に進行する

 ⑥そして自民党は、この円高に対し、民主党政権と日銀の対応は甘いと盛んに批判する。

 ちなみに、昨年10月下旬、あまりの円高に悲鳴を上げた財務省が、10兆円という過去最大規模の為替介入を行い、更にその後も駄目押し的に覆面介入を行ったのは、このような背景があります。自民党はそれでも再三に渡り民主党の通貨政策を批判していましたが、しかしあれ以上の金額などさすがに使えるわけがありません。

 それはさておき、要するに、ギリシャという南欧の小国の財政がおかしくなったことから、グローバルな領域でこれほど大規模な連鎖反応が起こったのです。そして、言うまでもないことですが、ギリシャをはじめ南欧諸国の資産について実体以上に値を下落させたのは、当然ながらヘッジファンドです。ヘッジファンドは、片方の手でギリシャ国債などの空売りを行って無理やり下落させて危機を演出し、そしてもう片方の手ではCDSクレジット・デフォルト・スワップ=国家や企業が破綻したときのための保証金のようなもの=金融商品の1つ)の操作も行い、大儲けを企みました。つまり、自分で無理やりギリシャ国債の値段を下げ、一方でギリシャ国債が破綻したときの担保的な金融商品であるCDSもまた自分で購入し、ギリシャ情勢がどう転がっても儲かる構図を意図的につくったのです。当時、一部の経済学者や金融アナリストの間で、ギリシャを生かすも殺すもヘッジファンド次第と謂われた所以です。

 ところが、そのギリシャ、つまり中国の景気減速の最初の要因となったギリシャ、この国債を、11月の半ばに入って、ヘッジファンドは突然購入し始めたのです。更に彼らは、スペインの不動産への投資もはじめています。

 ちなみに、この10月と11月、ギリシャとスペインをめぐる情勢は、まさに一寸先は闇の様相でした。まずスペインに関しては、来週こそスペイン政府はEUに支援要請するだろう、と思ったら支援要請せず、来週こそスペイン政府はEUに支援要請するだろう、と思ったら支援要請せず・・・、というようなことを繰り返し、市場関係者をやきもきさせっぱなしでした。またギリシャについても、とにかくアテネでのデモは激化する、EUとIMFとECB(ヨーロッパ中央銀行)は内輪もめを繰り返す一方で、ギリシャ支援は先送りの連続でした。そういう状況のなか、突如ヘッジファンドギリシャ国債とスペインの不動産への投資を開始したのです。で、そうしたら、ギリシャとスペインの財政問題も、いつの間にか安定したのです。

 これ、普通は順番が逆なのです。通常なら、ギリシャとスペインをめぐる情勢がはっきりしてからそれらの国へ投資をするものです。ところが、実際に起こったのはその逆で、まずヘッジファンドギリシャとスペインへ投資をして、次いでギリシャ情勢、スペイン情勢が落ち着いたのです。明らかに、ヘッジファンドの意向次第で、ユーロ圏がどうにでもなることの証です。そしてもう一つ確かなことは、それに向けてヘッジファンドが注意深く見詰めていた対象というのは、ギリシャ、スペインをめぐる情勢ではなく、中国の景気指標だったということです。

 中国が自力で景気減速の底から脱出する、そこへギリシャとスペインが安定すると、これらの国に支援を送るドイツやフランスも上向きます。そしてこれまでお伝えしたように、フランス株とドイツ株はその後いずれも上昇を続け、12月になると何度となく年初来高値を更新しました。日経平均株価が1万円の大台を回復したその翌日も、フランス株・ドイツ株は、しっかり年初来高値を更新しています。

 そしてそれに合わせ、通貨ユーロも急上昇しています。

 つまり、ヘッジファンドは、自分たちで無理やりユーロ圏の景気をメチャクチャにしておいて、中国が自力で底から這い上がってきたら、すかさずユーロ圏に対する攻めの姿勢を緩め、ユーロ圏の景気上昇を促し始めたのです(ちなみに、上げるためにまず一旦意図的に下げさせるというのは、ヘッジファンドが行う常套手段です)。ともかく、そうなるとどうなるかと言いますと、中国は、今後は輸出も回復することが予想されます。内部的要因が改善し、更に輸出も伸びると、当然資源に対する需要も増してきます。実際、鉄鉱石などの価格は既に上昇を始めているのです。

