アメリカとヨーロッパの経済をめぐる報道について

 アメリカとヨーロッパは、日本と共にこれまで世界経済のメインプレイヤーであり続けてきた。しかし現在、欧米のいずれも経済が深刻な状態にある。ところで、欧米の経済に関して、これまでいったいどのような報道がなされてきたのだろうか?

 まずアメリカだが、リーマンショック以降、アメリカ経済は二度回復局面に入ったと盛んに報じられた。一度目は2009年の秋であり、二度目は2011年の春である。

 最初の2009年の秋だが、このときアメリカは株価が絶好調で、11月下旬にはほぼ連日に渡りその年の最高値を更新していた。これはその直後、ドバイショックと呼ばれるドバイの不動産バブル崩壊を受けて一時的に下落したものの、しかしこれは市場が必要以上に神経過敏に反応しただけで、株価はすぐに持ち直し、翌年には本格的な経済の回復が見込まれると盛んに唱えられた。

 そして2011年の春は、まず4月にECB(ヨーロッパ中央銀行)が金利の引き上げをおこない、それを受けてアメリカもいよいよ出口戦略に向かうときだ、直近の企業業績も良好だし、今後アメリカ経済は回復基調で進むだろう、ECBの次はアメリカの番だ、ということになった。

 しかし、このような言説は、今となれば物事の一面しか見ていない単なる楽観論だったことは既に明らかである。

 だが、そんななか、この二度の局面において、いずれも、それは違うぞ、アメリカの経済はそんな簡単に回復しない、現在言われていることは幻想に過ぎないと、そう警告をし続けた人物はいる。その一人が、RPテック代表取締役の倉都康行氏である。彼の発言を追っていれば、アメリカ経済をめぐってこんなに右往左往する必要はなかっただろう。倉都氏の説明は明快である。まず2009年の初冬において、彼はこう言っている。

 「アメリカの株が絶好調なのは事実ですが、しかしそれは実体経済を全然反映していないのです。企業は外国でモノをつくり、それをそのまま外国に輸出しているだけで、そこで得た利益はアメリカ国内の一般市民にはまったく還元されていません。それどころか、今アメリカの国内経済はかなり深刻なんです。というのも、地方で銀行が倒産ラッシュなんです。地方銀行、いわゆる地銀は、現在かつてない苦境に直面していて、あちこちでバタバタ倒産しています。本当にアメリカ経済が回復局面に入っているなら、これほど銀行が倒産するなどということはまずありえません」。

 「そしてこの地銀の倒産ラッシュと密接に関連するのが、住宅市場です。アメリカの地方経済にとっては住宅市場が極めて重要なファクターなんですが、この住宅市場がまるで駄目なんです。とはいえ、それでも今はまだマシなんです。問題は来年です。現在、住宅の購入には政府から補助金が出ているんですが、この補助金が来年の夏に切れるんです。ですから、現在の住宅市場は、単に将来の需要を先食いしているだけであり、しかしそれでも超低空飛行でかろうじて飛んでいるというレベルなので、補助金が切れる来年の夏にはガタッと一気に落ち込むおそれがあります。という訳で、アメリカの経済は、来年の夏には相当深刻な状況に陥っていることが予想されます」。

 そして結果はどうなったか? アメリカ経済は2010年の夏にその深刻さを露呈し、それを受けてFRB連邦準備制度理事会)が二度目の量的緩和(通称、QE2)を実施するに到る。倉都氏の言ったことは、ドンピシャリで当たったのだ。一方、2011年の春はどうだったかというと、彼はこう発言していた。

 「ECBが利上げをして、さあ次はアメリカの番だ、6月にQE2が終わる、アメリカもそろそろ出口戦略に入るべきときであり、FRBもいずれ利上げに踏み切るだろう、そうみんな言いますけど、私はそれはありえないと思う。何故なら、バランスシート調整というのはそんな簡単にいかないからです。不動産バブルの崩壊によって、アメリカでは大量の不良債権が生まれたわけですが、この不良債権はいまだに処理しきれていません」。

