この1週間、安倍首相の楽観論とは裏腹に、東京株式市場は投機筋による猛烈な攻撃に曝されている

先週後半、突如として始まった株価の急落は、週が明けでもまったく歯止めがかからず、1月27日の月曜、日経平均株価は385円安の1万5005円で取引を終えました。一方で、先物はそれ以上に下落しており、日経平均先物終値は500円安の14940円と、1万5000円の大台を割り込んでいます。

東証1部は全面安の展開となり、値上がりしたのは僅か29銘柄で、実に1744銘柄が下落という恐ろしい事態になりました。1日でこれだけの銘柄が下落するというのは、統計上遡れる97年以降では最多であり、つまりこの下落銘柄の数は、リーマン・ブラザーズが破綻したときを更に上回るという異常事態で、歴代新記録を更新となりました。

東京株式市場に、いったい何が起こったのか? まずは時間軸に沿って見てみます。

1月23日木曜、朝9時半、このとき日経平均は1万5958円を付けていました。そこからひたすら右肩下がりで株価が下落し、それは週が明けても止まらず、木曜、金曜、月曜の3日間で、日経平均株価は実に1000円近く下落したことになります。

この要因として、市場関係者の殆どすべてが真っ先に言及するのが、アルゼンチンです。先週後半、アルゼンチン・ペソがドルに対して急落し、これでマーケットに動揺が走り、更にそこからブラジル、トルコ、インドなど複数の新興国への懸念が広がりました。これは確かにそうなのですが、しかしアルゼンチンは、かつてのギリシャポルトガルなどとはまったく性質が違います。ギリシャポルトガルの場合、小国とはいえその問題はユーロ圏全体に波及し、ユーロ崩壊の懸念まで浮上して市場を恐怖に叩き落したわけですが、しかしアルゼンチンの場合そのような懸念は必要ありません。また、他の幾つかの新興国への波及懸念といっても、2014年前半、新興国の経済が減速するだろうというのは既に昨年から散々言われてきたことであり、何をいまさら? という感じであるわけです。

この程度のことで、東証1部がユーロ危機やリーマンショックを超える全面安になるというのはいくらなんでもあり得ません。

アルゼンチン不安から生じたリスク回避の波が世界的に広がり、そうしてリスク回避の円買いが起こって円高になった、というのは確かに事実です。しかし、市場関係者の間では、金曜の時点において、円高の進展よりも株安の進展の方が明らかに大きい、ということが言われていました。そして週が明けてみると、事態はより鮮明になって、アルゼンチン・ペソの下落は既に下げ止まりました。それでも新興諸国の株価は下落しましたが、しかし震源地である新興諸国より、日本株の下落の方がはるかに大きいのです。

日本時間で夕方になるとヨーロッパの取引が始まるわけですが、市場は平静を保ち、ドイツもフランスも下落幅はマイナス0・4%程度の小幅なもので、これは更にその後マーケットが開いたニューヨークも同様です。

日本株だけが突出して下落している、これはいったいなんだ? 市場関係者の間では、段々このような気配が濃厚になりました。これは明らかにアルゼンチン発の新興国不安だけで下落しているのではない、日本株がここまで突出して下落するには何か日本特有の理由がある筈だ・・・、ということで理由探しになるわけですが、経済的要因からは、ここまで株価が下落するような要素は何もないのです。

そして1月29日水曜、一旦は大幅反発した日経平均ですが、しかし1月30日木曜になるとまたしても大きな売りが出て急落し、終値は1万5007円。先物に関しては現物よりも更に値を下げ、1万4940円と、再び1万5000円の大台を割り込みました。これは月曜とまったく同じ展開です。ちなみに、この日の売買代金は実に3兆0222億円にのぼる巨大なもので、それだけ大量の売りが出たことになります。

このように東京市場が大混乱しているさなか、1月30日、瀬川剛さんは投資家向けの番組「アクロス・ザ・マーケット」に出演した際、「東京市場は現在、投機筋の攻撃に曝されている」と明言しました。その理由は、空売り比率です。

「ここに来て、空売り比率が過去最多になってるんですね。昨日、株価が急反発したけれども、それでも空売り比率は全然下がらなかった。そしてこの空売り比率がまた今日も上がっている・・・」。

ちなみに、アルゼンチン発の新興国不安というのは週の半ばを過ぎても依然としてあるわけですが、しかし30日木曜を見ても、これまでと同様、日本株の下落幅は、震源地(とされている)新興諸国よりも突出しているのです。上海、香港、東南アジア、インド、これらの株価は大して下落しておりません。相変わらず、日本株の下落幅は突出して大きいのです。では、何故日本が投機筋から狙い撃ちされるのか? 瀬川さんは、その理由を次のように説明します。

東京市場が投機筋の強烈な攻撃に曝されている要因としましては、やはり昨年12月における楽観論ですよね。世界のマーケットのなかでも、年末時点で東京市場には過度な楽観論が広がっていましたので、その楽観論の修正というのが迫られ、それで狙われているということでしょう」。