 そして、このように中国で需要が高まり、新興国が活気づくことは、当然将来に向けての原油高への期待を生みます。

 極端な話、ギリシャ1つを操作するだけで、それがユーロ圏全体の操作へと繋がり、そこから中国経済の操作へと繋がり、更にオーストラリアやブラジルなど他の新興国の操作へと繋がり、合わせて新興国通貨から、ユーロ、円の操作へと繋がるのです。それほどに、いまは経済の相互依存が進んでいるのです。

 更に、この操作は、めぐり巡って、原油価格の操作へと行き着きます。

 そしてこの12月20日に、まさに原油価格の指標である北海ブレンドの取引を行っているICEが、NYSEユーロネクストを買収し、ニューヨークとパリの証券取引所を手中に収めたのです。

 ところで、坂本龍一さんが常日頃仰っているように、原発がエネルギー問題というのは間違いで、真のエネルギー問題は、石油です。

 一方で、このように世界の景気が復活気配にあるものの、それが市民の生活を豊かにするとは限りません。何故なら、現在世界的に、資源その他の価格上昇を通して、物価は上がるけど収入は上がらない、経済用語でスタグフレーションと呼ばれる状況への懸念が高まっているのです。貿易が活発化しても、それが賃金に還元されるとは限らないのです。日本においてもそうでした。小泉〜安倍政権時代、日本の輸出は絶好調で、07年安倍政権時には80兆円という史上最高の輸出を記録します。しかし、それで市民の生活は良くなりませんでした。むしろ格差が拡大しただけでした。

 諸外国において、日本のようなデフレ懸念はそれほどありませんが、しかし輸出の拡大が格差の拡大をもたらすという構図は同じです。いままで以上に中間層が没落する可能性があります。ただ、それについては今回の本題ではありませんので、またの機会に論じたいと思います。

 とにかく、ヘッジファンドギリシャに対する動き、中国の景気動向、そしてNYSEユーロネクストの買収から、今後原油価格が上昇することが予想されます。その上昇幅がマフィアの思うようなものでない場合、必ず何らかの仕掛けを施し、無理やりにでも原油の高騰に持っていこうとするでしょう。真のエネルギー問題は石油であるということを誰よりもよく解っているのは、それで巨額の富を得ている当の本人たちに他なりません。

 一方で、日本が輸入する天然ガスの価格が原油連動型である以上、これは当然ながら、再稼働圧力であり、それどころか、新原発建設への圧力にもなって来る筈です。

 そしてまた、内需と外需両面から中国の成長が増すことは(もちろんリーマンショック以前のような強烈な成長ではないにしても、です)、中国にどのような影響を与えるでしょうか? 疑いなく、一時鎮静化していた不動産価格が上昇する筈です。そして、言うまでもなく、原油価格上昇と並んで、マフィアの儲けの種は、不動産バブルです。

 ヘッジファンドは、中国で不動産バブルを起こしたくて起こしたくて仕方ない筈です。しかも彼らは、美味しいところを頂いたうえで高値で売り切り、バブルのツケを払うのを回避しようとするでしょう。実際、ロスチャイルドなどは、80年代後半の日本の不動産バブルのときも、俗に世界3大バブルと謂われる1637年のチューリップバブル、1720年の南海泡沫バブル、同じく1720年のミシシッピ計画の際のチャート分析を参考に、一旦意図的に日本株を上昇させた後で多額の売りに転じ、見事最高値一歩手前で売り切り巨額の利益を得ています。

 とはいえ、事態はそこにはとどまらないのです。マフィアにとっては、これさえも過程に過ぎず、もっと大きなことを考えています。

 ただ、それは一方で、金融マフィアの儲けの手口は、どこを切っても変わらない相も変らぬ金太郎飴的なもので、本質は何も変わっておらず、ただ手口だけがやたら大がかりになり且つソフィスティケートされているということです。つまり、悪あがきのようでもあれば、既定路線のようでもある。予定調和の未来をいかに変え得るかは、国境を越えた市民の連帯次第だと思います。