 「日本も90年代に大量の不良債権が生まれましたけど、しかしアメリカの場合、事態はかつての日本よりもややこしいのです。というのも、日本の場合、不良債権を持っているのは金融機関ばかりでしたが、アメリカはそうではなく、金融機関に加えて、家計にも大量の不良債権があります。この家計にある不良債権に関しては殆ど手付かずで、政府はろくに処理出来ていません。何故なら、それをやると一気に家計を圧迫し、消費が大幅に落ち込むからです。そうなると恐ろしいことになる。だから一度には出来ない」。

 「とはいえ、いつまでも不良債権を抱え込んだままでいることも出来ません。少しずつ、ゆるやかに処理をするしかない。という訳で、このバランスシート調整には相当時間がかかります。ですから、一時的に景気が良くなったように見えても、本質は何も変わっていないわけで、この問題を抱えている限り、景気はいずれ落ち込みます。アメリカの経済は、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、憂鬱に進んで行くでしょう。だから、利上げなどまず出来ません」。

 そして結果はどうだったかというと、またしても倉都氏の言ったことは的中したのである。8月にFRBは、金利を上げるどころか、少なくとも2013年までは現在の超低金利政策を続けると発表したのである。

 ところで、この夏、7月下旬にアメリカのダウ工業平均株価が連日下落し、それどころか8月に入ると世界同時株安となったが、これは議会で揉めに揉めたアメリカの債務問題とは何の関係もない。メディアの論調は、まるで株価下落の原因はアメリカの債務問題が揉めてデフォルト寸前まで行ったことにあるかのようだったが、しかしこの二つは直接的には何の関係もない話である。

 マーケットは、春から夏へとアメリカの経済は持続的に回復基調を強めるだろうと予想していた、ところが、どうも雲行きはそうではない、事態は倉都氏が言ったような、のらりくらりとした憂鬱な展開を見せていた。で、おかしいぞ、経済が思っていたようには回復しない、まずいんじゃないか、となったところにEUでスペインとイタリアの債務問題が急速に進み、両国の、とりわけイタリアの国債がガクンと値を下げた。このアメリカの実体経済の憂鬱な展開とEUのソブリンリスクのダブルパンチが株価を押し下げた何よりの要因である。

 アメリカの経済が低迷すれば、アメリカに製品を輸出している日本や韓国その他の企業の収益が落ちる。またEUも債務問題から各国が緊縮財政を推し進めれば、EU内の消費は減退し、それにより企業の収益は落ちる。そして駄目押しが金融機関で、ギリシャ、スペイン、イタリアなどの国債を購入している民間の金融機関はあちこちにあるわけだが、これらの国債の価値が下がれば、それだけこれらの国債保有している金融機関にとってはピンチとなり、これにより金融機関の株が売られる。更に国債価格の下落により、当の金融期間としてはただでさえ自らの資産が目張りするうえ、加えて民間の株まで値を下げるとなると、金融機関の損失はあまりにも痛すぎるものとなる。そのため、少しでもリスクを減らそうと、金融機関が手持ちの株を大量に売却する次第となった。これが7月下旬から8月にかけて起こった世界同時株安の実態である。

 事実、格付会社スタンダード&プアーズによる米国債格下げ以降、米国債は売られるどころか逆に買われているのである。債務上限をめぐってあれだけ議会が揉めに揉め、それを受けて格付会社が格下げをしても、アメリカの支払能力に対する評価は何も変化しておらず、逆に世界的にリスクを回避する動きが高まったおかげで、米国債は売られるどころか逆に買われたのである。

 しかし、だからといって米国債がいつまでも安泰というわけではない。アメリカは膨大な額の政府債務残高に加え、経常収支も大幅に赤字であり、いわゆる双子の赤字と呼ばれるこの2種類の借金が相当な重しとなっており、いずれ米国債の価格下落を招くことは確実だろう。だが、それはもう暫く後のことである。現状どこよりも問題となっているのはヨーロッパであり、ここが何よりも狙い打ちされている。