ちなみに、昨年末、東京市場で過度な楽観論を振りまいたといえば、なんといっても安倍首相です。年末最後の取引日である大納会において、安倍首相は得意満面になって「アベノミクスは来年も買いだ」と演説したわけですが、そのような安倍首相の振る舞いに対し、「浮かれすぎだ」と強烈に批判をしたのが瀬川さんでした。

投資家向けの番組「マーケット・ストリート・ラップ・トゥデイ」に瀬川さんが今年最初に出演した際、真っ先に行ったのが、安倍首相を名指しで批判することだったのというのは以前お知らせしたことですが、あらためて引用しておきます。

「安倍首相は大納会の日に取引所に現れ、演説を行ったわけですが、いくらなんでも浮かれすぎですよ。そもそも、政府要人というものは、株式市場に対してあれこれと口先で干渉すべきではない。こういうことをされると、後でろくなことがないわけですよ。マーケットは政治から独立したものであり、政府要人が立ち入るべきものではありません。それよりも、ちゃんと政策を行うことが仕事でしょう。しかし、安倍首相はそれをやっていない。去年の6月成長戦略を出しましたが、これはハズしたわけです。それで、秋に成長戦略第2弾を出すということになったわけですが、しかし秋になってみるとなんら手を付けることなく、結局成長戦略は今年の6月へと先送りですよ。いわゆる岩盤規制と言われている既得権の分野について、本当に切り込む気があるのか? 安倍首相の動向からは、そのような姿勢はまったく見えてこないですね」。

つまり、現在東京市場が投機筋から受けている攻撃というのは、この過度な楽観論からの巻き戻しが起こっているという見立てになるわけですが、ところで、期待に働きかけるばかりで、あまつさえいたずらに過度な楽観論を振りまく安倍首相は、実際の改革はひたすら先送りに終始し、成長の道筋をなんらつけてこなかったばかりか、先日ダボス会議においては致命的な大失態を行いました。

1月23日木曜、ダボスの地において記者から中国との関係について尋ねられた安倍首相は、日中の関係を第1次大戦前の英独関係に譬えました。この発言は欧米の記者たちを恐怖に陥れるのに十分であったわけですが、しかし安倍首相の失言はこれで収まらず、ダボスで収録されたCNNのインタビューの中でも、まるで中国との開戦を決意したかのような発言をしたのです。そして24日金曜、国会の開幕と併せて行われた施政方針演説では、あらためて中国を名指しで批判し、そのうえで集団的自衛権の行使を説きました。

ところで、東証1部の売買代金は6〜7割がヘッジファンドなどの外国人投資家であり、日本株が下落するときはほぼ間違いなく外国人による売りがなされているのですが、実は今年に入ってからというもの、外国人投資家は日本株をずっと売り越しているのです。東証が発表する数字によると、1月第1週、第2週ともに外国人投資家は売り越しであり、そして先週後半の相場を見れば、おそらく第3週も売り越しが確実です。それにも拘わらず先週の水曜まで株価が底堅く推移してきたのは、ひとえにNISA(小額投資非課税制度)のスタートに伴い、日本の個人マネーが株式市場に流入してきたからに他なりません。しかしそれでも、外国人投資家から大量の売りが出れば、とても国内の個人マネーで支えられるものではありません。

では、いったい何故外国人投資家は今年に入って以降、日本株をずっと売り越しているのか? クリスマス過ぎまでは外国人投資家も旺盛に買いを入れていたのです。年末年始に何かあったのか? 年末といえば、安倍首相による靖国参拝がありました。この靖国参拝は、明らかに相場を動かす材料になります。

昨年6月末、日本政府はニューヨークでヘッジファンド向けにカンファレンス(投資説明会)を行ったのですが、実はその会場において、投資情報会社のパルナッソス・インベストメント・ストラテジーズと週刊ダイヤモンド編集部がヘッジファンド・マネージャーにアンケートを行いました。テーマは、株価下落のリスクとは何か? というもので、FRBの金融政策から中国のシャドーバンキング問題など色々な回答があったのですが、日本固有の要素として、安倍の靖国参拝というのが第3位にランクされたのです。

これはつまり、安倍が靖国に参拝した場合日本株を売る、と考えているヘッジファンド・マネージャーが少なからずいることを意味します。これは当時『週刊ダイヤモンド』が記事にしたのですが、それとは別に、パルナッソス・インベストメント・ストラテジーズによると、ヘッジファンド・マネージャーにおいては安倍政権の外交政策への注目後が高く、もし日本政府がこれ以上中国・韓国との関係を悪化させるようなら即座に日本株を売却する、と公言する大物ヘッジファンド・マネージャーもいるそうなのです。

そうなると、株価の大幅下落のスタートが1月23日であった以上、この時期行われていたダボス会議での安倍首相の大失態に注目しないわけにはいきません。

普通に観察するなら、安倍首相は尖閣諸島沖での軍事作戦に向けてまっしぐらに見えます。日本の首相は本気で中国と交戦するつもりなのか、ヘッジファンド・マネージャーがそう受けとったとしても、不思議ではありません。彼らがそう受け取ったなら、間違いなくここぞとばかりに日本株を売るでしょう。歴代新記録となる全面安になるとしても、頷くしかありません。

