いったい何をもって景気が良い、あるいは悪い、と判断するのか? 中国の経済指標から

 中国経済はいま、大きな転換期に差し掛かっています。おそらく、訒小平による改革以来となる、非常に大きな変化のなかにあります。それは、これまでのような輸出主導の成長モデルではなく、内需主導の成長モデルへの移行であり、また環境に配慮した持続可能な発展を目指すものでもあるわけです。

 欧米は、バブルが崩壊して以降というもの、多くの雇用が失われ、所得水準が低下し、著しく市民の購買力が落ちました。とりわけ中国にとって最大の輸出先であったヨーロッパの低迷は中国の産業を直撃したのであり、しかし一方で、急拡大する内需への期待から、各国の企業は消費地として中国に戦略的な投資を行っている最中で、環境に配慮した都市化の推進と併せて、これらかの中国は、明らかに内需主導、つまり個人消費が経済を牽引するモデルへと移行しようとしています。

 このような状況のなか、最近の中国の経済指標は、非常に良いものと、悪いものの2つが混在するようなことになっています。それは一言でいうと、製造業の景況感はジワジワと悪くなってきた一方で、個人消費の方は安定して非常に強い、という状態です。

 もはや欧米向けの輸出はそう伸びない以上、「世界の工場」として君臨した中国の製造業が、これまでのようには稼げないのは当然で、この分野は、そもそも事業の転換が迫られています。昨秋以降、好不況の境目である50を常に上回ってきた製造業PMI(HSBCの調査による)は、ついに先月50を割り込み、そしてこの6月、数字は更に悪化しました。この数字の悪化を受けて、大手メディアなどの日本の紋切型同盟は、中国の景気減速と盛んに言っているわけですが、しかしこれまで中国の製造業PMIの足を引っ張ってきたのは、新規輸出受注という分野なのであり、この数字の悪化は、中国に問題があるのではなく、主要な輸出先であった欧米の需要が弱いことによるものです。

 ただ、今回6月のPMIが、前回の49・2から48・3まで落ち込んだことは、欧米の需要低迷による輸出の不振だけで片づけられるものではありません。これはいったい何なのか? ついに中国国内の景気まで悪くなってきたのか? そうではないのです。

 今月に入って、中国国内では、上海の短期金融市場では、銀行間で取引される金利が異常に上昇しました。これは企業にとっては、借入コストがかなり上がるということで、負担以外のなにものでもありません。なんでここまで金利が上昇したかというと、それは中国人民銀行が、通常の公開オペにおいて資金供給を行っていないからです。それどころか、人民銀行は、思い切り金融を引き締めたのです。この件に関して、6月20日、ロイターに掲載された記事の中では、次のようなことが言われています。

 「当地の中国国有銀行のトレーダーは『中銀は銀行やファンドなど他の金融機関に債務圧縮(デレバレッジ)を進めるよう圧力をかけることを決断したようだ』と指摘、『こうした強硬なスタンスは、シャドーバンキングやウェルスマネジメント、信託事業など、金融機関の非中核事業に対する締め付けという最近の政策に合致している』と述べた」。

 「資金市場の逼迫状況は今月上旬に始まり、今週に入って悪化。トレーダーによると、銀行や金融機関は非中核事業の圧縮を余儀なくされているという」

 中国では以前から、シャドーバンキング(影の銀行)と呼ばれる、通常の融資とは異なる非公式なカネの動きが横行しており、また情報が十分に開示されることなく販売される理財商品(ウェルスマネジメント)も多く、既に3月から、当局はこのような状況の改革を行うと明言してきました。このような歪んだ形での金融ビジネスが続いてしまうと、いずれ大きな債務などが溜まってしまうリスクを伴います。そうなると、もちろん持続的な成長の足枷になってしまうので、それを是正するために、企業が一時的に多少苦境に陥ろうとも、いまのうちに改革を進める、という当局の断固たる意志の表れです。

 という訳で、このような改革は、後々の持続的な成長を可能にするためには、是非ともおこなわなければならないことであるわけです。

 ところで、何故このような改革を行えるかというと、それは個人消費の方は、依然として底堅く推移し、個人消費そのものは結構強いからでもあります。個人消費が安定して力強く推移しているからこそ、このような改革を行っても、経済全体にはそれほど悪影響とはならない、という当局の判断です。もちろん、過度に実体経済に支障をきたすような懸念が増幅された場合には、中銀としても、資金提供などは柔軟に行っていく方針を示しています。シャドーバンキングの問題は、一度に解決出来るものではなく、段階的に改革を行い、そうして徐々に公正で自由な金融市場を形成して行こうという目論みです。

 今年に入って、中国の小売売上は、毎月、前年同月比で12%台後半の伸びで推移しています。中国の各地方政府は、好不況に関係なく、最低賃金を20%ほど上昇させてきました。こうしたことも受けて、平均所得の伸びは、ほぼ毎年15%ほどの伸びと言われています。その一方で、昨秋以降、中国の物価は非常に抑制されているのです。今年に入っても、物価上昇率が3%を超えたのは2月だけで、あとは毎月、物価上昇率は2%台前半に抑えられていまして、5月までの平均で言うと、2・4%です。

 所得が15%増え、一方で物価上昇率が2%台前半である以上、小売売上の上昇が12%台後半で推移するというのは、計算上でも完全に合うことになります。そして、こうなると小売売上から物価上昇率を引いた実質小売売上は、常に10%超の伸びということになるわけで、これは物凄く安定して消費が拡大していることを意味するわけです。