 8月の時点で日本の大手メディアにおける世界経済に関する話題は、殆どアメリカの景気と対ドルの円レートで埋め尽くされていたが、しかし9月になるとさすがにメディアもヨーロッパの状況の深刻さに気付き、連日に渡り夕刊の一面で報じるようになった。 

 で、ヨーロッパといえば、他はともかくドイツの経済は好調で、そのドイツが債務問題で危機に瀕している国を助けるだの助けないだのと揉めている、という報道がとにかくやたらと目についたが、しかし、これに関してもまずは物事の前提を明確にするべきである。

 ドイツの経済が何故好調なのかというと、話は簡単で輸出が順調だからである。では、何故輸出が順調なのか、ということだが、これは一言でいうと、ギリシャやスペインやイタリアなどが債務問題で危機に瀕しているからである。

 というのも、これに関しては、もしもドイツの通貨がユーロではなくドイツマルクだったらどうなっていたか? という問いを設定すれば理解し易い。

 ドイツは2007年に中国に抜かれるまでGDPで世界第三位であり、今もって世界的な経済大国である。また経常収支も恒常的な黒字であり、更に技術力も高く、資本主義の成熟した先進国である。という訳で、ドイツは日本とそっくりなのだ。そして前回述べたように、このような国の通貨は、世界経済が危うくなると真っ先に買われるのである。だから、本来ならば、ドイツの通貨はドンドン値を上げていてしかるべきなのだ。

 ところが、日本の通貨が円であるのに対して、ドイツの通貨はマルクではなくユーロである。そしてユーロは、昨年ギリシャの政府債務が問題となって以降、ECBが金利を上げたときのような例外を除けば、一貫してユーロ安が進む一方である。

 という訳で、資本主義が成熟し、圧倒的な技術力を誇る先進国ドイツは、自国通貨まで安くなる一方なのだ。となれば、これは輸出において敵なしであり、企業の収益は上がるに決まっている。

 そして、ギリシャやスペインやイタリアなど南欧諸国の側からすれば、ドイツは自分たちが原因で起こったユーロ安の恩恵をどこよりも享受しており、そうである以上、ドイツが我々の国を助けるのは当然の義務だ、となる。だが、事はそう簡単ではない。というのも、好調な輸出を受けて企業の収益は良くても、それがどれだけ国内に還元されているかは別である。

 ご多聞に漏れず、実はドイツも失業率は高いのだ。はっきり言って、日本よりもずっと高い。だが、ドイツは日本と違い、所得再配分がかなり機能していて、そのため貧困などの問題は日本ほど深刻ではない。とはいえ、職がない人間、低所得の人間からすれば、余裕があるならまず俺たちに雇用を作れ、俺たちの賃金にまわせ、それをしないでなんで他の国を助けるんだ! ということになる。

 もちろん、これらの層以外からも、なんでドイツがよその国を助けなければならないんだ! という声は根強くある。

 しかし、ドイツには明らかに債務危機に瀕する南欧諸国を助ける義務があるのだ。というのも、通貨統合をしたといっても、実際の経済は各国それぞれ別であり、国によって物価はまちまちである。インフレが進んでいるところもあれば、安定しているところもある。しかし、だからといって中央銀行が据える金利は、ここはインフレ気味だから高めで、ここは安定しているから低めに設定、というわけにはいかない。どこか一つに合わせなければならない。では、どうするか?

 ユーロ圏のGDPは、一位のドイツと二位のフランスだけで全体のおよそ半分を占める。という訳で、いくら南欧諸国が「自分の国はこんなに物価が上昇傾向にあって大変だから金利はこのへんで……」と願っても、その望みはかなえられない。金利は、大国であるドイツとフランスに配慮して決まる。するとどうなるか? 独仏両国に較べ経済的に劣る南欧諸国は、彼らの国の経済実態と金利が乖離してしまう。そうなると当然経済はうまくまわらなくなる。それにより企業も競争力を失い、経常収支の赤字も膨らむ。こうして、これらの各国は、ユーロ圏の北に位置する裕福な国からの借り入れで賄うという構図が出来てしまった注1