しかしその一方で、本気で中国と交戦するつもりなのか? そんなことをしても日本には何の得もない、その代わりマイナスは計り知れないほど大きい、そんなバカなことを日本の首相がやるか? ヘッジファンド・マネージャーがそう疑ったとしても、それもまた当然というものでしょう。つまり、日本の政治について、訳が解らない、ということになってくるわけです。

冷静に状況を観察すると、国会は始まったばかりで、公明党の動向もあり、集団的自衛権がどうなるかは不透明です。訳が解らないとなると、とりあえず売ってあとは様子を見よう、そう判断することもあり得ます。

という訳で、ヘッジファンドは既に尖閣諸島沖での軍事衝突を織り込んだ、とも想定できるし、訳が解らないからとりあえず売って後は様子を見ている、とも受け取れるし、東京の人間は何が起こっているのか解らず混乱しているようだからこの機会を利用し空売りで仕掛けている、という把握も出来ます。実際のところは、まったく解りません。

現在、東京市場が大混乱しているということ、それは明らかな事実であり、しかもその原因は正確に特定できないのです。1月30日、午後の相場の解説の際、岡崎良介さんは、次のようなことを言いました。

「現在マーケットで起こっていることはなかなか理解できないものです。いったい何が起こっているのか、自分の目でどうやって確かめていいのか解らない。わたしはどちらかというと、人の意見を鵜呑みにして儲けるということをしてこなかったものですから、こういう時こそ、自分で、解る範囲で、とにかく理解できるところまで詰めてみる、それが重要だと思います」。

この岡崎さんの姿勢は、とても誠実です。一般的な見解を鵜呑みにせず、本当のところ何が起こっているのか、とにかく自分で調べられるだけは当たってみる。これは相場に対するときだけでなく、芸術や科学など、あらゆる領域で大切なものであり、それは常に批判精神をもって臨むということです。

くどいようですが、アルゼンチン発の新興国不安ということだけでない、なにか日本固有の要素が働いて、それで東京市場が投機筋からの強烈な攻撃に曝されているのは間違いないのです。

たとえば為替ですが、昨年10月以降、ドル円相場は、アメリカの10年債利回りのチャートと実に綺麗な相関関係で動いてきました。アメリカの10年債利回りが上昇すると、それと並行してドル円のチャートも上昇し(それは即ち円安になるということです)、そうしてこの二つは見事な相関のもとで動いてきたのですが、しかしこの相関がここに来て当てはまらなくなっています。

1月後半になって、アメリカの国債が急速に買われて、それによりアメリカの10年債利回りが急低下しています。これはつまり、新興国への不安から新興国国債を売って、それを(安全資産と言われる)アメリカ国債に切り替える、という動きです。併せて、新興国通貨を売って、それを(安全通貨と言われる)日本円に切り替える、ということで円高になる、というのがいわゆるリスクオフの円高というものです。

それで、確かに1月23日以降、為替は円高方向に触れてはいますが、しかしそれは決して急激なものでありません。これが、アメリカの10年債利回りとドル円チャートの乖離としてあらわれているのです。アメリカの10年債利回りが急低下しているのに対し、ドル円のチャートはそれほど崩れていないのです。そうして、円高方向とは言いながらドル円はそれなりに底堅く推移しているのに対し、株価の方はそうではなく、日経平均は明らかに崩れています。

業種別騰落率も注目に値します。一連の株価下落の最大の要因が、本当に新興国不安による世界経済の先行きへの懸念であるならば、こういった場合、何よりも下落するのは海運株です。海運株というのはとことん世界市況次第で、世界貿易が活発化するという見通しなら買い、逆ならば売り、とはっきりしています。ギリシャやスペインによるユーロ危機の際にも、全業種中で最も下落幅が大きかったのは海運です。

ところが、今回海運はそこまで大きくは下落しておらず、先週後半に始まる一連の急落において、最も派手に下落しているのは、不動産・銀行・保険、といった内需セクターなのです。1月30日木曜、不動産の下落率は全業種を通じて最大でした。アルゼンチンやトルコやインド、これらの国の通貨の下落、これらの経済の減速が、いったい日本の不動産市場と何の関係があるというのでしょう? 殆ど関係ないです。しかし、最も下落が著しいのは、このセクターなのです。

ところで、不動産・銀行・保険といえば、これらこそまさにアベノミクス銘柄です。アベノミクスや日銀のリフレ政策で最も恩恵を受けるところはどこか? という問いに「不動産」と答える市場関係者をこれまで実に数多く見てきました。その不動産こそが最も強烈に下落しているという事実、それを考えれば、今回の株価の急落、今回の投機筋による攻撃、その背景にあるものがいったい何なのか? それは明らかではないでしょうか。一連の安倍首相の言動が、相場に一定の負の連鎖を招いているのはほぼ間違いないと思われます。

しかし、事態はそう単純ではありません。更にここに、東京都知事選に絡む思惑も交錯しています。それについては、次回詳細をお伝えいたします。