 そうである以上、輸出主導から内需主導への成長モデルの転換は、確実に進行しつつあります。

 ところで、先程の製造業PMIは、別の面からも分析する必要があるものです。というのも、中国のPMIは、イギリスの金融機関HSBCが調査して発表しているものの他に、中国物流購入連合会によるものもあるのです。こちらの方はまだ6月の数字は出ていないのですが、5月に関して言うと、HSBCの方は50を割り込み、著しく悪化したのに対し、中国物流購入連合会の調査によるものは、前月の50・6からむしろ数値は上がり、50・8となったのです。

 この違いというのは、中国物流購入連合会が数字を水増ししているとかそういうことでは決してなく、単に、調査の対象となっている企業が違うことによるものです。一般的に、HSBCはどちらかというと中小企業寄りで、中国物流購入連合会の調査は、やや大企業寄りと言われています。企業の規模によって、資金繰りの方法は変わるものであり、もちろんそれ以外にも、変化への対応性など、色々と変わってくるわけです。

 しかし、もっと重要なことがあります。中国の製造業を支えているのは、中国企業だけではない、ということです。日産、フォルクスワーゲンミシュラン・・・、など中国には世界中の企業が進出しています。もちろんグローバルな大企業だけでなく、下請けの部品メーカーその他をはじめ、実に様々な企業が世界中から中国に進出しており、その数は、10万社を軽く超えると言われるわけですが、HSBCによる製造業PMIの数字をもって、中国の景気が悪化しているなどと言う紋切型同盟は、PMIの対象に、これら外国企業がいったいどれだけ入っているのか? ということの考慮が完全に抜けているわけです。

 中国において、外資系企業が生み出す雇用というのは、ハンパではありません。物凄い数の雇用が、これらの企業によって生み出されているのです。そして、「世界の工場」と呼ばれた過去の時期とは違い、最近中国に進出する企業というのは、輸出のために安い労働力を求めて中国に工場をつくるのではなく、拡大する中国の内需を見込んで、中国で売る製品を現地生産するために進出しているのです。

 そうである以上、これまで欧米向け輸出で稼いできた中国の企業と、拡大する中国の内需で稼ごうとする外資系企業、これはまったく景況感が違ってくる筈です。

 ホンダ、信越化学、沖電気花王ユニ・チャーム・・・、業種を問わず、中国の内需に関しては、概ねどこも明るい展望を持っています。このことは、名の知れた大企業に限ったことではなく、たとえばペガサスミシンというミシンの機械の製造を行っている企業があるのですが、そこが5月に出してきた決算でも、中国は中間層が凄い勢い増えているため、衣料需要は今後更に伸びるという見解に立って、2014年3月期の見通しを、大幅な増益と見込んでいるのです。

 フォルクスワーゲンやGMなどは、近いうち世界生産の半分を中国で行おうしているほどです。そのため、物凄い投資を準備しているわけですが、そうである以上、これら外資系企業によって、中国市民の所得は今後も更に引き上げられることは間違いありません。

 要するに、製造業でも、欧米向けの輸出で稼いてきた企業は苦境に立たされ景況感が悪化し、一方で中国の内需を見込んで展開をしようという企業は、先行きに関して明るい展望を持っているわけです。このことは、中国の企業か、それとも外資系企業かに関わらずそうです。

 ちなみに、言うまでもないことですが、HSBCにしろ、国家統計局にしろ、製造業PMIを調査する対象は、あくまでも中国の企業限定であり、それも中国企業のうちのごく一部を対象に調査を行っているのに対し、小売売上に関しては、基本的に、日系・欧州系・米系など外資も全部ひっくるめたすべての販売店における、中国全土での売上の数字です。そうである以上、何をもって中国全土の経済動向を読む指標とすべきかは、明らかです。

 ところで、その個人消費に関してですが、これについては、以前ご紹介した信越化学の金川会長のインタビューが参考になるかと思います。金川会長は先月、CSの「アクロス・ザ・マーケット」という番組に出演した際、半導体シリコンの市況について訊かれ、次のように答えました。

 Q、半導体シリコンに関して、2012年は落ちましたけど、足元では改善している動きもありますよね。これについてはいかがですか?

 A、これはね、物凄く強くもなく、弱くもなく、非常に落ち着いて、安定している。それが一番良い状況なんです。ワーッ、って上がるとね、あれはその後必ず反動が来るから良くないね。いまは非常に落ち着いて、熱狂的な要素はまったくありませんが、安定している。今のような状態が一番良いんです。特に過熱せず、毎月ちゃんと買ってる。

 いまの中国の個人消費の状況も、まさにこれと同じような状況にあると思います。中国といえば、欧米がリーマンショックで景気後退した際に、4兆元の景気対策を行い、そうして世界に対し中国経済の強さをまざまざと見せつけたわけですが、あのような過度な好況というのは、長続きせずかえって良くないものです。典型が自動車の販売であり、2001年から2007年までの6年間の中国の新車販売は700万台伸びたのに対し、2009年と2010年は、たった2年間で、実に900万台も伸びたのです。この異常な伸びは、ひとえに補助金によるもので、景気を良くしようとした中国政府が自動車購入に様々な補助金を付けて、それがこの2年間の異常な伸びとなったのですが、しかしこれは補助金によって需要を先食いしただけのことであり、補助金が切れると、その反動がやって来て、販売の伸びは大幅に鈍化するわけです。

 極端に景気が過熱したり、そうかと思えば俄かに消費の伸びが鈍ったりというのは、決して良いことではなく、安定して伸びて行くのが一番良いわけで、そうである以上、現在の中国の個人消費は、安定して底堅いものであり、その意味で、非常に良い、と言えるのではないかと思います。

 そして、既に世界第2位のGDPを誇り、何よりも13億人もの人がいる中国において、このように個人消費が安定して2桁の伸びを維持し続けるというのは、世界の歴史上かつてないことであり、このような旺盛な内需の成長が世界経済全体に与える影響は計り知れないほど大きい、と言えるでしょう。