 しかし、その間も物価の格差は確実に進行し、南欧諸国はドイツなど北の国と較べて物価がドンドン上昇した。だが、その一方で、通貨は統一通貨であるユーロを使っているため、物価の変動を為替相場によって調整することは出来ず、しかもそれでいて、金利などECBの政策もドイツ寄りのままだった。こうなると、南欧諸国の企業は競争力においてドイツの企業にまるで歯が立たない状態となり、一方それを尻目に、ドイツの企業はユーロ圏の域内で次々にシェアを獲得していった。

 という訳で、現行のユーロの制度は、明らかに大国に都合の良いように出来ているのだ。一言でいうと、南欧諸国は、合法的にドイツ企業の草刈り場にされてしまったのである。おまけにドイツは、ユーロ安の恩恵を受けて、中国やブラジルなどからも輸出でがっぽり儲けているのだ。そうである以上、どう考えても、ドイツにはこれら南欧諸国を救う義務がある。これで何もやらなかったらそれこそ詐欺というものだ。国際社会は、このことを解っているから、「さっさとやるべきことをやれ」とドイツに迫っているのである。無論、債務国の国債保有する金融機関が多額の不良債権を抱え、それにより金融危機が起きることはなんとしても避けなければならないというのが一番大きな理由ではあるが、とはいえ、このような状況を生んだ責任の一端がドイツにあることもまた明らかなのだ。

 しかしドイツの市民たちはこの点をまるで理解していない。「一生懸命働いて堅実に暮らしている我々が、なんで放漫財政の怠け者を救わなければならないのか?」という意見が大半を占めている注2。一方で、フランスは債務危機にある国々を救済するという姿勢を一貫して貫いている。だが、自らすすんで苦しんでいる国を救おうとする方が稀であって、ドイツで支配的な国民感情に後押しされ、オランダやフィンランドなども硬直的な姿勢を鮮明にし、債務国が担保を確保しないならば我々は救済に応じないと強く主張するようになる始末である。

 こうして、債務問題で危機にある国の救済をめぐってこれだけゴタゴタと揉める以上、もはやユーロという枠組みそのものを維持することが無理なのではないか? ユーロという枠組み自体が崩壊するのではないか? という懸念まで出る始末だが、しかしそれはまずありえない。

 というのも、まずドイツだが、ドイツがユーロから離脱してマルクを発行した場合、確実にマルクの価格は急上昇し、相当なマルク高になる。資本主義の成熟した先進国であり、且つ経常収支も恒常的に黒字である以上、世界的な景気低迷期においては、他のどれよりも買われる通貨である。という訳で、ドイツマルクは、相当な高値で推移することは目に見えている。

 するとどうなるか? ドイツの各企業は、ユーロ安バブルによる高収益から一転してマルク高に苦しみことになり、収益がガタ落ちし、更にそれを受けて税収も大幅に減る。となると、足りなくなる分は増税と歳出削減で埋め合わせることになり、そうなれば、企業からも市民からも公務員からも不満が噴出することになる。

 ドイツ政府がそんな選択をするわけがない。したがってドイツは、フランスの側へ歩み寄り、自ら率先して債務危機にある国の救済を進める以外に道はない。

 一方、ギリシャやスペインやイタリアなどの側がユーロを離脱することも、これまたありえないのである。何故なら、今後これらの国はEFSF(ヨーロッパ金融安定化基金)から融資を受けることになるわけだが、これは、ユーロを通貨とする国がユーロでカネを借りることになる。しかし、もしもこれらの国がユーロから離脱したらどうなるか? 言うまでもなくその国にとってユーロは外貨となるわけだが、それによりEFSFから受ける借金も外貨建てとなる。さて、そこでたとえばギリシャがユーロを離脱し、かつての通貨ドラクマを発行したとする。しかし、発行した直後から、ドラクマの大暴落は必至である。いまどきギリシャの通貨を買う投資家などいないのだ。そしてギリシャは、価値が猛烈に落っこちたドラクマでもってユーロ建ての借金を返すことになるわけだが、言うまでもなく、そうなってはとても借金など返せるわけがない。

 しかし、ユーロにとどまってさえいれば、EFSFから受ける借金は自国通貨での借金である。そうである以上、どちらを選択すべきか、答えは明らかだ。債務危機に瀕している国がこの期に及んでユーロから離脱することは、自殺行為以外のなにものでもない。

 かくして、ユーロという枠組みが崩壊することはまずありえず、ドイツとフランスが主導して債務問題で危機にある国を根気強く救済していく以外に道はないのである。もしもユーロという枠組みが崩壊するとしたら、それはどこかの国の離脱というかたちではなく、ECBに対する信認がガタ落ちし、ユーロ紙幣が単なる紙くずになるときである。そしてその可能性は、実はあるのだ。だが、すぐに起こるというわけではない。マーケットにおける現状での課題は、ドイツが歩み寄り、フランスと共にユーロ圏全体の財政統合への道筋をつけることである。これが何よりの課題となっており、市場関係者はそこをこそ注視している。もちろん、その過程は容易ではないだろう。だが、そちらへ向かうしかないのであるが、しかし世界経済にとって、真の問題はここにはないと見るべきである。

 というのも、ドイツであろうとも、失業率は依然高い状態にあり(繰り返すが、日本より高い注3)、そのため、国内において不満はあちこちで燻っているのだ。

 という訳で、一番の難題は、企業の収益がどれだけ向上しようと、それが国内に還元されるわけではないという問題は、ドイツであろうとも逃れることは出来ない、という点にある。これは、先進国共通の大問題である。

 アメリカの失業率の高さは周知の通りである。アメリカでは、失業率が常時9パーセント代で推移している。長期化する反ウォールストリートのデモは、このことの深刻さを何よりも端的に物語っている。しかし、実はユーロ圏の失業率はこのアメリカよりも更に高い。ギリシャ危機が起きる以前の段階で、既にユーロ圏全体の失業率は10パーセントを超えているのだ。今年に入って若干下がったものの、しかし現在の情勢を考えれば、今後ユーロ圏の失業率が再び上がることは避けられないだろう。一方、日本は失業率そのものは欧米よりもかなり低いものの、とはいえ正規雇用と非正規雇用の棲み分けによる貧困の拡大は深刻な状況にある。20代、30代を中心に、貧困層は拡大の一途を辿るばかりである。

 そして、このように企業の収益がどれだけ高かろうと、それが国内経済に反映されず雇用の改善が一向に進まない状態で、そしてその解決策を見出せないことが新興国期待を過剰に煽り、それを受けて、本来ならもうちょっと安定的に成長出来る筈の中国やブラジルなどが必至になってバブル的な動きの抑制に奔走し、結果として世界経済全体が危うい状況をつくり上げてしまっているのである。

 しかも日本の財閥系商社やアメリカの資源メジャーなどは、世界各地の油田、ガス田、鉱山などの権益をめぐり激しい争奪戦を繰り広げており、更にそこにヘッジファンドなど投機マネーが流れ込み、汚染を拡大する一方で、先物市場の価格を操作しつつ、労働者を次々に失業へと追い込んでいる。こうして、汚染は広がる、失業者は増える、それでいて食料やエネルギー価格は上がる。世界中の市民の間で不満や怒りが渦巻くのも当たり前である。

 この問題の根っこにあるのは何なのか? 倉都氏は、「これは世界経済の危機であると同時に、経済学の危機でもある」という。どういうことかというと、倉都氏によれば、話は以下のようになる。

 「というのも、実は19世紀の後半において、資本主義は現在あるような危機に既に直面しているんです。但し、このときは植民地を持つことがそれを解消しました。そしてその流れが20世紀になって、植民地を数多く持つ国とそれを持たざる国との対立となり、世界戦争にまで発展してしまった。一方、第二次大戦後はどうなったかというと、米ソの冷戦構造のなかで、経済の流れは比較的安定してしまい、そのなかで西側諸国は(というより、西側諸国だけは)多くの富を享受しました。しかし、冷戦が崩壊し、かつての旧植民地や旧共産主義国が猛烈な勢いで成長段階に入ったことにより、19世紀にあった問いが再び浮上しました」。

 「20世紀は、戦争と冷戦構造によって、19世紀の問いを棚上げしてしまった。そうして経済学は、その問いに対する答えを見出さなくて済むどころか、そもそもその問いと向き合うことすらやめてしまった。しかし、もはやそういう訳にはいきません。植民地支配や戦争という道は、今日では既に断たれている。だから、今こそ経済学は、かつての問いと真摯に向き合わなければいけないのです」。

 という訳である。円が対ドルで高くなっただの安くなっただの、アメリカで経済統計に多少改善が見られただの見られないだの、そんなことでいちいち右往左往している場合ではないのだ。前回にも述べたが、メディアの姿勢は、真実から目を逸らす方へとばかり向いている。一方で、倉都氏の姿勢は極めて誠実である注4

 ともかく、先進国においては、輸出において企業の収益が向上することが、国内の経済を良くするとは限らない、企業の収益と国内経済の景気や雇用の動向は、いまやまったくリンクしていない、ということは広く認知されるべきである。

 企業が国際競争力をつけシェアを広げることと、国内の景気や雇用をいかに改善するかということは、もはやまったく別問題なのだ。そしてまた、製造業であろうと観光業であろうとその他何だろうと、どの業種であれ為替の影響というのは必ず受けるわけだが注5、為替の取引が実体経済とは何の関係もない論理で動いているというのも、これまた事実なのである。つまり、現代において経済は、それだけ複雑なものになったということだ。しかも、これまで経済を動かしてきたのは、つまるところ、資源と金融という2つの利権なのである。これでもたないことはもはや明らかなのだ。にもかかわらず、いまだに冷戦時代そのままという紋切り型の報道があまりにも多過ぎる。今何よりも重要なのは、事態を正確に知ることである。現状を正確に知る以外に、真実へと辿り着く道はないのである。


(注1)日本経済研究センターのコラム、「深尾光洋の金融経済を読み説く」より

(注2)ドイツの市民が一生懸命働いて堅実に暮らしているのは事実だとしても、しかし企業が競争するうえでの条件がそもそも違うのだ。ビジネス上、ドイツの各企業は圧倒的に有利な状況で事業をおこなっているのである。そして、このように不公平な競争環境の原因は、ひとえに為替にある。通貨の仕組みと金利によってユーロ圏のなかでもこれだけの不公平が生まれてしまうわけである。だからこそ、為替に関する正しい知識を社会全体で共有する必要があるだろう。

(注3)バブル的なユーロ安の恩恵もあって、ドイツの失業率はここ一年ほど減少傾向にあったが、しかし今回のユーロ危機の影響を受けて、今後ドイツの労働市場は再び厳しいものとなるだろう。スペインやイタリアなど各国が緊縮財政に走れば、ドイツの企業の収益が下がることは避けられないからである。

(注4)ちなみに、倉都氏はこの春、東日本大震災によってサプライチェーン(供給網)が寸断され、生産に甚大な障害が出た局面からの復旧過程において、既に「次」を予想していた。すなわち、多くの論者がサプライチェーンの寸断による供給不足の影響ばかりを懸念していたなか、倉都氏は、「サプライチェーンはいずれ回復する、しかし供給力が元に戻って、さあ売るぞ! となったとき周りを見渡してみると、アメリカもヨーロッパも共に景気が低迷していて思うように売れない、つまり、供給過多になってしまう、そっちの方が問題です」と言っていたのだが、この指摘も既に的中しているのである。

(注5)原材料からその他何から何まですべて国産による体制の酒造メーカーであっても、為替相場の大幅な変動により社会全体の購買力が落ちれば、当然日本酒の売上だって落ちるわけで、だから間接的には、どの業種であろうと為替の影響は受けることになる。

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